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月に咲け  作者: 杵島玄明
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5

翌朝の修義館、白虎の部屋で司宇はひとりぼんやりと座っていた。

 間もなく、朔夜がここに帰ってくる。

 脱力した両手、背中を柱に預け天井を仰ぎ見て、司宇は大きなため息をついた。

「どう接したらいいんだよ・・・」

 夕べからずっと考えていたが、結局答えはでなかった。

 これまでは男だと思っていた朔夜が、女子だと気づいてしまった今、どう接するのが正しいのか。そもそも、気づいたことを朔夜に打ち明けるべきかどうか。

 考えれば考える程、思考はただ頭の中をぐるぐると巡るだけで、答えなど一向にでなかった。

「いや、あれは本当に朔夜だったか・・・。もしかしたら、朔夜はちゃんと男で昨日看病してくれたのは、別の女子かも・・・」

 口にして、再び深いため息をつく。

 これも夕べから何度も考えたことだ。可能性というより、最早願望に近い。

 結局何の考えもまとまらないまま、ただぼんやりと座りつづけていると突然に部屋の戸が開いた。

「司宇っ!」

「朔夜?」

 予定の時間より随分と早い。

 司宇の目はは朔夜に釘付けになったまま、立ち上がることも、言葉を発することもできない。

「司宇、もう体調は大丈夫?」

 司宇の気など知る由もない朔夜が、司宇に駆け寄りその額に柔らかな手を当てた。

「あぁ、よかった。熱はすっかり下がったみたいだね」

 無邪気に微笑む朔夜は、どう見ても女子だった。

 なぜ、この可愛らしい女子をこれまで男として見えていたのか。寧ろ、その方が今の司宇にとっては不自然である。

「だっ大丈夫だから」

 ぶっきらぼうに答えながらも、司宇の中で複雑な感情が交差する。

 女子であった朔夜に、がっかりする気持ちと、どういう訳かそれが嬉しいと思う自分がいた。

 払いのけようと額に当てられた朔夜の手首を取った時、司宇の目に朔夜の手の傷が映った。否が応でも視線はその傷に吸い込まれるように釘付けになる。

「えっと・・・、司宇、どうしたの?」

 首を傾げる朔夜に、すぐに言葉がでなかった。

 昨日、看病をしてくれた女子の手にも同じ傷があった。

 間違いない。昨日の女子は朔夜だった。司宇は確信した。

「えっと・・・司宇?そろそろ、手・・・放してもらっていいかな」

 申し訳なさそうに、そう言った朔夜の顔は真っ赤であった。

「あっ、ごめん」

 そう言って慌てて手を離すものの、司宇も顔に熱を帯びる。

「あ、うん。いいんだけど・・・・」

 互いに顔を見ることができずに、妙な沈黙が二人の間に流れた。

 朔夜は朔夜で、司宇に薬を口移しで飲ませた時のことが突如として蘇り、必死だったとはいえ、冷静になって考えればとんでもないことをしてしまったと、益々司宇の顔を見ることができないでいた。

 その時だ。

 部屋の戸が勢いよく開いた。蓮翠が戻って来たのだ。

「ただいまぁ~。なんや朔夜、もう戻ってたか!」

 そう言いつつも、互いに背を向けるように座っている司宇と朔夜を見て、蓮翠は首を傾げた。

「なんや、何かあったんか?」

「別に何もない。あるわけがないだろう。帰ってきて早々馬鹿言うな」

 焦った様子でそう言いつつ傍らにあった書物を開く司宇は、明らかに普段と違う。朔夜も真っ赤な顔を両手で挟むようにしている。

「うーん」

 蓮翠は司宇の前にしゃがみ込むと、片手を顎にあて首を傾げた。

「せやかて司宇、逆さまや」

 そう言って司宇の持つ書物をひょいと取り上げた。

「っ!」

 司宇は眉間に皺を寄せ、取り上げられたばかりの書物を奪い取った。

「いいんだ。逆さに見てたんだ!」

 しかめっ面の司宇を見て、蓮翠は声を上げて笑った。

「なんやわからんけど、ちょっと見いひん間におもろなったなぁ」

 あっけらかんと笑う蓮翠をちらりと横目で見て、つられるように朔夜もくすくす笑った。と、そこへ義輝も帰って来た。

「もうみんな戻っていたか!って・・・なにかあったのか?」

 場の空気を察したのか、不思議そうに尋ねる義輝に司宇は立ち上がると「何もないっ!」と声を張り上げた。

 そんな司宇を見て、蓮翠は意味深な笑みを浮かべ口角を上げた。

 ちょうどその時、鐘楼門の鐘が鳴った。講堂へ集まる時間である。

 四人は揃って部屋を出ると、講堂へと向かった。

 集まった生徒たちは初の帰宅日で気分を一新したのか、その表情はみんな晴れやかである。

「早く整列せんかぁ!」

 副学長の伊坂斎託いさかさいたくが来て、声を張り上げた。

 手には竹刀を持っている。

 伊坂副学長は神経質そうな男だ。坂本学長が豪快な分余計そう見えるのかもしれない。

 生徒たちが組ごとに整列をしたころで、坂本学長が現れた。

 こほんとひとつ、咳払いをした後で坂本学長は生徒たちを眺めると、人のよさそうな笑みを見せた。

「さて、諸君らがここへ来て初の帰宅日も無事に終えたき。そこでじゃ、今年も信義大会を開催するがよ」

 生徒たちがざわついた。

 信義大会は、毎年新入生によって行われる、剣、馬、弓、知の四種目を競う大会だ。

 伊坂副学長が持っていた竹刀の先を床に打ち付けると、再び静まり返った。

「皆ももう知っちょろーが、信義大会ちゅーは文字通り信義誠実に則って弓、馬、剣、知をそれぞれ競うものじゃき。ちなみに今回知は論語を採用するき。各組仲間と協力しとうせ」

 そう言うと坂本学長は壇上から降りた。

 朔夜は坂本学長をじっと見ていた。

 何度見ても、死んだはずの人間がいるのは不思議な気持ちになった。とは言え、死んだはず__というのは、あくまでも朔夜が元いた異なった選択をした世界での話だ。ここで、坂本学長は暗殺されることなく生き延びたのだ。であればと、違う疑問が浮かぶ。この世界の坂本龍馬が元の世界と同じ活躍をしたならば、それはばらばらだった藩や幕府の繋ぎ役を担ったということになる。それほどの人なら、どうして政治に関わってないのだろうか。

 朔夜がひとりぼんやりと考えている間にも、集会は解散となり同時に生徒たちの間では、信義大会の話でもちきりとなった。

「朔夜」

 名前を呼ばれて振り返ると、司宇、蓮翠、義輝がいた。

「なぁ、修義大会俺達はどうする?」

 義輝の問いかけに、蓮翠は苦笑いで答える。

「論語は勘弁やなぁ。それ以外なら何でもええで」

「俺は、どれでも構わない」

 義輝は頷き、そして三人の視線が朔夜に集まる。

 その視線に、朔夜は「うぅっ」と一歩後ずさりをした。

 というのも、朔夜は馬に乗れない。剣はもちろん振るえない。そして、弓など触ったことすらない。当然、論語も知らなかった。

「あの・・・えっと・・・その・・・・ごっごめんなさい」

 勢いよく頭を下げる朔夜を見て、三人はきょとんとした。

「実は・・・・弓とかやったことなくて・・・・」

 頭を下げた姿勢のまま、ぼそりと言った言葉に義輝が「そんなことか」と笑う。

「俺はどの種目でもいいし、司宇と蓮翠も大丈夫そうだ。朔夜は馬でも剣でも好きなものを選んだらいいさ」

 そう言われては、益々言いにくい。が、言わないわけにはいかない。

「そっそれが・・・馬にも乗ったことがなくて・・・剣もその・・・・」

 両手の人差し指の先をつけながら、ぼそぼそと言う朔夜を見て蓮翠と義輝はぽっかりと口を開けていた。

「ほんまか。陰陽師言うんは馬にも乗らんのか」

「えっと、お義兄様は馬にも乗れるし、剣もできるから陰陽師は関係ないんだけど・・・・」

 言いながら、朔夜は小さな体を益々小さくした。

 修義館に入れば、馬にも乗れるようになると漠然と思っていたが皆、既に馬には乗れるのだ。考えてみればそれは、ごく当たり前のことだ。

 ここに来る家柄の息子たちであれば、そんなものはたしなみとして既にできて当たり前なのだ。実際、陰陽師である義兄の耕史も一通りはできるのだから。

 申し訳なさに身がすくんだ時だった。

「なぁ、剣はともかく馬や弓なら、意外とできるかもしれないんじゃないか?やってみたらどうだ?」

 義輝の提案に、なるほどと蓮翠が頷いた。

「せや。まずは試してみてできそうなんを選んだらえぇんや」

 当然自信などない。しかし、これ以上仲間たちに迷惑をかけたくなかった。

 朔夜は不安を残しながらも、「やってみる」と頷いた。

「そうと決まればまずは馬や」

 四人で馬小屋へ向かい、蓮翠の馬に乗ってみることとなった。

「僕の愛馬や。雛菊ひなぎく言うて賢い馬やから安心せぇや。ほな、先ずは乗ってみいや」

 そう言われて、朔夜は気遅れしていた。

 乗れと言われても、目の前の雛菊は思った以上に大きかったのだ。しかし、ここで引くわけにはいかない。

 思い切って鞍に手をかけると鐙に左足をかけぐっと力を込め、体を引き上げた。

「乗れた!」

 そう思ったのは一瞬のことだった。

 雛菊はぶるるると首を振り、「あっ」と声を上げた時には朔夜はバランスを崩した。

 落ちるっ!そう思ってぎゅっと目を閉じたが、地に叩きつけられるであろうと覚悟した衝撃は一向にやって来なかった。

「え?」

 恐る恐る目を開けた朔夜は、息をのんだ。

 すぐ目の前には司宇の顔。

 朔夜は地に落ちる寸でのところで、司宇に抱き留められていたのだ。

「朔夜っ、大丈夫か!」

「怪我してないんか」

 すぐに蓮翠と義輝も駆け寄ってきた。

「あ・・・うん。司宇が、助けてくれたから・・・」

 そう言いつつも、気恥ずかしさに朔夜は俯いた。朔夜の身体は司宇の腕にぎゅっと抱きしめられている。

「えっと、司宇・・・ありがとう。ごめんね、怪我とかしてない?」

 司宇は丁寧に朔夜を立たせると、自らも立ち上がり服の汚れを叩いた。

「大丈夫だ。問題ない。それより・・・」

 そう言って、司宇は朔夜をじっと見た後で、蓮翠と義輝に視線を向けた。

「今までやったことがない奴に、馬も弓も無理だ。朔夜は知の部でどうだろう。論語なら多少わかる。朔夜には俺が教える」

 司宇の提案で、司宇と義輝も「確かに」と頷き、朔夜は結局知の部に参加することになった。後は部屋に戻って決めようと言うことになり、揃って歩き出した四人であったが、司宇がぴたりと足を止めた。じっと見つめる先には、朔夜の後ろ姿がある。

 そしてまだ、朔夜を抱き留めた感触の残る両腕に視線を落とした。

「あんな柔らかい身体で・・・、弓なんか引かせられるかよ・・・」

 呟いた司宇の声が、朔夜たちに届くことはなかった。

 白虎の部屋に戻った四人は、出場種目について話し合っていた。

 輪になって四人は座っていた。

 朔夜の右側には司宇、左側に蓮翠、そして向かいには義輝がいた。

「やっぱ剣は義輝や思うで。なぁ、司宇。それでえぇかぁ?」

「あぁ、もちろんだ。蓮翠、お前はどうする?」

「せやなぁ、馬か弓か言うたら・・・馬がえぇなぁ」

「なら俺が弓をやる」

 とんとん決まっていく出場種目に朔夜は感心しながらも、気持ちの重圧を感じていた。皆それぞれ経験者であり、それなりの自信がある。司宇が教えてくれるとはいえ、論語など見たことも聞いたこともなかったのである。

 「朔夜、暗い顔してどないしてん?」

 蓮翠が俯く朔夜の顔を覗き込んだ。

 「えっ?あぁ、うん。なんかみんな凄いなぁって思って。僕も頑張らなくちゃ」

 つくろう様な笑顔を見せる朔夜を、司宇は黙ったまま見ていた。

「なんや不安になっとるんか。こないなもんは祭りや。楽しんでやったらえぇねん、なぁ、義輝、司宇」

 そう言いながら蓮翠が朔夜の肩に肘をかけた。

「っ!」

 それを見た司宇は、全身の血が沸き立つような感覚を覚え、気づいた時には朔夜の腕をつかみ引き寄せていた。

 急に朔夜が司宇に引き寄せられたことで、蓮翠の肘が朔夜の肩からガクンと外れた。

「えっ?なんや、どないしてん?」

 きょとんとする蓮翠に、司宇は慌てて朔夜の腕から手を離すと「いや・・・なんでもない」そう言って視線を外した。

「なぁ、今日の司宇、なんか変じゃないか?何かあったのか?」

 義輝が真顔で聞いて来た。

「べっ別に、俺はいつも通りだ」

 そう言うものの、やはり動揺は隠せない。

「ねぇ、司宇。本当に?」

 そう言って朔夜が司宇を見つめた。先ほど朔夜を引き寄せたことで思いの他、朔夜の顔が近く、司宇はがばっと立ち上がった。

「本当に、なんでもないから。種目も決まったことだし、少し出てくる」

 そう言って、司宇は部屋を出て行ってしまった。

「どこが何でもないねん。確実に何かあったやろ・・・」

 司宇が出ていった戸を見ながら、蓮翠が呟いた。

「でも、本人が言わないのに無理やり聞くわけにもいかないしな」

 そう言って義輝も心配そうに腕を組んだ。

 二人の言葉を聞いて、朔夜は居てもたってもいられなくなり立ち上がった。

「僕、様子見てくる」

 そう言って、司宇を追いかけて部屋を後にしたのだった。

 宿舎を出て辺りを見渡すも、既に司宇の姿はなかった。

「どうしよう・・・、もしかして熱がぶり返したんじゃ・・・」

 昨日の今日だ。その可能性も十分にある。と、そこへ玄武の土方蒼紫まつながあおしと、緑牙りょくががやって来た。ふたりは双子で、朔夜は未だにどっちがどっちなのか、見分けがつかない。

「ねぇ、君たち司宇見なかった?」

「司宇?それって、清国の皇子か?」

 朔夜が頷くと、蒼紫が「あぁ、さっき馬小屋の方に行ったのを見たけど」と教えてくれた。

 お礼を告げて朔夜は馬小屋へと走った。

 馬小屋へ入ると、すぐに司宇の姿を見つけることができた。

 司宇は一頭の馬と向かい合い、優しい手つきでその鼻筋を撫でていた。

 その光景を見て、素直に綺麗だと思った。

 声をかけることも忘れて、朔夜は馬と戯れる司宇に見とれていたのだ。

 どのくらい見とれていたのか、視線を感じた司宇がゆっくり朔夜へと顔を向けた。

「朔夜・・・?」

 名前を呼ばれて、はっと我に返ると朔夜は司宇に駆け寄った。

「その子、もしかして司宇の馬?」

「あぁ、踏雪とうせつって言うんだ。仔馬の頃から俺が世話をしたんだ」

「踏雪かぁ。いい名前だね。清国から連れて来たってこと?」

 司宇は頷いた。

「僕も触っていい?」

 司宇は頷き、朔夜の手を取ると踏雪の鼻筋にそっと当てた。

 踏雪の鼻筋の上で朔夜と司宇の手が重なり、朔夜の鼓動は否応なしに早くなる。

 そんな朔夜を知ってか知らずか、司宇ははなし始める。

「踏雪は賢いからね。君がどんな人なのかこの掌を伝って感じ取っているんだよ」

「・・・そっか。踏雪・・・よろしくね・・・・」

 それだけ言うのが精一杯だった。

「ねぇ、朔夜・・・隠してること・・・ない?」

「えっ?」

 思わず手を引いて、朔夜は司宇を見つめた。

 その顔があまりに真剣で、朔夜は言葉を窮してしまう。

「俺はお前に話して欲しいと思ってるから。ただ、無理やり聞いても意味がない。だから、朔夜が話してもいいと思ってくれるのを待ってるから。それだけ、忘れないでいてほしい」

 朔夜の目を真っすぐに見据えたままそう言うと、司宇はくるりと体の向きを変えた。そして大きく伸びをすると、振り返りにこりと笑った。

「行くか」

 そう言って、馬小屋を出ていく司宇の後を追いながら朔夜は混乱していた。

 司宇の言った隠してることとは、一体何を指しているのか。

 朔夜が隠していることと言えば、女子であることくらいしか思い当たらない。しかし、この時の朔夜には司宇がそれを知っているなどとは、夢にも思っていなかった。

 結局、司宇の言葉の真意がわからないままだった。

更新忘れておそくなりましたー。

コロナウイルスで、世の中なかなか大変なことになってますね。

嘘の情報もちらほらと。。。

あ、中国ってトイレットペーパートイレに置く習慣ないから、日本の需要を満たすほどの生産国なわけないらしいですよ。

え?じゃぁどうしてるかって?

そりゃぁティッシュ持参です。でもそれって流せるティッシュじゃないから、大きなゴミ箱設置してあるんですよ。拭いたらそこに捨ててね・・・ってな感じで。

まぁ、デマ情報に惑わされないよう皆様お気をつけくださいませ。

では、また。

杵島玄明

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