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16. 驚異の子育て政策

風邪をこじらせ、肺炎で入院してました><

書けたところだけちょこっと投稿。


「フアナ、お前はボンジュールとミルクを作りに行け!」


「分かった!昨日作ったあの飲み物ね。任せて!」


「そうだ。急いでてもちゃんと哺乳瓶を煮沸消毒するんだぞ。温度も守って人肌に冷ましてくるんだ。今のこいつは多分、免疫機能が弱ってる」


「はい!」


「わたくしは、どうしたらよいのでしょ~うか、コウハさぁ~ん!!」


「あんたは湯だ!桶でも樽でもなんでもいい。リアを沐浴させるのに使うから、多少熱くても構わん。それをこの部屋に持ってくるんだ、いいな!」


 返事もそこそこに、フアナとボンジュールは慌ただしく出て行く。

 ピシリと敬礼して俺に返事をする前にフアナに首根っこを掴まれ、引き摺られて行ってしまったのだ。


「エリザ、エミール!!」


「は、はい!」


「エリザ、泣いててもしょうがねぇぞ、顔を上げてちゃんと聞くんだ」


 俺もリアの不憫さにさっき泣いてしまったのだが、この際棚に上げておこう。


「エリザはタオルだ。清潔なタオルを有りっ丈持ってくるんだ」


「グス…分かりました!」


「それとリアの布団になるようなものも。量があるからエミールと二人でやるんだ。それからエミールは、俺の着替えも頼む」


「分かったよ!君とは背丈が似ているから丁度良かったね。すぐにとっておきのを持ってくるよ。…エリザ行くよ、リア様が寒がってる」


 二人は手を繋いで部屋を後にした。

 少しエリザが不安だったが、しっかり者のエミールが付いていれば大丈夫だろう。


 ユミルの身体付きは、本来の俺とは似ても似つかない。

 華奢で身長も低く、筋肉すらもなく貧相にストンとしているのだ。


「私めは如何致しましょう」


 流石は年の功といったところか。一人冷静なのはアルフレッドだ。

 しかしその取り繕った平坦な顔には、若干の汗が滲んでいた。周りには悟られまいと、己を懸命に律しているだけなのだろう。


「アルはリアの寝床を用意して欲しい」


 アルフレッドと呼ぶのは長くて面倒だったので勝手に略してみたが、彼は咎めなかった。


「このソファは寝辛い。俺もだけどな。とりあえず、ベッドのようなものはないか?下が硬くて、出来れば大体このくらいの高さ、俺の腰ぐらいあればいいんだが。代用品でもいいぜ」


「探しましょう」


「それと、この部屋は寝所に適さない。せめて陽の光を遮るカーテンくらいは欲しい」


「かしこまりました。すぐに手配致します」


 アルは静かに出て行く。

 事の重大さは理解しているようだ。だって部屋を出る前は深々と一礼までしてゆっくりと去って行ったのに、バタンと扉が閉まるや否や、途端にバタバタと駆け足の音が聞こえたからである。


「じゃあ、あんたはこれ。…ほら」


「わ、わたくしがお師様を!?」


 戸惑うパルミラに無理やりリアを押し付ける。

 赤ん坊を抱いた事のないパルミラは、昨日の俺と同様に腕を直角に曲げたまま、固まってしまった。


「俺はこのオッサンとやる事がある」


「なんでもやるぜ!!」


 ハゲのオッサン―――バズは息巻いた。


「リアは寒くて震えてる。緊急に温めるには人肌が一番良いんだ。それに俺はこんなだろ?」


 肉の無い痩せた身体。骨の浮いた貧相な身体を触り、だろ?と同意を求める。


「あんたのその豊満な胸の隙間がいいな。赤ん坊にゃ、一番適した場所さ」


「わたくしは赤子と接した事など!」


「誰だって初めてだよ。俺だって、昨日初めて抱いたんだ。それにみんなそれぞれ動いてる。あんただけ何もしない訳にゃいかんだろ?」


「それはそうですが…」


「リアは弱ってる。マナがどうのじゃない。命が喪われようとしてるんだ。あんたの師匠なんだろ?それにリアのバイタルを視れるのはあんたしかいないんだ。…よし、オッサンやるぞ!」


 パルミラの文句など訊く気はさらさらない。彼女も腹を括るべきなのだ。


 俺はバズを促して、でっかい机やら飾り本棚、ソファやテーブルを端っこにひたすら積み上げていった。

 下働きに就くバズは筋肉隆々で力も強かった。

 俺は非力だったが、それでも男手があるのとないのとでは大違いである。


 この部屋は、仕事をするにはいいのだろう。

 だが、住むのには些か不便だ。

 大きくて派手な調度品は、自由に動き回るのには邪魔でしかない。俺は部屋に来て、今まで居場所がソファしかなかったのだ。




 全員に指示を出し、全員が機敏に動いた。

 パルミラはリアを抱っこする役目だったから、ぎこちなく固まっていたけれど。


 彼らは無能ではない。

 この機敏な動きといい、理解速度といい、むしろ有能な部類に入るだろう。

 それがどうして、リアを育てる事に関してだけ、そんなに無頓着なのか。


 その疑問は、リアを抱っこするだけで手持ち無沙汰だったパルミラが教えてくれた。

 俺とバズが汗をダラダラ流してクソ重い家具を移動させている時に俺が呟いたその疑問を聞き逃さず、その真実を教えてくれたのである。


 彼らが何故、そんなにも赤ん坊に対して無関心且つ、無知識であるのかを。





「子どもの身体は、とても柔らかいのですわね。一生、触る事などなかったと思ったのに。あなたには不思議でしょう?昨夜、無理にでもお伝えするべきだったと思っておりましたのよ」


 それは彼女のそんな一言から始まった。

 俺は馬鹿に重い机をハゲ親父と必死に動かしていて、それでも全然ビクともしないから、引き出しを全部抜いてえっちらおっちら部屋の隅に運んでいる最中の事だった。


「一生って大袈裟な。そりゃ、産まない選択もあるだろうけど」


「ガッハッハ!お前さんのようにシッターだったら触る事もあるだろうがな!普通、赤ん坊なんて見るもんじゃねえさ。そんなのは専門に任せときゃいい!」


「見るもんじゃない?そういやあんたは結婚してるとか言ってたな。奥さんとの間に子供はいないのか?」


 俺がクソ重い引き出しをたった一つヒーコラ運んでいる間に、バズは三つも積み上げている。

 自頭はともかくとして、その筋力は頼もしい。


「ああ、オレッちんとこは4人だな!」


「4人も?そりゃ、子沢山な事で。だったら分かんだろ。抱き方やミルクの上げ方、オムツの換え方とかさ。あんたが実際にやんなくても、奥さんがやってんのを見た事くらいあんだろうが。それに、こういうのは経験がモノを言う。あんたじゃなくて奥さんに来て貰うとかさ、方法は幾らでもあったろ?」


「ああん?なんで子供をオレっちが育てにゃならん。子は国のもん。カカァが産んじまった後は知らんのだ!わっはっは!」


「は?」


 知らない?子は国のもの?

 知らないって、そりゃあんまりじゃないか。付き合いのない遠い親戚のガキの近況を聞かされて、へえそうなんだと空返事をするような、自分にとっては余り興味の無い話題を振られた時の態度と全く同じだ。

 自分の子どもの事なのに無責任すぎないか。


 いやいや、俺の尺度で見てはいけない。

 ここは異世界。俺の常識だと思う事は、こっちでも常識とは限らないと悟ったばかりだ。


 俺の世界だって、多種多様の文化がある。

 その国の歴史と共に紡がれた、その国独自のやり方が。


 俺の国とて、100年ちょっと前までは鎖国していて外国文化を否定していた。

 頭にちょんまげを結い、刀を帯刀して国盗り合戦を起こし、小さな島国で閉鎖社会を営んでいたのだ。

 諸外国から見たら、日本なんて国は理解不能だったろう。今だって変な国と云われているくらいなのに。


「ふふ、そうです。これが、わたくし達の世界(アゼル)ですわ」


 異世界アゼルが人間と魔族の戦いを繰り返し、マナというエネルギーを循環する事で世界が成り立つ仕組みになっているのは昨晩説明された。

 人間側が800年も劣勢でいるのに慣れきって、戦う気力すら失っている事も。


「マナの劣勢に居続けるわたくし達人間は、マナを得られない事実に慣れました。ですが、それは次第に人の身体を蝕む事になったのです。その最たる症例が『不妊』ですわ」


 命の源であるマナを充分に得られない人間が、新たな生命を生み出すだなんてどうして出来るだろう。

 人は生殖機能を失いつつある。

 自然に淘汰される側の種族として、世界に認定されたのだ。

 世界を創造した女神の意思を覆す、神すらも想定していなかった自然界の意思だった。


「このままでは人は滅びます。この結果は女神にとって好ましくないのです。人が滅びてしまえば、マナを引っ掻き回す者がいなくなる。マナは停滞し、いずれ世界そのものも滅びてしまう」


「俺からすれば、そんな可能性を考えずに創った女神の阿呆さに呆れてしまうね。欠陥だらけのシステムじゃねえか」


 ただでさえ低い出生率に加え、栄養不足で子供の死亡率も高かった。

 余裕のない生活は、子育てに関しても余裕が無い。整っていない環境は教育を疎かにし、教育を受けていない子供は生きる術を知らず、手っ取り早く食うために犯罪を犯す。

 また、無教養は社会の発展をも阻む。文明も滞り、これでは魔族と戦う最初の一歩すら踏めない。


 人は国の礎。


 王は一大政策に乗り出した。

 これこそ、この神殿の連中が赤ん坊に無関心だった理由に繋がる。


 それは、大胆な行いだった。

 妊娠出産、そして子育てや教育に至る子供の全てを、国が一括管理する事だったのである。


「俺の世界でも似たような話があるぞ。東欧のどっかの共和国がやったやつで、結局破綻して大失敗になった。そのツケも回収できず、その国では貧困化が泥沼化してるって話だ」


「そうなのですね。ですが今のところ、この政策に不便は感じませんわ。それが施行されて、もう250年以上になりますから」


「250年!?」


 国は妊娠を奨励したけれど、強制はしなかった。

 子は国の宝とし、妊娠出産に褒美を与えるようにしたら、それを目当てに出生率は上がったという。

 その際、親に責任は一切生じない。出産に関わる費用は無料な上、妊婦は産み月から出産まで《王都》で手厚い保護を受ける。


 子育てには金と時間がかかる。

 日々の食事にも事欠く平民には大きな負担だろう。

 その懸念を、国が緩和した。


 産めば金が貰える。妊娠中の働けない期間も国がフォローする。

 子育てによるストレスも無く、教育も施さず、成長過程を気にすることもなければ、子供の食い扶持を稼がなくてもよい。

 母性なんてクソくらえ。産めば産みっ放しなのに、それが奨励される。

 俺からしてみれば考えられない施策だ。


「その費用はどこで賄うんだ?なんでもタダってワケにはいかんだろ」


「税金が高いのさ、この国は。実はな、魔族側に逃げてる人間もいるんだよ。あんま大きな口では言えねえがな!魔族には人間を雇用してんのもいる。そうやって肥沃な土地に出稼ぎに行ってる奴らもいらぁ」


「本末転倒だな、マジで」


 妊婦は出産すると直ぐに帰宅していい。子育ては義務ではないからである。

 産まれた時点でその赤子は国の所有物となり、国により育てられる。母親の権利は元々から存在しない。

 平等に育ち、平等に教育を受け、適正によって今後の人生を定められる。義務教育を終えたのちは職業を与えられ、いきなり社会に放り出されるのだそうだ。

 しかしそこに至るまでに散々思想教育を受けているし、周りの大人たちもその思想を常識として叩き込まれている。産まれた時からそうであるからこそ、大きな混乱にはならないのだという。


「オレっちにはガキは4人もいるが、それが誰でどんな奴で、名前が何なのかも知らねえ。オレっちは金を貰うだけだし、こうして神殿で働けるだけ困ってねえからな!わっはっは!!」


「……信じらんねぇな。それが、赤ん坊を…()()()()()()()()()()、か」


 子育て政策は国の根本。

 子を育てる職に就ける者は、例外なくエリート扱いされる。


「要は、国公認の孤児院って感じか。それもバカでかい施設」


「子は孤独ではありませんわ。確かに親の顔を知らずに育ちます。ですが、周りには同じ境遇の子しかいないのです。この世界ではもはや当たり前となっている事に、孤独を感じる事もないのです」


「じゃああんたもオッサンも。フアナもエミールもエリザも、みんなそうやって産まれ、育ってきたのか」


「ええ。ですから赤ん坊を見る機会は、シッター協会に務めていなければ有り得ないのです。わたくし達が子に無関心だとあなたは仰いますが、無関心なのではなく知る必要がないと、そう教育されているからなのですわよ」


「なるほど、それで…」


 思想教育はある意味厄介なものだ。中には人の論理観すら失わせてしまうものもあるだろう。


 しかし、この世界に住まない部外者の俺がとやかく文句を言える筋合いはないのである。

 パルミラ達から見れば、俺の世界こそ、子育てを親に強制させる変な世界なのだ。


 異文化交流の難しさはそこにある。

 これに宗教や教育、法律などが絡むともっと面倒な話となる。

 郷に入っては郷に従えという言葉もあるが、そういう問題ではない事も多々ある。

 偏に人は、万物共通ではない。


「コウハ様、ご理解頂けたかしら?」


「ああ、あんたらがわざと虐待してる訳じゃねえって事がな」


「無理もねえさ、ガッハッハ!!」


 物が溢れているのに殺風景で殺伐としていた部屋は、その模様をガラリと変えた。

 部屋を入って左手側の奥に全て纏めたのだ。


「ホントは全部無くしたいんだけどな」


「お師様がお気づきになられたら、きっと驚きますわね」


「やっぱここはこいつの部屋か」


 机も棚も何もかも積み上げた。お陰でだだっ広い空間ができた。

 家具を気にして動く手間もないし、大っぴらに使用できるだろう。


「なぁ、ユミルはシッターだと言ってたよな。子育てのスペシャリストって」


「子に関する機関は、王直属の専門機関となりますわ。国の礎を育てる大事なお仕事ですもの。特に優秀な方が選ばれるとお聞きしています」


「見た感じ、この身体はまだ10代だ。そんな頃から仕事をさせられるのか?」


「この世界の成人は15歳ですの。施設で適性を見極められるのです」


 子どもは平等に教育を受ける。それはさっきも言ったけど、中には得手不得手もあるし天才と凡人を一緒くたに教育するのは、どちらにとっても勿体無い事だ。

 子は年齢を重ねる度に細かくクラス分けされ、その子の特性に見合った教育を受けるのだそうだ。

 こっちの世界でもあるだろ?偏差値の高い国立大学と、どっかその辺のボンクラ私学ってやつが。


 たった一つ例外があるのだとしたら、それは王族らしい。

 唯一、血族で連なるのが王様一族。貴族や有力者の子息であったとしても、平民と同じ扱いとは恐れ入る。


「子は親を知りません。知らない方が良いからですわ。親の職業で優劣をつけてしまえば、教育に平等性がなくなり、この施策は崩壊するのです。貴族とは云えど、王の奴隷。それも一つの職業として、一代で変わるものなのですよ」


「ま、大抵はおマンマを作る農民だ!オレっちもこんな辺鄙な片田舎で米を耕せと言われたけどな」


「それがなんで神殿の下働きをやってんだよ」


「そりゃあ、縁さ。カカァ娶って平和に暮らしてても、人生何があるか分からん!途中で職を変えるのは自由だからな。国は成人するまでは過保護にしやがるが、そっから先は野放しだ」


「ふうん…大変なんだな」


 パルミラの豊満な胸に抱かれて温もったのか、リアの震えは収まっている。

 顔面蒼白でいかにもヤバそうな感じだったが、少しだけ表情が穏やかだ。硬く瞑った目は腫れぼったい棒になり、小さなしゃっくりをしている。


 といっても何も改善されちゃいねえから、油断は出来ないけどな。


「各自の仕事については、あの子達にお聞きすると宜しいですわよ。聖女の巫女も、選ばれた特別な職業です。わたくしよりも詳しく教えて下さるでしょう」


「…ま、そこまで俺がいるとは限らないけどな」


 俺の呟きに、返事が返ってくる事はなかった。



次回17話 3/5 21時 投稿予定です。

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