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月に咲け  作者: 杵島玄明
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杵島玄明です。

第三部 公開しました。

お楽しみ頂ければ幸いです。

既に新入生たちが、宿舎の庭へと集まっていた。とはいっても、全部で十六人である。

「あっ!あそこに部屋割りが発表されるぞ!」

 誰かの声に生徒たちが一斉に掲示板へと集まった。

「朔夜、僕らも行こか」

「うん」

 一足遅れで、朔夜と蓮翠も向かうが掲示板の前は人だかりでなかなか部屋割りを見ることができない。

「ねぇ蓮翠、焦ることはないよ。少し人がはけてから見よう」

「それもそうや。あんな男ばかりが寄ってたかっている所へ僕が入って行くなんて、考えられへん」

 そう言う蓮翠を見て、さっきは野次馬の中をかきわけて来たのでは?と思うも、それは口にはしないでおいた。

「榊朔夜と、三条蓮翠だな」

 一人の生徒が、朔夜と蓮翠に声をかけてきた。

 蓮翠も背は高いが、その生徒は更に長身だった。

 きりっとした眉に、意志の強そうな目。制服の上からでもその身体が良く鍛えられているであろうことがわかる。

「えっと、君は?」

「俺は義輝だ。徳川義輝。お前たちと同じ部屋だ、よろしくな」

 朔夜と蓮翠は顔を見合わせた。

「あんさん、もう部屋割りみたんか。僕と朔夜は同じ部屋なんやな」

「あぁ、それから俺と、さっきお前たちが庇っていた清国の皇子と四人だ」

「なんやて!」

 蓮翠はぱちんと扇子で自らの額を打った。

「ほんまか、あの皇子はんと同室とは!おもろいことになりそうや」

 そう言った蓮翠とは逆に、朔夜はため息をついた。ここへ来て、既に二度絡んでいるが、あの皇子にはまったくもって良い印象がないのだ。

「ほな、部屋へ行こうやないか。えっと、組はぁ・・・・」

「白虎だ。部屋は白虎の間だ」

「白虎かぁ、そらまた雄々しいことで」

 蓮翠と義輝が話す傍らで、朔夜はきょろきょろと辺りを見渡していた。

「ねぇ、あの皇子は?同じ白虎なんでしょ?」

「それが、俺も探したけど見当たらないんだ。もう部屋へ行っているのかもしれないな」

 三人は連れ立って、白虎に割り当てられた部屋へ行くことにした。

 宿舎・・・と言っても、古そうな日本家屋だ。ここは江戸時代に南町奉行所があった場所らしい。この宿舎はその頃の建物がそのまま使われているのだ。

 ともあれ、今日からここで過ごすと思うと、自然と身が引き締まった。

 大勢の男の中で、ひとり女子であるという秘密を守り抜けるだろうか。いや、必ず守らなければならない。決意を込めて宿舎へと足を踏み入れた。

 中はまるで迷路のようだった。

 大小様々な部屋があり、その殆どが何に使う部屋なのかわからなかった。

「なぁ、あの入り口の鐘楼門やけど・・・」

「あぁ、あれも昔奉行所で使っていたものだ。昔は罪人の首をはねた時に鳴らされたらしい」

 朔夜はぶるっと身震いをした。

 まさか、あの鐘がそんな恐ろしいことを告げるためのものだったとは、思いもしなかったのだ。

 そんな話を、なんでもないことの様に話す蓮翠と義輝をじっとりと睨みながらも、黙ってついていくと「あそこがそうみたいだ」と、義輝が指を指した。

 確かに、部屋の上部には『白虎』と書かれた木札がつけられている。

 部屋の戸は引き戸であるが、重厚な木の戸である。それを開けると、中は八畳ほどの和室だった。窓がひとつあり、部屋には畳一畳分の押し入れが二つ。どちらにも天袋がついている。

 その部屋の中に、あの皇子が一人座り何やら書物を読んでいた。

「やっぱりもう来ていたか」

 気さくに話しかける義輝を皇子は一瞥しただけで、すぐに手元の書物に視線を戻すと、何事もなかったように再び読み始めている。

 その光景を見て、戸惑う朔夜と相変わらず何を考えているのかわからない笑みを浮かべる蓮翠に、義輝が手招きをした。

 皇子を囲む様に腰を下ろすと、義輝が「改めて自己紹介をしよう」と切り出した。

 皇子は相変わらず、知らん顔で本を読んでいる。しかし、義輝は全く動じることなく「じゃぁまずは俺から」そう言って自己紹介を始めたのだ。

「俺は徳川義輝だ」

「それじゃぁ、あの家達って先輩はお兄様なの」

 朔夜が尋ねると、「まぁ、一応一族ってことにはなるが、俺は元々水戸の出身なんだ。「ふーん・・・」と、水戸だからなんだというのか、意味がよくわからなかったことを隠しながら朔夜は相槌を打った。全く勝手の違うこの世界で、余計なことを言えばぼろを出しかねない。

「まぁ、徳川の一族は大きいからな。俺は剣術が得意だ。あ、そうだ君も剣術はやるのか?清国の剣術は日本とは違うのか?興味がある。是非、一度今度手合わせ頂きたい」

 そう義輝は皇子に言うも、皇子は顔を上げることもなく本を読んでいる。

「ほな、次は僕やな」

 何事もなかったように蓮翠が言った。義輝も「あぁ」と、にこやかな笑みを浮かべている。

「三条蓮翠や」

「三条家と言えば、蓮翠君は公家か?」

「せや。家は京都やけど、修義館におる間は近くにある屋敷を使こうとる。帰宅日には宴を開くくとも多いから皆も来たらえぇ。あ、因みに僕の好きなもんは女子やな。かいらし女子見とると、幸せな気ぃになれるんや」

 そう言って、蓮翠は扇子を開き優雅に仰いだ。

 これまでの蓮翠のどこかおっとりとした立ち振る舞いも、公家と聞いて妙に納得する朔夜だった。

「ほな、朔夜次はお前や」

 蓮翠に言われて、昨夜は姿勢を正した。

「さっ榊朔夜です。あの、うちは代々陰陽師の家系で、神田の神社に家族がいます。それから・・・・あの・・・好きなことは・・・えっと・・・」

 朔夜は社殿の裏手にある神木の林を思い出していた。

「社殿の裏に神木の林があるんです。樹齢何百年って木が沢山あって、その木々に囲まれていると、凄く落ち着くんです。だから、そこで過ごす時間が本当に好きなんです」

 そう言って朔夜は目を閉じた。思い出すだけで、あの神木の林の優しい風を思い出すことができた。

「余程いい場所なんだな」

 義輝に言われ、はっと目を開けると義輝と蓮翠が朔夜を見ていた。

「あっはい。すみません」

 思わず自分の世界に浸ってしまったことを恥ずかしく思いながらも、最後の皇子をちらりと見ると、相変わらず本を読んでいる。

「さて、皇子はん。次は君や。一応僕たちも自己紹介したんやし、してくれへんか?」

 蓮翠が言うと、皇子は視線を本から離し朔夜たち三人を目だけで見まわした。

 そして再び書物に視線を落とすと、黙って読みだしたのである。

 朔夜は思わず、皇子の読む書物を取り上げた。

「みんなちゃんと自己紹介したんだから、名乗るくらいしたらどう」

 皇子は黙ったまま、昨夜を見ていたが書物を取り戻そうと手を伸ばした。朔夜は取られまいと書物を背に隠した。

 それを見た蓮翠がまたしても、くくっと笑っている。

「なぁ、皇子はん。なにをそんなに警戒しとるんや。まぁ、初日から面倒な先輩に絡まれて気ぃ悪うすんのもわからんでもないけどな。せやかて、僕らは同じ白虎になったんや。仲ようやろうや」

「あぁ、朝の騒ぎか・・・。同じ徳川の人間として俺が謝る。申し訳なかった」

 そう言って頭を下げた義輝を、皇子も少し驚いているようだった。

 そして、小さく息を吐くと「司宇だ」と言ってそっぽを向いてしまった。

 じっと見ていた朔夜は、あることに気づいていた。そっぽを向いた皇子、司宇の顔が真っ赤になっているのだ。

 もしかして、ただ照れてただけ?

 蓮翠と義輝も気づいたのか、司宇を見て口の端を上げている。

「司宇。いい名前だね。ねぇ、司宇って呼んでもいいの?」

 朔夜が効くと、司宇はぶっきらぼうに「別に、いい」と答えた。

 朔夜は急になんだか嬉しくなってきて、司宇に向かって身を乗り出した。

「ねぇ、司宇は何が好きなの?食べ物でも、することでもなんでもいいよ」

 すると司宇は暫く視線を彷徨わせた後で、「書物・・・」ぼそりと答えた。

 一瞬静まり返った後で、朔夜、蓮翠、義輝は一斉に笑い出した。

「なっ何が可笑しいっ」

 怒った司宇の顔は真っ赤で、それが照れているのか怒っているのかわからずに、三人は益々笑った。

「いや、すまん」

 そう言った義輝に、司宇はぷいっと顔を背けるるもすぐに覗き見る様に三人を見た。

「これからよろしゅう。司宇」

「うん、よろしく、司宇」

 朔夜と蓮翠がそう言うと、司宇はどこか困ったような顔をしながらも「あぁ」とぶっきらぼうに答えたのだった。

「さてと!」

 義輝が、ぱんっと手を打った。

「このあと宿舎での細かい規則ついて先輩方からご指南があるらしい。遅れたら事だ。行こう」

 そう言って部屋を出ようと引き戸に手をかけた義輝は「ん?」と首を傾げた。

「どうしたの?」

「いや・・・、おかしいんだ。戸が開かない」

「鍵かかってるんとちゃうか?」

「いや、鍵なんてないだろ」

 両手でガタガタと戸を揺すってみるが、何かが閊えたように戸はびくともしなかった。

 昨夜も反対側の戸を開けてみようとしたが、やはり戸が開くことはなかった。

「どうしてだろう?さっき入る時は普通に開いたのに・・・」

 首を傾げる朔夜を見て、司宇が低い声で言った。

「どうしてだろうだって?わからないのか?閉じ込められたに決まってるだろ」

「そんなっ!誰かが意図的に戸を開かなくしたって言うの?」

「それしかないだろ」

 朔夜には信じられなかった。しかし、義輝も蓮翠も司宇と同じ意見のようで一様に苦い顔をしているとこを見るとそうなのかもしれない。

「まさか!誰が!なんの為にそんなことしたって言うの!」

「朔夜ぁ、世の中ってのはそんなもんや。自分でも知らんうちに、誰かに恨まれてることなんて珍しくないやろ。誰か僕の色男ぷりに嫉妬したかもしれんなぁ」

 そう言ってまた、くくっと笑う蓮翠を見て朔夜はため息をついた。

「なら蓮翠が開けてよ。蓮翠が嫉妬されて、それでこんな目にあってるわけでしょ?だったら、蓮翠が開けてよ」

「アホ言うな。冗談や」

 こんな時にまで、とことん軽い蓮翠にいらっとしながらも朔夜は再び戸に手をかけた。しかし、戸は開かない。

「まだ入学したばかりの僕達が、恨まれるはずないよ」

「甘いな」

 言ったのは司宇だった。

 さっきまで、照れて顔を真っ赤にしていたとは思えないほど、鋭い声だった。

「だって、こんなことされる理由がないじゃないかぁ」

「よく思い出せ。さっきお前徳川家のお坊ちゃんに堂々と喧嘩売ってたろ?」

「あ・・・・」

 朔夜の脳裏に、朝の出来事が浮かんだ。

「あっあれはっ!喧嘩じゃなくて・・・ってか、司宇が大勢に言いがかりをつけられてたから・・・」

「俺は頼んでない」

「うぅっ」

 そう言われてしまってはぐうの音もでないが、あれしきの事で本当にこんなことされるのか半信半疑でもあった。

「まぁまぁ、朔夜も司宇もそれくらいにしとけ。とにかくや、今はこの部屋を出ることが先決なんとちゃうか」

「確かに蓮翠の言う通りだ。蓮翠と司宇は窓をみてくれ」

 引き戸と、窓、双方2人がかりで押したり引いたりとしてみたが、やはりどちらも開かなかった。

「あかんっ、窓も全然開きひん。ったく誰がこないなこと!もうとうに集合時間は過ぎてはるで。もう終わったんとちゃうか?」

 蓮翠の言葉が合図だったかのように、戸の向こうが生徒たちの声で騒がしくなった。と、その時だった。

 ぱんっ!と勢いよく、あれほど開かなかった戸がいとも簡単に開けられたのである。

「白虎組!招集を無視するとは初日からいい度胸だ!」

 そういい放った生徒の顔には確かに見覚えがあった。

 家達と一緒にいた生徒の一人である。

「っ!わざと行かなかったわけではありません。戸が開かなかったんです!」

 朔夜は一歩前へ出るとそう訴えた。が、逆に冷たい視線を送られた。

「随分幼稚な言い訳だな。戸ならこうして開くじゃないか!この上級生である麒麟の大矢智也おおやともなりに、そんな言い訳が通用するとでも思うか!」

「通用するもしないも、窓だってこうして」

 朔夜が窓に手をかけると、意図も簡単に開いたのである。

「え、どうして・・・・」

 困惑する朔夜の袖を蓮翠が引いた。

「無駄や」

 朔夜は悔しさのあまり、奥歯をきゅっと噛みしめた。

「白虎組は罰として次の帰宅日まで宿舎の厠の掃除だ。今日は夕食抜き!四人ともすぐに厠へ行け!ほら、今すぐにだ」

 朔夜はもちろん、蓮翠も司宇も動こうとはしなかった。戸が開かなかったのは智也たちの仕業だと言うことは明白だった。しかし証拠がない。

 やりきれない想いで拳を握りしめていると、義輝が動いた。

「ほら、三人とも行こう」

 義輝は三人の背中を軽く押すと、部屋を出て厠へ向かったのだ。

 すると背後から智也が、「昆陽」とひとりの生徒の名を呼んだ。

 昆陽と呼ばれた生徒は、いつの間にか群がっていた野次馬の生徒の中からその身を屈めて智也の前に進み出た。

「こいつらを見張っておけ。さぼるようなら報告しろ」

「お任せください」

 ひょろりとした身体に、吊り上がった目。まるで狐のようだと、昨夜は思った。昆陽は「お前たち、早く厠へ行け」と、智也への態度とはまるで違った横柄ぶりで朔夜たち白虎の四人を急かすのだった。

 四人が厠の掃除をしている間中、昆陽は入り口の柱に背を預けひとりでしゃべり続けていた。

「なぁ、お前ら気づいてるか?白虎ってのは、半端者の集まりってことだよ」

 誰一人、昆陽の言葉に答えなかった。それでも昆陽はお構いなしに話し続ける。

「俺達青龍は、俺も含めて森口有朋もりぐちありともも、吉田秋水よしだあきみも、神崎貞行かんざきさだゆきも、徳川家に仕える武士の家系だ。いづれも父は要職を担っている。そして、玄武は警察関係者の息子たち、朱雀は、この明治を先頭切って作って来た政治家の息子たちなんだよ」

 だからどうした。この言葉を飲み込んだのは、おそらく朔夜だけではなかったはずだ。昆陽の言うことは、確かにその通りである。昆陽がいる青龍は元々徳川へ仕えていた家臣団の家柄であり、玄武は江戸の新選組や見回り組の流れであり、朱雀は長州や薩摩の流れからの家柄で固められていた。

 確かに白虎だけが、陰陽師、徳川家、公家、そして清国の王族と確かに異質であるのだ。

 それからも白虎の四人が口を開くことはなかった。もちろんその後も昆陽は一人話続けていたが、その内容は全て自分がどれだけ優れているかという、あくまで自己評価の話に過ぎない。白虎の四人はその昆陽に返事を返すこともなく、ただ黙々と厠を掃除して蓮翠が「こんなもんやろ」と言った一言に、後の三人はただ頷き厠を後にしたのだ。

「お前らさ」

 終始厠の入り口で偉そうに監視をしていた昆陽が、背後から声をかけてきた。

「この修義館で、やっていけないぞ。初日から家達様を敵に回したんだ。それがどういうことがわかるだろ」

 その言葉に司宇が足を止めた。すると、すかさず蓮翠が手にした扇子で司宇の肩をぽんと叩いたのだ。

「なぁ、部屋戻ったら清国の話聞かせてぇや。僕はこの国から出た事あらへんさかい、えらい興味があるんや」

 そう言って司宇の背を軽く押した。

 朔夜は正直意外だった。まだ会ったばかりではあるが、少し蓮翠を誤解しているのかもしれないと感じていた。

「うん、僕も司宇の国の話、聞きたい」

 朔夜が司宇に並ぶと、義輝も「あぁ、確かにその話は興味があるな」と言った。

 今日の事を考えると、正直納得は行かない。白虎は確実にはめられたのだ。しかし、昨夜は不思議と清々しい気分だった。

 開かなかった戸や窓の事を考えるよりも、互いの話をしたかった。互いを知りたいと思ったのだ。それは、司宇も、蓮翠も、義輝も同じに違いないと、不思議と確信めいたものがあった。

 部屋に着くと、義輝は大きく伸びをして言った。

「さて、少し遅くなったが風呂でも行くか」

「えっ、お風呂ってみんなで行くの?」

 昨夜の心臓の鼓動が急に早くなった。

「そりゃ、そうやろ。この宿舎に何人いると思ってんねん。ひとりずつ入っとったら朝になってまうで」

 確かに、蓮翠の言う通りだ。とはいえ、はいそうですかと一緒に入浴など考えられるはずがなかった。

「あっ、そう・・・・そうだよね。でも、僕はいいや。みんな入ってきてよ」

 朔夜が一人慌てていると、その横で司宇が「俺もいい」と言って座ってしまった。

「え?どうして?司宇は行って来たらいいのに」

 そう言った朔夜に、司宇は暫く何かを考えていたがやがて意を決したように言ったのだ。

「日本では裸になって他人と風呂にはいるそうだが、清国にはそんな習慣はない」

「ほんまかっ!」

 蓮翠が驚きの声を上げたが、もちろん朔夜と義輝も驚いていた。

「そっそうか。では今日のところは俺と蓮翠とでいくか・・・」

「そうやな。せやけどこの先長いんや。いつかは慣れなならへんのちゃうか?」

「わっわかってる」

 結局、蓮翠と義輝だけが風呂に向かったのだった。

 二人になった部屋の中で、昨夜は司宇の隣に腰を下ろすと「ねぇ」と声をかけた。

「清国では、どんなふうにお風呂に入るの?」

 すると司宇は一度朔夜を見てから、静かに話し始めた。

「清国にも日本と同じように温泉はあるんだ。けど、衣服を着て入るし・・・日本人の様に素っ裸で他人と入るなんてことはしない」

「ふーん」と朔夜は頷きながらも想像してみた。衣服を着てお風呂に入るなど、逆に朔夜には想像ができなかった。

「で?お前は何故、蓮翠たちと行かなかったんだ。お前は日本人なんだから、別に平気だろ」

 そう言って、司宇は不思議そうに朔夜を見つめた。

「あっ、えっと・・・そうなんだけど・・・・その・・・・傷っ!そう、傷があるんだ。子供の頃にね。で、あまり見られたくないって言うか・・・・」

 もちろん、昨夜の身体に傷などない。とっさの言い訳だった。それでも、司宇は納得したようだった。

「夜中なら、ひとりで入れるだろ。俺もそうするから」

 そう言った司宇に、昨夜はただ一言「うん」と頷いたのだった。

 それから二人で、四人分の布団を敷くと間もなくして蓮翠と義輝が戻って来た。

 制服とは違う浴衣姿の二人。とりわけ蓮翠は色っぽかった。

 その日、四人は遅くまで様々なことについて話をしたが、すればするほど朔夜の中に小さな罪悪感が生まれた。

 本当は女子である朔夜は、どんな話をするにしろ少しばかりの嘘が混じるのだ。

 それでも、その時間は楽しくこの三人と同じ組で良かったと心から思っていた。


また来週UPします。

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杵島玄明

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