#8 ショッピングモール
地上に帰還して、4日が経った。
二度と駆逐艦になんて乗りたくないと思わせるためにあの訓練に付き合わせたというのに、ジャンヌとマリーにとっての宇宙は、どちらかといえば充実した日々を過ごし新たな刺激を得られる場所となってしまった。あの調子では、また行きたいと言い出すに違いない。
が、そんな彼女らの前に、新たなる刺激の種が登場した。しかも、この地上にだ。
それは「ショッピングモール」。地上4階建、9万平方メートルの大型の店舗が、ついにこのルモージュ宇宙港そばの街にオープンすることになった。
ずっと以前から、建設中のあの大きな建物のことが気になって仕方がなかったジャンヌ。いよいよ開店すると聞いて、黙っているはずがない。
「エルンスト様!明日は絶対!絶対!ぜーったいに!ショッピングモールとやらに参りましょう!」
「わだすも行きてぇだよ!そのショッピングモールとやらに!」
好奇心が鎧を着て歩いているような女騎士団長と、人族の文化に染まりすぎた堕落エルフが、揃いも揃ってショッピングモールに行きたいと主張する。
まあ、駆逐艦に乗りたいと言い出すよりはいいだろう。それに私もあそこで買いたいものもあるし、明日の開店セールに3人で行ってみることにした。
で、翌日。ショッピングモールに着くと、そこはすでにたくさんの人でごった返していた。開店の少し前に着いたが、入り口には長蛇の列ができている。我々もその後ろに並ぶ。
開店してしばらくしてから、ようやく中に入ることができた。大きなガラス戸の入り口をくぐり抜けると、そこには様々な店が並ぶ。
入り口付近には服屋や雑貨店、それに食料関係の店が多いが、そこにいたのは服装からして大半がここオラーフ王国の人々のようだ。
考えてみれば、この王国に常駐する地球294の人々はせいぜい2万人ほど。それだけの人口でこれだけの大型店舗を支えるのは難しい。だから、最初からこのショッピングモールは、この星の人々をターゲットにしている。
それが証拠に、入り口付近に香辛料の店とスイーツの店が並んでいる。
スイーツは分かる。王国の公爵同士がプリンの製造権を取り合ったほどだから、この甘い食べ物の影響力がいかに大きいかを体験しているからだ。だが、香辛料はどうか?
実は香辛料も、この王国では甘味に負けず劣らず貴重なものだ。この王国でも肉の臭みを消し、豊かな味わいを生み出すというこの香辛料は引く手数多だが、南方の国から取り寄せているため高価。香辛料の原料を貨幣の代わりとして使えるほどである。その点では、甘味以上の影響力があるかもしれない。
ところで、これらの店によると、ここにあるスイーツの原料も香辛料も、宇宙から持ち込まれたものではない。この星の南方にある国より取り寄せたサトウキビやコショウ、ナツメグ、シナモンにガーリック、ジンジャーといった原料が使われ、このショッピングモールで売られている。
しかし、ここのスイーツや香辛料は、王都の市場よりも安く購入できるようだが、それでもこの王国の住人からすればまだ高いレベルである。
例えば、コショウ100グラムがだいたい8ユニバーサルドルで売られている。これが、王都に行くと我々の貨幣に換算して18ユニドルとなる。半値以下だ。
ところが、この王都における平民の平均月収は480ユニドル程度といわれている。彼らからすれば、このショッピングモールでのコショウの価格は2日分の食事に匹敵する値段。まだまだ高い。
今、うちの女騎士とエルフが美味そうに食べているパフェは、ひとつが9~15ユニドルする。彼女らが平然と食べるこのパフェも、この星の住人からすれば随分と贅沢な品なのだ。
……って、あれ?いつのまに私は、カフェにいるのだ?
「エルンスト様!このプリンパフェ、とても美味しいですよ!」
「美味いなぁ、美味いべよ~!」
この2人はこのカフェで、プリンとパフェという悪魔のコンビネーションの存在を知ってしまった。ジャンヌはイチゴの、マリーはマンゴーのプリンパフェを頬張っている。ちなみ私は一杯のコーヒーのみ。
まったく、この2人ときたらこの王都の人々にとっては贅沢なものを、惜しげもなくバクバクと食べるものだ。特にマリーよ、もうエルフの森に帰るつもりがないだろう。
いきなりカフェを堪能した我々は、さらにショッピングモールの奥へと進む。
しばらく歩くと、そこには大きな丸い吹き抜けが見えてくる。
4階までつながる大きな空間。真ん中には、大きな垂れ幕が下がっている。
この垂れ幕、よく見るとあの「魔王」の映画のものだ。あの映画のダイジェストシーンが、次々と流れている。
その幕の下には、魔王が立っている。体長5メートルほどの巨大なバルーンで作られた魔王。実物大の魔王というわけだ。
「ねえねえ、エルンスト様。これはあの映画の魔王ですよね!」
「そうだな。」
「てことは、ここでもあの映画をやってるってことですか?」
「それは、そういうことだろう。」
「じゃあ、観に行きません?魔王の映画。」
「は?また観るのか!?」
「よいではありませんか。さ、行きましょう!」
「行くべ行くべ~っ!」
こうと決めたら突っ走るジャンヌとマリー。私の腕を引いてズンズン進む。
「おい!ジャンヌ!」
「何ですか、エルンスト様!今忙しいんです!」
「お前、映画館がどこにあるのか、知ってるのか!?」
「……あれ?どこでしたっけ?」
知らないのかよ……一体どこへ行こうとしていたんだ、ジャンヌよ。
スマホで検索して店の案内図を見つけ、ナビゲートしてもらい映画館にたどり着く。そこで再びポップコーンを買って魔王シリーズ鑑賞、2回目がスタートした。
『……よく来たな、勇者よ……だが、お前ごときでは、わしを殺すことはできない!』
「きゃーっ!」
魔王の登場シーンだ。前回の反省を活かして、私は2人の真ん中ではなく、ジャンヌの左隣りに座った。魔王が目の前に登場して、2人が互いに抱き合い悲鳴をあげる。
しかし、この2人にとっても2回目のこのシーン。それも、我が艦隊の男性士官をプラスチックの棒で殴り倒した女騎士が、たかが映像の魔王に驚き過ぎだろう。単に叫びたいだけじゃないのか?
それにしてもこの劇場、ほぼ満席近いほとんどの観客は、服装からこの王都に住んでいると思われる人々だ。1人10ユニドルと、この王国に人々にとって決して安いとは言えない娯楽を楽しもうと、わざわざここにやってきたようだ。
「そういえばこの映画、ゴブリンが悪者にされてたね。」
「そだね~、そんなことないのにね~。」
王都から来たであろうその観客からは、こんな感想が聞かれた。やっぱり、この映画に出てくるゴブリンと、この星にいるそれとは随分違うらしい。
映画が終わると、次は私の用事に付き合ってもらうことになった。私が向かったのは、家具コーナー。
前々から大きめのソファーが欲しいと思っていたのだが、大きな家具はこれまで手に入れることができなかった。だが、ショッピングモールの開店でようやくそれがかなう。
「エルンスト様!見て見て!」
早速、ジャンヌとマリーはこの家具売り場の家具を見て興奮している。大きな食器棚を開け閉めしてみたり、ソファーや椅子にベッドに座ってみたりと、気になる家具を片っ端から触れている。
中でも、2段ベッドが気に入ったらしい。ジャンヌにとっては、高い場所で寝られることが魅力的なようだ。梯子から登り、上で寝そべっている。が、我が家ではこのベッドの使い道がない。
「はあぁぁ……いいですね。我が家のベッドも高くしてみませんか?」
「危ない。却下だ。」
「ええ~っ!?これ絶対に楽しいですよ~!」
どうせ楽しいのは最初の2、3日だけだ。それ以降はむしろ、ベッドから落下する恐怖に怯えなくてはならない。第一、しょっちゅうベッドから落ちているジャンヌが、こんなベッドで無事なわけがないだろう。
家具売り場で手頃なソファーを注文すると、今度はショッピングモールの外に出た。
出口から出たすぐそばには、車を売るディーラーがある。
そろそろ自家用車が欲しい、そう考えていた私は、このショッピングモールができたらすぐに行こうと思っていた店だ。
王都は思いの外広い。この街のショッピングモールまで来るのにいちいちバスに乗らなきゃならない。いっそこの街に住むのも手だが、それではせっかく陛下より頂いた屋敷が無駄になる。司令部には送迎車があるが、いつでも自由に使えるわけではない。そういう事情もあって、どうしても車が欲しい。
「わーっ!ここは何を売ってるお店なのですか!?」
「車だよ、車。」
「車って、あのいつも乗られてる黒い馬のない馬車のことですか?」
ショッピングモールからやや隔離された、この全面ガラス張りの店舗にジャンヌは興味津々だ。中に入れば分かると言って、私は2人を連れてその店舗に入る。
「いらっしゃいませ。」
受付の女性が応対をしていた。私は尋ねる。
「車を購入したいのだが、ここにはどういう車種があるのか?」
「はい、では、営業の者を呼んで参ります。しばらくお待ち下さい。」
店内にはちらほらとお客がいる。外のショッピングモールに比べたら少ないが、それでも何人かが展示車を見ている。
ここはさすがに地球294出身者ばかりのようだ。この星の人間は、ジャンヌとマリーくらいだ。
好奇心旺盛なジャンヌとマリーは、この広々とした店舗に飾られた3台の車をまじまじと眺めている。
「エルンスト様、あのいつも乗られていらっしゃる黒いのとは随分違う形ですね。」
「あれはセダンだからな。ここは一歩外に出れば未舗装の道が多いところだから、こういう背の高い車の方がいいんだ。」
「へえ、そうなんですか。あの白いやつなんか、大きくてよろしいですね。」
そう言ってジャンヌが指差すのは、この店で最も大きなSUV車。3列シートのやつだ。
「お待たせいたしました。どのような車をお探しですか?」
「ああ、あの白いやつがいいのだが。」
「大型の9人乗りタイプのものですね。かしこまりました。まずは実物をご覧になりますか?」
営業の者が現れて、我々3人はその大型のSUV車のところに向かう。
「王都ルモージュを一歩外に出れば、起伏の多い場所がたくさんございます。また、モンスターも闊歩しておりますから、防護性の高さが求められます。そこでこの車は耐衝撃粒子散布装置が付いておりまして……」
「えっ!?なんだって?民生品にバリアがついてるのか?」
「そうです。あくまでもセンサー連動でのみ作動する装置であって、お客様のご意思では作動できないので、使用が許可されております。このあたりの場所が場所ですからね、これくらいの装備がないと危ないですので。」
「確かに……だが、モンスターからの防御と言っていたが、モンスター相手にどうやって作動させるんだ?」
「モンスターに限らず、車外に付けられた複数のカメラセンサーが、攻撃されたと判断すると自動で発動いたします。」
「自動で!?それって、誤作動は大丈夫なのか?鎧を着た者が乗り込もうとしたら、反応したりしないんだろうな。」
「お客様の脳波も感知して判断いたします。画像とドライバーの恐怖心の感知を組み合わせて初めて作動するので、滅多に誤作動はありませんよ。他の星でも、すでにこの仕組みはたくさん導入実績がございます。」
そういうものなのか……ちょっと心配だが、でもあれば便利な装備だ。私は早速、この車の見積もりを出してもらう。
わりと大きな車で、前席にも3人座れる。走破性は抜群で、マリーのいたエルフの里まで乗り付けることも充分できるようだ。
ただし、価格は高い。7万ユニバーサルドル。高級車の部類に入る値段。しかし、使い勝手を考えるとこれが一番。なによりもジャンヌが気に入った。そういうわけで、私はこれを買うことにする。
ここに展示されている車については、すでに一定の台数を地球294から取り寄せていて、初日ということもあってこの車の在庫もまだあるため、明日にでも納車されることになった。注文を確定して、3人は屋敷に帰る。
「明日にはあれが我が家に来るんですねぇ!楽しみです!」
すっかりご機嫌なジャンヌ。休日のお出かけには便利だ。騎士団のモンスター退治に付き合う際も、色々な装備を乗せていける。
まだまだこの星での生活は不便だが、この大型店舗の登場でいくぶんか地球294の利便性に近づいた。これで我が家の生活も、少しは地球294並みになりそうだ。




