#35 ドワーフの街
そういえば、うちのエルフは晴れて追放解除となったはずだ。つまり、エルフの里に帰ってもOK。もはや、居候をする必要はない。
「ぎゃはははっ!何これ!なんでこげなことするべよ!?」
だが、このエルフはもはや里には戻れない。マリーは今、我が家のリビングのソファーに寝転がり、スナック菓子を頬張りながらテレビのバラエティ番組を見ている。
このエルフを里に返そうものなら、堕落しきったこのエルフはおそらく生きてはいけないだろう。森でコボルトのエサになるよりも、もっと苦しいことが待ってるかもしれない。
それにしてもマリーのやつ、これほど堕落した生活を送っているにもかかわらず体形が崩れない。エルフという種族ゆえだろうか。
そんなエルフとは、対照的な種族がいる。
それは、ドワーフと呼ばれる種族だ。
最近、オラーフ王国の北に住むドワーフらの街との接触交渉を始めたところだ。
エルフほど人族へ拒否反応を示してはいないこの種族とは、なかなかどうして、うまくいっていない。
彼らには、プリンが効かない。
食べ物に興味がなく、無敵と思われたスイーツが彼らには通用しない。ここでいきなりドワーフとの融和はとん挫してしまった。
おまけにプライドが高く、交渉官の言葉になかなか耳を貸そうとはしない。厄介な交渉相手だ。
彼らは、鍛冶を生業としている。鉄鉱山で取れる鉄鉱石を鉄に精製しては、それを製品に変えている。
王国では、ドワーフらのもたらす鉄製品、特に剣や刃物は需要が高い。ジャンヌの使っているレイピアも、ドワーフの工房で作られたものという。
人族による鉄製品もあるにはあるが、ドワーフの作り出すそれには到底かなわないという。このため、この星の剣や刃物、鎧の類は、ドワーフの手によるものが重宝されている。
だが我々の出現により、刃物の需要が大幅に落ち込む。武器としての剣は、もはや需要が下がるばかり。家庭用の刃物も、我々のもたらす錆びにくいステンレス製やセラミック製のものが重宝されている。
このため、ドワーフらが作る鉄製品は、徐々に売れなくなり、供給過剰な状態に陥った。
そうなると、我々は彼らの生活基盤を奪ったものとして、嫌悪される存在となった。そのため、我々に友好的な態度を取ろうとしない。
ところで、先にも言ったが、ドワーフという種族はエルフと対照的である。
特に、容姿がエルフと大きく異なる。
美形のエルフに対し、ドワーフという種族はお世辞にも美しいとは言えない。いや、はっきり言えば醜い。
子供でも女性でも、まるで老人のような顔つきをしており、見た目には歳の区別がまるでつかない。全員、老人のようだ。
背も低く、鍛治職人が多いためか、常に汚い格好をしている。食事風景もあまり品が良いとは言えない。下品に笑いながら、手づかみで食事をする。
森の中の妖精のようなエルフに対し、醜くて品のないドワーフ。これほど対照的な種族はないだろう。
ところが、エルフとドワーフというのは仲が悪いものというイメージがある。
が、この星では必ずしもそうではない。
まあ、正確には良くもなく悪くもない。お互い無関心といったほうが良い。住む世界が違いすぎて、まるで接点がないからだ。
そんなドワーフの街に、私とジャンヌはやってきた。
ドワーフの街は鍛治職人が多いだけに、あちこちから煙が上がっている。煙のおかげで、ススで黒ずんだ建物が多く、黒くごみごみとした街並みである。
街のメインストリートには店が立ち並ぶ。工房で作られた製品は、ここで売られている。
「なんじゃ、おのれらは!?その服、さては空飛ぶ奴等じゃな!?」
ドワーフにとって我々は彼らの商売を奪いつつある存在。このため、宇宙からやってきた我々を歓迎してはくれない。私はいきなりその洗礼を受ける。
「なんだ、刃物を買いに来たというのに、その客を追い出すのか?」
「なんじゃい、てっきり冷やかしかと思うとったわ。」
剣や刃物がずらりと並ぶ店先にいるそのドワーフ。客がいるというのに、くちゃくちゃと何かを飲み食いしながら店番をしている。
「エルンスト様、ほら、これなんかいいですよ!」
長い剣を取り出し、私に見せるジャンヌ。
「おう、人族の姉ちゃんよ。よくわかってるじゃねえか。そいつはいい剣だぜ。」
「ですよねぇ~!こんな綺麗な剣、熟練のドワーフによるものだってすぐにわかりますよ!」
さすが女騎士団長のジャンヌだ。剣を見極める目は肥えている。
「へえ、そんなにいい剣なのか?」
「そうですよ、ドワーフの剣は最高です。硬くて、それでいて刃先がこぼれにくく、良く斬れるんです。コボルト相手なら、いくらでも斬り続けられますよ。」
「がはは!コボルト退治をしとるんか、姉ちゃんは!豪胆じゃなぁ!」
人族に褒められて気をよくしたドワーフ。そのドワーフから長剣と短剣をひと組購入する。対価を払い、剣を鞘に収めて店を出る。
「……どうだ。」
「はい、間違いありません。やはりドワーフのものですよ、あれは。」
先ほど購入した剣を見て、ジャンヌが私に応える。私とジャンヌが今日、このドワーフの街に来た目的は、実は剣を買うためではない。
先のリザードマンの襲撃事件。あの時使われた武器の調査をするために来たのだ。
ジャンヌによれば、リザードマンの使う剣はドワーフの作りしものだという。剣については詳しいジャンヌのことだ、おそらく間違いはあるまい。それを確かめるために、ドワーフの街まで調査にやって来た。
確かに、ここで売られている剣の柄の部分のデザインは、リザードマンが使っていた剣のそれと一致する。どこからともなく現れたリザードマンだが、武器はこのドワーフの街で調達されたもののようだ。
別の店へと向かう。相変わらず私は歓迎されないが、剣を褒めるジャンヌには気を許してしまうようで、ついついいろいろなことを話し出す。
「ええじゃろ、ええじゃろ!人族が作る剣なぞ、比べもんにならんわ!ええ切れ味しとるぞ!」
「そうですよね~!ところで最近、ここの剣は売れてるんですか?」
「うんにゃ、空をあの忌々しい船が飛び回るようになってから、さっぱり売れんようになってしもうたわ。商売あがったりじゃな。」
「あらあら、それは災難ですね。」
「んだけどもよ、最近、ごっそり買いに来た奴が現れてよ。」
「えっ!?そうなんですか?」
「今からひと月ほど前じゃったか、わしんとことそこの店、いや、この通りの店という店を回っておったぞ。黒いローブを纏った男連中じゃったが、とにかくようけ剣を買いに来よったわ。そういやそのローブの男ら、その前から時々現れてはたくさん買っとるぞ。どこかで戦さでもやっとるんかの?」
何気ない会話から、思わぬ情報を入手した。私はそのドワーフに尋ねる。
「どんな奴なんだ、そのローブの男は?」
「さあな、顔が見えんかったし。でも、声も手も人族っぽかったな。じゃから、てっきり何処かの国が戦さやるために、買い占めに来たんかと思うたわ。」
うーん、これだけではなんともわからないが、ひと月前といえばリザードマンが襲いかかって来た時期より前だ。襲撃準備の期間を考慮すると、その時に調達したものがリザードマンの手に渡ったと見ておそらく間違いない。その黒いローブを身にまとった連中が鍵のようだ。
だが、一体誰がなんのために、どうやってリザードマンに武器を渡したというのか?人族を見ると無条件で攻撃するリザードマンが、どうしてその黒いローブの男から武器を受け取ることができたのか?
謎は深まるばかりだ。一端を掴めば、その先にまた不可解な事実が現れる。まるで終わりのない迷宮にでも入り込んだ気分だ。どこまで行けば、このモンスター襲撃の謎は解明するのか。
「エルンスト様!」
ジャンヌが私を呼ぶ。
「なんだ?」
「あのですね、この剣も買ってよろしいでしょうか?ほらほら、私にぴったりでしょう?」
さっきから思うのだが、ジャンヌのテンションの高さは尋常ではない。たくさんの剣を前にして、騎士としての血が騒ぐようだ。もはや、ここに来た目的を忘れているのではないか?
で、何本もの剣を購入して街を出る。もっとも、そのほとんどはジャンヌ用ではなく、リザードマン襲撃事件の調査のために購入したものだ。それらを車に積み込み、そのままオルバーニュ軍港へと向かう。
リザードマンの残した武器と、今回入手したドワーフの街の剣を並べてみる。やはり、どう見ても同じものだ。あるドワーフが言っていた黒いローブをまとった連中が、リザードマンに武器をもたらしたと見て間違いない。
「しかし、なぜそのローブの男はリザードマンのために武器なんか入手したのでしょうか?」
「分からない。しかもだ、リザードマンは元々この世界にいたモンスターではなく、オルバーニュ軍港側に現れたワームホール帯をくぐって現れた存在。その時すでに武器を持っていたから、わざわざその黒いローブの人物は異世界でリザードマンにあらかじめ武器を渡していたことになる。」
「でしょうね。ですが、それでは最初から人間を攻撃するつもりだったことになります。しかし誰が、何のために……」
司令部で幕僚を集めて話し合うが、結論など出ようはずもない。黒いローブの男ら。この謎の集団について何か分かれば、進展はありそうだ。
「それにしても、ドワーフの作ったものが我々に向けられていると知れば、看過できませんね……」
「そうだな。だが、まさか軍が剣を買い占めるわけにもいくまい。剣を蓄えたところで、我々には何の使い道もないからな。」
「そうですよね。せめて役に立つものを作ってもらえないんでしょうか?」
そういう会話を幕僚らとしていると、私は、ふと思いついたことがあった。そうだ、そういえば作ってもらいたいものが、一つある。
そして、その翌日。
私は再び、ドワーフの街を訪れる。荷物持ちのため、下士官が一人同行している。
私はとある工房に向かう。この街で最も大きな工房、そこには数人のドワーフが働いていた。
「おい、お前ら!何しにきた!?ここは素人が来てええ場所じゃねえぞ!!」
「いや、あなたがたに作ってもらいたいものがあってやって来たんだ。」
「ああ?なんじゃ、作って欲しいもんて。剣か、鎧か?」
「いや、これなんだが。」
下士官に命じて、あるものが入った袋をドワーフの前に下ろす。袋の中から出て来たのは、釜のような形をした物だった。
「なんじゃい、これは?」
「小型核融合炉の部品の一部だ。こういう部品が、全部で10種類ほどある。これを作って欲しいんだ。」
「はあ?なんじゃ、核融合炉っちゅうのは。」
「電気や動力を生み出す道具だ。今、このオラーフ王国や周辺の国で需要が増えているのだが、供給が追いつかない。そういうわけで、剣や鎧を作るよりもずっと金になる。これは鉄に少し特殊な材料を混ぜて作らないといけないが、基本的には鍛治職人なら作れる物だ。」
「ううん、しかしこれは複雑な模様じゃのう……どうやって作るんじゃ?」
訝しげな顔をしてその部品を見るドワーフの職人。ここで私はこう言い放つ。
「なんだ、作れないのか?なら、他を当たるが。」
「ぬー!なんじゃと!?そんなことあるかい!よおし、意地でも作ったるわ!」
あらかじめ、ジャンヌから聞いていた。ドワーフはプライドが高い。だから、嘆願するよりもこういう態度を取り煽り立てる方が引き受けるだろうということだった。実際、その通りに事が運んだ。
「そうか。なら、必要な材料は後で届けさせる。一つあたり銀貨400枚だ。それでどうだ?」
「はあ!?こんなものが銀貨400枚もするんか!?」
「そうだ。剣よりは金になるだろう?」
「そうじゃな……剣を作っても一本銀貨50枚にしかならんからな。しかしだ、こんなものがいくついるんじゃ!?」
「そうだな、100や200どころではない。今、この星で最も不足している部品だからな。あればあっただけ、買い上げることになる。」
「な、なんじゃと!?そんなにたくさんいるんか!?こりゃあ、この工房だけじゃ足らんぞ!」
血相を変えたそのドワーフの職人は、大急ぎで他の工房の主を呼び集めた。皆、この奇妙な容器を眺めて話し込んでいた。
核融合炉は、電化の進むこの王国のあらゆるところで需要がある。しかし、ほとんどは地球294で作られているため、なかなかその需要に供給が追いつけない。
交易と文化交流が始まった星で核融合炉を内製化してもらうため、熟練の鍛治職人に作ってもらうことが一般的だ。ましてや鍛治しか知らないドワーフなら、この核融合炉の部品を作る仕事はうってつけだ。
これなら、剣や鎧などを作る必要がなくなる。もうこの王国に剣や鎧の需要はほとんどなくなったため、いずれこの核融合炉用の部品の生産にシフトせざるを得ないだろう。そうすれば、リザードマンなどモンスターへの武器の供給が途絶えることになる。
これで、ドワーフの失業対策、我々とドワーフとの交流促進、そしてモンスターへの武器供与阻止ができる。一石三鳥だ。
こうして1週間ほど、ドワーフ達はその核融合炉の部品を作り続けていた。
そんなドワーフらと交流しているうちに、彼らの間で思わぬものが流行りだした。
プリンなどの甘味が通じないドワーフだったが、我々が持ち込んだあるものが今、ドワーフの間でもてはやされている。
「ぷはぁ!このビールっちゅう飲み物は最高じゃな!」
それは、ビールだ。
打ち合わせの後に、ある業者が何気なく持ち込んで振る舞ったところ、どういうわけかこの飲み物がドワーフ達の心を射抜いた。
鍛冶場という暑い職場で長時間働いているドワーフにとって、この喉ごしの良い冷たいビールの味は格別なようだ。元々、酒好きの種族だというから、よけいにこの新しい酒に夢中になる。
ビールジョッキを片手に、くちゃくちゃと何かを食べながらビールを飲み続けるドワーフ達。あまり品が良いとは言えない種族だ。だが彼らの腕で作られる核融合炉により、地球813の近代化はさらに推し進められることになりそうだ。




