25. 聖女の巫女とは何する人ぞ? ④
「安心なさい、コウハ。あたし達は強いわよ。そんじょそこらの魔物なんて、寄せ付けもしないわ」
すくっと立ち上がるフアナの手には、槍が握られている。
巫女達は自由にその得物を出し入れできる。聖女に与えられた特別な加護の一つで、亜空間に武器を格納しているのだとか。仕組みは分からないが、念じれば武器が手元に現れるのだという。
「ちょうど良かった。草むしりを見せてあげる」
「草むしり…?」
双子はにまにまと笑っている。
フアナの、やけに頼もしく感じるその背を見上げる。か細い身体なのに、そこから漲る力は絶大だ。
聖女の加護は、武器そのものの重さには関与していない。つまり、フアナもこの呑気な双子たちも、自力で得物を振り回している事になる。
上手く重心を操れば、意外と長さ、重さの問題はクリアできるものだ。それを戦場で使えるか否かは別問題だけども。
彼女らは天性のセンスで得物を自由に扱っている。それこそ彼女らが「巫女」として見出された最大の理由なのだろう。
「あたし、毎日草むしりしてるの。身体を動かさないと調子狂っちゃって」
「なんだ…あれ…」
遥か前方、俺たちがいる原っぱの先から何やら不気味な葉っぱが大量に蠢いているのが見えた。
神殿を戴く山頂とは云え、その広さは膨大だ。神殿の周りは草がぼうぼうに生えた草原地帯であるが、その奥は深い木々が生い茂り、鬱蒼とした森が広がっている。
「その名の通り、草ですよ」
「パインの、葉…じゃねえか」
ただの草ではない。その森の奥から、パイナップルの大群が押し寄せている。
ツンツンとした硬い葉を頭のてっぺんに乗せて、でこぼこした身体を揺らしながらウゴウゴと俺たちの方に近づいてくる。
どう歩いているかは知らないが、動くたびにでこぼこの模様が波打っていて、まるで蛇の鱗のようでもあった。
はっきり言って、気色悪い。
魔物が、現れた。
「神殿の平和はフアナに守られてると言ってもいいくらいだよ。ほんと、この魔物は毎日毎日しつこくてね。ヤギを飼い始めたら、途端に数も増えちゃったんだよ」
「魔物…なのか?」
ここに来て最初にわたあめと遭遇して以来、なんてのほほんとした世界なんだと思っていた。
魔物なんてそれほど脅威でもなかろうと、勝手に思っていた節もあった。
俺は甘かった。敵意を剥き出しにした魔物は、本能的な人の恐怖心を駆り立てる。俺は徐々に間を詰めてくる葉を見ただけで身体が竦んでしまった。手負いの野良犬が身を守ろうと威嚇するかのように、子を産んだばかりの母猫が気を立てて襲い掛かる準備をしているかのように、めちゃくちゃ怖い生き物だった。
「敵意じゃないよ、コウハ」
「え?」
「アレは僕らを食べようとしているんだよ。だから―――」
俺たちに向けられているのは、紛れもない殺意。
ゾクリと冷や汗を流す。
普通に生きていて、他の何かからあからさまな殺意を向けられる事など、早々にない経験である。
窪んだ実のあたりに、目玉らしきものがギョロギョロと邪悪な光を発していて、カッパリと側面に空いた穴からは鋭い牙、ダラダラ垂れる涎が地面に水溜まりを作っている。
一匹一匹はそれほど大きくない。スーパーで売っているパイナップルよりも、一回りほど大きいくらいだ。
だが、数が異常だ。
「あの森の奥に、ナップルスの巣があるんです。麓まで降りてきたら大変だから、旅に出る前に巣の掃除をしなきゃねって話していたんですよ」
「ほら、ここは聖女の加護のお陰で比較的平和だからさ。フアナは退屈でしょうがないって言うから敢えて巣を放置してたんだよね。そうしたら、ナップルスが調子乗っちゃって毎日現れるようになっちゃった」
「フアナ一人で大丈夫なのか…あの量だぞ…?」
ナップルスとかいう魔物は、眼前に仁王立ちするフアナを食べ物と認識し、狙いを定めている。
じりじりと間合いが縮まる。もう、槍の切っ先が届くところまで奴らは来ている。
「勿論です!ナップルスは毎日フアナに狩られてるくせに学習能力がなくって。ああして目の前の獲物にしか興味を抱かないんですよ。まあ、ちょっと団体さんでやってくるのが面倒なんですけど」
「僕はともかく、エリザの武器は小回りが利かないからね。僕はリーチが足りないのがネックかな」
「だから、あたしなのよ!ふん!!」
ビュッ――――!!
フアナの鼻息一つで、先頭のパイナップルが吹っ飛んでいった。
否、槍の一振りだった。
「いくわ」
フアナは大きく深呼吸して、魔物の中心に飛び込む。
そしてその中心を軸にして、凄まじいスピードで回転し始めた。
戦闘の始まりである。
ゴオオオオォォォォ!!!
槍筒の端の方を持ち、ハンマー投げの要領でグルグルと回る。
空気が無理やり歪められ、ナップルスは突如沸いた風の渦に足を取られている。
ギギギグ!!
グギヤャ!!!!???
ギィィイィイ!!
しかし魔物も負けていない。
戦闘とは、所詮は数が物を言う。手数の多さが勝敗を決めることも多い。起死回生の一発勝負は、殆どが運任せである。戦でも鉄砲部隊より足軽部隊の方が多いのは、相手の懐に飛び込んで死角を奪い、確実に命を絶った方が確実だからだ。兵士が捨て駒になるのは、どうしても仕方がない事である。
ナップルスの攻撃はまさにこれだ。初手をフアナに握られた後も怯まずに、どんどん間合いを詰めていく。
フアナは360度回転して一見隙が無いように見えるが、実は上下からの攻撃には対処できない。回っている慣性に引っ張られて急に止まる事はおろか、次手へのラグが一番の問題だ。
それに回転の度合いによっては、三半規管をやられて自分自身が目を回してしまう。
「やべえぞ、パインの数が多い!!」
しかし双子は動かない。
のんびりと腕を頭の後ろに組んで、傍観を決め込んでいる。
「甘いわ!!」
ブオオオオォォォッ!!!
槍の穂先に体を真っ二つにされて旨そうな汁を飛び散らかす仲間を盾にしてフアナとの距離を縮めていくものと、飛び上がって隙だらけの頭上から攻撃を仕掛けるもの、刃が当たらないように這いつくばって匍匐前進し、彼女の足元を噛みつくものの三方から狙われたフアナだったが、次の瞬間、太刀筋が変わった。
ぶわり
ドガンドガンドガン!!!
ドガン、ドガンドガンドガン!!!
ドガン、ドガン!!
「な、んだと…!?」
なんとフアナは回転しつつ、跳躍した。
ただ跳んだだけではない。目に見えないホッピングにでも乗っているかのように、空中を縦横無尽に跳び回ったのだ。
その動きは、どこからどうみても「竹コプター」そのものである。
フアナは回転しながらビョインと跳び、地面を這いずる敵の真上に落ちる。踏まれたパインはぐちゃりと潰れて、割れたパインの欠片が彼女の創った回転の風に飲み込まれて弾丸を作る。やがてそれは自然に弾き飛ばされて、遠くのナップルスへの長距離攻撃へと繋がるのだ。
跳躍した回転攻撃で近くの敵を、敵の身体を利用した弾丸で遠くの敵を同時に倒すという、一人二役の成果を上げたのである。
隙も何もへったくれもない、人体の構造、科学で解明された様々な法則丸無視の、驚異的な動きであった。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
「なんというか、なんとも言えんというか、まあとにかく色々とすごい」
「クスクスっ」
双子は相変わらずのんびりと笑っている。
その堂々とした気後れしない態度にも、俺は驚くのである。
ここはやはり異世界だ。
俺の想像の上を行く紛うことなきファンタジー異世界である事を、再認識せざるを得ない出来事だった。
フアナとナップルスとの戦いは、それから15分程続いた。
人海戦術で襲ってきたパイナップルの群衆は、たった一人の細っこい女の子にコテンパにやられて、ギーギーと捨て台詞を吐きながら悔しがっていた。そしてほんの僅かな手勢だけとなって、這々の体で森の奥の巣へと帰って行く。
「あいつらの嫌なとこは、葉だけこうして残していくとこなのよ。葉はすぐに根付いてしまうから草むしりしないとここに巣を作られちゃう。ほんと、毎日毎日草むしりなんてやんなっちゃう。中腰で作業してると腰が痛くて」
爽やかに、晴れ晴れとした表情のフアナはどう見ても年相応の可愛い女の子で。
俺は聖女の巫女の力の断片を、ここに見るのであった。
「旅の安全も任せていてね!」
そう朗らかに笑う彼女はとても頼もしくて、だったら俺も希少な娯楽遊具としてファンタジー異世界の醍醐味を愉しむべきなのだが、何故か一抹の不安を感じてしまう自分がいる。
それが何かは分からない。
どうしてか感じてしまう。この世界のアンバランスさが、何故だか心からの安楽を取り除いてしまうのだ。
「お昼休憩終わり!あたし達はまだここにいるけど、あんたはどうする?」
「俺は戻るよ。こいつのミルクもあるし…色々と見せてくれてあんがとな」
どうしてだろう。
彼女らは頼もしい。力強く、俺に協力的で、とても優しい。
でも、頼もしければそうであるほど、かの子らが心優しき人であればあるほど、人身御供に出された幼気な子供のように見えて仕方がなかった。
俺は異世界召喚の当事者であるが、この世界では部外者、余計な口出しは出来ない立場だ。
だけど、あんまりにも女神の創った世界が稚拙というか、この子らが健気に頑張っているその反面、見返りが少なすぎるのにその不待遇さに気付きもしないお気楽な世界の在り方が、どうにも腑に落ちないんだと思う。
「旅の途中、期待してるぜ、聖女の巫女さん達よ!」
努めて明るく言い放つ俺に疑いもせず、巫女らは笑顔で答えてくれる。
「勿論よ!」
「あはは、頑張るよ」
「ふふ、楽しみですね」
この世界がもっとまともに創られていれば、こんな想いを抱かず、能天気に異世界を愉しんでいたというのに。
ああ…巫女の力なんか、知らなければ良かった。
【今日の俺の子育て持論!!】
しゃっくりしても、2,3時間くらいは放置でオッケー!!
人は1000回しゃっくりをすると死ぬという都市伝説があるが、安心しろ、死にゃしねぇ。
往々にして赤ん坊というものは、頻繁にしゃっくりをするものだ。母親の胎内にいる時から、アホみたいにヒックヒックと痙攣しているが、別段心配することはない。
元々しゃっくりとは横隔膜が痙攣して起こる人体現象だが、赤ん坊の場合はまだ横隔膜が未熟なので頻繁にそれが起きる。
というのも、ミルクを飲むとき空気を一緒に吸っちまうのが原因なんだが、赤ん坊はしゃっくりをしている間、大人のように苦しさを感じていないらしく、対処法は放置で全く構わない。
どうしても止めてあげたきゃ、背中を擦るか風呂に入れてあげれば良い。
身体が冷えることもしゃっくりが出る原因の一つだから、それと逆の事をしてあげればいいのだ。
大人のしゃっくりの止め方は、知らん。あんまりにもひどいようだと病気が隠れてる場合もあるらしいから、気になる大人は病院に行った方がいいぞ!
とにかく、赤ん坊のしゃっくりは無理に止める必要がない事だけは言っておこう。
このしゃっくりも身体が形成される前の幼き頃だけのものなので、今だけの特別なしゃっくりだと存分に味わっておく心積もりでいれば、子育てもグッと楽になるぞ!
健闘を、祈る。
次話は来週あたりにでも。





