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22. 聖女の巫女とは何する人ぞ? ①

【朗報】俺氏、ファンタジーの醍醐味を得る【異世界】


 いやいやいや(笑)

 某まとめブログみたいな書き出しは実に滑稽だ。もう古い表現か?仕事に明け暮れた20代、俺のネット用語は数世代前で止まっている。

 でもやらずにはいられなかった。多少浮かれているものでね。


 聞いてくれ、朗報だ。

 昨日の夕方だったか、ついに《王都》から伝書鳩が帰ってきたんだよ!

 俺が異世界に飛ばされて二日目の朝、この現状と今後の指示を仰ぐ伝令を送り、それからひたすら待つこと1週間。

 やっと、やっと待ち望んでいた返事が返ってきたのだ。忘れられているかと思ったぜ。


 俺がこんなけったいな異世界で別人(ユミル)として過ごしてもう1週間だ。

 リアがあんまりにも泣くから気分転換させようと裏庭をぶらぶら散歩していた時だった。

 萌えクレカと引き換えに得たヤギの背に見慣れない鳥が止まっていてさ、それを見止めた途端、俺は狂喜乱舞したね。

 やっとイベントが起きてくれたかと。


 異世界でいつまでも子育てをやっているのも限度がある訳で。

 《王都》にはもう一人の聖女とやらもいるらしく、人知を超える力は同様の力を操る者しか分かり得ない。とりあえず俺の今後のやるべき行動の道筋にはなるだろうと、呑気にヤギの白い毛を啄みながらクックルー言ってやがる鳩を鷲掴みして、神殿内に連れて行った。


 震える手で鳩の足から手紙を抜き、夕食前で食堂に集まっていた皆と頭を突き合わせながらそれを読んだ。

 俺はこっちの世界の文字が読めねぇから、世話焼きのエミールが声に出してくれて有難かった。

 ちなみに泣かれて邪魔されても困るからと、先にミルクを飲んで貰っていたリアはもれなく大人達に潰されている。俺に抱っこされてもみくちゃにされながらも哺乳瓶を絶対に放さず吸い付く姿は実に頼もしい。

 単に食い意地が張ってるだけなのだろうが。


「凄く、長いね」


「手紙が重くなっちゃったから、鳩もゆっくり飛んできたんでしょうか…」


「それより早く読んでよ!こっちからじゃ見えないわ!」


「ほらほら皆様方、コウハ様が優先ですぞ」


「随分と掛かりましたわね。途中で事故に遭っていないかとハラハラしておりましたわ」


「いいからお前らちょっと黙ってくれよ!エミール、頼んだ!」


 皆が好き勝手に喋る中、開示された手紙の内容は期待していたほど大したモノではなかったが、それでも俺やリアの処遇や対処に困っていた神殿の連中や、早く元の姿に戻って帰りたい俺からしてみたら、朗報以外の何物でもなかったんだ。


 手紙の概要は大きく三つ。


 一つ目は、《王都》の現状だった。


 魔王を倒し損ね、勇者が逃亡した《王都》では現在刀狩り―――いや、勇者様御一行の捜索を行っている。

 聖女リアをかどわかし、人類に絶望を与えた謀反人として全国に指名手配されているのだ。


「そうでもしないと王の面目も立たないんでしょ。戦争の全責任を勇者におっ被せれば、《王都》自体は安泰だもんね」


 と、フアナは言う。


 作戦が失敗して2週間。勇者はおろか仲間の姿すら目撃されていないという。郊外で畑が荒らされていたり、家畜が盗まれた形跡もあるから、どこかに潜伏しているのは間違いない。

 四面楚歌の勇者らは敵地でもある魔族側に亡命し兼ねない為、兵の殆どを港に配置。積み荷のチェックに大幅な時間を取られている。それに伴い、流通が滞る弊害が出ているのだそうだ。


「自分らを殺せる勇者が寝返れば、魔族も万々歳じゃないか?ホントは既に魔族の地に匿われているとかさ」


 魔王を殺せるのは唯一勇者なのだという。魔族としてはどうしても魔王を殺させるわけにはいかない。マナの恩恵を800年も享受し続けた魔族こそ、その立場がひっくり返る事をひどく恐れているはずだ。散々良い思いをしてきて、今更不便な生活に耐えれるはずもない。

 敵のキーパーソンを寝返らせ、味方に引き入れれば不安要素は消える。勇者も魔族もそう考えるはずだろう。

 しかしパルミラは首を振るのだ。魔族もバカではないと。


「魔族は誇り高き種族ですわ。身勝手な理由であっさり人間を裏切る勇者らを信用しないでしょう。いつ寝首を書かれるか分かりませんもの」


「懐に引き入れたらそこで魔族もお終いだって理解してるはずだよ。手紙にはこうも書いてある。不可侵領土の境目に、互いの兵を配備して勇者を警戒してるって。勇者の逃亡は魔族側にとっても厄介だから、特別に全面協力してるみたいだね」


「なんか凄いことになってんだな…」


 どの世界、どの時代に於いても後々こういう奴らが面倒ごとを引き起こす。

 早いところ危険分子の目は摘み取りたいが、勇者は勇者で下手に腕が立つらしく、力づくで制圧するとなるとそれこそもっと面倒な結果を生む羽目になる。

 ここは慎重に対処すべきであると、一旦締めくくられていた。


「世も末とも思うけど…勇者の一件、今の俺らには関係ないな」


「そうね。リア様をこんな目に遭わせた後悔はさせてやりたいところだけどね」


 フアナの目は据わっている。

 その隣で巫女の双子もおんなじ目をしているもんだから、勇者の逃亡は余程頭にきているみたいだ。





 二つ目の概要は、俺の招集命令だった。

 つまりこの俺に、《王都》に来いと記していたのである。しかも、結構な強い口調で、《王都》に赴けと拒絶の許されない事実上の命令であった。


 異世界からやってきて、こっちの世界の少年(ユミル)と中身が入れ替わった俺の存在は、どうやら《王都》にいるもう一人の聖女がすでに把握していたようで、だったらつべこべ言わずに早く対処しろよと突っ込みたくなったのだが、実は異世界人など夢物語、現実に起こるはずがないと《王都》の誰もが信じてくれなかったそうである。

 漠然と感知していたからか、100パーセントの確信が得られなかった為に説得の仕様がなかったと弁明しているが、それにしても頼りない限りだ。


 そんな矢先に神殿から文が届き、ほら見た事かと俺の処遇の話し合いをしたいのに、勇者の事で手一杯なのにホラ話に付き合う暇はない、聖女の存在意義を否定する輩に対する自作自演じゃないのかと疑われる始末。

 埒が明かないので、《王都》に来て異世界の証拠を示して欲しいという、訳の分からん指示だった。


「あっちの聖女、使えねーー!!!まあ、こっちの聖女(リア)も大概だけどよ」


「リア様は大魔法の代償でしょうがなく赤ちゃんになってるの!《王都》の聖女は口先だけの女だもん。一緒にしないでほしいわ」


 どっちの聖女が優れているとか、そんな無駄な講釈などどうでもいい。

 一見、何も変わっていないように思えるが、俺にとっては朗報中の朗報だった。

 疑っているとは云えど、一応《王都》公認で、俺の状況を理解した上での招集命令だからだ。


 これが前情報を与えず、アポも取らずに《王都》に俺が出向き、ユミルの姿で突然異世界云々と騒いでみろよ。聖女に関わる者以外は異世界の存在など知らないってのに、傍から見たらただの頭のおかしな少年である。

 ましてユミルは神殿の聖女をお育てする為に、シッター協会から派遣されたエリートだ。

 おかしな事を口走り、赤子を放置して《王都》に舞い戻り、任務を放棄して我を通す俺は下手すりゃ病院行き…もっとヤバイ状況に陥る可能性だってある。


 実は何度もそうしようと思っていた。

 手紙の返事は届かないし、リアの子育てはめちゃくちゃ大変だ。俺が元の世界に帰れる保証も無いとくりゃ、不安になっても致し方ないだろ?

 だから何もかも放棄して、すぐに別の聖女とやらの元に駆け込んでやろうと思っていた。

 でも先が見通せず、いつも二の足を踏んでいたのはこれがあったからだ。


 無計画な行動はリスクを負う。

 右も左も分からない異世界で、クルマも電車もない舗装されてない田舎道を、よく分からん文字で書かれた地図を片手にGPSに頼らず2週間もサバイバルをするなんて現実的に不可能だ。

 一人旅などしたこともなければ、野外にテントを張って眠るなんて小学生の実習以来だし、飲み水も食料だって確保できない。

 電気もないから夜は出歩けないし、魔物だって怖い。方向を知る事さえできなくて、迷った時の対処も分からない。運が悪ければ、旅の途中で野垂れ死にも在り得るのだ。


 だが、その心配をする必要がない。

 《王都》は半信半疑とは云え、異世界人の俺を正式に招待すると書いてあった。

 これは《王都》で俺を迎え入れる準備と心構えが整っているという事であり、その客人である俺を一人放り出して過酷な旅路に向かわせる苦行を望んでいない。安全かつ速やかに、俺を《王都》に寄越す義務を、神殿の連中が負ったと同義なのだ。


 加えて《王都》では、唯一聖女の味方ともいえる騎士団が俺の身柄の安全を確保してくれるそうだ。

 《王都》での宿泊先や食事などは騎士団が預かる。

 広い街中で右往左往しないで済み、尚且つ俺の生活の面倒を見てくれる場所まで提供されるとは、これ以上ない待遇だと思わないか。

 今の俺は神殿に拘束されているようなもの。その拘束先が騎士団に代わるだけで、俺にとっちゃなんら不満はない。帰してくれる手立てがあれば、な。


 最後の三つ目は、上記に付随するものだった。

 神殿の連中に対し、旅に対する最大限の協力を求める事と、神殿の巫女の3人は、俺の旅路に追従する事、この二点である。

 これも願ってもないものだ。「旅は道連れ世は情け」とはまさにこの事。大いに頼らせて貰おうではないか。


 ただ一つ誤算があるとすれば、赤ん坊のリアを一緒に連れて来いと記されていた事であるのだが。


 そうと決まればと、たちまち張り切りだした神殿の皆々様方。

 全員がパア!と顔を輝かせて、そわそわと明らかに落ち着きがなくなってきた。

 旅に付いてくる3人の巫女だけじゃない。ここに集まった、全員だ。


「わあ、やったよ!!旅だよ、エリザ!!お仕事なのに、《王都》に遊びに行けるね!!」


 開口一番、普段は飄々として俺を女装させるのに余念のない男の娘エミールが、普段着のミニスカートを翻してやけに子供っぽくはしゃいだ。


「うふふ!私も嬉しいです!学校の先生に会えるでしょうか…ああっ、流行りのスイーツもチェックしないといけないわ!」


 そのエミールに感化された生真面目優等生エリザが、年相応の女子高生のように振舞いだす。


「あんた達ねぇ…あくまでコウハのお供なんだから…。でも、都会も悪くないわね。毎日毎日()()()()なんてうんざりしてたもん!」


 最初はまともそうな事を言っていたフアナだったが、もう駄目だ。エリザと並んで大きな瞳をキラキラさせてやがる。

 後述するが、「草むしり」というのはその通りの意味で捉えてはいけない。

 彼女はこんな狭い田舎ではなく、広い荒野で走り回っている方が性に合っている。「草むしり」に飽き飽きして物足りなくなっていた彼女にとって神殿を飛び出す事は、これ以上ないほどの開放感だったに違いない。


「巫女の3人と、リアと俺か…。旅先でミルクを調達すんのも厳しいし、ヤギがいてくれて助かったぜ」


「なんと!!ムゥとメェを持ち出すならば、わたくし~も!!!」


 次に立ち上がったのは、ボンジュールことジョアンのおっさんである。


「あんたは神殿の料理人だろうが」


「だからこそで~すよ、コウハさぁん!!わたくしは聖女様の料理人ンン~なのです!聖女様に関わる全ての食を預かる身、ムゥもメェもわたくしがいなければ良い乳はだしませんよ!!」


 この1週間、聖女ご本人様であらせられるリアのミルク作りをひとっつもやらなくて、なにが聖女の料理人だ、この野郎。初めて聞くぞ、その肩書き。


 このおっさん、俺とフアナが二頭のヤギを持って帰ってきたその日から、その愛くるしさに完全に心を奪われてしまい、以来片時も離れようとしない溺愛っぷりを見せつけていた。

 もうゾッコン中のゾッコンで、暇さえあればヤギを放牧している裏庭に出没している。

 毎朝の乳搾りも自分がやると言って聞かないから勝手にやらせているが、ついには一緒に寝るとまで言い出して流石に止めた経緯があるほど、その可愛がり方が異常なのだ。

 殆どの世話もおっさんがやるので、おっさん以外が乳を搾ってもあまり出してくれないし、大人しくもしてくれない。隙を見せれば髪の毛をハミハミしてくるし、ヤギもすっかりおっさんに懐いているから始末に悪い。


 だから正直、旅におっさんが付いてくるのは有難かった。

 旅の間の食事の準備と、ヤギの世話をしなくて良くなるからである。


「お待ちくださいませ。私も参りましょう」


「はぁ?」


 次に挙手したのはアルフレッドこと、聖女の執事アルだった。

 彼は物腰柔らかく、しかも有無をも言わせない眼力を従えて、恭しくお辞儀をしながら言うのだ。


「私は聖女様の執事。聖女様のいるところつまり、私の居場所なのです」


「はあ…」


「不慣れな旅路に細々とした世話役は必要でしょう。私は赤子をお育てした経験はありませんが、貴女様方のお世話は心得ております。元冒険者のこの身、存分にお使いくださいませ!」


 アルは俺たちに同行する気満々だった。この初老の男の何に火を点けてしまったのか、唯一遠足に行くのではないと理解しているはずの大人がすっかり乗り気なものだから、俺は何も言えずただ頷くしかない。


「…じゃあ、あんたも、か」


 神殿の住人はあと2人。夕食前に帰宅するバズはひとまず置いておいて、残るは聖女リアの自称愛弟子パルミラだ。


「わ、わたくしは…」


 おっと。こいつこそ我先に付いてきそうだと思っていたが、予想外に消極的な態度であった。

 皆がリアの周りで仲良く円陣を組む中、一人情けない顔でおろおろしている。最初は他の面々と同じ顔して喜んでいたのに、ハタと思い直して以来こんな調子だ。

 彼女が項垂れると長いサラサラの髪が背中に落ちて散らばる。綺麗だが、おいおいスープの皿に髪の毛入ってんぞ!


「わたくしは、《王都》を出た身ですから…その、あまりよろしくないと申しますか…」


「ええい、パルミラ殿、はっきり致しませぬか!」


 アルの気負いが変な方向に向かっている。そんなアルに加勢せんと、3人の巫女達も動き出した。


「旅にはパルミラさんの魔法が必要になると思うんだよね」


 と、エミール。


「うんうん。火を興したり、明かりを点けたりするにも助かるし。今はリア様がこんな姿になっちゃってるから、魔法は貴女しか使えないもの。是非お願いしたいわ」


 これはフアナだ。


「私達の近接攻撃だけでは心許ないです。コウハ様とリア様を確実にお守りするには、パルミラさんの魔法が必要ですよ!それに以前パルミラさん仰ってたじゃないですか、《王都》のとっておきのスイーツ店に案内してくださるって」


 エリザが手をグーにして力説する。

 パルミラは困った顔を更に困らせて、これ以上眉が下がらない。元々垂れ目の瞳が、どうしようかと揺れている。


「ああ、もう面倒だ!お前らただ《王都》に旅行に行きたいだけじゃねぇか。事情は知らねえけど、聞いてる限りあんたは都会の街に詳しそうだ。田舎者が都会で迷わないように、冷静に引率してくれる人が必要なんだけどよ?」


 ついつい俺も加勢する。

 本当は行きたい。だけど冷静であろうと繕うプライドがすんなり首を縦に振ってくれない。

 常に気怠く、世を達観する物言いで皆の一歩後ろにいるパルミラは、異世界に来る前の俺からしたら年下の可愛い女の子で、実はこんなメンドクサイ察してちゃんは幾らでもいて珍しくない。

 後押しすれば転ぶ。その対処法を俺は知っている。前の彼女もこんな感じの性格だったからだ。


「そ、そこまで仰られるのなら、致し方ありませんわね。わたくしの魔法がお役に立つのでしたら、《王都》までお供させていただきますわ」


 ふふふ、パルミラ攻略しせり!!


「やったぁ!」


「これで皆さんもご一緒ですね」


「気心の知れた仲間だから、長旅も辛くないね」


「パルミラさんがいらしたら、心強いで~す!」


「おやおや、皆さま子供みたいにはしゃがれて。あくまでコウハ様とリア様の護衛であることをお忘れなきよう」


 今にもスキップしかねないじーさんが何を言うんだ。


「…完全に愉しんでるな、あんたら。ま、悲壮感漂わせながら旅するよりはよっぽどマシだけど」


 ファンタジーの異世界とくれば、旅は醍醐味の一つ。

 その道中での様々なイベントや戦闘、行く先々で出会う人との触れ合い、フラグ、ムフフな展開を期待するのはゲーム世界に慣れ親しんだ現代人として当然の事だ。

 四六時中神殿に籠りっぱなしで、言葉の通じない赤ん坊と二人きりで悶々と過ごさなくてもいいのだと考えただけでも、ワクワクが止まらなかった。


「よろしく頼むな、みんな!」





 こうして一枚の手紙から始まった《王都》行きで、物語が大きく動き出すのを俺は期待する。

 老若男女の大所帯を引き連れての2週間の旅路。その果てに、俺はきっと元の世界への帰り道を得るだろう。


 …ちょっとノリが強すぎる感があるのが不安でもあるのだが。


 それでも今ここに、異世界の醍醐味を俺は得たのである。


次回は来週あたりにでも予定しています。

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