#9 ゴブリンの村と緊急発進
「うわぁ!やっぱり車は便利ですねぇ!」
翌朝早々に届いた新車に乗って、我々はドライブに出かける。横ではジャンヌが窓の外を見て騒いでいる。
ここは王都を出て、田園地帯を抜けて森に入ったところだ。モンスターと遭遇する危険はあるが、せっかく買ったこの車の走破性を実感するために敢えて城塞の外に出てみた。
森林の中の道を突っ切る車。真ん中にマリーが乗り、左にジャンヌ、そして運転席には私が乗っている。
王都の外は幹線道路以外はまだ詳細マップ化されていないため、自動運転が使えない。この3人で運転できるのは私だけ。この鬱蒼と茂った木々の間を颯爽と走るこの車に、ジャンヌもマリーも満足している様子だ。
当て所なく走る車。時々スライムを見かけたが、素早く走る我々を捉えられないようだ。コボルトに至っては、この車を見ては逃げ出していく。この黒い4つのタイヤをつけ馬もなく素早く走るこの車は、彼らからすれば得体の知れない「モンスター」に映るのだろう。
森の中の荒れた不整地を走る新車。アクティブサスが揺れを吸収してくれるため、少々のガタガタ道など平気で走り抜ける。
私としてはとても満足だ。こんな森の中を走ることはあまりなさそうだが、それでも王都の周りに出れば未舗装の道ばかり。これくらいの足回りがちょうどいい。高かっただけのことはあるな。
新車の状態を確認できたので、私は引き返そうとした。が、ジャンヌが突然、こんなことを言い出す。
「ねえねえ、エルンスト様。せっかくですから、ゴブリンの村に参りましょう。」
「えっ!?ご、ゴブリンの村?」
「この近くにございますよ。」
「いや……いいのか?突然アポなしで行っても。」
「いいですよ。エルフやドワーフと違って、警戒心がない方々ですからね。」
ゴブリン。我々の間では、醜悪で残酷な緑色の小悪魔というイメージのモンスター。コボルトと同一視しているところもあるようだが、ここでは狼頭の低脳なモンスターをコボルトと呼び、区別されている。
で、この星のゴブリンとは、いわゆる「亜人」に分類される。つまり、知能は高いらしい。
緑色で小柄なところは我々のイメージ通りだが、およそ人を襲うということが考えられない種族らしい。穏やかで、いつもニコニコしている、そういうイメージの亜人だというのだ。
「不思議なことに、何日も食べなくても平気なんですよ。面白い種族でしょう。」
「ええっ!?そんなことしたら、すぐに衰弱してしまうんじゃないの?」
「それがですね、そうでもないんですよ。だから不思議なんですよ。」
どういう種族だ?私の持っているイメージとはまるで正反対だ。一体、どんな奴らなんだ、ここのゴブリンとは?
そのゴブリンの村へと行く。それはこの森の奥深くにあるという。不整地をゆっくりと進む私の車。
しばらくすると、何やら緑色のものが見えてきた。ここは森の中、どこもかしこも緑色だが、その緑とは少し違う明るい緑だ。
よく見ると、それは人の形をしている。緑色で、黒い粗末な布のようなものを身にまとうこの人型の生き物は横になっている。大丈夫なのか、こんなところで寝そべって、スライムに襲われたりしないのだろうか?
「ああ、あれは門番ですね。この辺りで車を止めて、奥へと参りましょう。」
ええっ!?あれが門番?あまり番をしているようには見えないが、ジャンヌによればあそこがゴブリンの村の入り口だという。
よく見ると、木で作られた簡易な柵が張り巡らされている。エルフの里では文字通り門前払いだったが、ここの門番はニコニコと微笑んで手を振って我々を通してくれる。まるで警戒心がない。
「そういえば、わだすもゴブリンの村さくるの初めてだなぁ。ゴブリンには一度だけ会ったことあんけど、ここは本当にゴブリンだらけだなぁ。」
エルフでさえあったことがほとんどないという森の住人、ゴブリン。だが、そこにいたのはあの映画「魔王」で出てきたそれとはまるで正反対の存在であった。
今日はいい天気だからなのか、皆、木の根元や草むらで寝そべっている。緑色でぽちゃっとした体つき、顔は丸く、耳は少し長い。そんなゴブリンが、あちこちにいる。
「ああ、そうだ。そういえばこんなものを持ってきたんでした。」
ジャンヌが取り出したのは、飴の詰まった容器だ。昨日ショッピングモールで買ったものだが、なぜそんなものを持っている?
「これをゴブリンさん達にあげちゃいましょう!」
「ええっ!?大丈夫なのか、飴なんかあげて。」
「大丈夫ですよ。見ててください。」
ジャンヌが飴を一つ手に取り、そばにいたゴブリンに渡す。手で受け取ったそのゴブリン、しばらくじーっと眺めていたが、それを口に含む。
もぐもぐとゆっくりと飴を舐めるゴブリン。なんというか、とても緩慢な動きだ。それを見た他のゴブリンも、のそのそとジャンヌのもとに集まってきた。
ジャンヌは、それぞれのゴブリンに一つづつ飴を渡す。飴を受け取ると、各自それを口に入れて、のそのそと自分の元いた場所へと帰って行く。
なんだろうな、この感じ。地球294に、小動物を放し飼いにしている公園があり、そこで餌を見せると小動物が寄り集まって来る。その公園の光景を見ているようだ。なんだかとても癒される。
「なあ、ジャンヌよ。ゴブリンというのは皆、こんなのんびりとしたやつばかりなのか?」
「ええ、そうですね。大人のゴブリンはこの通り、ほとんど動きませんね。」
「なんだ、子供のゴブリンはそうでもないのか?」
「子供といっても、30歳くらいですよ。若いゴブリンは私たちと同じようによく動きます。で、40歳を過ぎると、この通りほとんど動かなくなるんです。それから大体100歳までこうやってのんびりと過ごすと言われてますね。」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、その子供のゴブリンというのは、どこにいるんだ?」
「うーん、多分、食料を採りに行ってるんじゃないですかね?ここには全然見当たりませんね。」
不思議な生態だな。どうやらある年齢まではよく動き、大人になるとこの通り緩慢になるらしい。とても人間に襲いかかる低脳な小悪魔というイメージはないな。
周りのゴブリン達は、ジャンヌがあげた飴を舐めて再び寝そべっている。あまりに無防備な彼ら、本当にこの調子でモンスターに襲われたりしないのだろうか?
どうやらこの大人のゴブリン達は、他のモンスターからは「木」や「草」だと思われているらしい。確かに、植物に襲いかかるモンスターはいない。体も緑色だし、ほとんど動かないし、木だと言われても違和感がない。
と、その時、向こう側から緑色の集団が現れた。背が低いが、ここのゴブリン達とは違い、我々と同じように動き回るその若いゴブリン達。顔や体つきを見るとすこしほっそりとしていて、いかにも動きやすそうな体型。手には大きな袋を抱えている。
「なんだぁ、おめえらは?」
その集団の一人が話しかけてきた。ジャンヌが答える。
「王都ルモージュからきたんです。今、彼らに飴をあげていたんですよ。」
「そっか、なんら、ゆっくりしていってけろ。」
別に咎めることもなく、彼らは袋を抱えたままどこかに歩いていく。
木々の合間に、簡素な小屋がいくつか見える。彼らはその小屋の扉を開ける。
そして、袋から何かを取り出す。見たところ、それはドングリや栗のような木の実のようだ。それらを小屋の中にある木箱に入れて、再び小屋に戻している。おそらくは、彼らの食料なのだろう。
大人のゴブリン達はこの通りほとんど動かない。若いゴブリンが食料を採ってきて、この村の人々の食料を確保しているとのこと。ジャンヌによれば、それを毎日続けているらしい。
「冬はどうするんだ?見る限り、保存食を作るという文化がなさそうだが。」
「冬は冬眠するんですよ。あの小屋の中でじーっとして、春になるのを待つんです。で、春になったら若いゴブリンが森の中から食料を集め始めるんです。」
うーん、ますますイメージと違うな。冬眠するゴブリン。聞いたことないぞ、そんな話。
そんなゴブリンの村を眺めていたが、突然私のスマホが鳴り出した。
誰からだろう?画面を見ると、王都司令部からだった。私は電話に出る。
「エルンストだ。」
「閣下!大変です!緊急発進の要あり!直ちに、駆逐艦2680号艦にお越しください!」
「どうした?」
「この王都から200キロの地点で、不審船が侵入した疑いがあります。乗艦いただき、直ちに現場へと急行願います。」
「わかった。が、今は王都の外、ゴブリンの村というところにいる。戻っていては、時間がないな……」
「ご、ゴブリンの村!?あ、いえ、位置情報をいただければ、駆逐艦を直接向かわせますが。」
「だが、ここには私の車と家族も同伴だ。どうするんだ?」
「では別の者が、閣下の車をお屋敷まで運転して送り届けるよう手配致します。」
「そうか、分かった、頼む。」
突然、緊急発進の報が入った。不審船が侵入したという。もしかしたら、連盟軍の偵察艦かもしれない。のんびりとした雰囲気のゴブリンの村とは裏腹に、この王都周辺は急に慌ただしくなってきた。
「な、何があったのです!?エルンスト様。」
「緊急発進だ。不審船が侵入したらしく、私は急ぎ、駆逐艦に乗らなければならない。ジャンヌとマリーは、私の部下が車で送ってくれることになった。」
「ええっ!?今からお仕事なんですか!?」
指揮官にとっては、休日も何もあったものではない。事が起これば直ちに出撃する。
しばらくすると、上空に駆逐艦が現れた。重々しい音を立てながら、徐々に高度を下げる駆逐艦。のんびりとにこやかに寝そべって微笑んでいたゴブリン達も、この巨大な岩のような船の登場に驚愕の表情をしている。
若いゴブリン達は、ジャンヌのところに集まってくる。あれがなんなのかを尋ねるためのようだ。
「じゃあ、私は行って来る!」
「はい、エルンスト様!ご武運を!」
「気いつけるだよ~!」
近くの空き地に着陸する駆逐艦2680号艦。接地部分の出入り口のハッチが開き、そこから一人の士官が飛び出してきた。
「閣下!直ちにお乗りください!」
「分かった!後は任せた!」
「承知しました!ご武運を!」
その士官は、私の車の鍵を受け取って森の方へと向かう。そして私は、駆逐艦2680号艦に乗り込む。
中に入ると、すぐに離陸を開始する駆逐艦。ゆっくりと浮き上がりながら、ハッチが閉じられる。
「どうなっている!?」
「はっ!まずは戦闘指揮所へお越しください!」
出入り口付近で待っていた士官とともに、戦闘指揮所へと向かう。そこはすでに数名の士官が待機していた。
「訓練中の哨戒機が、ここより北西に約200キロの地点で、不審船の発進を確認。艦は直ちに発進したようです。」
「発進!?じゃあ、もう立ち去ってしまったのか?」
「そういうことになります。」
「相手は民間船か、それとも艦艇か!?」
「識別信号も出ておらず不明ですが、対ステルスレーダーにしか反応がありません。恐らくは、艦艇かと。」
それを聞いて、私に戦慄が走る。この辺りに侵入する艦艇といえば、どう考えても連盟軍の偵察艦としか考えられない。
「現場へは、他の艦は向かっているのか?」
「衛星軌道上から、現在20隻ほどが向かっております。」
「よし、では彼らと我が艦で挟み撃ちにする。現場へ急行せよ!」
「お待ちください、閣下!たった今入った情報で、不審船は大気圏離脱を行った模様です。」
「なんだと!?」
「全速で大気圏を離脱、急行中の20隻も、その船の追尾に入りました!」
「なんてことだ、逃げられるぞ!我が艦も追尾だ!急げ!」
新車を手に入れて、思わずゴブリン達との交流まですることになった穏やかな休日に、突如現れたこの不審な船。私と王都の緊張は、一気に高まった。




