#32 要塞偵察
リザードマンの襲撃を受けたオルバーニュ村は、翌日より復興に向けて動き出す。
特にやられたのは、村の西側にある住宅地だ。400人ほどが住むその場所は、リザードマンの襲撃でかなり破壊された。
リザードマンの死体は撤去したものの、血痕があちこちに残り、しかも家や家財がリザードマンらによって荒らされており、とてもじゃないが住めそうにない。
そこで、たまたま人口増加を見越して作られていた高層アパートに、その地域の住人たちを移り住んでもらう。
住宅の問題が片付くと、今度は防衛だ。モンスターの襲撃に対して、柵すら持たないのはいくらなんでも無防備すぎる。
というわけで、村の周囲に鉄柵を巡らせる。カメラもあちこちに備え、襲撃への備えを万全にする。
という具合に、こっちは自分の膝元のモンスターの襲撃への対応で忙しいというのに、そんなことにはお構いなしに我々に課題を押し付けてくる集団がある。
それは、連盟だ。
なんでも中性子星の周回軌道上に、大きな要塞を建設中であるとの報告が入った。
で、今、その要塞に対する対策会議の真っ最中である。
「敵が要塞を築くということは、あの宙域を掌握したと宣言することになる!断じて許すわけにはいかない!直ちに艦隊を出動し、これを破壊するべきだ!」
「いや、あの要塞が存在したところで、この広い宇宙空間で、効果は限定的であろう。放置しておいてもさほど問題ではない。むしろ敵にとっては要塞の維持に費用がかかり、疲弊するだけのことだ。放置こそが、我々にとっても戦略的には利があると考える。」
司令部内でも2人の中将の意見が分かれていた。建設阻止か放置か。ちなみに、私の意見は「放置」派である。
放置するべきと主張するのが、私の上司であるルードヴィッヒ中将ということもあるのだが、そもそもあんな場所に戦略拠点を持つこと自体、あまり意味がない。敵を攻めたくなったら迂回すればいいし、だいたい敵地に攻めるということを連合側は滅多にやらない。
移動要塞を作っているとも考えられるが、戦艦をも収容可能なほどの大質量な要塞なら動きは鈍い。そんな鈍い要塞など、どうとでも対応できるだろう。
どちらかといえば心理的な効果しか持たないこの戦略拠点。我々が気にしなければ、何の意味もないだろう。
だが会議の結論は、とりあえずどれほどの規模の要塞か、調べる必要があるとの結論に達する。
で、その建設中の要塞への偵察任務が、我が小隊に課せられた。
「建設中の要塞周囲には、約1万隻の艦艇が守備についております。このため、30万キロ以内への接近は、敵からの攻撃をかわしながらになるのは必然です。今回の強行偵察任務では……」
司令部の参謀長が作戦概要について説明しているが、あまり関わりたくないと思っていた要塞への偵察任務のため、私はあまり乗り気になれない。正直言って、話半分で聞いている状態だ。
偵察任務だから、330隻全艦で出撃する必要はないだろうと思っていたが、なんと全艦で出撃せよとの命令が下る。どうせなら、要塞や一個艦隊くらい、我ら高速艦隊なら軽くやり過ごせることを示してやれ、ということになったらしい。
そんな下らない自尊心を示すために、我々第9小隊全員が生命の危険にさらされることになるのかと思うといたたまれない。だが命令を受けた以上、我々はそれを完遂せねばなるまい。
ともかく、作戦の内容は、敵の建設中の要塞に肉薄し、出来るだけ多くの情報を得る。それだけだ。
戦闘も不要。ただひたすら接近して逃げればいい。比較的、楽な任務ではある。
出撃に際し、入念な点検を行う。出撃時に毎回行なっていることではあるが、それでもトラブルは起こる。本番で起これば、それは即、死を意味する。
「重力子エンジンの触媒を入念に点検してくれ!そこが一番、トラブルが多い!」
「了解!今やってます!」
私はドックに繋留されている駆逐艦を見て回った。出撃前には、いつもしていることではあるが、今回はその目的があまりにハイリスク、ローリターンゆえに、いつもより気合が入る。
全長300メートル以上の艦艇がずらりと300隻以上並ぶこのオルバーニュ軍港。かつてここは、スライムの巣窟であった。人が踏み入れられない土地、それが今や、この星の防衛を担う最新鋭の戦闘艦が並ぶ軍事上の最重要拠点となりつつあった。
そういえば先日、この土地めがけてリザードマンが襲いかかってきたが、これは偶然だろうか?まさかと思うが、何かの意思が我々の軍事拠点を狙い撃ちするために……
「……閣下、閣下!」
私を呼ぶ声がする。秘書のリュシールだ。
「ああ、すまない。つい考え事をしていた。」
「閣下、艦隊の発進準備、整いました。いつでも出撃できます。」
「そうか、わかった。」
私は短く答えて、この駆逐艦のドックから司令部へと向かう。
その司令部の入り口には、リョウコ研究員がいた。
「いたいた、あんたを探してたのよ。」
「何でしょうか。我々は今から出撃するところなのですが。」
「出撃前に、耳に入れておきたいことがあってね。」
「何ですか。」
「例のリザードマン事件よ。あの時開かれたワームホール、一体どうやって開かれたか、おぼろげながら見えてきたわ。」
「なに?本当か!」
「ただし、まだ仮説に過ぎないわよ。もうちょっと調査が必要なの。でも、一応あんたの耳には入れておきたくてね。」
いつもはからかい気味のこの研究員が、今日はいつになく神妙だ。それほどまでにあの事件の際に開かれたワームホールが、研究者にとって重要だというのだろうか?
「あのワームホールね、ここから開けられたものではなさそうなの。」
「……は?どういうことだ。」
「何て言えばいいのかしら……例えば、山の一方からトンネルを掘り続けたら、反対側に通り抜けられるわよね。」
「それはそうだ、入り口があれば当然、出口があるからな。」
「で、こちらに現れたワームホールというのは、その反対側の出口のワームホールなのよ。」
「なんだそれは?ということは、もう一方で入り口側のワームホールが開けられているというのか?」
「そうよ。ちなみにね、入り口側は莫大な力を持って開けられたものと考えられるわ。そうでなければ、あんなワームホール帯を形成できるわけがないの。」
「いや、しかし……ますますわからないぞ。なんだってその出口がこの星の表面に開くんだ!?」
「だから不思議なんじゃない。私もわかんないわよ。こんな奇妙な現象、初めてだわ。しかし、ここからが仮説なんだけど……」
「なんです?」
「……うまくは言えないけど、その入り口を開いたやつ、明らかに何かの意思を持った存在に思えるのよ。」
リョウコ研究員が、突拍子も無いことを言い出す。
「言っている意味がわかりませんね。なんだって急に『意思』が出てくるんです?」
「ワームホールが異世界とつながる確率、星の表面に開く確率、この2つが同時に起こる確率は、宝くじの1等が1000回続けて当たるよりも低いのよ。それがたった3ヶ月ほどの間に、3度も起こっている。おかしいとは思わない?こんなの、何処かの誰かが意図的にやらない限り無理じゃないのよ!」
そんなに低い確率だったのか?あの現象は。さらに加えていうならば、この星ではこういう現象がそれこそ数年に一度の頻度で起こっている。
宝くじの1等に毎年1000回、当たるようなものだ。どう考えても無理だろう。
ますます奇妙だ。物理現象として捉えると、明らかに奇妙なことが連続して起きていることになる。この道の専門家を呼んだら、かえって謎が深まってしまった。
「とにかく、私はモンスター研究所でしばらく原因を探ってみるわ。言いたいことはそれだけ。じゃあ、頑張ってきてね。」
そう言い残すと、リョウコ研究員は去っていった。
何かの意思。私もそれと同じようなことを、ついさっきまで考えていた。もちろん証拠はない。だが、私の直感もその「意思」というものを感じさせる。
しかし、その意思の存在を証明することは可能なのだろうか?我々はその一端をつかんだに過ぎない。しかし、見えているものは氷山の一角。その奥にある深遠部を、果たして見通すことが可能なのだろうか?
リョウコ研究員の言葉を聞いて、悶々とした気持ちを抱えがなら出発する。
「これより、敵の建設中要塞の強行偵察任務を遂行するため出陣する。第9小隊、全艦、発進せよ!」
「機関始動、エンジン出力10パーセント、両舷微速上昇!」
繋留ロックが外され、駆逐艦2680号艦は発進する。オルバーニュ軍港の多数のドックから、一斉に330隻の駆逐艦が離昇する。
2680号艦の3隻離れたところに、2731号艦がいる。そういえばエーベル艦長、コレット嬢との新婚生活を上手くやっているのだろうか?
そんなことを考え、窓の外を見る。高度はすでに2万メートルを超えた。規定高度の4万メートルまであと残り半分だ。
大気の層が青く見える。ここはもう宇宙の入り口だ。どこの地球もそうだが、茶色と緑の大地、青い海、青白い大気の層。この地球813でも同じように見える。
しかし、一見するとどこにでもある地球にしか見えないこの地球813は、時折空間を超えてモンスターが出現する奇妙な星だ。原因は分からない。謎は深まるばかりだ。
などと考えているうちに、規定高度に達した。艦長の声が響き渡る。
「大気圏離脱を開始する!機関最大、両舷前進いっぱい!」
「機関出力100パーセント!両舷前進いっぱーい!」
いつものように、艦橋内はエンジン音が鳴り響く。小刻みに震える艦橋内。だが、この程度の騒音には我々は慣れている。艦橋にいる者は皆、自身の任務に集中している。
「はああっ!なんとかならないんですか、この音は!」
……そういえば、1人だけ慣れていない人物がいた。リュシールだ。
今回、彼女は私の秘書ということでついてきてしまった。が、彼女が宇宙に出るのは今回が2度目。この騒音には全く不慣れである。
「じきに静かになる。それまで耐えろ。」
「は、はい!でもやっぱりやかましくて……」
耳を押さえて耐えているリュシール。いままで400人が住む森のど真ん中の隔離された村で静かに暮らしていた者が、わずか数ヶ月でこのけたたましい宇宙駆逐艦に乗って旅に出た。そのギャップの大きさを思えば、仕方がないことではある。
いや、ちょっと待てよ。そういえば、リュシールは我々の訓練に参加したことがない。なのにいきなり本番に参加だ。この程度で根をあげていたら、作戦中などとても耐えられないだろう。しまったな、彼女のことを全く考えていなかった。でも今さら引き返せない。
戦闘未経験な秘書を乗せたまま、我々は中性子星域を目指す。この中性子星域はあらゆる星系につながるワームホール帯が集中する、いわばワープ航法における交通の要衝。それゆえに、縁が深い場所だ。
私もすでに、何度も戦闘を経験している場所でもある。
この星域、正式には第7122中性子星域と呼ばれるこの場所は、その名の通り中性子星がある。
直径は20数キロ程度の小さな星ながら、この地球813星系にある太陽並みの質量を持ち、高速で回転する天体である。ガスで覆われ、強烈な電磁波、パルサーを放っている。
かつてここには太陽の10倍以上の天体があったようだが、数万年前に寿命を迎えて超新星爆発を起こした。その残骸がこの中性子星である。
その爆発の際に、多量のワームホール帯が作られた。その時作られたワームホール帯を我々はワープに利用している。この星域と同様に、この宇宙には中性子星や白色矮星など多くのワームホール帯を抱えている場所が点在する。そういう場所は交通の要衝であると共に、連合と連盟がぶつかり合う軍事上の接点でもある。
今回、連盟はその星域に要衝を作って支配権を主張しようとしている。一見すると我々連合にとって不利な状況に見えるが、正直言ってたいした影響はない。
どれほど大きな要塞を作ったところで、その大きさはせいぜい数百キロ程度、要塞砲の射程も40万キロほど。この広い中性子星域の中では、大河の中の泡粒のようなものだ。
おまけに大きな要塞を作ってしまうと、維持に莫大なコストがかかる。人員も相当数配置せねばならない。
1万隻の艦隊を維持するだけでも大変なのに、それに匹敵する人とコストが必要な要塞を作れば、それを維持する星の経済的な負担はかなりのものであることは想像に難くない。しかも、この広い宇宙では無視できる存在。わざわざ要塞など相手にせずとも、この星域での我々の行動の自由にはほとんど影響がない。
ただ、心理的な影響はある。メンツや建前を重視する武官にとっては、この要塞は目の上のたんこぶのような忌々しい存在に感じてしまうようだ。
だが、今までも連盟はいくつも要塞を築いてきた。そのたびに連合は要塞を無視し続けた。結果、いくつかの要塞はその維持費の負担の大きさゆえに放棄に追い込まれている。
今回も、同じ結果になるだけだろう。だから、そんな要塞など無視しておけば良いものを、今回のこの蛇足な任務が課せられてしまった。
しかし、任務を受けた以上やり遂げねばならない。とにかく要塞に肉薄し、できる限りその情報を収集し、離脱する。
要塞自体は建造中のため、要塞が攻撃してくることはない。周囲の守備艦隊からの攻撃にのみ注意をすればよい。
こうして、我々は敵の建造中の要塞へと向かう。ただ1人の素人を伴ったまま……
翌日には、中性子星域へと到着する。目的の宙域まではまだ距離がある。私は食堂へと向かった。
そこには、10数人ほどの乗員がいる。その中心には、リュシールの姿があった。
「はあ……そうなんですか。そんなこともあるんですね。」
「そうだぞ、油断できないのがこの小艦隊だ。心してかかることだ。」
なんだか分からないが、周りの乗員が何かリュシールに何かを吹き込んでいる。
しかし、私が来たことを察知すると、乗員は急に黙り込んだ。困ったな。できれば、私に構わず話してくれればいいのだが。しかし、指揮官の前ではなかなか話しにくいものだ。その気持ちは何となくわかる。
私はパスタを取り、席に着く。周りはリュシールと当たり障りのない会話を始めていた。が、突然、リュシールは私に尋ねてくる。
「あの、閣下。よろしいですか。」
「ああ、なんだ。」
「お尋ねしたいことがあります。なぜ閣下は、このような無意味な作戦をお受けされたのでしょうか?」
一瞬、周りの空気が凍りつく。命令に対し絶対であるべき軍人に、あるまじき質問が飛び出した。だが、私はこう応える。
「うん、いい質問だ。」
一触即発な雰囲気だったが、私の言葉を聞いた他の士官の表情が、少し和らいだ。
「だが、一つ宣言しておきたい。私はこの作戦を、全く無駄だとは感じていない。」
「それはどういうことですか?たとえ要塞があの場に建造されたとしても、我々の軍事行動に何ら影響を及ぼすものではないと聞きました。ならば、そんなものを偵察することには意味がないと思うのですが。」
「リュシール二等兵曹。確かに、あの要塞は無意味だ。それを偵察すること自体は、意味がないことは貴官の言う通りだ。」
「では、なぜ……」
「第一に、軍人である以上、一旦決められた決定には従わなくてはならない。でなければ、秩序というものが保てない。しかしそれ以外にも、意味はある。」
「そうなのですか?」
「これから我々は敵の一個艦隊が守備する場所に飛び込む。当然、1万隻もの敵は我々330隻めがけて総攻撃をかけてくる。だが、全く当たらず、我々は逃げ延びてしまった。貴官が敵であれば、どう感じる?」
「そうですね……してやられたと感じると思います。」
「そうだ。それだけではない。たった330隻の艦隊を逃したとなれば、我々に対する危機感が増すだろう。そうなれば、敵がとりうる選択肢は狭まるしかない。我々に対抗するため軍備を増強し負担が増やすか、敵わないと諦めて撤退するか。どちらをとるにせよ、我々にとっては好ましい結果を招くことになるだろう。」
「はあ……なるほど。そこまで考えて閣下は作戦を受けられたのですね。」
「そうだ。だがリュシールよ、我々が必ず遂げなければならない目標がある。わかるか?」
「はい、それは作戦の成功でしょうか?」
「いや、それは2番目だ。それよりも優先すべきことがある。」
「なんでしょうか?」
「簡単だ。それは、我々330隻がもれなく生き残ることだ。」
これを聞いて、乗員の目の色が変わる。私は続ける。
「だから、前回の作戦で2731号艦を沈める結果を招いてしまった。我が艦隊では、あの戦いは勝利だと言ってはいるが、私にとっては敗北同然だ。もっと早く戦線離脱を決定していたら……」
「閣下!」
突然、ある士官が声を上げる。
「閣下はあの時、最善を尽くされたんです!私が2731号艦の乗員であったとしても、後悔してはいないでしょう!」
「そうか?だが、私自身は正直、今でも後悔している。指揮官にとっては戦闘の結果よりも、配下の者が生き残ることこそが成果だと感じているのだ。」
「いえ、気にやむことはありません!我々ももし閣下のために死んだとしても、決して閣下を責めることはいたしません!」
その議論に、また別の士官が口を挟んだ。
「いや……お前が死ぬ時は、閣下も死ぬ時だぞ。同じ船に乗っているんだから。」
それを聞いて、食堂内で笑いが起こる。私も思わず笑ってしまった。
「あーあ、笑った笑った……いや、たまにはこう言う議論も、悪くないな。」
先ほどまで当たり障りのない会話をしていた士官達の顔が、今はほころんでいた。
私は食事を終えて、軍帽を被り少し真面目に話し始める。
「さあ、ここから先はいよいよ戦いだ。まあ、貴官らが死なないような算段は考えている。だから、安心して自身の任務を全うしてくれ。」
「はっ!」
リュシールを含むこの食堂にいる乗員一同が立ち上がり、私に敬礼する。私は返礼で応える。
どちらかと言うと、私と彼ら若手の士官らとの間には壁があった。私もそれを感じつつ、取り払う努力はしてこなかった。
が、リュシールがそれを見事に崩してくれた。
その一点だけでも彼女がこの艦に乗艦したことは、意味があることだと感じた。
その食堂も、3時間後には戦闘指揮所(CIC)に変わっていた。
私と幕僚数名、そして秘書のリュシールが立っていた。
「敵の建設中要塞まで、あと40万キロ!敵の守備艦隊まで、あと34万キロ!」
すでに作戦開始まで、あと数分と迫っていた。私は各艦に、最後の機器類点検を命じる。
「機関再点検!ここから先は、取りこぼしが命取りになる!念には念を入れよ!」
各艦から状況報告が続々と集まる。いずれの艦も、戦闘準備よしの回答だった。
これを受けて、いよいよ作戦を開始する。
「これより、強行偵察作戦を開始する!全艦、全速前進!」
私は小隊330隻に向けて作戦開始を宣言。次の瞬間、この戦闘指揮所まで機関音が鳴り響く。
「そうだ、リュシール二等兵曹。」
「は、はい!なんでしょう!?」
「いい忘れたが、ここから先は大気圏離脱時の比ではないほどうるさくなる。覚悟しておくように。」
「は、はい……って、ええっ!?」
時すでに遅しだ。いや、例え事前に知っていたところで、これから先に起こることは避けようがない。戦闘指揮所だろうが、艦橋だろうが、部屋にいようが、どこにいても逃げ場はない。
最初は数分間限定で、最大戦速を出す。我々の持つ機関の最大出力を使って、一気に光速の10パーセントまで加速、その速さを持って敵の艦隊を飛び越える。
一気に距離を詰める我が第9小隊。敵は我々の急な動きに慌てて砲撃を開始する。1万隻もの艦隊から無数の青白いビームのシャワーが浴びせられる。が、高速に移動する我が小艦隊を捉えられない。ここまでは、いつも通りだ。
その敵の1万隻の艦隊を迂回し、後方にある要塞に向かう。まだ建設中とは聞いていたが、すでにほぼ形は完成している。
直径200キロ、推定質量300兆トンの円形の要塞、中心付近に直径10メートルの主砲がびっしりと並べられている。大口径砲は内容だ。
大口径砲は、破壊力は大きいが装填時間が長くなる。このため、小口径の砲を並べる方が攻撃力と即応性とのバランスが良い。これは、近年作られる戦艦についても言える。
昔に建造された戦艦には、大口径砲がついていることが多い。直径は100メートル程度のものが多いが、1バルブの最低臨界量を装填するのに10分はかかる。破壊力は駆逐艦の主砲の10倍以上あるが、装填時間が長過ぎて使い物にならない。今では大口径砲を搭載する戦艦はなくなった。我が母艦である戦艦ニュービスマルクにも、大口径砲は搭載されていない。
ちなみに、この宇宙で最大の大口径砲を持つ船は、地球001の持つ戦艦ゴンドワナだ。全長700キロ、質量900兆トンの宇宙最大の戦艦に付けられているのは、直径2キロの大口径砲が2門搭載されているという。目の前にある要塞よりも大きな戦艦。だが、その大きさゆえに、活躍の場が少ないらしい。
ましてや移動ができないこの要塞は、さらに無用の長物であろう。つくづく思うのだが、連盟側は過去に学ぶことはしないのだろうか?
我々は高速に移動しつつも、要塞の大きさ、武器や収容ドックの量を把握できた。あらかた情報を集め終えたところで、要塞を離脱して帰投する。これ以上の長居は無用である。全艦、機関全速のまま、要塞の裏側から離脱に入る。
裏側にも、敵艦がいる。数はおよそ5千隻。我々めがけて砲撃し始めた。
これを回避運動しながら通り抜ける。1万隻の艦隊をくぐり抜けた我らが、5千隻ごとき抜けられないわけがない。私はそう考えていた。
が、ここで異変が起こる。
「1隻、徐々に後退する艦艇があります!」
レーダー担当が叫ぶ。その言葉に戦慄を覚える。私は尋ねる。
「どの艦だ!?」
「はい、2731号艦です!」
なんということだ。あの艦隊戦で沈んだのと同じ番号の船が、再びトラブルを起こしたというのか?
「通信士!2731号艦を呼び出してくれ!」
「はっ!」
私は通信士に2731号艦との通信を依頼する。
「こちら旗艦!2731号艦、トラブルか!?」
「こちら2731号艦!トラブルなし!機関良好です!問題なし!」
「じゃあ、なぜ速度が落ちている!?報告せよ!」
すると、艦長自らが通信に出てきた。
「閣下、エーベル中佐です。ちょっと試したいことがあるんです。このまま好きにやらせてもらえませんか?」
「……なんだ、やりたいこととは。」
「うーん、音声だけではうまくは言えません。あとで報告します。以上。」
そういうと、一方的に通信を切られてしまった。
2731号艦はさらに後退する。我々の列を離れ、単艦航行となる。
何をしようというのか?あれでは脱落艦と思われて、敵の攻撃が集中する。前2731号艦がそれで沈められてしまった。その二の舞をしようというのか?
孤立した2731号艦に、敵の砲火が集中し始める。ああ、あの悪夢の再来だ。
だが、2731号艦はその砲火を巧みに避ける。右へ左へとぎりぎり避ける。紙一重で避けるその姿に、我々ははらはらさせられる。
が、そのまま敵の射程外まで逃げ延びてしまった。その後、2731号艦は我々と合流を果たす。今回は全艦、無事に切り抜けられた。
こうして、強行偵察任務は終わった。
そういえば、作戦に夢中で忘れていたことがあった。
リュシールだ。大気圏離脱時以上の音と衝撃が数十分も持続し、どこかで怯えているのではないか?
周りを見渡すと、意外なところにリュシールはいた。
なんと、ベルトルト大尉の背中に、べったりとしがみついている。
「……おい、大尉、いつからそこに?」
「はい、閣下が全速前進を指令された辺りからで……」
ああ、やっぱり怖かったようだ。申し訳ないことをした。あらかじめ訓練を経験させてから、ここに連れてこればよかったな。
そして任務完了から3時間後、艦内は通常体制に移行、戦闘指揮所も食堂に戻っていた。私は、ベルトルト大尉と食事をしていた。
「でさ~、彼女、俺を見て逃げ出しちゃったんだよ~!まったく、失礼きわまりないよなぁ。」
またベルトルト大尉の失恋話を聞かされている。それにしても、こいつはオンオフ時の態度が違いすぎる。オフ時限定ながら艦内で私とタメ口で話しかけるのは、こいつくらいだ。
「あの……ちょっとよろしいですか?」
そこへ、リュシールが現れた。神妙な面持ちで、2人の前に立っている。
「どうした、リュシール二等兵曹。」
「あの、閣下ではなく、大尉殿に用事がありまして……」
「えっ!?俺!?」
「はい、作戦行動中、あのような取り乱した姿を見せてしまい、ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。」
「なーんだ、あれくらいのこと。俺にとっては、女にしがみつかれるなんて、ご褒美でしかないよ。」
「いえ!何かお詫びさせてください!でなければ私、情けなくって……」
リュシールは真面目だ。あの閉鎖された村で限られた人々との交流で育まれた性格なのかもしれない。
だが、そんな真面目な彼女に対する大尉の回答は、とても不真面目なものだ。
「じゃあさ、デートしてよ。」
「デート?何ですか、それは?」
「男女が一緒に街を巡ったり、美味しいもの食べたり、映画見たりすることさ。」
それを聞いたリュシールは、ぽかんとしている。私はベルトルト大尉に言う。
「おい!いくらなんでも、それはちょっとデリカシーなさ過ぎだろう!本人の意思を確認せずに、いきなりデートに誘うのは……」
「はあ?いいじゃないか、別に。」
「いや、良くないだろう。セクハラものだぞ、これは。」
すると、リュシールが口を開く。
「あの、そんなことで、本当によろしいのですか?よろしいですよ、大尉とのデート。」
私も、食堂にいた別の乗員たちも、リュシールのこの予想外の言葉に驚愕する。実はベルトルト大尉も、まさか彼女がOKというわけがないと思っていたのだろう。この返答に、かえって動揺する。
「えっ!?ええーっ!?」
「あの、どうされたのですか、大尉。」
「い、いや、でもまさかOKだなんて……本当にいいのか!?」
「はい、いいですよ。何か問題でも?」
「いや、問題なんてないよ。じゃあ明日8時に、オルバーニュ村の役場前で!」
「はい、承知いたしました。では明日の8時に。」
ガッツポーズをする大尉、連戦連敗の大尉の初勝利を見て凍りつく乗員たち、それを見て不思議に思うリュシール。
まあ、百戦百敗と言うわけにもいくまい。まれに勝利してしまうこともあるようだ。しかしそれが、よりによってあの真面目なリュシールとは……
強行偵察作戦と、大尉の念願のデートの約束が同時にかなったこの日は、こうして暮れていった。




