#37 休息
最近、仕事をやりすぎたようだ。
モンスターの襲撃、連盟の要塞、そしてエルフ族やドワーフ族との交流……
そしてついに私は、過労のためか高熱を発してしまう。
今ベッドの上で、ぐったりとしているところだ。
「エルンスト様、大丈夫でございますか?」
「ああ、大丈夫とは言えないが、昨日の夜よりは落ち着いた。すまないが、何か飲み物を頼む。」
「はい、お持ちいたします。」
ベッドのそばで私の看病をしていたジャンヌは、私の要請に応えて部屋を出る。しばらくすると、冷たい飲み物を持ったジャンヌが入ってくる。
それはジャンヌの大好きなオレンジジュースだった。なんだ、自分の好きな飲み物を選んで来た。ジャンヌらしいといえばらしいが、こういう時はこのジュースがちょうどいい。コップを受け取り、ジュースを飲み干す。まだ38度ほどある私の身体を、内側から冷やしてくれるのを感じる。
そこにマリーが入ってくる。いつもならリビングでテレビを見ているマリーが部屋に来るとは、珍しいこともあるものだ。
「旦那様、大丈夫でぇ?」
「ああ、昨日よりはマシだ。」
「そうかそうか。いやあ、昨日はまるで焼け石みてえになってたから、心配してたんだよぉ。ジャンヌ様、わだすも看病やるからよ、なんでも言ってけろ。」
「そうね、じゃあ、ちょっと変わってもらおうかしら。」
「ええよええよ、ジャンヌ様はリビングでポテチでも食べながらテレビでも見てくつろいでけろ。」
なんだ、案外優しいところがあるじゃないか、このエルフ。普段はぐうたらしているが、こういう時は頼りになるようだ。
と、今度はそこにクララもやって来た。
「旦那様ぁ!大丈夫でげすか!?熱が下がったって聞いたでげすが。」
「ああ、大丈夫だ。横になっていれば問題ない。」
このゴブリンの娘も、私を心配して部屋にやって来た。普段はジャンヌの取り巻きのようだが、こういう時は私を心配してくれる。熱を出すのも、案外悪くはないな。
「旦那様!大丈夫か!?あたいも看病するよ!」
こうなると当然、もう一人の居候も現れる。リザは騎士団のところに訓練のため出向いていたはずだが、今日は早めに帰って来てくれたようだ。
ベッドの上で、3人の居候に囲まれる。身を乗り出すように私の様子を見ている3人の娘。
こうして3人並ぶと、容姿だけを見ればかなりのレベルだ。多少口が悪いのが難点だが、今のこの光景を他の男性諸君が見えば羨ましがられること間違いない。
我が家の女子は、ジャンヌとマリーは背はそこそこあるが胸が小さめ、一方でクララとリザは体は小さいが、逆に胸が大きい。
その大きめの胸をもつクララとリザは、それをベッドの上に置いて乗り出すように私を眺めている。残念ながら、マリーだけは乗せるだけのものがない。
うーん、熱にうなされているからだろうか、それとも彼女らが近すぎるからだろうか、普段はあまり意識しないこの3人の娘の姿が気になって仕方がない。それも、男として本能的な何かを呼び覚まされるような、そんな思考に傾いている。いかんいかん、私にはジャンヌという妻がいるのだ。何をけしからんことを考えているのか。
「あれ!?旦那様、顔が赤くなってきたぞ、熱が上がったんでねぇか!?」
マリーが叫ぶ。それを聞いて、クララとリザが私の顔を覗き込む。
「ほんとだ!顔が赤いだよ!大丈夫か、旦那様!?」
「ああ、ほんとだ、また熱が出たんじゃないのか!?」
私の額や頬に触れる3人。その際に、マリーを除く2人の胸が私の身体にぐいぐいと触れているのがわかる。いや、まずいまずい。これではますます、私の本能と体温が活性化してしまう。
「どうしたの?」
そこにジャンヌが入ってきた。
「いやあ、大変だよぉ!旦那様の熱が、また上がって来ただよ!」
「ええっ!?大変!マリー、そのタオルを水に浸して、絞って持って来てちょうだい!クララは飲み物!リザは体温計をとって来てちょうだい!」
「わかっただよ!」
「わかったずら!」
「お任せあれ!」
この4人の連携には、いつも感心させられる。ショッピングモールで新しいスイーツ店を見つけ出したり、街中で面白いものを探し出すときには、この連携が活かされているようだ。今回はそれを私の看病に発揮してくれている。
そして、私はこの4人に囲まれ、額や腕や頬を触り回される。胸の大きな2人はその柔らかな塊を押し付けてくるし、ジャンヌとマリーの胸のない2人はといえば、ゆるい胸元の奥を見え隠れさせていた。どちらも、男性の本能を刺激するに十分な刺激だ。
そんな女子どもからの刺激を一身に受ける私。私とて男だ。これでは、落ち着いてなどいられない。身体の底から、何か熱いものがこみ上げて来る。
おかげで、とうとう体温計は39度を指した。ますます大騒ぎする4人組だが、残念ながらこの体温上昇は過労や病気によるものではない。間違いなく、お前らが原因だ。
そんな一騒ぎを超えて、夕方ごろにはようやく体温が下がり始める。夕飯時には平熱となり、やっと私は食事をとれるほどまで回復をする。
「いやあ、よかったでげすよ~!旦那様が元気になってぇ。」
「んだんだ、また熱が出た時はどうなるか思ったけ、心配したよぉ~!」
「やっぱり、あたいのタオルリレーが効いたんだな!」
賑やかないつもの夕食風景だが、今回ばかりは少し違う。なぜだかいつもより、この4人が輝いて見える。やはり、さっきまでのあの看病のおかげか。
「あーっ!それわだすのだよ~!」
「何言ってるだ!おめえもう、3個食べたでねえか!」
食い物を奪い合う居候達。この品のないやり取り、いつもならイラっとする光景だが、なぜか今日は微笑ましく感じられる。
思えば、ここ数週間はずっと争い事に巻き込まれていた。外では連盟軍の要塞建設、内ではモンスター襲撃、休む暇などなかった。
この日1日で、心と身体が癒された感じがする。このところ命の危険ばかりを感じる日々で、平和な日常を感じることがなかった。
翌日も私は休みを取り、彼女らとショッピングモールへと行く。行き先は、彼女らに任せた。
「んだば、あのケーキのお店行くべ!」
「ええーっ!そこはクレープ屋でげすよ!」
「あたいはアイスクリーム屋がイチオシだよ!」
「何言ってるのよ、リザ!アイス食べるには、いくらなんでもまだ寒いわよ!」
ショッピングモールへの道すがら、話し合うジャンヌと3人の居候達。話し合いというよりは、意見のぶつかり合いだ。なかなか決まらないな。だが皆、行き先はスイーツのある店と決まっているようだ。
で結局、ジャンヌが強権発動し、新しく出来たばかりの喫茶店へ行くことになった。
「いらっしゃいませニャン!」
店に入ると、語尾がおかしい店員が出迎える。
よく見るとこの店員、頭の上に猫耳が付いている。いわゆる亜人のようだ。
こういう種族を「獣人」と呼ぶこともあるが、この星ではコボルトやリザードマンのような知性が低くコミュニケーションの取れない種族を獣人と呼称するため、ここでは彼らは「亜人」と呼ばれる。
そんな話はともかく、猫耳の亜人って本当にこういう喋り方になるのか。まるでマンガやアニメのようだ。
「注文が決まったら、スイッチを押して下さいニャン。」
「ええ、でももう注文は決まってるわ。私は小倉抹茶スパ。」
「わだすはバナナスパ。」
「おらはメロンスパ。」
「あたいは氷の小倉で。」
……なんだその注文は。私はメニューを見る。見れば、ところどころおかしなメニューがあるぞ。甘口なんとかというのが多い。なんだこの店は?
「お兄さん、何にするニャンか?」
「えっ?ええと……」
「ああ、エルンスト様は決めてあります。イチゴスパで。」
「はあい、かしこまりニャン!」
……なんだ、そのイチゴスパというのは。ジャンヌのやつ、想像もつかないものを注文しやがった。食べても大丈夫なやつのか、それは。
「あれ?准将閣下じゃないっすか。」
後ろから誰かが呼ぶ声がする。振り向くと、そこにいるのはトオルだ。あのクレアという魔女も一緒だ。
「なんだ、トオルじゃないか。何してるんだ?」
「何って、食事に決まってるじゃないっすか。」
「ん~んまいでふ~!」
あの大食い魔女が食べているのは、緑やピンクの奇妙な色をしたパスタだ。一皿でも相当な大きさだが、それを2皿同時に交互に食べている。
よく見ると、上には白いホイップクリームが乗っている。あれはあれで一応「スイーツ」の部類のようだ。
って、おい、まさか私はあれを食べるのか?嫌な予感がする。そんな私をよそに、トオルが嬉しそうに解説しだす。
「この店、俺のいた430年前の街にもあったんすよ。妙なメニューで有名な店だったんすけどね、430年以上経ってまさか宇宙に進出しているなんて思わなくって、感動っすよ!おまけに店員が猫耳っすよ、猫耳!最高のコンビネーションじゃないっすか!いやあ、幸せだなあ!」
そうか?今からその奇妙なものを食わせられるものの身にもなってみろ。気が気じゃない。せっかく休息のためにやってきたのに、なんだこの不安感は。
その不安が的中してしまう。私の前に、とんでもないものが運ばれてきた。
「おまたせニャン!」
目の前に置かれたのは、ピンク色のパスタに白いクリームが乗せられ、その上にイチゴが乗せられ、周囲にはキウイが並べられている。
ジャンヌはと言えば、緑色のパスタに白いクリーム、その上にマンゴーとサクランボが置かれているが……なんだあの黒い塊は?
同じ黒い塊が、リザの頼んだかき氷にも置かれている。どうやらこれは「小倉あん」というものらしい。クララのは少し明るめの緑色のパスタに白いクリーム、マリーのは少しチョコの混じったクリームに、バナナの切り身が散りばめられた黄色いパスタだ。
「エルンスト様は病み上がりですからね、ビタミンの豊富なものが良いと思いまして、これを選んだんですよ。さあ皆さん、召し上がりましょう!」
いや、ビタミンの大切さは分かる。分かるが、もっと良い取り方があるだろう。だが、もはや引き返せない。私は恐る恐るその奇妙な色のパスタをフォークでからめ取り、口へと運ぶ。
……なんだ、思ったより口当たりがよく、食べやすいぞ。パスタだと思うとアレだが、スイーツと思えば十分いける。
他の4人も、それぞれのメニューを楽しんでいる。しかしエルフにゴブリンが大盛りの甘口なパスタを食べる姿は、なんだかとても妙だ。
「ん~んまいべ!やはりこの店の甘口スパは最高じゃねぇ!」
バナナをクリームにつけて、パスタを一緒に絡めとりながら食べるマリー。そんなに美味いのか?まあ、このイチゴスパも見た目からは想像できない味だった。あれも多分、美味いのだろう。
しかし、リザの食べるものは少々納得がいかない。少し春の兆しが見えるとはいえ、まだ冬だ。そんな季節にかき氷を食べるリザ。どうなってるんだ、こいつは。
嬉々としてこの奇妙な食べ物を食べる4人を眺め、私もこの甘いパスタを食べる。
だが、最初は意外にいける食べ物だと思っていたが、だんだんときつくなってくる。とにかくこのイチゴスパというやつは、甘ったるい。その甘さがだんだんと口の中に蓄積し、食べることに抵抗を覚え始める。
そもそも量が多すぎる。この半分くらいでちょうどいい。残り半分を食べるのは、もはや苦行だ。今にして思えば、イチゴとキウイは口直し用に最後まで残しておけばよかった。私はその甘ったるいパスタを食べ続ける。
ところが、我が女子どもは甘さなどもろともせず食べ続け、あっという間に平らげてしまった。トオルとクレアの方を見ると、あの大食いクレアは4皿目に突入していた。その4皿目の料理だが、真っ黒だ。炭でも食べているのかと思うほど黒い。何を食べているんだ?聞けば、イカスミチャーハンだそうだ。
だが、さすがにちょっと甘すぎた。ブラックコーヒーを注文し、それでなんとか口直しする。
で、女子どもはといえば、なんと全員揃ってクリームソーダーを頼んでいた。ところがこのクリームソーダー、乗せられているクリームがコップをはみ出している。その甘い障壁を食べ切らなければ、その下にあるソーダーにたどり着けない。
あれだけ甘いものを食べて、さらにそれをチョイスするその神経に驚きだ。甘さにうんざりとする私に、マリーがこんなことを言い出す。
「いやあ、旦那様と一緒だと美味いべなぁ。また来るべ!」
正直、もう一度来たいとは思わない店なのだが、マリーにこう言われてしまうと行かざるを得ないだろう。せめて次に来る時は、もう少しまともなものを食べたいものだ。
「ありがとうございましたニャン!また来てくれニャン!」
語尾のおかしな店員に見送られて、その店を後にする。ちなみにトオルとクレアだが、クレアが6皿目に入ったところだった。何皿食べる気だ、あの魔女は。
その後、ショッピングモール内をあてどなく歩く。服屋を訪れたり、雑貨屋を覗いたり、家電屋で大画面のテレビを眺めてみたり。
映画館にも行った。そこで「魔王」シリーズを見る。相変わらずゴブリンが悪役扱いで、クララは不満なようだが、それはともかく、私は「魔王」に注目する。剣を持つ勇者相手に、ビーム兵器で対抗する魔王。なんとも卑劣なやつだが、ここに出てくる魔王なら私の乗る駆逐艦2680号艦だけでも勝てそうだな。我々が戦う魔王がこの程度だったら、どんなにか楽だろうか。
……いかんいかん、ついつい仕事のことを考えてしまう。ともかくその映画では勇者が無事に魔王を倒して、エンドロール。いつもの流れだが、大勢の観客がその勇者の姿に涙している。
「はぁ~!面白かったですねぇ、あの映画。ではでは、次はあの店に参りましょうか。」
「行くべ行くべ!」
ジャンヌが指差す方向には、クレープ屋があった。
おい、まだ食べるのか?あの店で食べて、まだ3時間ほどだぞ。
スイーツに関しては底なしの4人との付き合い。果たしてこれは私にとっての休息なのだろうか?私はそう思いながら、彼女らとともにクレープ屋へと向かうのであった。




