#5 女騎士とエルフ、宇宙(そら)へ行く
今にして思えば、ジャンヌ達を駆逐艦に乗せたのがいけなかった。
「エルンスト様、またあの船に乗せて乗せて乗せて~っ!」
「乗せるべ乗せるべ乗せるべ~っ!」
あの一件で味をしめて、乗せてコールを大合唱するジャンヌ。マリーまでジャンヌに同調し、彼女の後方支援に回る。
あの停戦交渉がまとまった後、艦内を見学したり、食堂で美味しいパスタを食べたりして、すっかり戦闘艦内を満喫したジャンヌとマリー。どうもそれが忘れられないようで、この休暇中の3日間、毎日駆逐艦に乗せろと要求してくる。
「あそこは遊び場ではないんだぞ!ダメだダメだダメだーっ!」
ダメだコールで返す私。だが、この程度で諦めるほどヤワな妻ではない。エルフの加勢を得て、あれから毎日しつこく駆逐艦に乗せろといってくる。
しょうがない、こうなったらもう2度と乗りたいとは思わせないようにしてやろうか。私は考えた。
ということで、宇宙港にジャンヌとマリーを連れて現れた。
休暇明けの今日、私は宇宙へと上がり、小惑星帯へと出向く。そこで330隻の我が小艦隊全艦と合流し、訓練のためにその先にある第2小惑星帯へと向かう。
なお、訓練に限り、家族の同伴が認められる。そういうわけで、私は妻と付き人のエルフを伴ってこの宇宙港にやって来たのだ。
「わあ~っ!相変わらずここ、いっぱいプリン売ってますねぇ!エルンスト様、帰りに売店に寄ってたくさん買いましょうね!」
ロビーへ向かう途中に、土産物屋の前を通り過ぎる。そこにあるプリンに目を奪われる妻。それにしても、相変わらず能天気なジャンヌだ。しかし果たして帰る頃まで、その心の余裕が残っているかどうか。
搭乗手続きをした後、駆逐艦2680号艦へと向かう。前回は恐々としていたマリーも、今回は駆逐艦の入り口の両側に並んで整列・敬礼する士官の列の間を、にこやかな笑顔をふりまきながら乗り込むほどの余裕がある。
さて、これから5日間はこの駆逐艦に滞在することになる。その後、戦艦ニュービスマルクで補給を受け、再び駆逐艦2680号艦に戻って2日間訓練したのちに地球813に戻る。
私とジャンヌは同じ部屋に、その隣にマリーの部屋を設けてもらった。これから5日間は、この宇宙船で過ごすことになる。
荷物を置いて、3人は艦橋へと向かった。宇宙に向けて出発する様子を、彼女らに体験してもらうためだ。
「上空の衛星、および警戒中の艦艇より不審航行船および障害物に関する連絡なし。」
「宇宙港管制より、離陸許可。」
「よし、ではこれより、大気圏離脱を行う。機関始動、繋留ロック解除!」
「機関始動、出力10パーセント!繋留ロック、解除!」
ガコンという重々しい音が鳴り響く。船体がドックから切り離され、艦がその場に浮き上がる。
「駆逐艦2680号艦、発進する!両舷微速上昇!」
「機関出力上昇、両舷微速上昇!」
艦長の号令とともに、ゆっくりと船体が浮き上がり始めた。我が妻とエルフは、艦橋の正面にある大きな窓にべったりとへばりついている。王都や宇宙港が離れていくのを眺めているようだ。
艦は徐々に速度を上げて上昇する。高度は5千メートルを超え、雲を追い越した。
「きゃーっ!マリーちゃん!雲が下にあるよ!面白ーい!」
「ほんとだべな!わだす、雲より高いとこに来てるんだなぁ!」
たかが雲を追い越したくらいで、子供のようにはしゃぐ女騎士団長とエルフ。無邪気なものだ。窓際で騒ぐ2人に構わず、艦は上昇を続ける。
「まもなく、規定高度の4万メートルに到達します。」
「よし、大気圏離脱準備!機関、各種センサー、およびレーダー再確認!」
「中、長距離レーダー、正常に作動中。前方2000万キロ以内に障害物なし、進路クリア!」
「重力子エンジン、核融合炉2基とも正常、慣性制御に異常なし!」
艦橋内では大気圏離脱準備が進められている。その間もジャンヌとマリーは、窓の外を眺めている。
ここは宇宙の境界近く、上空はすでに真っ暗、遠くに青白く薄い大気圏の層が見える。地上は遥か遠く、白い雲、緑の森、そして青い海の3色が複雑に入り混じった地表が見えている。
それにしてもあの2人は静かだ。さっきまであれだけ騒いでいたというのに、どうしたのだろうか?少し心配になった私は、ジャンヌのところに近づき話しかけた。
「どうした、ジャンヌ。」
「ああ、エルンスト様……ここは本当に綺麗なところですね。こんな光景が見られて、私、とても幸せでございます。」
外の光景に見とれて、うっとりとした顔で語る我が妻。そこにさっきまでの騒がしいジャンヌはおらず、純真な眼で窓の外を見つめている。この表情に、普段見慣れている私でさえドキッとした。自然の作り出す美しさに、心奪われる美しき妻。ここにいるのは、もはやいつものジャンヌではない。
「よし!それではこれより、大気圏離脱を行う!」
艦内チェックが完了し、艦長が大気圏離脱に向け号令を発する。艦内放送からは、離脱開始の合図であるサイレン音が鳴り響く。
「そうだ、ジャンヌ。」
「はい、なんでございましょう、エルンスト様。」
「言い忘れていたが、これからちょっと騒がしくなる。覚悟せよ。」
「はい?」
そう私が言った直後、艦長が離脱開始の号令をかける。
「両舷前進いっぱい!大気圏離脱、開始!」
「機関出力100パーセント!両舷前進いっぱーい!」
次の瞬間、ゴォーッというけたたましい音がこの艦橋内に鳴り響く。と同時に、周りの光景が一斉に後ろに流れ出す。
「ななな、なんでございますか!?このやかましい音は!?」
「ななななんだべさ!こげなうるさい音、何が起こったべか!?」
左右2基ある重力子エンジンと核融合炉が目一杯回るため、艦内全域にけたたましい音が鳴り響く。おまけに機関が出す振動が船体全体を小刻みに揺さぶる。窓や床がビリビリと響き、慣れないジャンヌとマリーは混乱している。
「え、エルンスト様!これが『ちょっと』でございますか!?」
ジャンヌが叫ぶ。やれやれ、やはり騒がしい妻だ。さっきまでのあのうっとりするような可愛らしい表情は何処へやら。まあ、こちらの方がジャンヌらしい。
だが、私にとってこの騒音は「ちょっと」だ。この程度で驚いてもらっては困る。
あまりのけたたましい音に、窓にもたれかかって耐えるジャンヌとマリー。キョロキョロと不安げな表情で周りを見渡す2人。それを見てほくそ笑む私。
だが、ジャンヌよ。まだこれは序の口だ。この先にさらなる試練が待っている。駆逐艦に乗りたいと言った報い、味わうがいい。
離脱開始から3分ほどすると、あのけたたましい音がようやく鳴り止む。静けさを取り戻し、ホッとするジャンヌとマリー。その彼女らの前に、地球813が姿を表す。
距離は10万キロ、小惑星帯に向かうため地球813を迂回した際に、この艦の正面にちょうど地球の姿が飛び込んで来たのだ。
漆黒の闇に浮かぶ、青くて丸い星。この広大な暗闇の中に浮かぶ、生命が宿る宇宙のオアシス。この姿に、再び感動するジャンヌとマリー。
「はぁ……きれい……」
2人ともこれ以上の言葉が出ないようだ。自分たちの住んでいる場所がこんなにも青くて丸い美しい球体だということを、2人とも実感できたようだ。
「これより、当艦は小惑星帯へと直行する。手の空いているものは、母星にしばしの別れを告げよ。総員、地球813に向かって、敬礼!」
艦長の指示で、艦橋内の何人かがその場で起立し、地球813に向かって敬礼をする。私もこの青い星に向かって敬礼する。周り乗員の様子を見たジャンヌとマリーも、たどたどしい手つきで敬礼する。
「直れ!では、これより地球813を離れ、小惑星帯に向け出発する。面舵10度、両舷前進半速!」
「面舵10度!両舷前進はんそーく!」
先ほどではないが、再び機関音が鳴り響く。速度を上げた駆逐艦2680号艦は、あっという間に地球813を通り過ぎて、星がちらつく暗闇へと突入した。
「はぁ~っ!エルンスト様、とても騒がしい出発でございましたね。」
大気圏離脱時の全力運転の騒音に、やや驚いた様子のジャンヌ。ようやくあの喧騒が終わり、一安心といったところだろう。
だが、ジャンヌよ。実はあれ以上のけたたましさをこの先5日間、毎日味わうことになるのだ。覚悟しておくがいい。
大気圏離脱が無事に終わり、我々は食事のため食堂へと向かう。すでにあの2人の公爵の紛争時に、この艦の食堂はすでに経験済みのジャンヌとマリー。
出入り口のモニターにて、早速メニューを眺めて選んでいる。
「あ、閣下。お疲れ様です。」
食堂前で敬礼するのは、マリアンヌ中尉だ。
「中尉も食事か?」
「はっ!明日から始まる訓練に備え、食事を怠らないのも武官の務めかと!」
いや、食事くらいはもう少し気楽にしよう、マリアンヌ中尉よ。
「そうだ、私の妻とエルフの話し相手をしてやってくれないか?この艦は女性が少ないゆえ、是非とも頼みたい」
「はっ!閣下のご命令とあらば!」
別に命令というほどのものじゃない。単に女子同士、仲良くしてくれというお願いのつもりなのだが。
しかしこの中尉、あまり女同士の会話をしているところを見たことがない。あのジャンヌとマリーの話し相手が、務まるのだろうか?
「へぇ、マリアンヌさんというんですか。私はジャンヌと言います。よろしくね。」
「はっ!ジャンヌ殿は閣下の奥方様とお聞きしております!なんでも、王国の騎士団長もされているとか!よろしくお願いいたします!」
「わだすはマリーっちゅうんだわ。王都の側の里に暮らしとったエルフなんだけんども、追い出されてエーベルシュタイン家におせわになっとります。」
「はあ、エルフですか……エルフというと、不老長命といわれるあのエルフで……」
硬いな、マリアンヌ中尉。その調子では、この2人に飲み込まれるぞ。もっと砕けろ、そして攻めろ。
「……でね、現れたコボルトをすぱっと斬りつけたんです。すると仲間が現れてですね……」
「なんと、それで、5匹のコボルトを相手に、ジャンヌ殿はいかがなされたのです!?」
「その時は襲い掛かられる前に、スパッと首を落としにいってですね……」
硬い武官という印象のマリアンヌ中尉だが、同じく「武闘派」のジャンヌとは意外と話が合う。うちの妻も他の貴族のご婦人達とは話が合わないが、マリアンヌ中尉とは話せるようだ。牛肉のソテーを食べながら、マリアンヌ中尉と熱く語り合っている。
が、マリーはというとこの手の話は苦手なようだ。しばらくそばでじっと聞いていたが、入りづらいのか少し離れた場所に移動する。すると、艦内の男どもがマリーに話しかけてくる。
「あれ?エルフさんって、肉を食べるんですか?」
「んだよー、わだす肉大好きよ~!」
「へえ、イメージとは違うね。てっきりエルフって、森から取れるものしか口にしないと思っていた。」
「まあ、普段はそだけんども、たまには人族から譲ってもらった牛や豚の肉さ食うべよ。これがめっぽう美味えんだな!」
このエルフの訛り言葉には、すでに前回のうちに多くの乗員は慣らされている。慣れてしまえば、むしろ個性的で可愛く感じてしまうようで、結果、多くの独身男性が群がってくる。
あのエルフ、見た目は美人だ。言葉と性格さえクリアしてしまえば、あの人間離れした魅力的な外観に心奪われる。そんなわけで現在この艦で、マリーの人気は急上昇中だ。
ところで、私はというと話し相手もなく1人食事をする。年齢のわりに階級が高いから、恐縮して話しかけてくる乗員がほとんどいない。たまに話しかけられるが、全員敬語だ。軍人の階級は絶対だというが、そのおかげで敷居が高いのは考えものではある。
「よお、エルンスト!元気ないな、どうした!?」
唯一の例外が、こいつだ。ベルトルト大尉。私と同期の男である。
「あの2人の相手をすれば、誰だって元気なくなるよ。」
「そうか?俺なら喜んで夜の相手までしちゃうぞ!?」
相変わらず品がない男だ。この発言はマリアンヌ中尉にも聞こえており、何か言いたそうだ。
「なんだべかぁ、夜の相手ってよ!?」
私とベルトルト大尉の会話に、マリーが参戦してきた。相手してくれていた男性らは、どうやら勤務時間になったようで席を離れていた。
「知りたければ、俺の部屋まできて夜を過ごせばよーく分かるよ~?どうです?俺と今夜、2人きりってのは?」
「えー、やだよ~。あんた、ちょっと臭いけぇね。」
「えっ?臭い?俺が?」
えっ?そうなのか?別にそれほど臭いとは思わないが……エルフ独特の嗅覚では、そうなのだろうか?
いきなりエルフに臭いもの呼ばわりされた大尉を見て、マリアンヌ中尉が必死に笑いを堪えている。あのエルフの一言が、よほどツボにはまったらしい。大尉にはショックな、マリアンヌ中尉には痛快な一撃だった。
そんな食堂での一幕もあったが、その日は暮れる。と言っても、太陽が見えないから、この艦内では時計を見て動くほかない。
「今は本当に夜なのでございますか?私には全く見当がつき……ふわああぁ……」
しかし、ジャンヌの体内時計は正確なようだ。未だ時計の見方もわからず、おまけに本人に自覚がないのに、いつも寝る時間きっかりに本人は眠気を感じて、寝てしまう。
そして、翌日もいつもの時間きっかりに起きる。
「エルンスト様!一体、今は何刻でございますか!?」
朝6時ちょうどに騒ぎ始めるジャンヌ。やはりこいつの体内時計はすこぶる正確だ。
不正確なのは、むしろエルフの方だ。我々よりも長生きしているくせに、案外だらしがないな。しばらく部屋の前で待っていたが、一向に起き出してくる気配がない。
我々が朝食を終えた頃に起き出すマリー。まだ眠そうな目を擦りながら、慌てて朝食を食べに食堂へやってきた。
「ふええぇ……日が見えねえと、さっぱり分からんべよ。腹が空かなきゃ、朝だって分かんねえべ。」
どうやらこのエルフ、腹時計で朝だと気づいたらしい。随分と適当な体内時計だ。やはりエルフというのは、人間よりものんびりしたマイペースな生活スタイルを送っているのだろうか?
我が艦隊330隻は、昨晩のうちに小惑星帯に到着し、戦艦ニュービスマルクを伴って訓練場所である第2小惑星帯へと向かっているところだ。艦橋に立つと、ずらりと330隻の駆逐艦がこの駆逐艦2680号艦を中心に魚鱗陣形にて航行中なのが見える。
「わぁっ!見て下さい、エルンスト様!たくさんのお船がずらりと並んでおりますよ!凄い凄い!」
無邪気なジャンヌは、この整然とした艦列を見て興奮気味だ。あれだけ大きな艦が規則正しく整列する光景は、初めて観るものを感動させる。
だが、まだジャンヌとマリーは知らない。この先で行われるイベントのことを。
訓練のため、食堂はすでに戦闘指揮所へと変えられていた。その指揮所に、ジャンヌとマリーを伴って私は入る。
「総員、配置につきました!いつでも開始できます!」
ベルトルト大尉が、訓練の準備が整ったことを知らせる。それを受けて、私はジャンヌに向かって小声で話す。
「ジャンヌよ。」
「はい、エルンスト様。」
「昨日の大気圏離脱のことを、覚えているか?」
「はい、もう大変な騒音で、頭がどうかしてしまうかと思いました。」
「あれを上回る騒音が、これから昼まで続く。覚悟しておくように。」
「は、はい?」
訓練を前に、私はジャンヌにあらかじめ忠告しておいた。私は静かに艦内マイクを取る。
さあ、地獄の訓練の始まりだ。
我が艦隊で最恐と言われる、駆逐艦によるドッグファイト訓練が、今幕を開ける。




