#38 急転
休息明け早々、私は宇宙に出る。
我が第9小隊の330隻に、中性子星域の偵察命令が下った。
今回の任務は、あの要塞がどこまで建造されたかを把握することだ。ただし今回は強行偵察ではなく、通常の偵察任務である。
で、あるならば、わざわざ330隻で行くこともない。哨戒艦を派遣すれば済む話ではないか。
私はそう進言するも、ルードヴィッヒ中将殿曰く、
「准将率いる高速艦隊が接近するとなれば、連盟のやつらは構えを取らざるを得ない。緊張状態を作り出し、疲弊させることも狙いなのだ。」
ということなので、私の小艦隊が出向かないといけないらしい。
まあ、せっかくの休息明けだ。今回は先頭直前で引き返すという任務、比較的リスクは少ない。それで敵に少なからず被害を与えることができるなら、存分に働いてみせようか。
ということで、我々はオルバーニュ軍港を出発し、ついさっき中性子星域にワープアウトしたところだ。
「全艦、ワープアウト完了。機関良好、周辺宙域に艦影なし。進路クリア。」
敵が要塞を建造してくれたおかげで、我々にとって良いことが一つある。
それは、敵が要塞周辺の守備に注力するあまり、ほかの宙域に艦艇を回せなくなったということだ。
この宙域の連盟側の艦艇のほとんどは、今あの要塞に集結している。逆にいえば、あの要塞にさえ近づかなければ、敵と遭遇する機会がほとんどない。おかげで近頃は、遭遇戦がぐっと減った。
だが、敵をあの要塞に張り付かせたままにするには、時々要塞に接近しなければならない。あの要塞を無視し続けると、要塞に集中している敵の艦隊が再び分散を始めてしまう。せっかくの無駄な要塞を作ってくれたんだ。敵の行動を制約するために、我々は大いに活用させていただくことにする。
我々は、中性子星の周回軌道上にあるその要塞に向かって進撃を続ける。その途上、早速、敵艦隊を捕捉した。
「レーダーに感!艦影多数!距離、1300万キロ!数、およそ3000隻!」
おいでなすった。あの要塞から出撃した艦隊だろう。我々330隻を牽制するために、こちらに向かっている。私は全艦に通達する。
「エルンストだ。敵3000隻がこちらに向かって進撃中である。だが、今回の任務は要塞本体の建設進捗とその周辺の状況確認だ。このため、敵艦隊と40万キロまで接近したところで離脱する。全艦、こちらの命令あるまで、そのまま前進を続けよ。」
3000隻の艦隊とぶつかる前に、我々の目的は達成できるだろう。あえて戦闘を仕掛ける意味はない。今回は敵前で引き返し、悠々と帰らせていただく。
敵艦隊が迫る中、我々は本来の任務である要塞の観測を行う。周辺には1万隻の艦隊が展開しており、その中心にいる要塞はほぼ完成しているようだ。
物資の搬入が始まっているのだろうか、要塞の周囲には輸送艦の姿も見える。その数、およそ1000隻。かなりの量の物資が運び込まれようとしているようだ。もはや建設は、最終段階を迎えていることがわかる。
敵艦隊との接触までまだ間があるというのに、もう我々の目的は果たせてしまった。ここで引き返してもいいが、すこしあの3000隻をあしらってから帰ることにしよう。それも今回の任務のうちだ。
「敵艦隊、さらに接近!距離、およそ110万キロ!あと20分で40万キロに到達します!」
戦闘指揮所にて、私は状況連絡を受ける。幕僚の一人が、私に尋ねる。
「閣下、このまま進撃するのでありますか?」
「そうだ。進路そのままだ。」
「ですが、今回の目的の情報収取は終了しております。ここで引き返してもよろしいのでは?」
「今回、我々ができるだけ要塞に接近して敵の緊張を誘い、疲弊させるという任務もある。あの3000隻を引きつけるだけ引きつけて、戦闘直前に離脱する。それなら我々にも危険はないし、敵は必要以上の緊張感を与えることができる。」
「はっ、承知いたしました。では艦隊はそのまま、進撃いたします。」
できることなら、リスクの高い行動をしたくない。40万キロで引き返すとはいえ、もしここでトラブルが発生して敵艦隊に追いつかれるようなことになれば、我々は10倍の敵とぶつかることになる。高々300隻が3000隻の艦隊と正面からやりあえるはずがない。
だがこの場合は、ある程度のリスクは承知の上だ。敵に隙を与えず、少しでも疲弊させる。この地道な活動が、戦わずして勝つことにつながる。そうすればいずれ敵は要塞維持に疲弊して、撤退することになるだろう。砲撃戦ばかりが戦争ではない。
徐々に敵艦隊への接近を続ける我が小隊330隻。今回は強行偵察はしないつもりだ。しかし、敵は当然、我々の思惑など知らない。いつぞやのようにまた強行偵察をしてくるものとふんで、艦隊を展開して接近してくる。
そして、ついに両艦隊の距離は40万キロに達しようとしていた。この辺りが潮時だろう。私は、全艦に全速離脱準備を指示をしようと構えていた。
と、その時である。全く予想外のことが起きた。
「熱源探知!大規模な高エネルギー反応!」
突然、艦橋から艦内放送で緊迫した叫び声が流される。
「戦闘指揮所(CIC)より艦橋!どうした、敵艦隊か!?」
私は艦橋へ尋ねる。だが、艦橋からの返答は全く意外なものだった。
「正面艦隊ではありません!中性子星軌道上、敵要塞のさらに内軌道にて確認!距離、800万キロ!」
「なんだと!?連盟艦隊か!?」
「いえ、連盟艦隊は760万キロ先の要塞周囲に展開中!熱源付近は中性子星からの雑電波のため、レーダー探索不能!」
全く想定外の事態だ。中性子星が出す強力な電波のおかげでレーダーが効かない不感領域と呼ばれるところに、何かがいるという。
だが、距離は800万キロ。どう考えても射程外だ。いくらなんでも我々を狙い撃つことは不可能な距離である。にも関わらず、砲撃の兆候が捉えられた。
何を狙い撃つつもりなのか?我々を狙い撃つには遠すぎる上に、間に連盟艦隊3000隻が控えている。もしあれが連盟の艦隊で、仮に800万キロの射程を持つビーム砲を開発していたとする。だが、あそこからの砲撃は、まず味方に当たってしまう。
ということは、あれの正体は連盟ではなく、連合側か?
50万キロ離れた場所に、要塞がある。要塞本体か、その周辺に展開する輸送船団や艦隊を狙撃するならまだ納得がいく。しかし、50万キロという距離は微妙だ。我々の主砲の射程は30万キロ、やや離れすぎている。
それに、我々以外の連合側の艦艇が向かっているという報告は受けていない。だから、あれが連合側の艦隊である可能性はないと考えられる。あんな場所に連合側の艦艇がいるのなら、我々第9小隊の任務は不要となる。
合理的に考えるなら、多分あれは連盟艦隊のものだろう。おそらく、我々に対するけん制のため、あえて射程外から大きく離れているにも関わらず威嚇砲撃を加えるつもりなのだ。それにより、我々の強行偵察を牽制しようとしている。そう考えるのが合理的だ。
だが、事は合理的には進まなかった。
「熱源より発砲!高エネルギー波、探知!」
「どこだ、どこに向かって撃ってきた!?」
「それが……要塞です!要塞方向に向け発砲!」
「なんだと……?」
なんということか、ビーム砲は建設中の要塞に向けて撃たれた。
「高エネルギービームの、要塞への着弾を確認!」
「艦橋!被害状況を確認できるか!?」
「はい!現在、確認中!要塞は……」
艦橋のオペレーターの声が止まった。どうしたのか、通信障害でも起きたか?
「戦闘指揮所(CIC)より艦橋!どうした、聞こえるか!?応答せよ!」
「は、はい!聞こえます!すいません!」
「要塞はどうなっている!報告せよ!」
「て、敵要塞、消滅……周囲に展開中の輸送船団1000隻も、消滅の模様……」
私は思わず息を飲んだ。なんだと?直径200キロの巨大物体だぞ、それが周囲の船団もろとも、消滅しただと?とても考えられない。
「そんなはずがあるか!電波障害によるロストではないのか!?」
「いえ、光学観測でも確認、敵要塞と輸送船団、完全に消滅。周囲の敵艦隊1万隻の一部、数百隻はやられた模様です……」
「な、なんだと……要塞が、消滅!?本当か、それは!」
私は他の艦にも光学観測を呼びかけるが、どの艦も要塞を見つけられない。直径200キロもの巨大な要塞だ、いくら何でも見落とすはずがない。だが、330隻の目は、その巨大な要塞を完全に見失った。
レーダーサイトを見るが、要塞のあった場所には大量のデブリが観測されるのみだ。電波障害かと思ったが、その近くにいる敵の一個艦隊はしっかりと捉えている。ということは、電波障害は起きてはいない。
もはや、認めるしかない。要塞は本当に、消滅した。
我々の目の前にいる敵の艦隊も、この異変を受けて進軍を停止する。当然だろう。そのまま後退を始め、要塞守備に当たっていた1万隻の艦隊と合流するようだ。
「全艦、停止!状況確認を優先する。要塞周辺で、何が起きたのか?状況を報告せよ!」
「発砲場所を特定、敵要塞から50万キロの中性子星内軌道上から発砲の模様!なお、レーダー不感領域であるため、レーダーによる探知は不可能!」
「光学探知!発砲地点に、物体らしきものを視認!映像、そちらに回します!」
ここから800万キロ離れた場所にある、敵の要塞を一撃で粉砕したやつが、戦闘指揮所のモニターに映し出された。
「なんだ、これは……」
だが、それは黒くて丸い、奇妙な天体だった。光を一切反射せず、ただの真っ黒な球体にしか見えない。
あれだけの要塞を粉砕したのだ、てっきり大型戦艦でも現れるかと思っていたのだが、とても戦艦には見えない。
第一、射程50万キロのビーム砲など、地球001の超大型戦艦ゴンドワナでもない限りありえない。
ということは、まさかあれは、戦艦ゴンドワナなのか?
しかし、そんな報告は聞いていない。いくらなんでも、近隣の星になんの連絡なしにあの大型戦艦をこの宙域に連れてくる事はないだろう。
しかも、戦艦ゴンドワナは光を吸収するわけではない。大きいことを除けば我々の戦艦と同じ作りだと聞いている。あんな真っ黒な球体であるはずがない。
正体不明のこの物体の概要が、観測によって明らかにされる。
「軌道上の物体を計測しました!全長800キロ!厚みは400キロを超えます!推定質量、約1千兆トン!」
「なんだと!?は、800キロだと!?なんだそれは、地球001の大型戦艦よりも大きいじゃないか!そんな馬鹿でかい船は、聞いたことないぞ!」
想像を絶する数値が飛び出した。だが、その物体が再び動き出す。
「熱源感知!軌道上のあの黒い物体から、高エネルギー反応を確認!」
なんだと、まだ撃つつもりか。どう見ても、狙いはあの連盟艦隊1万隻だろう。我々は800万キロ彼方にある、その黒い物体をモニター越しに見る。
真っ黒で内部がどうなっているのかがわからないが、その物体から青白い光が見えた。砲撃用のエネルギーを装填しているのがわかる。
「高エネルギー波、さらに増大!まもなく発砲!」
見る見るうちに青白い光が大きくなっている。だが、あれだけ明るい光を放ちながら、依然として本体は黒いままだ。
「黒い物体より発砲!エネルギー波、敵艦隊に向け発砲!」
1万隻の敵艦隊は回避運動に入る。が、まっすぐ伸びる青白い光にその一部が飲まれる。レーダー上では、青い光の筋の通った後がくっきりと映る。つまり、ビームを浴びた敵の艦艇が、消滅したことを示している。
たった一撃で、少なくとも数百隻が消滅した。恐ろしい攻撃だ。たった1発で、直径200キロの要塞を吹き飛ばし、砲火を避けるため分散した艦隊を数百隻単位で消滅させる。
あれは一体、なんだ?
「敵艦隊、退却していきます……被害、およそ700隻。」
艦橋からの報告が続く。この謎の物体による砲撃で、完成間近の要塞が1つに輸送船団が約1000隻、そして駆逐艦が700隻やられたことになる。
もっとも可能性が高いのは、地球001が保有する戦艦ゴンドワナによる砲撃だ。しかし、周辺星に断りもなく、敵の要塞を破壊などするものだろうか?
「……帰投だ。」
「は?」
「地球813に帰投する。全艦反転、直ちに帰投し、司令部にこの件を報告する。そして地球294政府に依頼し、あれが連合側の兵器なのかどうかを確認する。」
「はっ!」
敵の直径200キロの要塞が、たった一撃で消滅した。完成間近の要塞だ、おそらくそこにいた数万人の人々も同時に消滅したことだろう。
もしこれが連合側の仕業であれば、たいへんな大虐殺だ。だが、あれがどうにも連合側の仕業には思えない。この一件、私には胸騒ぎしかしない。あの正体不明の物体は、一体何か?確認のため、我々は急ぎ、地球813へと向かった。




