俺と彼女と6大栄養素
「お前っ、本当にいい加減にしろよ!」
俺の彼女は、ちょっと変わっている。
黒いというより、少し茶色に染めているセミロングの髪。
ストレートすぎて、ふわふわヘアができないと言うぐらいに真っ直ぐな髪。
美女でも美少女でもないけれど、かわいらしいという印象は受ける子だ。
背は高くもなく、かといって低くもなく、太っていても痩せていてもない。
そんな彼女に、俺はある一つの不満があった。
冒頭は、そんな彼女の不満に俺が爆発してしまったところ。
え?女の子に声を荒げるなんてって?
ちょっと、そこで非難の目を向けているあなた。
その非難は、俺の不満の理由を聞いてからにしてほしい。
聞いてから、やっぱり非難の目を向けるなら、向けてくれ。
頼むから、俺が何もしない間に、俺の怒りを非難しないでほしい。
え?ならその不満を聞かせろって?
いいだろう、むしろ聞いてくれ。
俺が、我慢ならないこと、そして彼女に対して声を荒げてしまう、その理由を。
「いつも野菜ばっかり食うなって言ってるだろっっ」
野菜を食べることはいいことだって?それはもちろん。
野菜は最近、女性の間では人気のヘルシー食。
健康にもよく、女性を野菜のお店なんかに連れて行くと喜ぶと聞いたこともある。
だから、俺の怒りは変だって?
いや、目の前を見てくれ。
目の前を見てくれたら、きっとおれの怒っている理由がわかるはずだから。
いくらヘルシー、健康的だからって、それには限度というものがあるのだ。
「べ、別に野菜ばっかりじゃないでしょ」
「目の前に野菜以外のものがあるなら、教えてくれ」
ぐっと彼女が詰まる。
彼女は反論できない。当たり前だ。
・焼きキャベツと焼き玉ねぎ(こんがりと焼けている。が、それだけだ。こしょうもふっていなければ、恐らく油だって使っていない)
・ほうれん草の茹でたもの(茹でただけだ。味付けなど、何もない)
・じゃがいもを温めたもの(じゃがばたのバターを塗っていないものにしか見えない。)
・生野菜(上の食材で余ったもの、+レタス、サニーレタス、ベビーリーフ、ルッコラ、ネギその他もろもろの緑のものが、ラーメン鉢のようなものに入っている)
以上、これが彼女の夕食である。
ちなみに昨日の夜に彼女の家に泊まらせてもらったのだが。
朝は野菜ジュース(彼女の家には3種類以上の野菜ジュースがあり、気分で飲み分けてい
る。あくまで、彼女の気分だ)
昼はラーメン屋に行って、小ラーメン(無料のねぎを、これでもかというぐらいに入れて、
店員さんに引かれていた。俺も、ちょっと引いた。ラーメンは、残していた)
昨日の夜は外食だったが、焼き肉屋で野菜ばっかり嬉々として焼いていた気がする。(気じゃなくて、焼いていた)
これでわかっていただけただろうか。
彼女の、野菜好きという名の偏食を。
そして、俺が彼女に対してなぜ怒っているのかも。
「な、何よ!あんたに迷惑はかけてないでしょ」
そう、その通りだ。俺の夕食は、コロッケ。
じゃがいもと人参しか入っていない気がするが、それでもきちんとご飯も味噌汁もついている。
もちろん、サラダは標準サイズである。
だが、彼女の目の前にはご飯も味噌汁もない。
「俺は、お前の健康を心配してるんだ」
「なんで?野菜は健康にいいじゃない」
確かに、それは一理ある。
だが、その一理では到底補えないことを、彼女はしているだろう。
ヘルシーだとか、健康だとか。そんなもの、彼女には一切関係ないのだ。
「お前のはただの野菜しか食べれない偏食だろうが。お前は栄養をなんだと思って…」
「あら、言わせてもらうけれど。野菜だって炭水化物もカルシウムも、ビタミンも鉄も取れるのよ?」
ふふんと得意げに笑う彼女。
いつもなら、俺はここで負けていた。
俺は栄養士ではないし、栄養のことなんて全然わからない。
それで、なんだかんだ彼女に言いくるめられていたのだ。
負けていたから、彼女はずっとこのスタンスを続けていた。
だが、これからはそうはいかない。俺だって、やられっぱなしではいられない。
「俺、最近愛読書ができたんだ」
「は?愛読書?」
何の悪あがきだとでも言いたいように彼女がこちらに視線を向けてくる。
その彼女に、俺はニコリと笑ってやった。
「『食の医学館』っていう本があってな、俺は最近これが愛読書なんだ。これはいいぞ。食の栄養について、事細かに書いてある」
「え?それって、500ページ以上あるわよね…」
俺は読書が嫌いだ。というより、活字が嫌いだ。
だというのに読んだ。あぁ、きちんと読んだとも。
半分ぐらい意味は分からなかったけれどもな。
「ここにな、6大栄養素とその体に対する働きっていう話がある」
にこにこと笑う俺に対し、彼女の顔はだんだんとこわばってくる。
反撃されるなんて、思いもしなかったのだろう。
「すべての栄養素はバランスよくとることが大切だ、とな」
「でも、野菜にはいろんな栄養素が」
「この本には、各栄養素が一日でいくら必要かっていうことも書いてある。例として炭水化物だが、女性の場合は、250gが一日の目安だ。100g中に含まれる炭水化物は、サツマイモが31.5g、精白米で77.1g。精白米はサツマイモの2倍だ」
「で、でもサツマイモを250g分食べたらいいんでしょ?」
まぁ、100歩譲ってそれでもかまいはしない。
できるというならしたらいいさ。
「それだけサツマイモ食って、ほかの栄養素はどうする気だ?」
「う…」
「言っておくが、六大栄養素というからには6つは絶対にあるんだからな?」
サツマイモでほかの栄養素も取れるけれど、それだけではやっぱり足りない。
栄養素が多いものをとれば、ほかのものだって食べられるのだ。
これが、バランスよくといわれることだと思う。
彼女の顔が見る見るうちに、泣きそうになっている。
ちょっと、やりすぎたかもしれない。
「言っておくけど、俺は心配してるんだからな」
何も言わないが、多分わかっているだろう。
ふうとため息をついて、彼女の目の前にある生野菜以外の料理をとる。
「あっ」
「すてねぇよ。ちょっと加工するけど」
焼いたキャベツと玉ねぎの中に焼いたウインナーも入れてコショウで味付けし、茹でたほうれん草はおひたしにする。
じゃがいもは、上からバターを落としてそのままじゃがバターに。
栄養の偏りは指摘されるだろうが、先ほどよりは良くなったはずだ。
席に戻って、俺の分の御飯のうちの3分の1を彼女に。
そしてコロッケも3つ中1つを彼女へ。
味噌汁は俺が食べるとして、サラダは俺の分も彼女の分へ放り込んで、2人で分けよう。
これで、先ほどよりよくなったはず。うん、たぶん。
正直、俺は栄養士じゃないから、栄養なんて本当はわからないのだ。
「あ、りが、とう」
下を向いていた彼女がそう小さく言う。
彼女の顔は今真っ赤なのだろう。耳が赤い。
「どういたしまして」
そういって、お箸を彼女に渡す。
素直に受け取る彼女は、まだ下を向いているが、これぐらいで赤くなるのがかわいらしい。
かわいいなぁと思う頭の中で、俺は
―――次は栄養のある料理というものでも勉強しようと思うのであった。