#43 嵐の前の静寂
ダニエル中将一家と共に、私とジャンヌと居候3人はモンスター研究所へと向かうことになった。
オルバーニュ村からほど近い、サン・ヌヴェールの街で宿泊していたダニエル中将一家をお迎えに上がる。
ダニエル中将の家族は6人。中将自身と子供が3人、そして奥様が2人。
内、2人が空を舞う魔女で、中将閣下自身も元哨戒機パイロットで、自宅にプライベート機を持っているという。まさに、空飛ぶ一家だ。そんな一家を、車でお迎えしていいものだろうか?などと考えるが、航空機を使うほど遠い場所に行くわけではないので、やはり車で行くことにした。
ホテルの前に車をつけて待っていると、ダニエル中将のご一家が出てきた。が、ホテルを出たところの脇にある植え込みに、スライムが紛れていた。
「えっ!?なにあれ?」
「あ、近づいてはダメ!それ、スライムよ!」
彼らはスライムの恐ろしさを知らない。目の前に現れたその青くブヨブヨした奇妙な物体に、娘のアイリーンが近づこうとする。それをジャンヌが制止する。
突然、そのスライムが青い溶解液を放つ。近くの木の根元にかかる。
スライムの放った強アルカリ液により、木の根元は白色化し、煙をあげる。干からびたようなその木の根を見て青ざめるマデリーン殿。
「うわわっ!なによこれ!?」
「下がってください!」
そこにリザが飛び出し、手に持った剣でそのスライムを刺す。あっという間にスライムは弾け、煙を出しながらその場でゼリー状の塊と化す。
さすがは元駆除人、女騎士のリザだ。咄嗟の判断で事無きを得た。
「はあ……カッコいいわね、あんた。」
「へ?そうですか?」
「あんなおっかないモンスターにためらうことなく、剣でひと刺し。怖くないの!?」
「スライムは一度溶解液を出すと、しばらくは攻撃してこないんですよ。だから、その間に突けば簡単に倒せますよ。」
「へぇ~、そう言うもんなんだ。モンスターのこと、よく知ってるわね!」
「いえいえ、あたいなんかまだまだ……跳馬騎士団長であらせられるジャンヌ様の方が、ずっとお詳しいですよ。」
「えっ!?あんた、騎士団長だったの!?」
スライムとの遭遇をきっかけに、昨日はどちらかというと影の薄かったリザとジャンヌがクローズアップされる。
「ふーん、じゃあ森の中はスライムとコボルトっていうのがたくさんいるんだ。」
「そうですよ~。農作物は荒らされるし、人は襲うし、ろくでもない奴らですよ。だから、うちの騎士団がせっせと排除するんです。」
「巨人のようなモンスターはいないの?」
「先日現れた、サイクロプスがそうですね。3メートルほどあって、一つ目で、なりふり構わず人を襲うから、出会ったが最後、逃げるしかないですね~。」
質問責めにあうジャンヌ。モンスターの知識が豊富なジャンヌから語られるモンスターの話に、魔女や中将らは釘付けだ。
「……これらのモンスターが、あの魔王によってもたらされたというのか?」
「はい、そうなのです。先日はついに我がオラーフ王国の王都内に出現して、多くの人々が犠牲になりました。」
「そうか……その元凶を、我々は倒せばいいのだな。」
ジャンヌが語るモンスターの多くは、この星の人々を苦しめてきた。
生命の危機、文明へのダメージ。魔王の存在が、この地球813の安全保障上の危機であることを、中将も理解したようだ。
そんなモンスターが見られる施設、モンスター研究所に到着する。
「くぅん、くぅん!」
「あはははっ!何これ!?」
出迎えるのは、無害化されたコボルト達。凶暴なモンスターという面影はなく、2足歩行の犬といったところだ。
ジャンヌからは人迷惑なモンスターだと教えられたばかりだというのに、ここのコボルトはすっかり人馴れした存在。
「どうYO!すっかりペット用として育ってるでしょ!?」
「……こんなもの、ペットにしてどうするんだ。」
「オゥ!ペット・コボルトを、バカにしちゃナッシング!最近分かったんだけど、こいつら3歳児くらいの知能を持てるのYO!」
「3歳児じゃ、あまり意味がないだろう。」
「ノーノーノー!それだけの知能があれば、単純作業も可能だYO!ペット用途だけじゃなく、買い物や家事手伝いくらいやってくれるYO!」
コボルトにさせるのか、そんなこと?せいぜいペット用途にとどめておいた方が良さそうな気がするが……
「みんなきたね~!待ってたんだよ~!こちらが、空飛ぶ魔女だべか!?」
奥から現れたのは、バルドゥル研究員の妻、コリーヌだ。両手で中和済みのペット用スライムを抱えて現れた。
「うげっ!?それ、スライムじゃないのよ!」
「そだよ~!ここで無害化して、ペット用に育ててるんだよ~!」
「えっ!?ペット!?それ、飼えるの!?」
「持ってみてけんろ、気持ちええだよ~!」
マデリーン殿は恐る恐るそのスライムを抱きかかえる。先ほど、あの溶解液をぶっかけてきた相手だ。が、このスライムはおとなしくブルブルしているだけ。
「うわっ!これ、気持ちいい!なにこれ、本当にさっきのと同じスライム!?」
「外のやつとは違うべな~!体質を変えたら、おとなしくなったんだべよ~!」
「へぇ~いいな~、私も欲しいなぁ~!」
「いいYO、いいYO!あげるYO!」
「ええっ!?ほんと!?」
「エブリディ、コップ1杯の水と、レタスかキャベツをあげるんだYO!雑草も食べるけど、あまり食わせると凶暴化するから注意するんだYO!」
「うわぁ~い、やったー!」
「おい、マデリーンさん……本当にそれ、もらっちゃうの?」
「そうよ、せっかくくれるっていうんだし、もらっとこうよ。結構気持ちいわよ、これ。」
「だ、大丈夫なんですか?やっぱり私はあまり……」
「ほら、フレア。抱いてみると分かるわよ!」
「えっ!?ああ!ちょっと待ってくだ……」
強引にスライムを押し付けられるフレア殿。
「あ……ほんとですね!気持ちいいです、これ!本当にあのスライムと同じものなんですか!?」
フレア殿に続いて、ダニエル中将や3人の子供達も交互にスライムを抱きかかえる。さっきの出来事もあり、見た目はあまり気持ちのいいものではないが、感触はまんざらでもなさそうだ。
このほか、大型水槽で飼われているクラーケン、数体にまで増えたゴーストなど、あらゆるモンスターを見学するダニエル一家。
戦いの前の、平穏なひとときだ。
だが、その翌日。緊迫した司令部に、我々はいた。
「地球001、第1艦隊、戦艦ゴンドワナ艦長、スプルーアンス大将閣下に、敬礼!」
ザッという音とともに、准将以上の40人ほどの参加者が起立、敬礼する。
オルバーニュ軍港には参加する艦隊の司令官が集まり、出撃前の最後のブリーフィングが行われる。
「作戦の概要を説明します。参加惑星は、地球294、303、325、420、575の遠征艦隊各1万隻、地球001の第4遠征艦隊3000隻、地球760防衛艦隊所属の高速機動艦隊1000隻、そして、地球001第1艦隊所属の戦艦ゴンドワナを投入。参加艦艇は5万4千隻!ゴンドワナを加え、約6万隻相当の戦力投入となります!」
参加する艦隊の概要が伝えられる。この地球813始まって以来の、大規模艦隊が集結した。だが、敵は連盟軍ではない。今度の敵はたった一つ、魔王である。
「攻撃目標は、中性子星周回軌道上の大型黒色物体。以下、魔王と呼称しますが、この魔王に接近し、一斉砲撃によりこれを撃滅。これが基本戦術です。」
「観測班より、魔王の戦力分析結果を報告させていただきます。魔王の外観は長径800キロ、短径500キロの楕円形をしており、推定質量は1030兆トン。連盟要塞攻撃時の戦闘記録を分析した結果、駆逐艦1万7千隻相当の威力を持つ、魔王の攻撃は、直径100キロのビームで、射程距離は50万キロ。装填時間は15分と推定されます。」
「我々の標準艦より長く、戦艦ゴンドワナとほぼ同じ射程距離をもつこの魔王に対し、まず地球294、760の高速機動艦隊1330隻が突入、魔王にビームを発射させたのちにワームホール帯発生装置を魔王の30万キロの地点に放出、生成されたワームホール帯を用いて、5万隻の艦隊がワープアウト、戦艦ゴンドワナと連携した一斉砲撃を加える。これが、作戦の概要であります!」
集まった司令官に緊張が走る。たかが一つの攻撃目標、しかし、戦艦ゴンドワナを超える相手と分かると、司令官らの顔がこわばる。
しかも、相手は連盟軍ではない。いや、人ですらない。正体は分からないが、意思はある存在。
その意思は、地球813に住む人類を滅亡させ、そこにモンスターの世界を作り上げるというものだ。この無意味で、理不尽で、驚異の野望を挫くため、我々は出動する。
戦艦ゴンドワナの艦長であり、この大艦隊の合同司令部の長官である、スプルーアンス大将が口を開く。
「相手は、我々がこれまで経験したことのない相手だ。まだ謎の部分が多く、決して油断できない目標であることは分かっていただけただろう。だが、盟友である地球813のため、我々はこの難敵に勝利せねばならない。」
大将閣下は、組んでいた腕を下ろして立ち上がり、さらに続ける。
「今回の戦いは当然、連盟軍も観測することだろう。連盟が完膚なきまでに敗れたこの相手に、われわれは一隻の犠牲も出さず完全処理をする。その勝利が、彼らに対する大いなるけん制となり、この宙域における連盟軍の軍事行動を抑えることにもなる戦いでもあるのだ。」
そして、大将閣下は最後に檄を飛ばす。
「諸君らの善戦に、期待する!」
全員が立ち上がり、スプルーアンス大将に敬礼する。大将閣下も、返礼で答える。
この日ついに、我が連盟合同艦隊は進発した。
魔王との、最終決戦に向けて。




