#28 モンスターの謎
おかしい、やはり、どう考えてもおかしい。
このところ私の周辺で起きた出来事は、常識的に考えるとおかしなことばかりだ。
そもそもこの星にモンスターが存在すること自体がおかしいのだが、それを加味してもおかしい。
まずはドラゴンだ。駆逐艦のレーダーで数十キロ先から捕捉できるくらいの大きな図体のあのモンスターが、あの一件以来まるで捉えられない。一体あの巨大なモンスターは、我々のレーダー網を逃れて、どこに隠れているのだろうか?
そしてサイクロプスの群れ。数百はいたと思われるあの巨人の群れが、忽然と姿を消してしまった。あのポントロワール村を襲ったサイクロプスの一団をその後哨戒機隊が追尾したが、森の外れの辺りで突如姿を消してしまったのだ。
そして極め付けがあのゴーレムだ。破壊後のゴーレムを回収しモンスター研究所で成分を分析したが、いくら調べてもただの岩だということしかわからない。だが、確かにこの岩の塊は我々の前に姿を現し、襲いかかって来た。映像も残されている。これがただの岩のなせる所業でないことは明白だ。
物理法則とか、生物学的な見地とか、とにかくあらゆる角度でこの事件を検証すればするほど、非常識な結論しか出てこない。
この星では、何かが起きている。
うまく言えないが、そう結論づけるしかない。
そう考えた私は、会いたくもない人物の元に向かう。
「久しぶりYO!元気してたユー!?」
この独特の話し口調を聴くと、途端に私は自身の身体に何か反発力のようなものを感じる。こいつと私は、磁石のS極とN極のような、永久に融合することのない存在なのだろう。
「どうだい、最近クールなサマーを送るため、『クール・スライム』を開発してYO!これがとっても冷え冷えで気持ちいいんだYO!抱いていくかい!?」
おい、今は真冬だぞ。何が楽しくて、冷え冷えのスライムなんぞ抱かなきゃならんのだ!?
「いや、いい。それよりもだ、モンスターに詳しいあなたに尋ねたいことがあって来た。」
「オゥ、ヤー!宇宙艦隊の英雄が、ミーに聞きたいことって何だYO!?」
「一連のモンスターに関わる事件についてだ。あまりにも非常識過ぎて、解釈に困っている。」
「オゥ!この星は元々非常識!いちいち気にしてたらきりが無いYO!」
「いや、確かにそうだが、物理法則的なところまで非常識なのは問題だろう。巨大なモンスターが突然現れたかと思ったら消えて、ただの岩が人を襲う。こんな非常識な事態が未解明なことは、この星における安全保障上、重大な問題だ。」
「オゥ!アイシー!ユーは軍人だもんねぇ、気になっちゃうのは仕方がナッシング!では、ミーの分かってることを教えるYO!」
「なんだ。何か掴んでいるのか?」
「ゴーレムのことはまだアンノウンだけど、ドラゴンやサイクロプスの件は原因らしきものがあるYO!」
「何!?本当か!?」
「実はこの星の表面では、時折ワームホールが大量発生するんだYO!」
バルドゥル研究員が意外なことを言いだす。ワームホールの大量発生?何だそれは?
我々が何光年も離れた恒星間を短期間で航行できるのは、ワープ航法というものを用いるからである。そのワープに使うのが、この宇宙空間に点在するワームホールの集合体、ワームホール帯というものを使う。
新星爆発など膨大なエネルギーの放出があると、その宙域に異次元に向かって空いた「穴」が作られることがある。これがワームホールと呼ばれるもので、この見えない穴をくぐり抜ける仕組みと組み合わせて、ワープ航法が実現している。
そのワームホールが、この地上に大量発生したのだという。通常は地上にワームホールなど発生することはない。
「おい、なんだってワームホールが地上に発生したと判明したんだ!?」
「簡単YO!近頃、この施設にあるワームホール検出器がしょっちゅうシャウトしてるんだYO!で、検出器を研究所や王国内のあっちこっちに仕込んだらさ、よく鳴るんだYO!昨日なんかさ、一斉に鳴り出しちゃってヴェリーノイジーだったのYO!」
なぜこの研究員はたくさんのワームホール検出器なんかを王国内に仕込もうと思ったのかは分からないが、ともかくそのおかげで、この怪現象解明のヒントになりそうな事実を得ることとなった。
つまりだ、そのワームホールを使って、異空間からモンスターがワープアウトしたと考えれば、ドラゴンとサイクロプスの件は説明がつけられる。
そういう事例は、ごく僅かだが存在する。我々の住む通常空間とは違う場所があって、そこからワームホールを伝って異世界の生き物が現れるというものだ。
その異世界に迷い込み、生還したという記録も連合側の記録にはある。そこはまるで、映画で見たような場所であったと聞く。それ自身は謎の場所だが、ともかくそういう空間が存在するということは事実だ。
その空間とこの星がワームホールで繋がったならば、モンスターが出現することは、我々の持つ事実を付き合わせれば十分説明がつく。
だが、むしろ謎は深まる。なぜワームホールが大量発生するのか?そして、昨日といえばゴーレムが出現した時だ。ゴーレムはどこからかワープしたというより、そこにあった岩が変化したもの。一見すると、ワームホールとの関連がなさそうな気がする。
ワームホール発生のメカニズムは2つある。ひとつは、膨大なエネルギーの放出の副産物として生じるもの。宇宙に点在し、我々がワープ航法に用いているワームホール帯は、ほとんどが大エネルギーの産物と言われる。
もうひとつは、特殊な物質を使う方法だ。ある星で開発されたと聞くが、地球001が連盟側への漏洩を恐れて、ごく一部の星にしか公開していない技術だ。
どういう物質なのかは知らないが、とにかくそういう方法で作ることもできるということが知られている。
この星で起きている現象は、大きな爆発を伴ったものではない。となると、2つ目の要因でできたものなのか?それとも、未知の第3の要因なのか?
この星がモンスターだらけである原因も、もしかするとワームホール大量発生によるものかもしれない。確かにここは周辺の星系に比べて、極めて特異な生態系を持つ星だ。とても関連がないとは言えないだろう。
一度、地球294政府にこの事実を報告した方が良さそうだ。専門家による、なんらかの調査が必要だろう。
「そうだ英雄!こんなスライムも作ったんだYO!この冬にぴったりなスライム、『ウォーム・スライム』だ!抱くと暖か!心も暖か!こんな便利なスライムあったか!」
「本当にあったけえだよぉ~!触り心地もいいし。」
「いや……軍務があるゆえ、失礼する。今日はいろいろ参考になった。」
腕にスライムを抱えたエルフのコリーヌさんも現れて、私にまた妙なスライムを見せつける。しかしいくら無害なスライムだと分かっていても、あまり触りたくはないな。適当に理由をつけて、私はさっさと司令部に戻る。
「おかえりなさいませ、閣下。」
司令部内の私の部屋に入ると、スーツ姿で、髪も短くしたリュシールがいた。彼女は今、我が艦隊での二等兵曹で、私の秘書をしている。
「この後15時から中性子星域戦略会議、16時からはアルベール男爵の陳情への対応、その後王室での夕食会が……」
「ああ、リュシール二等兵曹。ちょっとお願いしたいことがある。」
「何でしょうか?」
「地球294の政府に報告したいことがある。事前に、エッケハルト交渉官殿に一度相談をしたい。スケジュールを確認してもらえるか?」
「はい、承知しました。ではすぐにでも手配いたします。」
そういうとリュシールは、手元のタブレットで交渉官殿の予定表を確認する。私は彼女に任せて、そのまま次の会合に向かう。
それにしても彼女は、この短期間に随分と業務をこなせるようになってきたものだ。
1時間後、打ち合わせを終えて部屋に一旦戻った私に、リュシールが報告した。
「閣下、エッケハルト交渉官殿ですが、本日の夕食会の直前に30分ほどならお会いいただけるそうです。」
「そうか。で、場所は?」
「王宮の中のロビーでお会いになるとのことです。」
「分かった。」
その後の会合を済ませると、私は急いで送迎車に乗り込む。そのまま王都へと向かい、王宮前に到着した。
今日は陛下の弟君であるアンリ王子が、地球294の政府高官をもてなすために夕食会を開く。私はジャンヌと共に参加することになっているが、少し早く会場に到着し、交渉官殿と会う。
「珍しいな、宇宙の英雄が、私に会いたいなどとは。」
「お忙しいところ申し訳ありません。ただ、ちょっと相談したいことがございまして……」
私は交渉官殿に、最近起きた一連のモンスター事件と、モンスター研究所で得られたワームホールの大量発生について話す。
「……うーん、確かにおかしな話だな。」
「はい。元々非常識な星ではありますが、サイクロプスの襲撃のような事態を考えますと、この事実は放置するわけにはいきません。」
「確かにな。地球813の安全保障に関わるのはもちろんだが、ここには我々地球294の住人も多数常駐している。彼らの安全保障を考える上でも、地球294政府としても無視できないだろうな。」
「おっしゃる通りです。」
「分かった。では、私の方からも政府に調査の打診をしてみよう。准将殿も報告書が出来次第、こちらにも送付してほしい。」
「承知しました。よろしくお願いします。」
交渉官殿にお願いして、調査の依頼を政府に働きかけてもらうことになった。どれだけのことが判明するかは不明だが、ともかく一度、調べたほうがよさそうだ。
交渉官殿との話を終えてロビーを歩いていると、ジャンヌが立っているのを見つけた。
「あ、エルンスト様。」
「ジャンヌか。今ちょうど交渉官殿との話が終わったところで……」
ジャンヌのところに歩み寄ると、彼女は私の元に駆け寄り、私の手をぎゅっと握る。
なんだ、突然。この妻の妙な行動に少し面食らっていると、ジャンヌは私の方を見上げてこう言いだした。
「エルンスト様!私を抱きしめてください!」
「……は?」
……何かと思えば、こんな公共の場所で抱きしめろと言い出した。私は真顔で訴えるジャンヌの顔を見つめたまま、唖然としていた。
「あのですね、昨日のあの一件で分かったことなんですが……抱きしめられると、なんだかちょっといい気持ちになりまして……」
「なんだそれは?だが、こんな王族や貴族がいつ現れるか分からないこんな場所でなくても、家でやればいいじゃないか。」
「いいえ、家じゃダメなんです。昨日帰ってからエルンスト様は私を抱きしめてくださいましたけど、やっぱりあの高揚感というか快感というものが味わえないんです……で、どうも人目を気にするような場所でないと、ダメなんじゃないかと思いまして……」
などと言い出すジャンヌ。話を聞く限りでは、変なことに目覚めてしまったようだ。大丈夫か、この女騎士は。
「ちょっとでいいんです!ほんのちょっとで満足しますから!」
「分かった分かった!でも、本当にちょっとだぞ?」
言い出したら聞かない妻だということは、この半年余りの付き合いで重々承知している。仕方なく私は、ジャンヌを軽く抱きしめる。
「はぁ~っ!これですよこれ!この羞恥と背徳の快楽の狭間に挟まれた感じが、たまりません!」
なんだかおかしなことを言い出したぞ、ジャンヌめ。私の腕の中で、胸のあたりに頬を擦り付けながらぶつぶつ何か言っている。
「おい、もういいか!?」
「あ、はい。十分堪能いたしました。ありがとうございます。」
そう言ってジャンヌは私の方を見上げる。少し紅潮した頬をした妻から離れ、ふと後ろを見た。
そこには、国王陛下の弟君である、アンリ王子が立っておられた。
しまった……今のをみられてしまったようだ。ぽかんとした顔で私の方をじーっと見ておいでだ。すかさず私は振り返り、冷静に対応する。
「アンリ王子様、本日は夕食会にお招きいただき、ありがとうございます。」
「あ、ああ……准将殿。陛下の決められた奥方と、仲睦まじくやっておられるようだな。」
「はっ、おかげさまで。」
王子に敬礼して応える私。こちらの意を察してか、王子も当たり障りなく応えてくださる。だが私は、表向きは冷静さを保とうとしているが、内心はかなり焦っている。よりによって王族に、妙なところを見られてしまった。だが、それ以上は特にアンリ王子も話題にすることなく、ともに夕食会場へと向かう。
一連のモンスター騒動によって、私は行動を開始する。それをきっかけに妻まで妙なことに目覚めてしまった。この謎は、なんとしてでも解消せねばなるまい。晴れやかな夕食会の会場で料理をいただきながら、私はそう言い聞かせていた。




