#33 エルフの伝承
「でさぁ、パフェを食べる彼女の可愛いのなんのって……その横顔を見てるとさ、こう、心があったまるというか……いやあ、人生であれほど楽しい瞬間もなかったよなぁ……」
休暇が開けて、出勤早々に私はベルトルト大尉から、リュシールとのデートの話を聞かされる。
「で、貴官は私に、デートの話を聞かせるために司令官室へ来たのか!?」
「いえ、閣下、先日の作戦の完了報告書をお持ちいたしました。ご査収下さい。」
急にオンモードに切り替わったベルトルト大尉。こいつ、本当にオンとオフのギャップが激しいやつだ。
そこへ秘書のリュシールが現れる。大尉に向かって会釈しながら微笑む彼女、大尉は私とリュシールに敬礼して、部屋から出ていく。
そのベルトルト大尉を追ってリュシールも一旦部屋の外に出る。しばらく外で何かを話し、戻ってくる。それを見る限りではこの2人、3日ほどのうちに随分と接近したものだと感じる。
大尉が去ると、再びいつものように黙々と仕事をこなすリュシール。私はリュシールに尋ねる。
「そういえば、大尉とのデートはどうだったのだ?」
本来、プライベートな話はご法度だが、彼女は領民でもある。心配だから、つい聞いてしまった。だが、リュシールは特に嫌な顔をするでもなく応える。
「はい、王都のそばにあるショッピングモールというところに行きました。信じられないほど大きくて豪華で、刺激的な場所を案内してもらい、感激いたしました。」
「そうか、よかったな。」
ところがその直後、急にリュシールの顔が少し暗くなる。
「ですが閣下、私は大尉へのお詫びのためデートというものをしたのですが、あれでは私が楽しんだだけに過ぎません。お詫びにならなかったのではと……本当に、あれで良かったのでしょうか?」
妙なことを言うやつだ。ベルトルト大尉からすれば、果てしなく続く連戦連敗からの初勝利を得たわけで、さっきも勤務中に私に自慢してくるほど浮かれていた。お詫びというなら、十分すぎるほどのものを大尉は得たことになる。
「リュシール二等兵曹、気に病むことはない。君以上にあいつは喜んでいた。十分だろう。」
「そ、そうでしょうか?ですが私、1日ならず3日も夢のような場所に連れて行ってもらいました。」
「なんだ、1日ではなく、3日も続けてデートしたのか。」
「はい。しかも夜には宇宙港のそばにあるホテルにまで連れて行ってもらって、そのまま夜を共にしまして……」
「はぁ!?おい、もしかしてお前ら、あのホテルで一緒に泊まったのか!?」
「はい、とても良いお部屋で過ごしましたよ。大尉とはお風呂もベッドもご一緒して、そのまま私を優しく抱いていただきました。」
特に臆することなくにこやかな表情で、私にさらりと衝撃的なことを話すリュシール。なんだこの2人、この3日でそんなところまで進んでたのか?
その後、何事もなかったかのように淡々と業務をこなすリュシール。どうやら、今夜もベルトルト大尉と夕食を一緒にする約束を交わしているらしい。
人付き合いというものが限定的だったあの村で育った影響なのだろうか、人を疑うということをほとんど知らないようだ。大尉の下心からくる親切心に、あっさりと引っかかってしまったみたいだ。この純粋培養娘の行く末が、少し心配である。
そんな衝撃的な朝で始まったその日の昼にも、衝撃的な知らせが届いた。
それは、エルフの里から、我々との接触を希望するという知らせだった。その里から使いのエルフがオルバーニュ村の役場を訪れ、知らせてきた。
それはかつてマリーの住んでいたあのエルフの里だ。このオルバーニュ軍港からやや王都寄りの方角にあるあの里。マリーを保護して連れて行った際、我々との接触を拒絶し、見せしめにマリーを追放までしたあの里の住人から我々に接触を要請してくることになろうとは、まったく思いもよらないことだ。
その日のうちに私は交渉官を伴って、エルフの里へと向かう。里の近くまで幹線道路で行き、そこから徒歩で森に入って里の方に向かった。
この辺りはコボルトやスライムが多い。警戒しつつ里に向かうと、木の柵が見えてきた。門番のエルフが立っているのも見える。
前回は、ここで文字通り門前払いだったが、今日は特に追い出される気配は感じられない。まあ、向こうから会いたいといって来たわけで、当然と言えば当然なのだが、それにしても一体、どうしたというのだろうか?
モンスターの襲撃に遭い、我々に救援を求めてきたのではないかとも考えたが、見たところ特に何かに襲われた様子はない。
だが、エルフは保守的な種族なようだし、おそらく何かきっかけがあるはずだ。そんなことを考えながら、私は門番に尋ねる。
「知らせを受け、オルバーニュ軍港から来た者だ。」
すると、門番は応える。
「ああ、来たべか。ちょっと待ってけろ。」
門番は里の中に行き、誰かを呼びに奥へと向かう。しばらくすると別のエルフが現れて、我々は里の中に案内された。
森の木々の上に、木造の小屋が建てられている。高いところに住処が作られているのは、モンスター襲撃への備えだろうか。地上には、倉庫のような住居以外の用途の建物だけが並ぶ。
里の奥には一際大きな木があり、その上には大きな住居がある。案内役のエルフに連れられて、私と交渉官はその里でもっとも大きな建物に向かった。
ハシゴを登り、建物内に入る。そこは仕切りのない大きな部屋で、その部屋の奥にはこの建物を支える木の幹が、床から天井にかけて貫通している。
その幹の前に、あの時の老エルフが座っていた。
「来たか……」
こちらを睨むように見つめるその老エルフ。私はそのエルフに挨拶する。
「オルバーニュ司令部から参りました、エルンスト准将と申します。知らせを受け、参上いたしました。」
「うむ、わだすはこの里を治める、ローリィっちゅうもんじゃ。齢125になる。まあ、座ってけろ。」
前回会った時よりも冷静だ。あの時は人族との接触に拒否反応を示しており、とても冷静に話せる雰囲気ではなかった。が、今はまったくそんなそぶりもない。これは何かあったな、その老エルフの態度の変化に、私はますます確信した。
「わしらはここで人族との接触を避けてぇ暮らしとったんじゃが、ここんとこそうもいかんようになってきた。ほんで、わしらエルフはお前らと付き合うことにするけぇ、きてもらった次第じゃ。」
少し上から目線な物言いで、我々人族との交流を申し出るこの老エルフ。私は尋ねる。
「そうですか。ですができれば、我々との交流を決断された理由を、お聞かせ願えませんか?」
それを聞いたこの老エルフは、こう応える。
「うむ……実は近頃、若いもんが次々と人族んとこに行くようになってしもうてな。」
「はぁ。」
「その度に若いエルフを追放したりしとったんじゃが、追放されて人族んとこへいくエルフの数がどんどんと増えてもうた。こがに若いもんが抜けてもうたら、この里は立ち行かん。そんでわしら、人族との交流を決断したんじゃ。」
なんとまあ、マリーの追放がまるで歯止めにならなかったようだ。それどころか、追放されるエルフが増えてしまったらしい。いくら強硬手段に訴えたところで、時代の潮流には逆らえなかった。つまり、そういうことか。
「では、我々との交流に際し、これより交渉官殿から今後のことについて説明いたします。ではあとは交渉官殿に任せて……」
私は交渉官にバトンを渡そうとした。が、この老エルフは私に向かって言った。
「おい、待たれや、もう少しわだすの話を聞け!わしらエルフが、なんで人族との交わりを拒んできたんか、そんくらい聞いて行けや!」
「はあ、よろしいですよ。でもなんでしょう、人族を拒んだ理由って。」
エルフが人を拒む理由、どうせ純血主義とか、そういう類いのつまらない話だろう。この時私は、そう思っていた。
「はるか昔、わだすの曾祖母さんの頃の話じゃ……」
私の予想に反して、昔話が始まった。なんということだ。もっとつまらなさそうじゃないか。
ところがその昔話は、私が今直面している問題とつながる話であった。
「わしらは元々、この世界のもんじゃなかった。わしらがいた世界、そこは深い森が延々と続いて、魔物と精霊が闊歩する神秘の場所じゃった。わしらエルフは、その世界ではえれえ弱い種族だったんじゃよ。」
「別の世界……!?」
「そこは人族などおらんかったそうじゃが、スライムやコボルトはここの比じゃねえくらいたくさんおったらしい。空にはワイバーンが舞い、時折わしらエルフを食らうておった。おかげでエルフは、常に何かに怯える暮らしをおくっとったそうじゃて。」
曰く、エルフはその翼竜や獣人らの餌に過ぎない存在だったという。深い森の中で木の上に家を築いて暮らすのは、その世界で生き延びるための知恵だったという。
「んじゃが、ある時、エルフらの前にドラゴンが現れたんじゃて。」
「ドラゴン!?もしかして、真っ黒なウロコに、羽根の生えた大きな翼竜のことですか!?」
「そうじゃ、よう知っとるのう。そのドラゴンが、わしらの先祖の前に現れての。」
突如エルフの前に現れた巨大なドラゴン。てっきりこのドラゴンの餌にされるかと覚悟したご先祖エルフらに、ドラゴンは語りかける。
「新たな世界に行く気はないかと、そのドラゴンは先祖らに言うたんじゃよ。まあ、ここにおっても最後は食われてしまう。もしかしたら、そのドラゴンもワシらを騙しとるだけかもしれん。が、一か八かに賭けるのも悪うないということになったんじゃ。んで、先祖らはそのドラゴンについていったのじゃ。」
ドラゴンに従うエルフの数は、数百から数千に及んだという。生きる希望の見出せないこの世界から逃れたい一心で、そのドラゴンについていくエルフ達。
「するとな、一瞬周りが暗くなって、突如、深い森から岩場のような場所に抜け出たんじゃよ。それが、わしらが今暮らしとるこの世界なんじゃて。ここはワイバーンはおらへん、モンスターも少ない世界じゃ。先祖らは狂喜したそうじゃて。」
これが、エルフの間で口伝で伝えられる伝承だ。おそらく、オリジナルから多少の誇張が入っていると思われる。
が、世界を超えた時の描写は、我々がワープ時にワームホール帯を抜ける際の状況とよく似ている。この話を聞く限り、ここのエルフの先祖らは、ワームホール帯を通ってこの世界にやってきたと考えられる。
これだけならただの伝承と聞き流すところだが、その話は最近のサイクロプスやリザードマンの襲撃の話とも通ずる。彼らもおそらくワームホール帯を通ってこの世界に現れた。エルフと、同じように。
そして、ドラゴンの存在だ。
エルフの伝承からは、ドラゴンが亜人やモンスターをこの世界に導いたとも考えられる。
となると、最近のワームホール帯出現に際し私やリョウコ研究員が感じた「意思」は、もしやドラゴンのものだというのか?
しかし、サイクロプスやリザードマンの時は、ドラゴンに出現は確認されていない。リザードマン出現の時は、オルバーニュ軍港のすぐそばだ。もしこの時ドラゴンが現れていれば、我々の持つレーダーですぐに探知できたはずだ。
「……そんなこって、わしらこの世界のもんとちゃうんじゃよ。んだで、なるべくこの世界の連中とは交わらんほうがええ、そう思って暮らしとったんじゃ。」
思わぬところでこの星の謎に迫る話を聞くことができた。だが、かえってその謎が深まる。
最近起きた現象は、果たしてドラゴンのせいなのか?だがそれでは、エルフを救ったドラゴンが、一方で人族を滅ぼすため凶暴なモンスターを連れてきたことになる。しかしそうなると、リュシール達のいたあのポントロワール村の伝承と矛盾する。ドラゴンはかつて、人族を救ったこともあるのだ。
どう考えても、ドラゴンが原因ではなさそうだなぁ。とすると一体、何がモンスターを呼び寄せたのだ?謎はかえって深まった。
「ところで、人族の男よ!」
ここで老エルフのローリィ殿は、話題を変えてきた。
「何でしょうか?」
「実はな、お願いしてえことがあるんじゃ。あの……なんちゅうたかな、黄色くなったスライムみてえな食いもん、あれをもらいてえんじゃ。」
「は?」
スライムに似た食べ物といえば、私にはたった一つしか思い浮かばない。この老エルフが突如、それを所望してきた。
「あの、もしやそれは『プリン』というものではありませんか?」
「んだんだ!プリンっちゅうとったわ!わだすに、この世のもんとは思えぬ美味なあの食いもんを手に入れてくれんかのぉ!?」
なんだこの老エルフ、若いエルフの減少だの伝承の話だのと偉そうな御託を並べてきたが、要するにプリン食べたさに我々と交流したいと言っているのではか?
頬を赤らめてプリンを要求するこの老エルフ。すでに125歳だと言うが、プリンの前ではまるで乙女のようだ。
亜人らを調略するには、1万の艦、10万の兵、100万の言葉よりも、一杯のプリンで事足りる。改めて私はそう確信した。




