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#01 いつもの仕事

「後ろからひと突き……か」


現場はきれいなものだった。路地裏。横たわる死体。女性。20代後半。

道の先には女性の住むマンション。おそらく帰り道。

ほんの一瞬の出来事だったことが窺える。


「グングニル」


そうベテランの刑事がつぶやいた。

若手の警官が不思議そうに尋ねる。


「グングニルって……なんですか?ファンタジーの?」

「ああ……オレはあんまそっち方面は疎いんでな。そう……槍だ、槍」

「そのグングニルがどうか……したんですか?」

「ホシ(犯人)の名前だ。おい、ここを見てみろ」

女性の死体をばつが悪そうに指差す。


「こ、これは……!」

 

 

 

--20XX年。ネオカナガワの一角。

下層のとあるビル。8階。男女の話す声。


「お見事……ね。さすがグングニル」

「やめろよ」

「そんな事言って……意外と気に入ってるくせに。その名前」

「……」


くたびれた革張りのソファに腰掛ける、中性的な顔立ちの男。

髪はショートだが前髪はだいぶ伸びており、目はほぼ隠れている。

彼こそが、グングニル。

当然だがグングニルというのは偽名だ。彼の本名ではない。

普段はニルと呼ばれている。


仕事は清掃屋(スイーパー)

清掃と言っても、対象は専ら"人間"だ。


「報酬はいつもどおりポストに……」

言うやいなや、ガサッという音が玄関から聞こえて来る。

「……入ったみたいね」

おもむろに玄関に出歩き、報酬を拾い上げる。


彼女の名はイヴァルディ。もちろん、偽名。

胸ばかり大きいのがコンプレックスらしい。

ニルのマネジメントをしている。


「……あら。また依頼が入ってたわ。忙しいわね……ニルも」

「今度のターゲットは?」

「本当、仕事熱心よね……。カーロン=ルーゴス。サニーコープ社長。

表向きは、やり手の経営者。

でも実態は……人を人とも思わないブラック社長てとこね」


イヴァルディがターゲットの写真を見せる。

なかなかの美女。眉が太く大きな鼻が特徴的だ。

「彼女は今裁判で係争中……。まあ……小物だわ」

「小物でも全力で仕留めるさ。この"槍"で」

 

 

 

翌日。深夜。

ルーゴスの自宅。


「ジャップのアホども……やっちゃえ裁判みたいな空気だしやがって……

どうせ金が欲しいだけだろ!この金1円もやらんぞ!っざけやがって!」

ひたすらにワインをあおるルーゴス。

「おい!そこの警備!」

「はっ」

「お前、私の相手をしろ」

「そっ……それはどういう……」


警備に壁ドンをキメるルーゴス。

ブラウスの奥に下着がチラつく。

「そんな事、私に言わせる気か……?」

「いやっあのっ……ち、近いですルーゴスさま」


ルーゴスのワインにまみれた吐息が警備の男を包み込んでいく。

吐息は少しずつ、少しずつ、ゆっくりと、警備の意識を奪っていく。

あたたかい、甘美なる吐息。

目がうつろになっていく。

すっかり蕩け切った……その瞬間。


「ふっ……あっはははははは!」


突然笑い出すルーゴス。

「お前みたいなモブ風情が……あっはははは! おい吐息分の金払えよ! なあ!」

警備は感情がぐちゃぐちゃになってしまい、その場に座り込んでしまった。

ルーゴスがヒールで一発、蹴りを入れる。


「ったくモブに人権なんかねえってのに」

小さく毒づくルーゴス。そのままワインを片手にベランダに出る。

大きな月。眼下に夜景。天を仰ぐ。

ワインを撒き、声を上げた。


「裁判がどうした!私は逃げきってみせるぞ!!!

どうしても止めたきゃ殺してみろーーーーーッッ!!!!!」


その時だった。

ヒュッという音とともに、ルーゴスは天高く打ち上げられた。

「なっ--!!?」

体は宙を舞い、屋上に叩きつけられる。

「ぐぁっ」

月明かり。ワインまみれのスーツ。

酒の所為か、打ち付けた影響か。頭が割れるように痛い。


わけもわからず起き上がると、

そこには月の光を浴びた1人の男がいた。

「だっ……誰だ!」


男は静かに言った。

「……グングニル」


逆光から浮かび上がるシルエット。

そこには、男から、あきらかに、

巨大なグングニルがそびえ立っていた。


風を受け、木々が凪いでいる。

そんな中でも、微動だにしないグングニルが、そこにあった。


「おあっ……お、お前!そのなんだ……それが、グングニルか!?」


「そう……グングニル。貴様をグンとやって、グニる」

「グンってやって、グニる……!? う、う、……うわああぁぁああーっ!!!!」


聞いたことがある。清掃屋?殺し屋?だがもう、なんでもいい。

とにかく今、そいつが目の前にいる。


裁判どころではない。今ここで、殺される。


恐怖のあまり逃げ出そうとしたその瞬間、

すでに背後にはニルの姿があった。


「いっ……!? いつの間に!!?」

「私が近づいたのではない。貴様が近づいたのだ」


どうやらニルの先から出ている粘度の高い液体で

ルーゴスは引き寄せられたらしい。

あまりに瞬時の出来事であったため、

ルーゴスは自分の背後に回られたと錯覚したのだ。


「さあ……遊びは終わりだ。」

「ぐっっ」


「貴様には……逝ってもらう」


ルーゴスの体をガッチリとホールドするやいなや、

一気に下から、"槍"を突き立てた。


ドシュッッ


「!!!! はぅっっ…… がっ…… か は……っ……」


あっけないほどの一撃。

数秒の痙攣を経て、白目をむきドサリと倒れ込むルーゴス。

抵抗することもできない。即死だった。


「社長!」

警備が屋上に来たときには、すでに社長は事切れていた。

ニルもまた、姿を消していた。

あたりには、芳醇なワインの香りが漂っていた……。

 

 

 

翌朝。事務所。


ニルはプロテインを飲んでいた。

「昨日はどうだった?」イヴァルディが様子をうかがう。

「いつもどおりだ」

「そう……さすがね、ニルは」


「依頼は?」

「今日は……ないかな」

そういうとイヴァルディはまた眠りについた。


束の間の休息。

珍しく穏やかな顔を見せるニルだった……。

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