#34 追憶
横で、ジャンヌがすーすーと寝息をたてて寝ている。
寝室の大きな窓からは、月明かりが見える。
ベッドの中から、窓の外の月を眺めて思う。ここは私の生まれた星とは違う星。我々がここに来た当時は、まだ工業革命を迎える前の段階の文化レベル2の星だった。それがこの1年足らずのうちに、急速に近代化が進んでいる。
至難とされていた亜人との融和も進みつつある。オーガのような亜人と獣人の狭間にいる種族とも、交流を持ち始めた。ただでさえ国家の数が多いこの星で、さらに人外種族との融和までは不可能かと思われていたが、我々の持つ文化や技術を前にして、彼らから歩み寄りを見せ始めたことは大きな進展だ。
だが、思えば私はどうしてここにいるのか?30歳手前で准将に任じられ、330隻の高速艦隊を率い、ジャンヌを妻として与えられた。つい2年前までは、まさかこんな人生を送ることになろうとは、考えたこともなかった。
そう、2年前の、あの時までは。
思えばもう2年になる。私の人生の転機とも言える戦い、あれからもう、いや、まだ2年しか経っていないのか。
あの時、私の階級は大尉だった。遠征艦隊 第9小隊の幕僚の1人で、作戦参謀として当時司令官だった50歳代の准将を補佐していた。
戦艦ニュービスマルクにて駆逐艦隊を指揮するというのが本来の私の任務だが、この時は准将の作戦を前線に伝える役割を担うため、私は駆逐艦2680号艦に乗艦していた。
当時はまだ地球813は発見されていない。我々遠征艦隊は、地球294から120光年離れた白色矮星域でパトロールをするというのが主な任務だった。
第9小隊330隻の駆逐艦と、一隻の戦艦。当時この小隊は高速艦隊でもない、通常戦闘を行う集団だった。私もごく普通の作戦参謀として赴任していた。
このまま何も起こらなければ、きっと私は今でも大尉、よくて少佐だろう。さほど才能に恵まれているわけでもなく、軍大学時代も成績優秀というわけではなかったので、一生かかって佐官止まりがせいぜいではなかっただろうか。
だが、人生というものはどこでどう変わるか、わからない。
その日はパトロール任務のため、いつものように白色矮星域にワープアウトした。そこから我々の勢力宙域を3日かけて巡回し、帰投する。これが通常のパトロール任務のパターンだ。
この時も、そうなる予定だった。
が、ワープアウトした時から、その予定が狂いだす。
「レーダーに感!艦影多数!数、1千!距離300万キロ!」
「光学観測!艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!」
ワープアウトした途端、いきなり敵艦隊と遭遇した。数はこちらの3倍。正面からぶつかれば、確実にこちらが負ける。
「後方の戦艦ニュービスマルクに連絡。味方艦隊の増援を要請してもらう。ここを突破されたら、我が地球294のとってまずいことになってしまう。」
「了解!」
「あと、准将閣下に直接、音声通信で意見具申したい。准将閣下を呼び出してほしい。」
「了解しました、お待ちください!」
敵は我が方の3倍。数は不利だが、味方が来るまで敵を足止めすることはできる。ここで時間稼ぎをして、味方の増援を待つ。准将には、そう意見するつもりだった。
だが、ここで予想外のことが起きる。
その直後もたらされた通信が、私と、駆逐艦2680号艦に衝撃をもたらす。
「戦艦ニュービスマルクより入電!准将閣下が倒れたそうです!」
一瞬、艦橋内の空気が凍りついたように感じた。3倍の敵を前にして、肝心の司令官閣下が倒れた。敵を目の前にした我々には、到底受け入れられない事実だ。
「ほ、ほかの幕僚は!?幕僚長は!?」
「ダメです!戦艦内は混乱状態なようで、直接通信に応じる幕僚がいないそうです!」
「なんだと……」
この時、戦艦ニュービスマルクと私のいる駆逐艦330隻との距離は3万キロ。司令部のいる戦艦は、通信に応じてくれない。だがこれだけ離れていると、戦艦に行って乗り込むのも時間がかかる。駆逐艦隊は敵を前にして、その機能を失った。
だが幸いにも他の艦はまだ司令部の現状を知らされていない。小艦隊のいちリーダー艦である2680号艦の者以外は、何の疑いもなく前進を続け、命令を待っている。
ここは私の幕僚権限で後退を命じるか?いや、我々がここを退却すれば、この先にある交易上の大事な航路上に敵の艦隊の侵入を許してしまうことになる。いくら戦時条約で民間船団の攻撃が禁じられているとはいえ、そうなれば安全のため民間船は退避するだろう。すると交易は一時的に止まり、我が地球294の経済は大混乱に陥る。それは絶対に避けねばならない。
となれば、何としても我が艦隊で敵を足止めしなければならない。だが、我が小艦隊は機能不全に陥った。どうしようか……
そのとき、私の頭にある考えが浮かんだ。この状況を打開できる、たった一つの方法。だがそれは、間違いなく軍規違反となる方法だった。
しかしこの時、私はためらうことなく決断した。
「駆逐艦2680号艦より戦艦ニュービスマルク!戦艦は直ちに後退してワープアウトし、近くにいる味方の増援を求めよ!」
「こちら戦艦ニュービスマルク。大尉殿、何を言っているのかわからない。そんなことをすれば、駆逐艦330隻が孤立してしまう!」
私の言に、通信士から反論を受ける。私はこう返した。
「実は、准将閣下から機密理にある命令を受けている。なんらかの理由で艦隊が機能不全に陥った場合、戦艦は増援を求めるため撤退し、駆逐艦隊にて足止めせよ、と。」
「しかし……」
「大丈夫だ、策はある。必ず足止めできる。これより戦艦ニュービスマルクはこの宙域を抜け、直ちに味方の増援を引き連れてくるよう。」
「了解しました!では、艦長代理に伝達します!」
もちろん、准将閣下の秘密裏の命令など嘘だ。そんなもの、あるわけがない。だが、そうでも言わなければ戦艦ニュービスマルクは後退しないだろう。
この時点で、私は明確な軍規違反を犯したことになる。
「おい、今の話はどう考えても嘘だろう。」
早速、2680号艦の艦長にバレた。私は応える。
「その通りです。ですから、この先は艦長以下、皆さんは騙されていたことにしてください。責任は、私がとります。」
「騙されてもいいが、何をしでかすつもりだ?」
「簡単です。足手まといな戦艦を切り離し、駆逐艦330隻だけで、あの1千隻を足止めします。」
「司令部を切り離し、駆逐艦隊だけで3倍の敵を足止め?話が飛躍しすぎてて、どうにも分からんな。」
「前例があるんですよ。3倍の敵を足止めした、前例が。それを行うには、戦艦はむしろ邪魔なんです。」
「前例だと……?」
そう、前例がある。私が1千隻の艦隊を足止めしなければと思った矢先に思い出したのは、その前例だった。
我々は、敵の3倍もの速度まで加速できる改良型重力子エンジンというものを持っている。数年前から連合内での普及が始まり、我が地球294でもこの改良された機関を取り入れたところだ。この機関は、連盟側にはない。我々だけの技術だ。
しかし我々の戦闘艦は、長距離を正面同士でぶつかり合う戦い方しか想定していない。攻撃も防御も敵が前にいるのが前提で、主砲は前にのみ向けられており、バリアも前方が最も分厚くなるように配置されている。
だからエンジンが改良され、敵よりも早い速度を出せるようになっても、戦い方は変わらない。30万キロの距離で対峙して、打ち合うというスタイルは変更されなかった。
だが、改良型重力子エンジンの特性を生かし正面攻撃の常識を突いた作戦が、地球760で考案される。
300~1000隻程度の小、中艦隊で、敵の側面、背後に回り込み、敵を撹乱するという作戦だ。
連合も連盟も、攻守共に正面のみを重視した結果、側面や後方に回り込まれると途端に弱くなる。そこで、3倍もの速力を生かして、敵の弱点となる側面、後方へと回り込む。すると敵は回り込んだ艦隊に対処するため、陣形を崩さざるを得ない。
当然、その際には敵の前を横切ることになるが、高速で横切る艦隊を狙撃することは、敵の持つ射撃管制ではおよそ不可能だ。我々の機関によって最大で光速の10パーセントほどの速度まで達する。この速度でジグザグに動き回れば、もはや狙いを定めることは不可能となる。
実際に3倍もの敵艦隊の周りを回って敵を惑わし、その間に増援が駆けつけて連盟艦隊に大打撃を与えたという前例がある。地球760では、それを「艦隊によるドッグファイト」と呼んでいるらしい。
ともかく、小回りのきく駆逐艦であれば、エンジンを目一杯吹かして敵の側面や正面に回り込むことは容易だ。この330隻でも、それくらいは可能である。敵は我々330隻の動きを無視できまい。我々を狙い撃とうとして陣形が乱れ、必ず混乱に陥るはずだ。その間に味方の増援が現れれば、形勢逆転できる。
この作戦を、私は艦長に具申する。しばらく、艦長は考えた。
「……だが大尉、我々はそんなドッグファイトの訓練など受けてはいない。それで本当に上手く立ち回れると思うか?」
「敵艦に砲撃を当てようと思えば、訓練なしでは無理でしょう。でも、ただ敵艦隊の周囲を回るだけなら、我々の現状の練度でも可能です。私の指図どおりに右へ左へと動いてくれれば、敵は我々を当てることはできません。」
「なるほど。時間稼ぎだけならなんとかなりそうか。分かった。では現時刻をもって、我が艦は貴官に騙されることにする。それでいいか?」
「ありがとうございます、艦長。」
こうして、駆逐艦2680号艦は私の指揮下に入った。
艦長を説得し終えたちょうどその頃、戦艦ニュービスマルクが後退を始めた。私の嘘の命令によるものだが、なんの連絡もなく後退する戦艦ニュービスマルクを見て、おそらく他の駆逐艦に動揺が広がり始めているであろう。
そのタイミングで、私は他の330隻に音声通信を送った。
「駆逐艦2680号艦より第9小隊全艦へ通達。私は小隊付き作戦幕僚、エルンスト大尉だ。准将閣下の命令により、これより330隻で敵艦隊を足止めする。全艦、そのまま前進せよ!」
突然、なんの前触れもなく幕僚の大尉が全艦に前進せよと命じた。当然、矢のような反論が2680号艦に舞い込む。
「こちら2780号艦!駆逐艦隊だけ前進とは、どういうことだ!?」
「こちら2910号艦!本当に閣下は、そんな命令を下されたのか!?」
仕方がないことだが、文句ばかり飛んできて、まるで統制が取れない。敵は迫っているというのに、このままではただ敵と正面からぶつかり合うことになり、我々は壊滅してしまう。
かといって、330隻全ての艦をいちいち説得している暇はない。
このとき私は、無謀な作戦を選択してしまったと感じる。確かに、前例はある作戦ではある。だが、そんなことは他の艦の乗員らは知るよしもない。まさかこれほどまでに反発が来るとは予想していなかった。
だがこのとき、私はとんでもない決断をする。
「通信士、全ての艦からの通信を切れ!」
これを聞いた艦長は驚く。
「おい!いくらなんでも、味方の通信を切るのは……」
「接敵寸前に回復させます!お願いです、今は切ってください!」
司令部を構える戦艦は離脱し、指揮権を受け継いだ艦は通信途絶。他の329隻からすれば、これほどまでに心細い、いや、恐怖はないだろう。
だが、彼らは撤退することはできない。私が言っただけとはいえ、准将からのものとされる「前進せよ」の命令以外には何も出ていないからだ。逆らえば、軍規違反だ。
いや、実は軍規違反しているのは私なのだが。本当なら彼らは、私のあの命令に従う義務はない。だが、そんな事実をこの時の彼らは知らない。だから、その命令に従うほかない。
それにしても酷い嘘だ。これはうまく生き残ったとしても、私は極刑になるだろうな……つい正義感から330隻の指揮をとることを決断してしまったが、考えてみれば私にとってはこの先上手くいこうがいくまいが、身の安全は保証されない。
そんなことを考え、20分あまりの時間が過ぎる。敵との距離は徐々につまる。一方、味方は整然と艦列を並べたまま、ただ前進している。
この20分間は、あまりに長い20分だった。今でも忘れない。人生で最も長い20分間だった。この間、330隻全ての艦の乗員から恨みと軽蔑を、一身に集めていたことを自覚していたからだ。あれほど苦しく長い時間は、先にも後にもない。
「敵艦隊まで、あと31万キロ!射程内まで、あと2分!」
そしてついに、敵は目前まで迫った。この時点では、もはや味方は逃げることはできない。私は通信士に命じて、全艦に私の音声を伝達してもらう。
「司令官代理のエルンスト大尉だ。これより、作戦の概要を伝える。我々はこれより全速前進、射程内直前で右へ回頭する。その後も全力運転のまま、私の指図どおりに艦の向きを変える。敵の周辺を周り、敵艦隊に狙いを定めさせず混乱に陥れ、味方の増援到着までこの宙域に敵を足止めする。これが、作戦の概要だ。では全艦、これより全速前進せよ!」
この時点で、もはや反論してくる艦はなかった。まさに背水の陣、こうなったら大尉の命令でも従うほかなく、腹をくくるしかなかった。
「両舷前進いっぱーい!最大戦速!」
航海士が復唱する。その直後から、艦内には機関音が鳴り響く。ものの30秒ほどで最大速度に達し、敵の射程圏内に入った。
「右へ回頭、90度!」
私の声に反応して、一斉に右へと向き始める330隻。今から見れば練度が低く、ばらばらの動きをする330隻だが、それでもなんとか敵の前で全艦は右向きになる。
おそらく敵も驚いたことだろう。急に速度を上げたかと思ったら、いきなり目の前で右に回頭し始める。何が起きたのか、理解に苦しんだようだ。このため、射程内に入ってもしばらくは砲撃がなかった。が、真横を晒す我々を見て我に返ったようで、敵は一斉に砲撃を開始した。
だが、光速の10パーセントほどまで加速し横切る物体を狙い撃ちすることなど、およそ不可能だ。そんな訓練や仕組みは、おそらく的には存在しない。敵のビームは、虚しく我々の脇に逸れていく。
とは言っても、同じ方向にずっと飛び続けると多少は予測できるようになったようだ。徐々に敵のビームが、我々に迫ってくる。
「左回頭、20度!」
その予測を再び困難にするため、若干進路修正を行う。330隻は一斉に左に振り向く。
全力運転のまま、右へ左へと動く330隻の駆逐艦隊。それを追って砲撃を加える敵の艦隊。
さらに数度、右へ左へと向きを変えながら、敵艦隊の背後へと回り込んだ。
敵からすれば、狙うべき相手が艦隊の周りを回っているため、それを狙い撃ちするためにバラバラに動き始める。敵の陣形が、徐々に崩れ始めた。
当初は横一線に並んだ横陣形だったが、戦闘開始から20分ほどで、もはや陣形とは言い難いほど崩れていた。まるで渦巻き銀河のような形の敵の艦隊。
「ここで、敵艦隊に向かって砲撃を加える、左20度回頭!合図とともに、砲撃開始!」
味方の陣形もぐちゃぐちゃである。だが、こちらは陣形を整える必要などない。とにかく敵の周りを回って、狙いを定めないこと。そして、敵を油断させないこと。
そのためには時折、砲撃を加えて、意表を突かなくてはならない。
「砲撃準備!」
私は全艦に砲撃準備を呼びかける。その私の号令とともに、2680号艦でも砲撃準備に入る。
「砲撃戦用意、目標、前方の敵艦隊!」
一旦は射程外に離れていた敵との距離だが、再び30万キロに迫る。敵は我々の位置を把握しているが、陣形が崩れていてとても砲撃どころではない。その隙を突くように、私は砲撃開始の号令を飛ばす。
「撃てっ!」
一斉に330隻からビームが放たれる。青白い無数の線が、敵の艦隊に向かう。
だが、2発ほど砲撃を加えたところで、私は再び回頭を命じる。
「右へ回頭、90度!」
弾着を確認する間も無く、今度は右へと一斉に回頭する。回り終えたあたりで、敵のビームがびゅんびゅんと飛んでくる。
もちろん、宇宙空間だから音はしない。聞こえてくるのは、自艦の機関音だけ。静かに我々の近くを、敵のビームが横切るのが見える。
だが、あれがちょっとでも当たれば、あっという間に当たった駆逐艦は沈む。生か死か、その境目は、ほんのちょっと目の前に見えるあのビームの束のあるあたり。地獄の入り口が、目の前に開いて待ち構えているような気分だ。
味方の330隻は、私の号令に無言で忠実に従ってくれている。おそらく私と同じ気持ち、いや、それ以上の恐怖心を感じながらこの宙域を飛んでいることだろう。
こうして、敵の艦隊を回り続ける。
そんな戦闘が、1時間ほど続いた。
我々の艦隊に疲労感が見え始めた。いつ終わるともしれないこの戦闘。味方は一向に現れない。時折、敵に砲撃を加えるも、1、2発撃っては離脱するようでは、ほとんど命中などしない。
想定以上の時間、機関を酷使しているため、いつ故障するか分からない恐怖にも晒され始めている。1時間も全力運転することなど、いまだかつてなかった。もしここで故障などしたら……
と、その時だった。
突如、レーダー担当が叫ぶ。
「連合側ワームホール帯にワープアウトする船影を多数確認!数、およそ4千!識別信号を確認、地球294 遠征艦隊です!」
やっと来た。待ちに待った、味方の増援部隊が到着した。駆逐艦2680号艦の艦橋内は、この知らせを受けて歓喜の声を上げていた。
「やった!味方だ、味方が来たぞ!」
もはや戦勝ムードだったが、私は一喝する。
「まだ戦いは終わっていない!味方が現れた以上、これからが本番だ!なんとしてでも、敵を撤退させるな!このまま、足止め作戦を続行する!」
それを聞いて艦橋内は静まり返る。そうだ、まだ味方が現れたというだけで、勝ったわけではない。このまま我々が手を緩めれば、敵は撤退するかもしれない。引き続き敵を足止めし、なんとしても味方の前に引き摺り出さなくては意味がない。
それから30分ほど、我々は敵艦隊1千隻を足止めするため、周囲を回っては砲撃を加え続ける。だが先ほどまでとは異なり、味方が現れたことで疲労感が一気に解消されていた。330隻の動きに、最初の精彩さが戻っていた。
そして粘ること30分後、ついに味方艦隊が敵艦隊と接敵する。
その後の結果は、もはや言うまでもないだろう。4対1の艦隊戦、どちらが勝つか、火を見るより明らかだ。我々の撹乱作戦で疲弊していた上に、その後の4倍の艦隊との30分の戦闘を行った1千隻の敵艦隊。大打撃を受けて、やがて撤退していった。
我々はその戦闘開始と同時に、大きく迂回して味方の艦隊の後ろへと回る。我々の戦いも、ようやく終わった。
戦闘終了時の駆逐艦2680号艦の中は、ようやく歓喜と安堵に包まれていた。他の駆逐艦からも、祝電のようなものが届く。
もしあのまま我々が撤退していれば、地球294の交易に重大な影響を及ぼしかねない事態を招くところであったが、この作戦によって空前の大勝利を招く結果となった。
勝利に沸く、味方の艦隊。
だが、その中でたった一人、勝利を喜べない人物がいる。
それは、私だ。
准将の命令だと偽って動かした330隻の駆逐艦隊、だが戦いが終わり状況把握が行われれば、当然私の軍規違反は明白になる。
勝つことは勝ったが、私にとってはこの軍旗違反が残る。覚悟していたとはいえ、いざ現実に直面すると、事の重大さに押しつぶされそうになる。
その日私は食事も取らず、眠れなかった。
で、翌日。長い長い夜を超えて、寝不足状態のまま私は戦艦ニュービスマルクに呼び出される。
味方は勝利したものの、私に待っているのは良くて解雇、下手をすれば極刑だ。
1番ドックに繋留した駆逐艦2680号艦を降り、私は艦橋に向かう。長い長い通路をふらふらと歩き、ようやく艦橋へとたどり着いた。
そのまま、奥の応接室に通される。そこにいたのは、中艦隊司令官であるルードヴィッヒ中将だった。
ああ、中将直々にお越しとは、これは解雇では済まないな。私は敬礼して、部屋に入る。
「おお、エルンスト少佐。よくきたな。まあ、かけたまえ。」
「はっ、中将閣下……あの、私の階級は大尉です、中将閣下。」
「ああ、そうか。まだ君に連絡がいってないようだな。」
中将は立ち上がって、私に席に座るよう即す。私は応接室のソファーに座る。
「本日付で、貴官を少佐に任ず。辞令および佐官用の軍服は、追って渡すことになる。」
「はっ!……って、あの、私はてっきり軍規違反で……」
「ああ、そのことか。それなら問題ない。昨日、准将殿が君の前線での命令を追認してくれた。だから、君の行為は軍規違反にはならない。」
それを聞いた瞬間、私の真っ暗闇に包まれた心の中に、突如光が差し込んだのを感じた。
とはいえ、納得したわけではない。これでも幕僚を拝命した身。軍規を違反することの重大さを、よく知っているつもりだ。私は中将に尋ねる。
「あの、それはどういうことでしょうか?」
「どうもなにも、君が330隻とこの戦艦ニュービスマルクに出した指令を、准将が事前にエルンスト少佐に託したということにしたんだよ。」
「はあ……ですが、よろしいのですか?私が申し上げるのも変ですが、そのような前例を作ってしまえば、軍としては規律に関わることになりかねないのでは。」
「いいんだ、それで。大勝利を収めたのに、その張本人を罰する方がよほど悪影響を及ぼしかねない。君と准将、それに2680号艦の連中が黙っていれば、規律上はなんの問題もない。」
ルードヴィッヒ中将はそう私に応えた。この言葉を聞いた瞬間、私は救われた気がした。
「ところで少佐。」
「はっ、閣下。」
「実は、話に続きがあるのだが。」
「はい、なんでしょうか。」
「貴官には、これから毎週1ランクづつ昇進してもらう。」
「は?」
「具体的には、来週は中佐、再来週は大佐、そして3週目には准将へと昇進してもらう。」
「あの、どういうことです?」
「簡単なことだ。我が遠征艦隊は、この330隻を高速艦隊とすることに決定した。その司令官に、貴官をあてることとする。」
「えっ!?私が司令官!?」
「申し訳ないが、我々は貴官に楽をしてもらうつもりはない。まあ、君の軍規違反への罰だと思って受け取ってくれ。前例のない昇進ではあるが、その分苦労は増える。決して喜べる話とは言い難いぞ。」
「はっ!エルンスト大尉……いや、少佐!謹んで拝命いたします!」
その時のことは、今でも鮮明に覚えている。地獄から天国へと変わる瞬間、極刑を免れたばかりか、いきなり司令官に任ずると申し渡された。まさに私の人生の歯車が、大きく切り替わった瞬間だった……
「……エルンスト様、エルンスト様。」
あれ……どこからか声が聞こえる。誰の声だ?この応接室に女性などいないはずだ。などと考えながら目を開けると、そこはベッドの上だった。
目の前には女性の姿。一瞬、記憶が混乱しているが、すぐに思い出す。ああ、そうか、私はあの2年後の世界にいるのだ。目の前にいるのは私の妻、ジャンヌだ。
「エルンスト様、申し訳ありません。まるでどこか遠くへ行かれたような顔で寝ていらっしゃるので、心配になって起こしてしまいました。」
「ああ、そうだ。ちょっと遠くに行っていた。でもたった今、帰ってきたよ。」
「そうでございますか。ああ、良かった。私はてっきり、ゴーストに魂を取られたのではないかと心配しましたよ。」
「いや、案外そうかもしれない。ここにいる私は、実はモンスターの魂が乗り移った化け物しれないぞ!」
「ぎゃーっ!え、エルンスト様!」
私はジャンヌに襲いかかった。ジャンヌの上からのしかかり、服を掴んでめちゃくちゃにする。ぎゃあぎゃあと騒ぐジャンヌだが、我が妻はこういう激しいプレイが大好きだ。これはこれで、喜んでいる。
そんないつもと変わらない朝。だが、この人生は2年前のあの日に決まったようなものだ。もしあの時、私は軍規違反を侵さず、330隻を率いていなければ、おそらくジャンヌと出会うことはなかったであろうし、ベッドの上でこうして暴れまわっていることなどなかった。
この先、この歯車は私にどういう転機をもたらすのであろうか?波乱含みの星、波乱含みの人生。この先の人生は、私にも分からない。




