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10. 神殿の中の愉快な住人達

昨日は更新し忘れました。

 

 待ってましたと云わんばかりに、俺の席には次々に人がやってきた。

 物怖じする奴は、基本的に誰もいないらしい。


 入れ替わり立ち代わり、わざわざ俺に杯を―――中身はただの水だが、注ぎに来る彼らは根は気のいい人達なのだろう。


 フアナを含めて、7人。リアも人数に入れるとしたら8人か。

 神殿に住んでいるのはこれだけなのだという。

 それぞれ葉っぱをムシャムシャと、一見味がしなさそうなのにツンと苦みが襲う代物を、信じられないくらい美味そうに食らいついている。



「お口に、合わないのかな?」


 行儀悪くフォークで突いてどうしたもんかねと思案していたら、ポニテの少女が隣に座った。


「味付けが、な」


 もはや味付け云々の問題じゃないけどな。そもそも落ち葉は食うもんじゃなく、芋を焼くもんだ。


「そっか、少しでも綺麗な葉を拾ってきたつもりなんだけど」


 そう屈託なく笑う顔にはちっとも悪気なんてなくて、余りに綺麗な顔をしているものだから、俺はゴクリと生唾を飲んだだけで二の句が継げなくなってしまった。


「あはは、リア様も食べたいかな?」


 葉っぱを一枚手に取って、ぼうっと虚空を見ているリアの小さな口の中にグイグイと押し込んでいる。

 その手つきに遠慮がない。


「あんた、見かけによらず乱暴だな」


 リアに泣かれると面倒なのでその手を制し、彼女を真正面に見据える。


「ようやくこっちを見てくれた。お昼にも逢ったけど、改めて初めまして、だね」


 濃い紫の髪をかき上げる。白いうなじに自然と目が移る。

 俺よりも随分と年下、フアナやもう一人の三つ編みの少女と同じくらいなのに、妙な色気がある。


「僕の名前は、エミール。同年代の同性が近くにいなくて寂しかったんだ。是非、友達になってくれたら嬉しいな」


「お、おとこ…だって?」


 落ち着いて、凛とした声。

 濃い紫の長い髪を後ろに一つで縛って、サラリと受け流す。

 少女と見間違うほどの美貌。切れ長の瞳は確かに云われてみたら硬さがあり、フアナとは着ている衣装もちょっと違う。


「あはは。でも、女の子の恰好は嫌いじゃないよ?僕の服はもう少し質素だったんだけど、可愛くないからエリザに頼んで縫製してもらったんだ」


「似合うでしょ」と、やや自虐的に笑う顔は何処ぞの美女…もとい、美少年ですかといった具合である。

 いや、最近流行の『男の娘』ってやつなのか。


 同世代とエミールは言うが、俺は28歳になるオッサン間近のアラサー青年である。

 しかし俺のこの見た目、彼らと殆ど変わりがないのも事実だ。


 驚き止まる俺をエミールはただ微笑みで返し、フアナと談笑している三つ編みの少女を手招きして呼んだ。


「僕らは双子の兄弟なんだよ。どっちかが兄か姉かは、分からないけどね」


 そうして俺の目の前に現れた三つ編みの少女はゆっくりと会釈し、綺麗な笑顔で俺の目を奪うのであった。



「聖女様の巫女、エリザと申します」


 薄紫の三つ編みの少女。

 背筋を伸ばし、両手を揃えて、礼儀正しく名を述べた。

 腰までの長い髪を背に流し、にこりと笑う姿は清楚。噂に聞く大和撫子とはまさにこんな子を言うのだと思う。

 フアナとはまた違ったタイプの美少女で、素朴で初心(うぶ)な感じがまた堪らん。


 流石、双子。エミールと雰囲気がとても良く似ていて、決して派手ではないが二人とも神秘的な美しさがある。

 しかもこの少女、ふんわりした巫女の衣装からあふれんばかりのその胸の膨らみを、男のロマンスを兼ね揃えているときたもんだ。


「よく寝れたか?」


 心の底まで見透かされそうな瞳から逃れるように、敢えて彼女に茶々を入れる。

 問答無用にリアを押し付けた彼女は、眠い眠いとボヤいていたのを思い出したのだ。

 当番で洗濯に勤しむフアナを余所に、彼女は寝ているとも言っていたっけな。


 すると彼女の顔が真っ赤になって、あわあわと顔を隠す。

 心臓がきゅっとなるくらい、可愛い仕草だ。


「ごめんなさいです…眠るの、好きなんです。…その、のんびりするのが…」


 クソ真面目で優等生の委員長タイプっぽい見た目なのに、案外自堕落なようで驚いた。


「あはは。エリザは気が向かないと何もしないもんね。その分、フアナがやっちゃうから」


 そのフアナは今、禿げのオッサンと何やら楽しい雰囲気である。


 ピンクの方までの癖髪に、ぴょこんとツインテール。ワンポイントのリボンが少女にあどけなさを感じさせる。

 一言で、美少女。

 ハキハキとよく気が付き、てきぱきと働く。それで料理が得意とは男の理想そのものだ。

 多少性格に難はありそうだが、それを抜きにしてもモテるだろう。高嶺の花とは、まさにフアナのような人を指すのかもしれない。

 この人達以外に、若い男がいれば、の話だけれど。


 エリザ曰く、フアナは16歳。双子は一つ年下の15歳なのだそうだ。

 そして『聖女の巫女』という、神殿では重要な役目を担っているらしい。


「僕の方は御子の方だけどね」


 簡単に云えば、聖女様とやらの世話役なんだと。

 本来は女性のみが司るが、資質というか相性というか、とにかく双子の能力が余りに秀でていたから、男であるエミールであっても抜擢されたのだそう。


 それも、聖女本人に。


「こいつ、赤ん坊なんだけど?」


 小さな口の中に収まらないのか、リアはよく舌をチロチロと出していて、今も飽きずにやってるもんだから涎でぐちょぐちょだ。


「こいつがその聖女サマなんだろ?」


「ふふ、その通りですわ」


 すると俺達の会話を聞いていたのだろう。ずっと頬杖をついて面白そうに眺めていた長い黒髪の女性がスクと立ち上がった。



 実は、いや…かなり気になっていた人だ。

 昼間この神殿に連れていかれた時、思わせぶりに滑らかな腕だけをくねくね見せていた女性。

 低めのセクシーボイスといい、先がほっそりとした指といい、如何にも男を手玉に取ってきましたと云わんばかりの雰囲気をぷんぷんと醸し出している。


「どうも」


 リアを抱っこしていたから頭だけ下げる。

 その姿を凝視しながら内心ドギマギしていたのを見透かされただろうか。彼女は腰までの長いストレートの黒髪を気怠そうに弄っている。


「あんたは…」


「パルミラ、ですわ。最も、あんた――と言われる筋合いはないのですが」


「悪ぃ。俺、あんま言葉遣いが良くなくて」


 俺の欠点。これでかつての上司からも叱られていた。

 精一杯悪ぶって見えるから微笑ましくて、元顧客の老人達からは面白がられていたが、世間では通用しない事も知っている。

 自覚をしているのにすっかり習慣になってしまって、なかなか治らない。


「ふふ、結構ですわ。わたくしも変な言葉遣いだと、フアナさん達に言われますもの」


「まあ、確かに。なんつーか、お嬢様みてぇな」


 漫画のキャラクターで「オーホホホ」と高笑いする高飛車なお嬢様をイメージする。語尾に「ですわ」なんて喋る奴なんて、現実にはいないと思ってた。

 エセセレブママの「ザマス」なんかもそうだけど。


「ふふ。いい加減、全てを知りたいと仰っているようなお顔ですこと」


「なんだ、分かってんじゃん」


 パルミラの紫水晶(アメジスト)色の瞳が細くなる。値踏みするような、不躾な視線。


「大概思わせぶりなのもどうかと思うがな。あんたもフアナ達も。訳も分からずここに連れてこられて、こいつの世話を押し付けられて」


 リアの頭を撫でる。

 ふわふわの髪を指でこねくり回すと、頭までクルクルと動く。

 首が据わってないから心許ない。


「その子こそ、聖女。わたくしのお師匠様ですわ」


「はあ」


「薄々お気づきかと思いますが、その腕の赤子は聖女の仮のお姿。正しくは()()()姿()、というべきでしょうか」


 すると今度はフアナがずいと会話に割り込んでくる。


「パルミラさん。そこまで話すなら、そろそろ本題に入ろっか」


「フアナ?」


 フアナがそう一言喋ると、途端に皆ガタガタと席を立ち、葉っぱだらけのご馳走もどきを片付けていく。

 皿の葉っぱは残り少ない。チョビ髭ボンジュールが一つの皿にまとめ、大事そうに抱えて持ち出している。


「まだ食べるの?」


 フアナが訊くから慌てて首を振る。


「勿体無いな。味付けに貴重な塩を使ったのに。でも、合わないのならしょうがないね。ジョインさん、こっちもお願い!」


 その名に振り返ったのはボンジュールだった。

 彼は大袈裟に嘆きながら、俺の殆ど手付かずの皿を片付けていく。

 悪いとは思うが、喉を通らないのだからどうしようもない。その辺に落ちている葉っぱなんて、食べようとする方がどうにかしている。



「コウハ様、リア様のお食事は宜しいのですか?」


 リアのミルクは沸騰した湯から作ったからまだ熱い。

 新たにテーブルクロスを敷き直し、その上にカチャカチャと食器を並べるロマンスグレーの男はアルフレッドと名乗った。


「本名ではありません。字名(あざな)のようなものです」


「あんた、執事なのか?」


「はい。執事に与えられし称号を名乗らせて頂いております。リア様が降臨なされた時からお傍に居ります故、かれこれ30年にもなりますか」


「降臨…」


 聞き慣れない、それでいて一方で聞き慣れた言葉を反芻する。


「夢、じゃないんだな」


「貴方様も私も皆様方も、すっきり目覚めておられますよ」


「だとしたらこれは―――」


「…恐らくは、貴方様が思っていらっしゃる事で間違いないと思います。ですが…」


 アルフレッドは垂れ目がちな細めを棒にして笑っている。


「それは私から説明するわけには参りません。今は敵焼くなお方が皆、デザートの準備中でございます。もう暫し、お待ちいただければと存じますが」



 その時、思い切りバチンと背を叩かれた。


「っ!!!な、なんだ!?」


 つんのめってリアを膝ごと押しつぶす。

 機嫌が良いのか知らないが、それまで舌を出し入れしていただけのリアの顔が歪み、あの「へけへけ」が始まってしまった。


「ちょ!!」


「へけっ、へけっ」


 やばい、泣く!

 誰が俺の背中をいきなり叩きやがったんだと振り返ると、きょとんとした顔の禿げ頭。

 テカテカとろうそくの灯りを反射する小憎たらしい肌色が、ずんと俺に突き出されている。


「おやおや、ご機嫌斜めかね」


 にやにやと下品な笑い声。

 最後の一人、名は確かバズと言っていたか。


「誰の所為だよ!っつかなんだよ、いきなり叩きやがって!」


「へけっ、へけっ、へけっ」


「お前さんが落ち込んでいるように見えたから慰めたつもりなんだが…逆効果だったかい?」


 悪意のない、純粋なつぶら目にウっとくる。

 こういうタチの悪い善意が扱いに一番困るのだ。

 悪い奴じゃなさそうなんだけど、間が悪いというか、空気が読めないというか。


 食事中も食えないって言ってるのに、どんどん皿に葉っぱを盛りやがる。

 この男は神殿の下働きで、主に買い出しや庭の手入れ、掃除や水汲みなど様々な雑用を引き受けているのだそうだ。

 この神殿の麓に村があって、今日は来ていないが奥さんと交代で通っているのだと聞いた。


「ふぇわぁぁあああああ!!!」

「ほんわぁあああぁぁあぁ!!」

「ほんわぁ!ほんわぁ!ほんわぁ!」


「くそ、また!」


 ついに本格的に泣き出しやがった。


 ガタガタガタガタ!!!!


 大きな食卓のテーブルが、そこだけ地震でもあったかのように揺れる。

 白いテーブルクロスがぶわりと風も無いのに舞い、上に置いてあった並べたばかりの皿をまき散らす。


「やべえ!」


 中腰となって床に落ちていく皿を受け止めようとするも遅かった。


「あわあわあわ」


 ガシャン!!とけたたましい音を立てて皿が次々と割れていくのを、エリザは右往左往しているだけだ。


「ほわ!ほわ!ほわ!」


 今度はろうそくの火が何倍にも大きくなる。

 垂れた蝋に火が燃え移り、テーブルクロスが焼き焦げていく。


「ふふ。お師様ったら、なんてことをしてくださるのかしら」


 その様子をパルミラがのほほんとみている。


「あんたの所為よ!!」


 フアナがバズの禿げ頭を殴る。カポンといい音!

 とにかくリアを泣き止ませないと、と両手の塞がる俺の代わりによくやってくれた!


「リア様がこうなったら、部屋がめちゃくちゃになるって何度も言ってるでしょ!!」


 怒りが収まらないフアナが蹴りを追加で食らわせている横で、エミールとボンジュール(ジョイン)が必死にデザート用の焼き菓子を死守している。


「これだけは、守りま~す!!」


「あはは、お皿、また割れちゃったね」


「ふぇ!ふぇ!ふぇ!」


 やはりリアが泣くと、それに感化されたかのようにこの惨事が巻き起こる。

 まさに室内に吹き荒れる台風だ。恐ろしい有様で目も当てられない。


「おーよし、よし、よし。ハゲは成敗されたからな、頼むから泣き止め、泣き止め!」


 泣き止ませ方なんて知るもんか。俺にはどうしようもなく、ただリアを揺り動かすだけに集中している。

 ちなみに、哺乳瓶を突っ込んでもダメだった。これで効かないなら俺の万策も尽きたも同然。

 もう何もかも諦めて、自力でリアが泣き止んでくれるのを待つしかないのである。



「何なんだよ、これ…」


「魔法よ、魔法」


 台風の中心にいる俺とリア。

 加護かなんか知らんが、割れた皿の破片が遠慮なく飛んでくるも俺にダメージはない。

 薄い膜でも張ってあるかのように、カキンと当たって弾かれた後、落ちていくのだ。


「魔法!?」


 ああ、ついにこの単語が出たか。


「赤ん坊になってしまったリア様は、魔法の力を持て余してしまって、制御ができないみたいなの!」


 しかし、俺以外は普通にダメージを食らっている。

 フアナは頭を縮こませ、スープの鍋蓋を頭上に掲げている。

 巫女服の袖が切れている。ここは危ない。


「とりあえずお前たちは表に出てろ。リアが泣き止んだらまた戻って、今度こそ説明してくれ」


「わ、分かったわ」


 見るとエリザとエミールも同じように蓋を装備して他の面々を爆風から守っている。

 その顔は真剣そのもの。エミールに至っては、その綺麗な足に赤い線がプクリと筋を作っている。ガラスで切ったのだろう。


「リア様の声が届く範囲で、この現象は起きるからね。僕らは外に出ているよ」


「コウハ様、どうしても収まらない時は、殴って気絶させてちゃってもいいですからね」


「おいおい…」


 最後のはエリザだ。この娘、おっとりして出てくる言葉が物騒で困る。


「じゃあ、任せたわよ。ほら、みんな行きましょ。バズはこれから反省会ね」


「まじっすか」


 騒がしくフアナ達が部屋を出て行く。

 ガシャンと閉められた扉に、容赦なくガラスの雨が渦を巻く。


「ふえええええええ!!ふええええええ!!!」


「なんだかなー」


 ポツンと置いてけぼりを食らう俺。またも真実を聞きそびれてしまった。


「しょうがねえ、こうなったら意地でもお前に付き合ってやらあ!」



 リアをポンポンとあやしながら俺はその場に胡坐を掻いて座り込む。

 ほとぼりが冷めるまでどれくらいかかるか。


 泣き叫ぶ赤ん坊を目の前に、俺の嘆きは掻き消えてしまうのであった。


良いお年を!!

明日1/1まで更新できます。

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