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11. 異世界アゼル

明けましておめでとうございます。

今年もお付き合いのほど、よろしくお願いします!

 

「まずはこれを見てほしいの」


 リアが泣き止むまで小一時間。

 泣きたくなるような晩餐を終えて、改めてと食後のデザートに出されたクッキーとコーヒーが、いままで食った中で一番美味かった。

 碌に飯も食っていなかった俺は、食いつくす勢いでクッキーにむしゃぶりついている。


 すっかり冷めたミルクは温め直した。

 今リアの口の中に、それは勢いよく吸い込まれている。

 人生で2度目の授乳は上手くいって、リアも咽る事なくチュコチュコと飲んでくれている。

 こうして見るだけだと可愛いものだ。泣くと、手が付けられなくなるけどな。


「これは…俺?いや、俺っつか、()()俺…」


 長い食卓の年季の入ったテーブルに、俺を合わせて8人が座っている。

 食堂の大部分の灯りは使ってないから消されていて、壁にはほんわかとカンテラ、食卓の上にろうそくがオレンジの炎をチラチラと瞬かせている。


 夜は更け、窓から見える風景は真っ暗だ。


 本当に暗い。常闇の夜のように。

 静かに虫が鳴いているだけである。


 フアナがそっと置いたのは、一枚の紙きれ。

 何の変哲もない―――と言いたいところだが、そこに描かれていたのは、俺であった。


 どう言ったら良いか。不鮮明な、それでいてリアルな画像だった。

 強いて言うなら、昔のFAX(ファックス)である。


 現代の若者にこの表現で通じるかは知らないが、色は白と黒のみ。場所によってはギザギザの線が幾つも入って見難い事この上無し。

 FAXに何と書いてあるんですか?なんて、相手側にわざわざ確認の電話をしてたっつー、二度手間な本末転倒な時代がちょっと前までは普通にあったんだ。


「そう、あんたよ」


()()は別人ですけどね~」


「え?」


 フアナに続いてエリザが紙をトントンんと突きながら言う。指先は俺の顔辺りにある。


 紙には不鮮明な俺の姿画像。絵ではなく、写真だ。高い場所からの防犯カメラで撮ったような、斜め上の角度で撮られた本人、つまり俺自身はカメラ目線じゃないし少しも撮られているのに気付いた様子はない。

 本来俺が毎日(ツラ)を合わせてきた年齢相応(アラサー)の俺自身の姿ではなく、高校生に毛が生えた程度の年頃。少なくとも成人はしていない若い顔をしている。

 着ている服も、今俺が着ているものだ。幾何学模様のパーカーである。前を止めるのはチャックじゃなくて紐だけど。元々着ていたオーソドックスなシャツとズボンは消え失せているのだ。


 そう、まさに今の俺。

 俺じゃない俺だ。



「これは(てがみ)です。一週間前、《王都》から鳩で届いたもの」


 その写真の背景は、ここではない何処か別の場所を映している。

 勿論、俺が意識を失う前にいた赤ちゃん専門店の駐車場なんかじゃない。

 レンガが積み重なる情緒ある風景の建物の傍を、小さなリュック一つだけ背負って歩いている様子だ。

 その表情は頼りげがなく、幼かった。

 俺の性格上、殆ど皆無と言っていいほどの情けない顔をしている。


「あんた、あたしに…あたし達にコウハって名乗ったでしょ?ここ、見て」


 フアナが指し示す場所は、紙の下部分に筆記体らしき書体で書かれた読めない文字だ。


「わり、分かんね」


 素直に読めないと認めると、フアナら3人の巫女達が示し合わしたかのようにコクリと頷いた。


「じゃあ、はっきり言うよ。文に書かれているのは赤ん坊になってしまった聖女様を、ある程度までお育てするシッターの姿形、氏名、そして経歴なんだよ」


 ああ、昼間に文の通りだ云々と言っていたのはその事だったのか。

 前もって俺を知り、初対面なのにベビーシッターだと言い切った理由はこの手紙の存在があったからだった。


「あんたの名前、変なのよ」


「ちょ…変って」


 確かに変かもしんねぇけどよ、親父とおかんが無類の三国志好きで、それに因んだ名前をどうしても付けたいからって、こんなDQNネームを名乗ってるんだから俺にはどうしようもない。

 まあ、漢字が「興覇」じゃねぇだけでもマシというか。特攻隊長じゃねえっつの。

 ねーちゃんなんかもっと可哀想だ。

 どっかの早逝した軍師からもじって「奉嘉」って名前だぞ。

 せめてもっと有名なヤツにしろよと言いたい。ほんのちょっと横に逸れたマイナー路線の武将って、意外と説明すんのがメンドイんだよ―――って、話が逸れた、すまん。



「変、の意味が違うって言ってんだろ?」


「クス。貴方と初めて出会った時、私達は何処か貴方の言動に違和感を感じていたんですよ」


「違和感?」


「うん。君は《王都》から正式に派遣されたシッターだ。でもどんなに急いでも、《王都》からここまで二週間はかかってしまうんだ。空を飛んでこない限り、不可能なんだ。更に言うと、シッターのはずなのに、リア様の扱いに戸惑っていた」


 そりゃそうだろう。赤ん坊なんてこちとら触った事も無かったんだからな。


「それに貴方の持ち込んだたくさんの道具は、私たちが知り得ない物ばかりだった。私に道具に書かれた言語は読めなかったし、余りにも出来が良すぎるというか」


「お前ら、何か変だと思いながら、それでもリアを俺に押し付けやがったのかよ。なんちゅー神経しとるんだ」


「ふふふ。そう仰らないで下さいまし。この子らは、わたくしもそうですが、とても大変でしたのよ。お師様の癇癪に一週間も振り回されていたのものですから」


 気怠そうに黒髪を弄っているパルミラは、よくよく見るとその流し目の下に隈が出来ていた。

 彼女だけではない。眠い眠いとほざいていたエリザを筆頭に、一様に皆疲れた様子であった。


「あんたの名前を聞いて確信したのよ」


「だからどういう…」


「ユミル」


「え?」


 俺の疑問を遮ってフアナが発した言葉は聞き覚えが無いもの。

 しかし何処かで聞いた事のあるような、ないような。懐かしさもあれば真新しさもある、不思議な感覚のする言葉だった。そして同時に、それが人名だと俺は何故か理解する。


「あんたの…いえ、彼の名前はユミル。《王都》のシッター協会から派遣された有能な17歳の少年。文に書かれた内容よ」


「でも実際ここに来た君は違った。君はコウハと名乗り、シッターとしての役目も知らず、聖女様の存在すら知り得なかった」


「恐らく、ほぼ間違いないでしょうが、貴方は聖女様が最後に発動した魔法の何らかの干渉…もしくは影響によってこの世界に顕れた不可思議な存在だと感じたんですよ」


 真剣な面持ちのエミール。対して双子のエリザは優しい笑みを浮かべている。


「魔法だ聖女だ世界だの。いい加減、はっきり言ってくれねえか?俺はもう、腹を括ってんだ」


 彼らを見据え、俺は言う。

 これ以上引っ張られんのは野暮ってもんだ。観客(オーディエンス)すら飽きさせる。



「分かった」


 フアナは一呼吸置き、俺が最も欲しい一言を述べた。


「あんたはこの世界の住人とは違う。赤ん坊になった聖女様に異世界召喚された、別の世界から来た人間よ」


「……思った通りだぜ」


 もう分かり切った答えだったのだ。

 これが夢ではなく、ゲームの世界でもなく。

 夢物語として一度は行ってみたいと思っていた【異世界】だという、そこの住人からの後押しが欲しかった。


 俺だけがここが異世界だと認識してるんじゃ意味がない。


「あはは。意外と動じないんだね。それを踏まえた上で、改めて君にお願いするよ」


「え?」


「あんたに、このままリア様のお世話を任せたいの」


「はい?」


「この世界の事情を、私達が知っている事を、全てお話しますから」


 3人の巫女らが畳みかけるように次々と喋る後ろで、パルミラやオッサン連中もウンウンと神妙な顔で頷きまくっている。


「ちょっと待てよ。俺、赤ん坊なんて育てた事ねえぞ!!」


 なんでそこに繋がるんだ。

 俺が異世界召喚された事と、赤ん坊の世話に何の関係があるってんだ。


「分かってるわよ。それでも、よ。あんたに聖女の加護がある限り、悪いけどその運命からは逃れられない事になってんの!」


「全くもって意味不明だ!逃れられないって、強制イベントかよ!」


「あんたも随分とまどろっこしい奴ね。ここはどーんと任せておけ!って、なるんじゃないの?」


「そんな奴、漫画の熱血主人公以外は存在しねえよ!現実にこんな目に遭うなんて知れりゃあ、ちっとは警戒すんに決まってんだろうが!」


 こうして彼らは語った。

 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。


 まさにそんな素っ頓狂な設定の世界を、俺は知る事になるのである。






 この世界の名は、【アゼル】


最初(a)から最後(z)まで、自力で永久機関を作り上げ、完結させるという意味なのよ」


 俺の母なる故郷、青き地球とは別の世界なのだと彼らは言った。


「次元が違うと思ってくれていいわ」


 世界にはそれこそ無限大の平行世界が存在する。

 ただそこにある分は互いに互いを認識する事はなく、一切の交わりを持つ事もない。

 フアナ達も自分たちの世界の他に無数の世界が存在する事を知らなかったが、聖女リアにより、そういうものがあるのだと教えられたのだそうだ。


「聖女ってのはそもそも何だ?」


「ああ、そこからね」


 俺の住む世界とは違う次元にある【アゼル】は、その名の意味が示す通り、生命エネルギーの循環によって成り立つ世界なのだという。


「そのエネルギーを私達は、()()、と呼んでいます」


 この世界はひとりの女神によって創造(つく)られた。

 神の力とはマナの力。

 女神は自分の姿によく似た「人間」と、それから供に連れていたペットを模した「魔族」を創り、二分割された二つの大きな大陸にそれぞれを住処とさせた。



「生き物には全てマナが備わっているのです」


 マナの力は森羅万象。

 あらゆる事象に関与する。


 例えば繁殖。例えば繁栄。

 マナが満ちれば生き物は育まれ、進化し、数を増やす。

 大地は実り、水は溢れ、天は穏やか。食い物にも困らず、そして万物の力を得る。


「それがすなわち、魔法ですわ」


「リア様が泣いた時、凄い力が巻き起こったでしょ?厳密にいうとあれはちょっと特殊だけど、まあ、そんな感じのものよ」


 だが世界に充満するマナは無限でありつつも、有限でもあった。

 つまりマナの数は固定。それ以上でもそれ以下でもない。

 マナが世界に喪われる事はないが、世界に巡らない限り、生命の源が停滞する。


「マナの絶対数は変わらない。極端に言えば、人と魔族に1ずつ。残りの8は自然界に漂っている。何もしなければ、そのまんまなの。何も生む事は無い」


「だから女神はマナの循環を行ったんだよ。人間と魔族、それぞれを永遠に戦わせる事によってね」


「オレたちゃそれを、人魔戦争と呼んでる」


 フアナにボコボコにされたハゲのオッサンがパチンと頭を叩く。

 その呑気な様が、戦争などという物騒で大それた単語を、殊更軽いものとさせた。



 戦争ではマナの覇権を争うのだという。

 創造の女神は、二つの種族に優劣を与えなかった。それぞれに得手不得手と、保持するマナの仕組みだけをちょっとだけ変えて争わせた。


 人間は器用。団体行動と規律と秩序を重んじる。

 マナは各々が保持していて、そのエネルギーの量も個々で違う。

 人は集団で戦い、武勇と知略の両方を持ち合わせる。それが文明を築かせ、更なる発展を目指す種族である。


 対して魔族は力。単独でも生きられる強さとタフさを持ち、個々の能力も高い。様々な形状をしているのも特徴だが、一貫して協調性が無くまとまりもない。

 だが、個々のマナが繋がっていて仲間意識が高く、ひとたび闘いが始まるとわらわらと集まってくる。

 考えるのは苦手で、本能のまま生きている者も多い為に、文明開化にも興味が無いのが挙げられよう。


「マナの覇権って、昼間にフアナが言ってた…ほら、マナの劣勢が何とかって言ってたあれか?」


「ふふふ、頭のいい人は好きですわ」


「ど、どーも」


「その通りよ。女神はマナの恩恵に優劣をつけたの」


 2つの種族を互いに争わせ、勝った方に「マナ」という褒美を贈る。

 森羅万象のエネルギーは種族の発展に繋がる。

 本能として子孫繁栄を組み込まれている生き物は、是が非でも欲しい力だろう。


「なるほど…エネルギーを魔族か人間か、どちらかに独占させるのか。でもそうなると独占した方が完全有利にならねえか?」


「なりますね」


 と、エリザ。


 マナの優勢種族はまさに天国。

 逆に劣勢種族は地獄なのだそうだ。

 木々は枯れ果て、水は干上がり、大地は痩せる。作物が実らないので日々の食事にも事欠く有様。

 そのような状態で出生率は下がり、築いた文明も維持する力もなく廃るだろう。


「さっきの数字で云うなら、勝った方に7。負けた方に1。残りの2は自然界に漂っているってとこかしら」


「こりゃひでえ差だな…」


「だから血眼になって、マナの恩恵を取り戻そうとするんです」



 女神は劣勢種族の救済措置として、『勇者』を誕生させるのだそうだ。

 勇者を介した種族は瞬く間に強くなり、それこそ死に物狂いでマナの覇権を獲得しに、相手側の大地に侵略する。


「これが戦争になるきっかけ。この戦争で互いに多くの死傷者を出して、大地は削れ踏み荒らされ、マナは搔き乱されるんだよ」


 そしてマナは女神の元に還り、再び巡らせる。

 新たな勝者の元に、失ったマナを一気に与えるのだ。



 この繰り返しによって、【アゼル】はマナというエネルギーの自己補完と生物の存続を可能とさせた。

 女神の造り(たもう)た、この世界の仕組みなのである。


ストック分は終了。

次回更新は来週となります。

ツイッターにて活動報告します。


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