1. prologue Side・R
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――――…。
互いに対峙し、睨み合うふたり。
激しい力がぶつかり合う。しかし完全に均等。
力は相殺されダメージは受けないが、衝撃波は壁に反射され、間接的に喰らってしまう。
――――…。
どちらもボロボロ。拮抗すぎるのも考えものだ。
なかなか致命傷が与えられられない。戦闘が長引くと体力も精神力もいずれ尽きる。
それは向こうも言えるだろうが。
「クスクス!こうも食い下がるなんて、思いもしなかった!」
漆黒の滑らかな髪が翻る。
真っ直ぐでサラサラの髪は小さな頭の両端に結わえたリボンの先からピョンと垂れ下がっている。
パッツン前髪は汗で若干湿っていて、額に張り付いている。
飄々とした表情の美少女であったが、何でもない風に取り繕ってはいるものの、やはり戦闘の疲れは垣間見える。
額の汗が、ツツとその可愛らしい頬っぺたを伝った時、対する女もニコリと笑った。
「流石は“魔王”と名乗るだけの事はある。決して見くびっていた訳ではあるまいが、そちもなかなかやるのう」
女の年齢は成人から幾ばくも感じられない。幼くもありながら、妙齢にも見えるのはその口調と自信気な表情の所為か
美しいプラチナブロンドを惜しげもなく晒し、毛先に癖を残す髪を無造作に掻き上げた。
「あたしのお城をさんざん壊しちゃって、言う台詞がそれ?これ、直すのにどれだけお金がかかるか、あんた知ってんの?」
「金など奪うだけではないか」
「そうよ!また稼ぎに出なくちゃいけない。あーあ!あんたの所為で、また罪なき人間が犠牲になる。この修理の規模だと…町ひとつ分じゃ足りないみたいだけど?」
それでいいの?
と、意地悪く笑う少女は、これが敵対する宿敵でなければ愛らしさで抱きしめていただろう。
「抜かせ。そちの城はこのまま廃城と化す。修理どころか消し炭になるぞ?」
負けじと挑発し返すと、少女は途端に手から閃光の刃を繰り出し、女に向かって投げ付けてきた。
「ふふ。今更激怒するとは、難儀なオナゴじゃの」
光の刃を素手で受け止め、女は笑う。
高い声。黒髪少女の舌足らずとはまた違うが、若く愛嬌のある声だ。
随分と古風な物言いだけが気になる。
――――…。
「あんた性格悪いって言われない?ああ、だから一人なのかなー?」
「む」
「こおんな場所に一人で乗り込んでくるからどんな“勇者サマ”かなーって思ってたけど。蓋を開けてみれば、か弱き“聖女サマ”が一匹」
「仕方あるまい」
魔族の支配地の最北端。
“魔王”の君臨する最後の居城に“勇者”を抱いて仲間と共に意気揚々と乗り込んだ。
しかし魔王城の敵は強く、一筋縄ではいかなかった。
最初に魔法使いが魔法力を使い果たして離脱。次に回復が追い付かなくなった僧侶。間接攻撃も支援も失ったパーティはやる気を失くし、もともと勇者の使命に乗り気で無かった“勇者”は突然「帰る」と言い出した。
思い出すだけで腹立たしい。
だが、そんな者を勇者として担ぎ上げ、ここまで導いてきたのは自分なのだから責任自体も自分にある。
冒険の最中に入手した緊急脱出用離脱具を使って魔王城からさっさと居なくなってしまった勇者と、それを追いかけて行ってしまった残りの仲間。
ポツンと一人残された聖女は今更戻るのも面倒で、勇者を介さないまま、ついに魔王と対峙するに至ってしまった。
「そちも同じであろ。四天王とやらはぶっ潰した。そちも一人きりじゃ」
魔王を護るだけあって難敵だったのだろうが、所詮は聖女の敵ではなかった。
「それに、そちは妾一人でも勝てる。勇者がおらぬのは想定外じゃが、まあ幾らでも言い訳は立つ」
「ふふんだ!そう簡単に倒せるあたしじゃないよっ!」
「そちとて妾に敵っていないではないか。所詮は小娘。発育も未達、頭も空っぽ。魔力だけはそこそこあるが、それだけじゃ」
「ぬぬぬぬぬー!!よくもぺったんこって言ったなぁ!!!」
ジャキリ
魔王の少女は光の刃を身体中に張り巡らせた状態で、己が身長よりも遥かにでかい大鎌を振り回し、突っ込んできた。
顔が真っ赤。
琴線に触れたらしい。
「地雷、じゃったか」
「あんたもぺったんこじゃないのーーーー!!!」
「ぬ」
加護の効果のある清き衣はゆったりとしていて身体の線が出ない。
魔王ががむしゃらに鎌を振り回すものだから避けきれず、思わず胸元が露わになる。
それは――薄い。人の事など言えないほどに。
僅かな膨らみはお情け程度でしかなく、洗濯板といい勝負である。
「ふ、ふん。妾は成長過程じゃ。数百年も生きておるのにちっとも成長せぬから幼女の姿を取り続けて、現実逃避しておりそちと一緒にするでない」
「むっきーーーー!!!!」
怒髪天を衝くとは、まさにこのことか。
「もう怒った!本気で怒った!!めちゃくちゃ怒ったああああ!!!」
ドカンと顔から湯気が出て、大きな爆発音が聞こえたかと思ったらまた凄まじい攻防戦が始まった。
――――…。
聖女は出来るだけ防御に徹する。攻撃してもあまり効かないのは先刻までの戦闘で知った。
魔王は一人。このまま疲れさせれば、勝機の隙が見えてくるに違いない。
万が一の時の保険も、聖女にはある。
魔王を倒せは、暫くは平和になるだろう。
マナの覇権が人間に移り、魔族は衰退する。
人間は神の庇護下に入り、潤った大地の上で幸せに生きるのだ。
そしてまた何十年か何百年後に、今度は魔族の中に“勇者”が生まれ、マナの覇権を奪わんと戦争が開始されるだろう。
創世の時代から、こうして世界は成り立ってきた。
女神の下僕である導きの聖女である自分も、これが終わればお役御免。
ようやく責務から開放され、自由に生きる事が出来るのだ。
だから是が非でも今、この魔王を倒してしまいたい。
例え刺し違える事になっても。
どうせ女神はまた自分を生き返らせてくれるのだろうから。
――――…。
「あんた!さっきから何をブツブツ言ってんの!小癪な真似、するんじゃないでしょうね!」
「阿呆が。手の内を晒す馬鹿が何処におるというのじゃ」
「あたしはアホでもバカでもなああああい!!あんたが余裕ぶってるのも今のうち。どうせ一騎打ちで手数の多いあたしが隙を見せるのを待ってるんでしょうけど、お生憎様よ!」
「なぬ?」
少女は空中で立ち止まる。
ゴシック調のピンクのドレスは少女によく映える。
彼女は服に付いた誇りをササっと払い、にんまりと笑った。
「何を…?」
「魔王軍最強四天王。あんたが余裕ぶっこいて殺しちゃったあの四人は、この城を護るためだけにあたしが作った魔族。それなりに魔力を使ったから倒されたのは痛かったけど、でも突破されるのは分かってた」
「負け惜しみか?」
何だか嫌な予感がする。
悪寒にも似た感覚。聖女はブルリと身体が震えたが、魔王に悟られないようにあくまで冷静な口調で問う。
「そちは一人。妾も一人。もうそろそろ決着をつけようではないか」
「クスクス!だっから~、一人じゃないんだよなあ」
「なぬ?」
魔王は城の天井高く舞い上がり、パン!と手を叩いた。
身構える聖女の周り、魔王の玉座に飾った禍々しい光の灯りが途端に消える。
急に真っ暗となって視界を奪われた聖女は、ジリジリと後退し城の壁に背をつける。ぺったんこの懐から魔力の篭った杖を取り出して、急襲に備えるべく意識を集中させる。
「あははは!!冥土のお土産に見せてあげる!あたしの、史上最悪の、7大元徳英雄!!!」
「な、ななだい?」
闇に溶け込んだ魔王の姿は全く見えない。それどころか気配すらも感じない。
彼女の笑い声が、ガラスの中にいるかのようにぐわんぐわんと響くのだ。
これは、まずいかもしれない。
「いでよ!7人の墜ちた騎士達よ!!そしてその力を示せ!!!あのぺったんこで性悪なクソ女をなぶって痛めつけてバラバラにして細切れにして、女神ですら復活できないほど念入りに、粒の粒になるまでやっちゃえーーー!!!!」
ぬん。
ぬん。
ぬん。
ぬん。
ズザ。
ぬん。
ぬ。
幾分か暗闇に慣れた目が、それよりも更に黒い7つの影を捉えた。
音もなく現れた影は、もうすでに聖女を取り囲んでいる。
「形勢逆転♡泣いて謝っても、もう許してやんないよ。この7人は強いよ。四天王よりも、もしかするとあたしよりも、ね。手の内を晒さないのは、こっちだってできるんだから!」
――――…
後光を背負って魔王が降りてくる。
その顔は勝ち誇っている。ぷっくりとした唇がにんまりと開けられ、尖った犬歯がキラリと煌めいた。
「たとえ勇者がいても、あんたの負けは確実だったのよ。マナの覇権はまだ譲れない。あんたはいけ好かないババアだけど、戦闘能力は褒めてあげる。あたしと互角を張れたんだから」
――――…
「この7人はあたしに過保護すぎてちょっとメンドクサイし、顕れたら現れたでなかなか帰ってくれないから極力呼びたくなかったんだけどね。でもま、いっか」
――――…
「って、あんた!ちょっと聞いてんの!びっくりしすぎて気絶してんじゃないでしょうね!」
―――――…!!
「よし、成った」
「ほへ?」
聖女は天井を見上げる。空中に浮いた魔王のパンツが丸見えである。
「いちごを頬張るクマ、か」
「へ?」
ザワザワと7つの影が騒めき出した。魔王はまだ気づいていない。
空中で、それも仁王立ちする意味が分かっているのか。
7つの影のうち、何人かが動き、何人かに目隠し、あるいは頭らしき箇所を叩いている。
あの中に男がいるのだろう。
まあ、それも知った事ではないが。
出てきて早々に退場させられるモノに、いちいち反応するほど暇ではない。
「ちょっと、あんたっ」
「そちの言う通りじゃ。敵に手の内を晒す馬鹿は、一人だけでよい」
「だから、あんたはここで――」
聖女は杖をビシっと頭上の魔王に掲げた。
7つの影が我に返り、すぐさま牽制に入る。いつでも飛び掛かられる準備は出来ているようだ。ちっとも隠していない殺気は、心根が弱いものだとそれだけで死に至るだろう。
「え?なに、する気?」
聖女は溜息を付いた。
保険はかけていたが、本当に使う羽目になるとは思っていなかった。
いや、正確には使うだろうが、規模が大きくなるとは思っていなかったといった方が正しい。
あれを使うとなると、ただでは済まないだろう。
先ほどから気付かれない程度に『詠唱』をしていたが、あまりの威力さ故に呪文は長く煩雑で発動までに時間がかかる。
だから時間稼ぎに色々と魔王には喋ってもらっていたのだが。
「さっきからあんたがブツブツ言ってたのって…まさか」
魔王は聖女が何か喋っていたのに気づいていたのだ。だけど声は小さく、聞き取れなかった。
魔法を発動するのに『詠唱』すれば、聖女の周りのマナが淀むからすぐに分かる。だけど戦闘の間中、聖女はブツブツと何か言っているだけで、ちっとも魔法の気配は無かったから安心しきっていたのだ。
どうせ、途中で帰った勇者たちの悪口でも言っているのだろうと高を括っていた。
「喧嘩両成敗…と言いたいところじゃが、妾はともかくそちと、そちのお仲間はそうはいかぬて」
「え?」
究極魔法。
聖女のかけた「保険」である。
その魔法は女神が生み出し、唯一“聖女”だけが使える究極の一手である。
瞬時に攻撃対象を「無」へと追いやる。世界の輪から完璧にそれを消す。問答無用に、である。
お情けで輪廻の輪に入れる事すら叶わない。もはや「生きた証」さえも世界の外へと放り出す。
自然の摂理を遥かに超えた力は世界に影響を与え、暫くは気候が安定しないだろう。
発動する本人も、その衝撃派をまともに喰らう。
敵味方関係なく「すべて」を対象にする。
“聖女”がその魔法を使えるのは、彼女が女神から賜った力――完全対象外――があるからである。
それが無ければ聖女も同じ運命を辿る。
それでもある程度の制裁は喰らう。死ぬまでには至らないが、瀕死にはなるはず。
「妾も無事ではいられなんだ。だから使いたくは無かったが、そちが上手い具合でお仲間を呼び出してくれおったから助かった」
究極魔法の威力は世界に一定の副作用をもたらすだろう。
考えも付かない場所で、予想もしなかった事象が起こり得るかもしれない。
世界そのものに干渉してしまう。
その危険もあるが、魔王をさっさと殺してしまった方が聖女は良いと判断したのだ。
「どうせ言い訳など、幾らでも捻りだす。妾がそう言えるかどうかは、発動してみなければ分からぬがな」
「ま、待って!!!待って待って待って!!」
魔王が慌てて杖を捕まえにおりてくる。
同時に7人の腹心達も聖女に飛び掛かってきた。
魔法を発動される前に、この聖女の口さえ封じればどうにかなるはず。
魔王は昔、聞いたことがあったのだ。
究極魔法の存在を。そしてそれは、絶対に使われてはならない事を。
世界の秩序さえ乱すその魔法は、威力云々よりも効果以上の災害をもたらすことで女神が封印したと聞いていた。
「なにが起こるか分からないってのにあんた、ばっかじゃないのーーーー!!!!」
「遅い、な」
シュウシュウと空気が収縮する。
霧散し、凝縮し、蒸発し、凝固する。
もはや聖女に近づけない。彼女は既に「魔法」も発動している。
攻撃はカキンと弾かれる。せっかく呼び出した7人の魔人も全く役に立っていない。
「あんただけ、ずるいいいいいいいい!!!!!!!」
「さらばだ、ぺたんこな魔王よ。そちはこれより【無】と化す。そちが支配した数百年が還り、そちは無かった事となる。人の記憶、魔族の記憶からもそちは喪われるが妾だけは忘れぬ。安心して世界の外で漂っておればいい」
「やだやだやだ!!!!」
「さらばじゃ、魔王リュドミラよ。くまのパンツは似合っておったぞ」
聖女は会話を断ち切った。
「え」の口で固まった魔王は瞠目し、もはや成す術もない。
この絶体絶命の瞬間、彼女はようやく気付いた。
聖女から魔法の気配がなかったのではない。聖女はこの魔王城に潜り込んできた時より、すでにこの「究極魔法」を城の外に形成していたのだと。
魔王城の真上、暗黒の雲が渦を巻き、雷を纏わりつかせた竜巻が数千本も発生している。
奇しくも魔王城は最北端。人の営む世界からは遠く、干渉の被害は最小限に抑えられるだろう。
「女神の導き手、クリスティアーネ・ティセリウスが終末を召喚する」
聖女はとにかく自由になりたかったのだ。
あわよくば、自分をこき使う勇者もろとも消し飛ばしてしまたいと考えていたが、逃げてしまったのならばしょうがない。
勇者を放棄した人間に、人権など与えられるはずもない。
余計な話を盛られる前に、《王都》には鳩を飛ばしておいた。
魔王を消滅させる手段も記したから、後は王様がどうにかしてくれるだろう。
この呪文で一時的に「再起不能」となる自分の対処も含めて。
「#$%&×〇!!!!」
少女が何か喚いているが、呪文の真っただ中にいる聖女には聞こえない。
さて、何が起こるか分からない。
出来れば、ヒトとしての姿は保っていたいものだ。
聖女はゆっくり目を閉じる。
『究極魔法・終焉』
刹那。
雷が、轟いた。
近況報告はツイッターまで。





