#45 戦いの後
魔王は、死んだ。
その結果、魔族の手先であるモンスターどもはこの地上から姿を消し、地球813には安穏の日々が訪れる。
……とは、ならなかった。
残念ながらこの世界は、映画のようにはいかない。
森の中では、今日もスライムやコボルトどもが元気に活動している。
単に新たなモンスターの出現がなくなっただけだ。今いるモンスターは、そのまま地球813に居座り続けた。
この星の表面にワームホール帯を発生させ、モンスターを異世界からワープアウトさせていたのは、我々が倒したあの魔王だった。
当然、魔王亡き今、この星の表面にワームホール帯を作る出すものはいない。
そのことが、ある問題を我々に残す。
ちょうど、我々が魔王との決戦を終えて、帰ってきた日のことだ。
帰投後、私は司令部を出て、オルバーニュ村に立ち寄った。
駆逐艦2680号艦が到着したのは正午前、昼食をとってから王都に帰ろう、そう思いつつオルバーニュ村の飲食店に立ち寄った。
中心部にある広場を歩いていると、突然、真っ黒なものが空から降りてくるのが見えた。なんだ?まさか、魔族の生き残りか?私は振り返り、空を見上げる。するとその黒い影の正体は、あのガルグイユというドラゴンだった。
たくさんの村人がいる中、めったに姿を現さない伝説のドラゴンが、なんとこの村の広場のど真ん中に降りてきたのだ。
すでに魔王は倒した。このドラゴンは、何のために我々の前に現れたのだ?
私や村人の前に突如現れたこの30メートルほどの巨大な伝説のドラゴンが、私に語りかけてきた。
『……帰れなくなった……』
と、つぶやくように私に話しかけてくるその伝説のドラゴン。
「は?」
このあまりに予想外な言葉に、私は思わず聞き返してしまう。が、その直後。
『……眠い……』
そう言い放つと、突如そのドラゴンは広場のど真ん中で倒れこんでしまう。
そして、動かなくなってしまった。
「……おい!」
まさかこいつ、死んだのか?魔王の最後を見届けて、ついに彼は役割を終えて、命尽きる時が来たのか?
……というわけでもなさそうで、この伝説のドラゴン、寝息をたてて寝ているようだ。真昼間の村の広場のど真ん中で、まるで飼い猫のようにくるりと丸くなって寝始めたガルグイユ。
私が問いかけにも応えず、一眼も気にすることなく、このドラゴンは眠り続ける。
で、その3日後、そのドラゴンは再び目を覚ます。
ガルグイユ曰く、モン・フェイロン山の麓にあった彼の元いた世界との「通路」が、なくなってしまったらしい。
魔王がいた頃はその通路は常に開かれており、彼のいた世界とこの星の間を往復できたそうだ。
が、魔王亡き今、それが消失したらしい。このためドラゴンは、もはや元の世界には戻れない。
で、この世界でウロウロしているうちにこの村にたどり着き、そのまま寝てしまったそうだ。
聞けば、ドラゴンが起きている時間というのはだいたい半日ほど。
一方、睡眠時間は短くて2日、長い時は数年らしい。
なんだこいつ、ほとんど寝てるだけじゃないか。ドラゴンって、そういう生き物だったのか?
この時も我々と語り終えると、再び寝てしまった。
「あらあら、ガルちゃん、まだ寝てるんですね~!」
魔王との戦いが終わって1週間、村の広場に急遽建てられた、高さ50メートルものドラゴン用の「飼育小屋」の中で眠り続けるドラゴンを見て、ジャンヌが呆れたようにつぶやく。
確かによく寝るドラゴンだ。この1週間ほどの間にこいつを見ているが、ほとんど動かない。ドラゴンという奴は、あまり動きたがらない生き物のようだ。
だが、生き物である以上、食べ物を食べなくてはならない。
しかし、ドラゴンって一体、何を食べるんだ?尋ねると、どうやらガルグイユは、肉は苦手らしい。
ならばと、試しにあげてみたある食べ物に、このドラゴンはハマる。
その食べ物の名は……そう、この星にいる数々の種族がハマり、人類との共存をもたらした食べ物、プリンだ。
ドラゴンサイズの巨大プリンを作り渡し、食べさせたところ、案の定これに引っかかった。
おかげで我々は目覚めのたびに、この伝説のドラゴンにプリンをあげることになった。
しかしだ。伝説のドラゴンですら、プリンに屈するのか……ほとんど無敵だな、プリン。もしかして、魔王もプリンで懐柔できたのではないか?そんな思いを、抱かずにはいられない。
この村のど真ん中にドラゴンが居座ったおかげで、伝説のドラゴンを一目見ようと現れた人々が、このオルバーニュ村を訪れる。
このオラーフ王国が樹立して300年余り、その間にこのドラゴンが目撃されたのは3度。
伝説のドラゴンとまで言われたガルグイユの威厳は何処へやら、今はこの村にさえやってくれば、いつでも見られる存在となってしまった。
おまけに、我々からプリンを何のためらいもなく貰い受けるガルグイユ。もはや、伝説の動物ではない。動物園にいるゾウと、何ら変わりがない。
いや、動物園とは違い、このドラゴンを柵で囲ったりなどしていない。いつでも飛び立てられるよう、小屋の前面は空きっぱなしだ。にも関わらず、よほどここが気に入ったのか、村を去る気配がない。
そんなだらしのないドラゴンを、ダニエル中将と眺めていた。
「……まあ、彼にとっても平穏な日々が訪れたということだ。まずはよしとするべきではないのかな。」
「はあ、そうですね。そう考えることにいたします。」
魔王と戦った者同士、このドラゴンがだらしなく寝る姿を眺めながら、この星に訪れた平和をひしひしと感じていた。
「そうだ、私は明日、ついに地球760へ帰ることになった。」
「はい。閣下には、大変お世話になりました。」
「いや、世話になったのはこちらの方だ。おかげで妻や子供らは、毎日刺激的な日々を送っているよ。」
そんな中将の言葉に呼応するかのように、空から2人の魔女が降りてくる。
「はぁ~っ!飛んだ飛んだ!」
「面白かったね、ママ!」
「マデリーンさんにアイリーン、どこに行っていたのだ?」
「ああ、この先にあるエルフの里よ。エルフがたくさんいるっていうから、ちょっと行ってみたくなってね。」
「あのエルフたち、伝説の亜人だっていうのに、私とママが空から降りるのを見て驚くのよ!?信じられない!こっちの方がびっくりしたっていうのに!」
いや、あちらからすれば、いきなり空から舞い降りる魔女の方が信じられない存在だろう。この星において、エルフより魔女の方がはるかに希少で珍しい存在だ。
「マデリーンさん。明日にはいよいよ地球760へ出発だ。」
「そうなの……そうよね。いつまでもいるわけには、いかないわね。」
「お世話になりました~。またいつでも、遊びに来てくださいね。」
「何言ってんのよ、今度はジャンヌ、あんたが来る番よ!そうだ、私の王都女子会に入らない?あんたが住んでるところも一応王都なわけだし、入れてあげるわよ!」
「ええっ!?本当ですか?でも、どうやって入るんです?」
「簡単よ、私にメールを送ってくれれば、あとはちゃちゃっと登録しておくから……」
ジャンヌとマデリーン殿はこの2週間ほどで、すっかり仲が良くなったようだ。地球760での再会を約束して、マデリーン殿が主催している王都女子会という得体のしれない団体に、ジャンヌは登録する。
「あらあら、蚊トンボ魔女もいっしょなのね。」
そこに、リョウコ研究員も現れる。
「何よ、魔性の女!」
「魔性とは何よ、魔性とは!私だって夫と子供がいるのよ、いつまでも魔性なわけないでしょう!」
この2人が知り合い同士というのは、魔王を倒してからのちに知った。それにしてもリョウコ研究員、「魔性」であったことは否定しないんだ。
「で?あんたは何しにきたのよ。」
「私も明日、ここを発つのよ。だから、この准将さんにご挨拶しにきたの。」
「ふーん、珍しいわね。この男と、何かあったの!?」
「さあ。どうかしら?」
そういう意味深なことを言わないでくれ。何もあるわけがないだろう。
「てことで、私は明日ここを去るわね。魔王の正体も分かったし、もう私のいる意味はないわね。」
「はい、お世話になりました、リョウコ研究員殿。」
「うふふ、あんたもなかなか面白かったわよ。私の周りには、あまりいないタイプの男ね。」
「はあ……」
「今度、地球760へ遊びにいらっしゃい。そのときはいいところに連れていってあ・げ・る!」
「はあ、ま、またその時にでも……」
またまた誘うように距離を詰めるリョウコ研究員。ジャンヌもあきれ顔だが、特に驚かない。このやりとりにも、ずいぶん慣れてしまった。
リョウコ研究員も言う通り、この2週間ほどの間に、魔王の正体がある程度判明した。
魔王討伐の直後から、魔王の残骸が調査された。
残骸の調査により、魔王の身体を構成していたのは、大きな黒いクリスタルだということが分かった。
中心部付近には、不思議な模様がついている。この部分が、何らかの回路のように作用していたらしいとのことだ。
あの莫大な力の源は何なのか?はっきりとはわからないが、近くにいる中性子星から放射される膨大な熱エネルギーや電波から力を得ていたのではないかと推測されている。真っ黒なクリスタルという媒体は、そういうものを吸収するのに適している。
しかし、残った残骸からは、とてもこれが意思を持った「生物」には見えないということだ。
魔王とは要するに、ガラスの塊のようなものだ。そんなものが意思を持ち、この星の人類を滅ぼさんと画策する。しかし、そんなことが可能ならば、この世にはこの手の物質はいくらでも存在する。だが、今まで意思を持ったものなど、聞いたことがない。
当初、これは宇宙に存在する人類の祖先にあたる、古代文明が残したものではないかという仮説が立てられた。つまり、この「魔王」の残骸を調査すれば、長年謎とされたこの宇宙に散らばる人類を生み出した古代文明の謎にせまれるのではないかというのだ。
だが、その仮説はあっさりと論破される。我々人類を生み出した存在が、我々を滅ぼそうとする意思を持つのだろうか?その矛盾を証明する証拠は、存在しそうにない。
ところで、そのクリスタルの年代測定から、魔王の推定年齢は3万歳とされた。
3万年前といえば、この宙域で超新星爆発が起きた時期とほぼ一致する。そんな昔から、魔王は存在していたらしい。
いつ頃から意思を持ち始めたのか、地球813の存在をどう知ったのか、なぜあの星の人類のみを目の敵にしていたのか?
多くの部分は、今も謎に包まれたままである。
そして、魔王の残骸調査は続けられている。
「あ、エルンストさん!ここにいたんすか!」
トオルが現れた。クレアも一緒だ。
「なんだ、お前らも帰るのか?」
「なんですか、その言い方、俺らが邪魔だったみたいっすね。」
「いや、そういうわけではないが……」
「そうですよ、明日、俺らも帰ります。いやあ、この2週間で、この異世界な星を堪能したっす!エルフにゴブリン、スライムにコボルト、そしてドラゴン!いやあ、もう思い残すことはないっすね!」
「ねえ、トオル!あのドラゴン・プリン食べていこう!」
「また食べるんすか?あのプリン、さっき食べたばかりじゃないっすか。」
「いやあ、だって今日で食べ納めでしょう?たくさん食べておかないと。」
クレアという大食いの怪力魔女は、プリンを食べるドラゴンにあやかって、その横で売られている巨大プリンを食べるため店に向かう。
それにしてもこの空を飛ばない魔女、我々が抱く魔女のイメージとはかなり異なる魔女だったが、その怪力と食欲に驚かされた。そんな意外な魔女も明日、この星を去る。
翌日、地球760から来た駆逐艦0972号艦は、このオルバーニュ村を発進する。
私は、この艦に敬礼し、見送る。ジャンヌと3人の居候も一緒だ。
どんどんと小さくなっていく、ダニエル中将の乗る駆逐艦。あの魔女達、魔性の研究員も一緒だ。
魔王のおかげで、遠い宇宙の知り合いができた。高速機動艦隊を生み出した奇才の司令官や、空を飛んだり怪力を持つ魔女達、ワームホールを作り感じる男、そしておかしな性格の天才研究員。
だが、彼らは去り、再び静寂な日々が戻る。ジャンヌに言う。
「やれやれ、騒がしい人々だったな。これでまた、静かすぎる日々に戻ることだろう。」
「そうですね、と言いたいところですが……実はですね、エルンスト様。」
「なんだ。」
「実はですね、昨日、とんでもないことが判明したのでございますよ。」
なにやら意味深なことを言い出すジャンヌ。3人の居候も、私の方をじーっと見ている。
「なんだ、とんでもないこととは。モンスターでも現れたのか?」
「いえいえ、そんな類いのものではないですが……実はですね、エルンスト様……できちゃったんです。」
「何がだ?」
「……私と、エルンスト様の、子供でございますよ。」
それを聞いた私は一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。この数週間、命の奪い合いである戦いの日々が続いたせいか、新しい命が宿ったことが、とても不自然に感じている自分がいた。
「おい!いつだ!?いつ、できたのだ!?」
「はい、どうやらですね、リザードマンの襲撃があったあの時ぐらいらしいのですが……」
「はあ!?じゃあお前は、身重の状態でオークの集団と戦っていたのか!?」
「そう言うことになりますね。まあ、よろしいではありませんか。今はこうして、無事なのですから。」
そういえばオークが襲撃してきたあの夜、剣を持つことばかりが戦いではないというようなことを言っていたな。その戦いとは、このことを言っていたのか?
どうやら3人の居候は、あらかじめこの事実を聞いていたようだ。私の方をニヤニヤとしながら見ている。
「おめでたいでよ~!旦那様!」
「おめでたいでげすっ!」
「おめでとうございます!」
祝いの言葉を投げかけながら、私の顔をにやにやしながら見つめる3人の居候達。別に何も恥じることはないのだが、なぜかこの3人の前ではちょっと恥ずかしい。
当分、この3人にいじられそうだな。しかしこうして見ると、女4人に男1人。我が家では圧倒的に、ジャンヌ寄りの人間が多い。せめて今度生まれてくる子供は男の子がいいな。このままでは、バランスが悪い。
さて、ダニエル中将らを見送った翌日、いつものように司令部で業務を続ける。
ところでベルトルトは、今日付けで中佐になった。
あの魔王討伐の作戦立案の功績で、彼は3階級特進、大佐となることが決まった。
が、戦死したわけではないため、1週間ごとに1階級昇進する。で、今週は中佐というわけだ。
「いやあ、来週はついに大佐だよ、大佐!」
「おめでとうございます、ベルトルト様!」
「てことはだよ、あと一つ上がれば、俺も司令官閣下だよ!うーん、少し頑張る気になって来たぞ!」
調子のいいやつだ。私の司令官室で御構い無しに、秘書のリュシールと喜んでいる。
「で、貴官はそんなことを言うために、この司令官室に来たのか?」
「なんだエルンスト、いたのか。いや、俺はリュシールに中佐になったことを報告しに来ただけだよ。」
そんな下らないことで、この司令官室に来たと言うのか。まったく、このお調子者め。お前らは夫婦なんだから、家でやれ、家で。
そこに、別の幕僚が現れる。
「あ、閣下!それにベルトルト少佐!」
「いや、今は中佐だ。」
「ああ、そうでした!閣下に中佐!緊急事態です!」
突然現れたこの幕僚、何かを知らせに司令官室に入ってきたようだ。
「どうした、何が起きた!?」
「中性子星周回軌道上、魔王の残骸付近に敵艦隊出現との報が入りました!直ちに援護に向かってくださいとのことです!」
「そうか。分かった。それでは早速、我が小隊に出撃命令を……」
そう言いかけた時、されに別の幕僚も現れた。
「閣下!緊急事態です!」
「なんだ、魔王の残骸付近に出現した敵艦隊の報なら、今受けたところだ。」
「違います!王都の南、約70キロの地点で、貴族同士の武力衝突が発生!」
「なんだって!?だが、今から中性子星域に向かわねばならないんだ。他の隊を向かわせて……」
「いえ、それが、陛下のたってのお願いということでして……」
「閣下!中性子星の援軍要請も!」
「閣下!」
「ああっ!分かった分かった!分かったから、少し落ち着け!」
「どう対処されるおつもりですか、閣下!?」
さっきまでリュシールといちゃついていたベルトルト中佐が、急に仕事モードに入る。
「こうなったら、2ついっぺんに片付ける!まずは貴族同士の内乱からだ!330隻で上空から圧殺し、短時間にけりをつけてやる!その後、中性子星域に出発するぞ!」
「ですが、それでは中性子星域に到着するのが遅れますが……」
「どうせ中性子星域まで2日かかる。それが2日半になったところで、大差はないだろう。」
「はっ!」
「ゆくぞ!時間がない!直ちに発進だ!」
私は荷物を持つ。スマホでジャンヌに連絡しつつドックに向かい、駆逐艦2680号艦へと急ぐ。
すでに発進準備を終えた駆逐艦2680号艦に乗りこむ。ハッチが閉まるや否や、離昇を開始。
艦内エレベーターで最上階へ向かい、荷物を抱えたままそのまま艦橋に入る。
上昇を続ける我が艦。眼下には、オルバーニュ村がある。広場のど真ん中にあるガルグイユの小屋。その周りには、ドラゴンをひと目見ようとする人だかりが見える。
魔王が斃れ、この星の脅威の一つは取り除かれた。だが、貴族同士、そして連盟との戦い、つまり人間同士の争いは依然として残る。
その人間同士の争い事を片付けに、我々は発進する。
「第9小隊、直ちに発進する!」
私の戦いは当面の間、終わりそうにない。
(完)




