5話 激突する
相手はトラだ。パワーでは絶対に勝てない。技術もないので攻撃を受け流すこともできない。そもそもダガーでトラの攻撃、トラパンチを受けれるのか知らない。絶対折れるよ。
つまり、攻撃を食らったら即ゲームオーバーだ。人生終了だ。
うまく矢が足に刺さったので、相手の動きもさっきから単調になってる。おかげで、攻撃は躱しやすい。躱しやすいとは言っても、魔力で目だったり足だったりを強化して躱してるんだけど。
トラは足を怪我していても、攻撃は全然速い。けどいつもと調子が違うのか攻撃をするたびに、首をかしげるような仕草をしている。けど、だんだん調子を戻しているような感じだ。野生の勘って凄いな。
これははやく決着をつけないと、どんどん不利になる。
相手の動きを見ろ。絶対に当たってはダメだ。こっちは当たったら即終了だ。幸い動きも直線的で、躱しやすい。そして確実に攻撃を当てる。
冷静だったらもっといい戦法を思いつくかもしれないが、今はこれしかわからない。無策突撃じゃないだけましな戦法だろう。
しかしこの方法、全然トラにダメージが入ってるように思えない。確かに、傷もついてるし血も出ている。けど、動きに全く支障がでていない。そのせいで、攻撃が効いているのか不安になる。けど、無策に突撃しても意味がないので、この戦法でやるしかない。
「はぁ、はぁ。しぶといなあ、もう!」
何分経っただろうか。だいぶトラの動きが鈍くなった。しかし、俺も魔力を大分消費したし、トラの攻撃をしっかりと躱せなくなってきている。
そのせいで、体中に傷がある。切り傷や打ち身がある。血もだいぶ流しただろう。そのあたりにトラの血か俺の血かはわからないが、血で地面の色が変わってきている。正直こんなになっているのに、気を失ってないのが不思議だ。
とにかく、お互いにもう瀕死になっている。一撃も食らえないだろう。この一撃で決めないと俺が殺されてしまう。全力で魔力をダガーに纏わせる。
「いい加減にくたばれぇええ!」
血が飛び散った。俺のではない。前方から血しぶきを浴びたのだ。つまり、トラのだ。けど、俺はまだ、トラに向かって行ってない。
誰かがとどめを刺したのだろう。うれしいのだが、嫌な予感しかしない。ここは森のだいぶ奥になるだろう。そして動物も全くいなかったはずなんだ。
それなのに、トラは、何かに刺されている。もうね、現実逃避したいよね。
目の前には熊がいた。しかもトラよりも大きい。なにより、魔力が多すぎる。これは絶対に魔物だろう。
腕が筋肉で膨らんでいる。足も絶対に普通の熊よりも筋肉がついている。全体的に筋肉質な熊だ。
普通にトラを貫いて持ち上げるぐらいには、力がある。しかも恐ろしいのは、魔力を纏わせてなかった。
魔力の量も化け物だ。これが魔物なのか。恐ろしすぎる。というか、人間が勝てるような相手じゃないと思う。
トラなんてかわいそうに思えるよ。骨すら砕いたぞあの魔物。しかも、ここからでも骨や、内臓が見える。ほとんど潰れているけど。とにかくグロい。
『グワァァァ!』
咆哮だけでこのあたりの草木が飛ばされた。逃げたい。今すぐにでも逃げたい。じゃないと本当に殺される。威圧感が違いすぎる。逃げたい。
けどここにきてさっきまでの戦闘の疲れが出たのか、それともただ単にビビって動けないのかはわからないが全く動けない。頑張っても後ずさるぐらいしかできない。まあ腰が抜けたって奴だよな。
トドメを刺すかのように、熊の魔物が腕を上げている。腕を勢いよく薙ぎ払うようにした。動きがスローモーションのようによく見える。
ああ、俺は死ぬのか。
けど、回想するような思い出が全くない。そうだよ、まだ死ねない。これからどんどん思い出を増やす予定なんだ。
ああ、逃げたい。けど間に合わない。なら防御するしかない。死ななければいいんだ。幸い、動きがよく見える。このままくれば、腹にあの薙ぎ払いがくる。そうわかったら、全力で魔力を集める。ほかの場所の防御はいらない。とにかく腹に集めるんだ。
『グワァ゛!』
当たったと思ったら、勢いよく飛ばされた。まだ生きている。けど、飛ばされた場所が悪かった。飛ばされた勢いで、木を2本位倒してようやく勢いが死んだ。しかし俺はそこで意識が飛んだ。
……なんで動物って、こんな強いの?
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目が覚めたら、見慣れた天井が見えた。なぜだろう。きっとお父さんが運んだんだろう。うん。
無性に腹が減った。とりあえずなにか食べたい。起き上がろうとすると、腹がめちゃくちゃ痛い。
腹を見ると、包帯が巻いてあった。血が滲んでいる。あの時はすぐに気を失ったからどんなけがをしたか全然知らない。そんなこと考えてると、
「ッ!お父さん。お兄ちゃんが起きたー」
「何!今行くからな」
どこからかお父さんの声が聞こえた。
そういえば、言ってなかったがこの家は二階建てだ。見た目はログハウスだ。やたらと豪華な家だ。まあ見た目以上に、家の中は広いんですけどね。
お父さんが来るのに3分は経っただろう。しかも、玄関の扉が開く音もした。どこにいたんだろう。
「タイシ、大丈夫か?森に倒れてたし。おまえは、腹に3本の爪で切られたような傷があったし、近くにはトラが死んでるしよ」
「大丈夫だよ。腹はとにかく痛いけど」
「本当に大丈夫なの、お兄ちゃん?ずっと寝てたから、このまま目を覚まさないかとおもいました」
「本当に大丈夫だよ、ユズハ。迷惑かけてごめんな」
「もうこんなことにならないと約束してください」
「ああ、わかったよ」
本当に迷惑をかけたようだ。安心させるため(?)に頭を撫でる。別に俺が撫でたかったから撫でたと言う訳ではない。髪の毛がサラサラで、触りたかったとかでもない。
機嫌はよくはならないけど、どこか嬉しそうな感じだ。
けど、俺が一番びっくりしている。あの威力で攻撃を食らって。しかも、受け身も取れずに木に全力で吹き飛ばされたのに、生きている。
もちろん、生きてることは嬉しい。けど、もしあの一撃で死んでなくても確実にあの熊の魔物ならトドメを刺せたはずだ。それなのに、生きている。どうしてだ。気になる。気になるけど、その答えをお父さんからはどうせ聞き出せないだろうい、それは良い。
それより、
「俺は何日寝てたんだ」
「1週間ぐらいだろうな。あそこはやけに魔力が集まってたから」
「近くに魔物とかいなかったか?」
「魔物?まだ出るような魔素の濃さしてねえけどな」
ちなみに魔素は空気中にある魔力みたいなものだ。詳しくは知らん。専門家にでも聞け。
「は?でも俺は熊の魔物に殺されかけたんだけど」
「確かに、トラも何かに貫かれた感じだったしな。けど、俺が行った時にはそんなのいなかったし」
待て、お父さんが来た時にはいなかった?じゃあ本当になんであの熊の魔物は逃げたんだ。トラの死体もあったらしいし、あいつの目的が全くわからない。
「どうしたんだよ。急に黙って考え込んで」
「いや何もない。とにかく、俺はおなかがすいたんだ。何か食べたいからちょっとどいてくれ」
「あ、待て。今動くと、」
何か言いかけていたが、本当に腹が減ってもう一回寝込む気がする。立ち上がろうとすると、
「痛った!」
「だからいったのに」
めちゃくちゃ痛い。足に力が入らない。というより、骨折してるんじゃないのか。俺は日本では骨折したことないから痛さはわからないけど。
「今お前は、足と腕は骨折、打ち身に脱臼。腹は見ての通りの切り傷。まあ切り傷って言葉で括って良いような怪我じゃねえけども。その傷はまだちゃんとふさがってないからすぐ痛む。それだけありゃ立つことすらできねえよ」
「そうです。お兄ちゃんは絶対安静で過ごしてください」
なんというか、妹が怖い。いつも通りの話し方だけど、今は丁寧語が余計に怖さを増す材料になってる。でもこれは本当に安静にしないと死ぬな。多分血も足りていないだろう。
「それと、お前、見つけた時心臓止まってたぞ。魔力も全くなかったし。けどお前、前よりも格段に魔力量が増えてないか」
今さらっと恐ろしいこと言いやがったぞ。まあ生きてるからいいか。それにしても、
「魔力が増えたって?そんなことがあるかよ。今まで通りだろ」
「お前、それマジで行ってるのか。自覚ないのか。まあ、そのうちわかるからいいけど」
何言ってんだか。増えたら自分でわかるものだろ。多分。きっと。
「とにかく、お兄ちゃんは安静にしといてください。絶対ですよ。守ってくださいね。絶対に死なないでくださいね」
「わかってるよ。心配かけてすまんな。ユズハ。治ったら、ほら、一緒に遊んでやるから、そんなにすねんなよ」
「絶対ですよ。約束です」
「あ、ああ」
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夜。腹は減っていたが、食べたら猛烈に腹の傷が痛かった。そのせいで、すぐに食欲は収まった。一体どんな深い傷だったんだ。
……見るか。包帯をほどいたら戻せる気がしないけど。
……どんだけ包帯巻いてるんだよ。全く終わりが見えない。
ようやく終わりが見えた。これで傷が見える。覚悟決めないとな。絶対に深い傷だろうから。
「うわああああ、痛たたた。」
やばい。思ってる以上にやばい。どうせ見えても骨だと思った。けど、違った。ちょっとだけど、内臓がコンニチハしてた。これは思ってたより深い。深すぎる。よくこんな傷を負って生きてたな。
「どうしたんですか。こんな時間に」
「いやなんでもない。何でもないから」
「そうですか。おやすみなさい」
よかった。さすがにこれは見せたらダメだろ。既に見てるかもしれないけど、流石にそれはないだろ。でもどうしよう。包帯どうやって巻こうか。適当でも、まあ大丈夫かな?
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1か月だろうか。思ってたよりも早く治った。魔力のおかげなのだろうか。とにかくようやく体を動かせるようになった。
1か月も動かなかったら絶対に体がなまっている。魔力はずっと使ったりしていたからだいぶ上手に使えるようになった。感覚を取り戻すために、早くやろう。
とりあえず、弓を使ってみよう。魔力もだいぶ正確に扱えるようになった。怪我をしたせいで。今なら、吹き飛ばせずにできる気がする。とりあえずやろう。
「は?」
目の前の光景が信じられない。吹き飛ばされずに高威力がでた。それはいい。
問題は、その威力だ。矢が木を貫通した。よく見ると、その後ろにある木に矢が刺さっている。しかもだいぶその木もえぐれている。信じられない。お父さんが言っていたように、本当に魔力が上がっている。
バキバキバキ
木が折れた。しかも、2本。威力が明らかにおかしくなっている。前は吹き飛ばされるぐらいでようやく木が少しえぐれるぐらいだったはずだ。けど今は。結果的に木を2本折った。
「どうしたんだ。今だいぶ大きい音が聞こえたけ、ど……」
「いや、その、弓を使ったらこうなった。いつも通りにやったけど」
「は?だから言っただろ。魔力が増えてるって。いやあ、ここまでとはな。タイシ。今のお前の魔力は普通の大人より多いぞ」
「普通のってなんだよ」
「まだ言ってなかったか。魔力が高い奴は大体、冒険者か騎士になるんだよ。そいつらは、魔物や凶暴な動物を狩って生活する」
マジで。そんな職業あるの。めっちゃファンタジーじゃん。楽しそう。
「まあ、騎士はあんまり勧めないけどな。あそこは貴族ばっかりだし、やたら俺たち平民のことを馬鹿にするからな。まあ、馬鹿にする貴族なんて今じゃ少ないだろうけどな、今の王様になって。その点冒険者はいいぞ。自由だし。何より自由だし」
冒険者のいいところ自由しかないのか?それと、騎士はファンタジーあるあるだな。貴族が平民を馬鹿にする。もしくは、自分は他と違って特別だと思い込んでいる。ビバ、ファンタジーライフ。何言ってんだ?
冒険者か。いいな。自由に冒険とか絶対に楽しいだろ。観光したいなぁ。
「なあ、どうやって冒険者になるの?」
「戦術学校を卒業するか、国かギルドマスターに認められることだ。学校卒業のほうが簡単だな」
認められるとか無理ゲーだろ。冒険者がすでにいるのに、それ以上の功績を出さないと認められないだろうし。予想だけど。じゃあ、学校卒業一択だな。
「そうだな。本気なら、それなりに準備はしてやる」
「本気だよ。なあ、どうすればいいんだ」
「まだ駄目だ。だって弱いし。弱すぎる。そうだな、トラ相手に余裕で勝てるようになれば、考えるわ」
そうなれば、特訓あるのみだな。1回勝った相手だ。なるべく早く達成できるだろ。
「それと、弓は使うなよ」
……それだいぶ難しくないか。いや、できる。というより、やらないと絶対に教えてくれない。なら、やるしかないだろう。
面白い、続きが気になると思って頂けたら幸いです。