#6 訓練と戦艦と女騎士
「全艦に告ぐ!訓練コード、Aの73番を開け!」
私がマイクで指示を出すと、全艦に訓練プログラムが展開される。するとテーブルモニターには、仮想の敵艦隊が映し出される。
もちろん、この宙域に敵はいない。あくまでも訓練用のシミュレーション画面だ。
「レーダーに感!艦影多数!識別コード、連盟艦隊!総数、およそ3000!距離、31万キロ!」
「本訓練では、敵の後背に回り込み、混乱に陥れる。これにより、味方の増援艦隊が混乱した敵を撃滅できる。だが、敵は我らの9倍。わずかな操艦遅れが命取りになることを留意せよ。ではこれより訓練を開始する!全艦、俯角10度、全速前進!」
「全艦、全速前進せよ!」
私の号令の直後、この艦の機関音が鳴り響く。だがこの時の音は、大気圏離脱時よりもさらに大きな音だ。
大気圏離脱時は、あくまで通常運転での最大出力だ。だが、宇宙空間の戦場下では、そのさらに上の出力を使う。
もっとも、そんな出力を続ければ、エンジンがすぐにいかれてしまう。連続出力はせいぜい30秒間。その間だけ、大気圏離脱時の3倍以上の推力を出す。
音も凄まじいが、揺れも大きい。テーブルの上におかれたものが落ちるくらい艦内が揺れる。おそらく、初めてこの揺れを経験する者なら、身の危険を感じることだろう。
実際、横にいるジャンヌとマリーは、この轟音におののき互いに抱き合っている。
20秒ほどで光速の10パーセントまで加速する我が小艦隊。そのままエンジンを通常出力での目一杯で吹かしたまま、前進を続ける。
レーダー上では、我が艦隊は敵艦隊の下をくぐり抜けるように航行している。速度を活かして敵の攻撃をかわしつつ、真後ろに回り込む。敵の前方には、味方の艦隊がいるという前提だ。
敵後方に回り込んだ我々は、敵の背後を攻撃する。戦闘艦の後方はバリアが展開出来ず、撃たれ弱い。そこで、その弱点をつくのだが、当然敵は後方に回り込んだ我々を討つべく回頭する艦が必ず出てくる。これを、前方にて展開する味方の主力艦隊が狙い撃つ。
前後を敵に挟まれると、前方に攻撃や防御の仕組みが集中する戦闘艦にとっては致命傷だ。今のところ、前後挟撃への対処法はない。
これまでは、敵味方共に同じ速力しか出せなかったため、後ろにまわり込もうにも追いつかれて回り込めないので挟撃など不可能だったが、この常識を崩したのが、我々の陣営のみが持つこの改良型重力子エンジンと呼ばれるものだ。
このエンジンは、従来の3倍以上の瞬発力を出せるよ。これを使うことで敵の背後に回り込むという芸当が、ようやく可能となったのだ。我々にとって、画期的な技術である。
しかしこの技術を活かすためには、独自の運用方法が必要となる。身軽な駆逐艦のみで編成された少数の艦隊で敵の背後に回り込み、後方から一撃離脱を繰り返して敵を脅かす。後方からの攻撃で敵の陣形を乱し、前方にいる味方にその乱れを突いてもらうという戦術が編み出された。
いわゆる「金床戦術」と呼ばれる戦術だ。私が先日、第11騎士団を使ってやったあの槍隊と騎士に寄る挟み撃ちの戦術。あれに近いものが艦隊戦でも行われているのだ。
ただ、これを成功させるためには、敵の後ろに回った上に、アクロバットな航行ができる少数の艦隊というのが必要である。
たったそれだけのことをする艦隊というのが、実はとても大変なのである。
全長が300~400メートルもある駆逐艦300隻を、陣形を保ったまま臨機応変に右に左に動かす。人間が300人集まってやっても大変なことだ。それを、この馬鹿でかい駆逐艦でやろうというのだ。
おまけに、全速で突っ走ったまま敵を攻撃することは想像以上に難しい。全力で走りながら、ゴミ箱にゴミを投げ入れるようなものだ。普通は、まず入らないだろう。
そのため、これを練度で補う。ひたすら全速で走りながら、止まっている敵を狙い撃つ訓練をする。
ここは外軌道系の小惑星帯であるから、標的はそれこそ星の数ほどある。ここでの訓練は、ただひたすら全速で走りながら小惑星を撃つ。そして、司令官の私が右にと言えば右に、左にと言えば左に動く。それだけの訓練である。
だが、それだけのことをする艦内というのは、この通りの喧騒ぶりである。けたたましい機関音が鳴り響き、あちこちがガタガタと振動する。
が、これだけではない。ここにさらなる騒音の要素が加えられる。
「全艦、仰角25度!砲撃戦用意!」
全力ですれ違いざまに、目標を一撃離脱をする訓練を行う。6万キロ先にある小惑星群に向けて、330隻が一斉砲撃を加える。
「三連斉射!撃て!」
次の瞬間、ただでさえやかましい艦内に、ゴゴォーンという雷音のような音が加わった。砲撃音である。
これが約10秒おきに3発続く。私はテーブルモニター上で、命中率を確認する。
「目標命中は34!いずれも直撃です!」
報告を聞いた私は、こう叫ぶ。
「止まっている目標に対して、命中が30隻程度とは何事か!回避運動している敵艦相手では、一隻も沈められないぞ!心せよ!」
そしてそのまま敵の艦隊の背後へと回り込む。そこで再び砲撃を加える。その都度、また私は叫ぶ。
これを延々と2時間、上へ下へ、右へ左へ、エンジンを吹かしっ放しで散発的に砲撃を行うという訓練が続く。
「よーし!これにて訓練を終了する!通常航行に移行!」
私の終了合図で、2時間ぶりに艦内が静まり返る。巡航時の機関音はするものの、さっきまでの喧騒さから比べたら静かなものだ。耳の奥から、キーンという音が鳴り響く。
さて、さっきまで元気だったあの2人はどうなったか?
マリーは戦闘指揮所の端っこで、用意された椅子の上で目を回して座り込んでいる。通常の砲撃訓練でも、慣れない者は主砲の発射音に恐怖するというのに、こっちの訓練ではそれに全力運転の機関音と振動が加わる。
静かな森でのんびりと暮らしているエルフにとって、喧騒の機関音と殺伐とした砲撃音が錯綜するこの訓練は、ちょっと刺激が強すぎたようだ。
さて、我が妻もきっと同様にどこかで座り込んでいるはず。私は後ろを振り向いた。
その私の目に、ジャンヌの姿が飛び込んできた。
てっきり目を回した妻の姿が見られると思っていたのに、そこにいたのは私の想像していた妻の姿からは程遠いものであった。
なんだか妙にウキウキした表情、目を回すどころか、キラキラとさせてこちらを見ている。
「ああ……エルンスト様!戦場ではなんと凛々しいお姿なのでしょう!ジャンヌは、とてもとても感動いたしました!」
……は?どういうことだ。あの喧騒な訓練で、なんともなかったというのか?
「ジャンヌ、さっきの訓練で、特に何も感じなかったのか?」
「はい、最初は怖かったですよ。でもなんだか途中から慣れちゃって、それでエルンスト様をじーっと見てたんです。訓練とはいえ、まるで凄惨な戦さ場に立つように命をたぎらせて檄を飛ばされる主人のそのお姿に、私はずっと見惚れておりました!」
訓練が終わり、周りでは乗員達が戦闘指揮所を食堂へと戻しているところだった。20人ほどの士官や作業員達がいるこの場で、恥ずかしげもなくこんなことを言う我が妻、ジャンヌ。
「あ、そ、そうなのか……」
「あらあら、エルンスト様。お褒めになると、いつも照れ隠しするように私に襲いかかっていらっしゃるではございませんか。いつものように、ジャンヌはお相手いたしますよ!」
おい、なんて事口走るんだ。屋敷でもないのに、そんなことするか。それよりも、周りに私の普段の性癖がバレるだろうが。
何かもの申してやりたいところだが、周りの目もあるし、妻も悪気があって言ってるわけではない。この場は必死になって冷静さを保つしかなかった。
で、それから30分後に再びここに戻る。すでに食堂に変わっており、15人ほどの乗員が食事をしていた。妻とエルフを伴って、私も昼食をとる。
「あーっ、さっきは怖かったべぇ!なんげにあんなガンガンとこの船は音をたてるべよ~!」
マリーはすっかり参っている。だが、ジャンヌは応える。
「戦場とは、まるで煮えたぎる釜の中のあぶくのように荒ぶった男達が、死力を尽くしてぶつかり合うところなのです!馬の蹄のかける音、鍔迫り合いの剣の交わる音、雄叫びと悲鳴が交錯し、地獄絵のような光景が広がる戦さ場で、あれくらいうるさくて当然ですよ!」
「ええーっ!?馬は嫌いべよ!臭いし!」
食事中にどういう会話をしてるんだ、この2人は。それを聞きつけて、ベルトルト大尉がやってくる。
「ここは馬なんかいないから、大丈夫だよ。」
「そうだべか?さっきから馬臭いぞ、お前。」
「……おい、まだ俺から臭うか?」
「うむ。」
「そうか、変だな……これでも昨日から石鹸を変えたんだがなぁ。」
やはりベルトルト大尉と言えども、昨日のエルフの言葉が気になっていたようだ。
「やはり、心の奥底にある穢れたものが臭うのではありませんか?ベルトルト大尉殿?」
そこにとどめを刺すようにきつい一撃を浴びせつつ現れたのは、マリアンヌ中尉だ。
「ふん!どうせ俺は心の臭い男だよ!」
「あら、今日は素直ですね、大尉。いつもであればもう少し醜い言い訳をなさるというのに。」
この2人の会話はいつもギスギスしてて、聞いてて心穏やかになれない。
「それにしてもマリー殿は、あのようなことを奥様にされている准将閣下を臭いとは言わないですね。やはり心の穢れは関係ないのかもしれません。とすれば、一体大尉の何が原因なのでしょうねぇ……」
さらりとひどいことを言う中尉。おい、ジャンヌ。あらぬ誤解が広がっているぞ。どうしてくれるんだ。
「まあまあ、マリアンヌさんもご一緒にお食事いかがですか?」
「そうですね、ジャンヌ殿とご一緒できるとは光栄です。また、騎士団のお話をお聞かせ下さい。」
で、武闘派系女子の語らいが始まる。にこやかにパスタやソテーを口にしながら、コボルトやオークを倒した時の話で盛り上がっている。
「でもその時のコボルトはしつこくてね、腕と頭が飛ばされてもまだ動くのよ。どうやらアンデッドだったみたいで、気味が悪いったらなくてね。」
「ええっ!?ではどうされたのですか、ジャンヌ殿は!?」
「アンデッドならどこかに核があるはずだからと、とにかく滅多刺しにしてやったのよ。両腕も脚も吹っ飛ばして、最後に残った胴体の下腹のあたりにそれがあって、その核を突いたらやっと倒れたのよ~。もう、大変だったわ。」
ランチタイムに、女子同士が和気あいあいと語る話題ではないな。この2人の会話に、周りの男性乗員もドン引きだ。
「へえ、エルフって、森の中でのんびりと暮らしてるわけじゃないんだねー。」
「んだよ~。大変なんだよ~エルフっちゅうのも。いまは夏じゃけん、木の実や果物が豊富じゃからええけど、秋になったら皆で栗やクルミさ採って、茹でてアク抜きして、干しておかんといかんのよ。それとイノシシやシカの干し肉も作って、冬さ越すんだわ。」
「そうなんだ。でも、冬にだって狩る動物はいるんじゃないの?」
「大抵はあんまり表出てこねえけど、オークはよく出るべなぁ。あれを殺ってぇ、食うだがよ。」
「えっ!?オークってあの顔が豚で2足歩行の……それって食えるの!?」
「これが案外、美味いだよ~。皮剥いで、内臓取ったら肉を切り出してな……」
うげっ。こっちのエルフまでえげつない話を始めやがった。
食堂であまり食欲の湧かない話題を散々聞かされた食事の後は、ブリーフィングを行う。各駆逐艦10隻づつををまとめる下一桁が0番の駆逐艦艦長と映像回線を繋げて、先ほどの訓練の反省会を行う。
で、夜になり、夕食を食べて風呂場に行く。ベルトルト大尉は、新たな石鹸にトライしていた。
なお、風呂場で身体を洗う時は、ロボットアームを使う。宇宙空間という場所柄、水節約のために人の手でノロノロ洗って無駄水を出すのを防ぐためだ。石鹸をセットして洗浄ロボットの前に立ち、足元のペダルを踏めばあとは勝手に洗ってくれる。
女子風呂も同じ構造で、ジャンヌやマリーも同じように身体を洗っているが、マリーはまだこのロボットに馴染めないようだ。だいたい、石鹸で洗うという文化すらない森の奥からやってきたエルフだ。文化の落差がありすぎる。
で、夜は私とジャンヌで一緒に寝る。翌朝も午前中は訓練、午後はブリーフィングという日々が続く。
こうして、5日が経った。
困ったことに、ジャンヌもマリーもあの戦闘訓練にすっかり慣れてしまった。マリーはまだ少しあの喧騒さが嫌なようだが、食事のたびに男性乗員からちやほやされるのが気に入ってしまったようだ。やれやれ。
だが、6日目の今日は訓練はしない。補給と報告任務のために、我が駆逐艦2680号艦は随行する戦艦ニュービスマルクに寄港する。
「何でございますか、戦艦とは?」
部屋で着替えをしている時、ジャンヌがこれから向かう戦艦について尋ねる。
「ああ、駆逐艦を収容できるほどの大きな宇宙船だよ。そこで補給を受けながら内軌道系の小惑星帯へと行くのだ。そこで2日過ごし、それから半日かけて地球813へと戻ることになっている。」
「ふうん、そうなんですか。こことはしばらく、お別れですね。寂しいなあ。」
「いや、寂しいことはないぞ。戦艦の方が賑やかで、ジャンヌやマリーならきっと喜ぶはずだ。」
「えっ!?そうなんですか?でも、その戦艦というところには何があるんです?」
「それは、見てのお楽しみだ。」
戦闘訓練のことと同様、私はあえて伏せておいた。
『達する。これより本艦は、戦艦ニュービスマルクへ入港する。准将閣下の報告任務もあるため、20時間の間滞在することとなった。寄港は、艦隊標準時 2100(ふたひとまるまる)、出港は翌日 1700(ひとななまるまる)。出航時間の30分前までに帰還すること。以上だ』
艦内放送が入り、寄港が間近に迫っていることを知らされる。
私は部屋にあるテレビをつける。あらかじめ持ち込まれた動画データを流すテレビで、暇つぶしにジャンヌとマリーはこれでよくドラマを見ていたようだが、このテレビには艦外のカメラ映像を流すチャンネルがある。私はそのチャンネルに切り替えた。
「なんですか?あの灰色のゴツゴツとした岩のようなものは?」
ちょうどそこには、戦艦ニュービスマルクの姿が映っている。その戦艦の姿を見たジャンヌが、こう尋ねてきた。
「ああ、あれが戦艦ニュービスマルクだよ。」
「ええっ!?戦艦って、岩の塊だったんですか!?」
あながち間違いではないが、ちょっと違うぞ。全長4100メートルのこの戦艦は、小惑星をくりぬいて作られている。大部分は小惑星をそのまま船体として使用しているため、まるで岩の塊のようにゴツゴツとした形をしている。
だが、その表面には30門の主砲塔、35基の駆逐艦収納ドックを備えた大型の宇宙船である。分類上、戦艦とは呼ばれているが、主に戦闘指揮や小艦隊所属の駆逐艦の補給任務など、後方支援任務を担う大型艦である。
「あれ!?手前に見える駆逐艦があんなに小さく見えますが、もしかしてこの戦艦というお船は、とても大きいのでございますか!?」
「大きいなんてものじゃない。全長がこの艦の10倍ほど、幅や高さに至っては20倍以上だ。」
「ええっ!?そんなに大きいのですか!?なんだってこんなに大きなお船が、こんなところにあるのです!?」
モニターで見る戦艦が思ったより大きいことに、ジャンヌは気づいてしまった。画面の中をまじまじと眺めるジャンヌ。私は、戦艦移乗のため、荷物をまとめる。
しばらくして、ガシャンというロック音が鳴り響いた。戦艦ニュービスマルクに到着したようだ。私はジャンヌを連れて、部屋を出る。
「あれ?ジャンヌ様、どこさ行くべ?」
「ああ、マリー、これからね、戦艦というところに行くんだって。」
「ええっ!?じゃあ、荷物持ってかなきゃなんべえか!?ちょ、ちょっと待ってけろ!」
大急ぎで部屋に戻り、慌てて荷物を持ってくるマリー。そのマリーも伴って、3人でエレベーターに乗って出入り口に向かう。
エアロックから通路を通って、戦艦ニュービスマルク内に入る。長い通路を抜けて、艦橋の手前に到着する。
「しばらく私は、この戦艦ニュービスマルクの艦橋で任務がある。これから女性士官に頼んで、今日泊まるホテルに案内してもらう。ここでしばらく待っていてくれ。あとで合流する。」
「はい、エルンスト様。」
ここで私はジャンヌ達と一旦別れる。艦橋に向かい、その奥にある会議場で中艦隊司令であるルードヴィッヒ中将に報告を行う。
「我が小隊の命中率は、前回と比べて0.5パーセント上がりましたが、まだ左旋回時の一撃離脱に不安が残っております。次の訓練までには、この課題を克服する訓練メニューを開発して……」
報告任務は2時間かかった。ようやく終わって、私はエレベータに乗って下に降りる。
艦橋の下80メートルのところには、街がある。このエレベータはその一角にあるホテルへとつながっている。
エレベーターを降りると、そこはホテルのロビーになっていた。荷物を持って降りると、ジャンヌとマリーが駆け寄ってくる。
「なんだ2人とも、ロビーにいたのか?」
2人に声をかけるが、ジャンヌもマリーもすでに興奮状態だった。
「エルンスト様!すぐに下に参りましょう!」
「エルンスト様、すぐ行くべよ!」
ああ、どうやら2人はここの窓から見える光景を見て、早速街に行きたくなったようだ。この賑やか好きな2人なら、おそらくはそうなるだろうと思っていた。
荷物をロビーに預けて、私は軍服のまま街に行くことにした。エレベーターを待つ間、窓の外をちらりと見る。
ここは、戦艦の中。400メートル四方、高さ150メートルの空間に、4層からなる商業地が作られている。
ここではおよそ2万人の人々が住んでおり、駆逐艦の乗員や、外部からの交易業者らが過ごすための街が形成されている。
食事に土産、雑貨、スポーツや映画といった娯楽施設など、ここは24時間どこかの店が営業を行っている、夜のない街だ。
というのも、約300隻もの駆逐艦やこの戦艦の乗員は皆異なる勤務帯で生活しているため、ある人にとっては昼間、またある人にとっては夜であるため、24時間ひっきりなしに人々が訪れる。今の我々にとっては、もうすぐ昼になろうとしている時間帯。だが、エレベーターが開きホテルに戻ってくる人々にとっては、今が夜のようだ。おそらくこれから寝るところなのだろう。
エレベーターに乗って、第2階層まで降りる。そこには食事の店が集中しているため、昼食に向かう我々にはちょうど良い場所だ。エレベーターが開き、我々は第2階層に降り立った。
目の前には4、5階建ての建物が奥までずらりと整然と並んでいる。歩道が敷かれており、歩道と歩道の間が吹き抜けになっていて、一番下の階層が見える。上を見ると、ところどころ長い穴の空いた天井が見えるが、その上には第3階層がある。
我々は第2階層で降りて、食堂を探す。ホテルを出てまず目に飛び込むのは、スイーツのお店だ。
「ねえねえ、エルンスト様。あの大きくて赤と白の食べ物はなんですか?」
「ああ、あれはパフェだよ。プリンと並んで、女性には人気のある食べ物だよ。」
「わぁ!じゃあ、あれ食べませんか?」
「いや、普通、昼食でああいうのは食べないから。」
ここはパフェやアイス、クレープといった女子御用達のスイーツ店が軒を並べる。露天のように並んだたくさんのスイーツ店に囲まれて、テーブルや椅子が並べられている。そこはこの戦艦内でももっとも女子率の高い場所。軍服や私服姿の女性らと、その付き添いらしき男性士官もちらほらと見える。
そのスイーツ店を通り過ぎると、今度は一転してやや豪華な飲食店が並ぶ。ステーキやパスタ、スシにハンバーグなどなど。どれも見たことのない食べ物が表示されているため、うちの女騎士とエルフは目移りして仕方がないようだ。
駆逐艦内では飲酒は禁止されているが、ここでは飲酒が許可されている。おそらくこれから夜を迎える士官達が、ビールやワインを片手に食事をとっているのが見える。
我々は昼食だから、ああいうのは夕方にしておこうか。そう思いながら、私は2人を連れてその向こう側の店へと向かう。
「おいっ!どういうことだ!?」
とある店の前を通過した時だ。突然、大きな叫び声が聞こえる。
「申し訳ありません!」
「こらっ!謝って済むことじゃねえだろう!」
何があったのだ?私はその店の中を覗く。
どうやら、ビールを運んでいた店員がそれを落としてしまい、ある士官の足にかけてしまったらしい。服を汚されて激怒した士官が、その店員に向かって怒鳴っているようだ。
「ジャンヌとマリー、ちょっと待っていてくれ。彼らを制止してくる。」
「は、はい。でも、大丈夫でしょうか?」
「心配するな。」
見たところ、それほど汚されているわけではない。かかったのは足元だけ。その程度のことで軍人が民間人に怒鳴り散らしていいはずがない。そこで、私は彼らのところに行き、忠告することにした。
「おい、いくら相手の失態とはいえ、すこし怒鳴りすぎだ。相手は民間人だぞ、少しは自重せよ!」
「はあ!?誰だ貴様は!何の権利があって、この俺に意見するか!?」
軍服と階級章からして、こいつは中尉だ。一方、私の軍服は飾緒付き、一発で将官だと分かる軍服だ。だがこの口ぶり、こちらの階級に気づいていないらしい。どうやらこいつ、相当酒に酔っているようだ。
「民間人への暴行・暴言行為は厳禁だ!わかっているのか!」
「うるせぇ!」
相手が逆上した。突然、私は突き飛ばされる。店の入り口から突き倒されて、その場で倒れてしまう。
こういう時、普通は私の階級を見て自制するものだが、階級差がまったく通用しない相手だ。こういう反応は、想定外だ。
「いちいち命令口調で気に触るんだよ、誰だてめえはよ……」
「なんだ、どうした!?」
「ああ、この若造が偉そうに俺に文句つけやがったんだよ!」
「なんだと!?」
店の中から2人の男が出てきた。さっき私を突き飛ばした男と、その後ろには別の士官、階級章からは少尉だとわかる。その言動からもどうやらこの2人、かなり酒に酔っているらしい。
大きな怒鳴り声と、突き飛ばされた私が店の前で倒れたのを見て、何事かと道ゆく人々が群がってくる。私はその場で立ち上がる。
だが、立ち上がった私にじわじわと迫る2人の士官。
まずいな……まったく制止が効かない。やはり相当飲んでるな、この2人。これだけ明るい場所でも、私の軍服が見えないらしい。こうなったら、艦内警察に通報するしかないな。そう思った矢先のことだった。
「お待ちなさい!!」
後ろから叫び声が聞こえる。私は振り向く。
そこにいたのは、ジャンヌだった。手には黒と黄色の縞々の棒。あれは、路上に置かれたコーンの上を結ぶコーンバーのようだ。ジャンヌよ、そんなものどこから持ってきた?
だが、ジャンヌの顔はいつになく険しい。あの2人の士官を睨みつけている。
「お下がりください、エルンスト様。この狼藉者は、私が相手いたします。」
「あ、ああ……」
思わず私は後ろに下がる。プラスチック製のコーンバーを前に突き出し、じりじりと前に進むジャンヌ。
「なんだてめえは!?可愛い顔して、この俺たちにケンカ売ろうっていうのか!?」
「闘いをけしかけたのはお主らではないですか、我が主人への手出し、許しません!」
すっかり逆上したジャンヌ。そこら辺で拾ったプラスチックの棒だけを手に、荒れ狂うこの男性士官2人に闘いを挑もうとしていた。




