#25 新2731号艦
我が小艦隊は現在、329隻である。
元々は330隻であったが、先の地球813星域内会戦でエンジン不調で脱落し沈められた2731号艦を失った。それ以降は2731号艦が欠番のまま、329隻となっている。
本来なら、あの会戦の直後に地球294の本星に展開している防衛艦隊からすぐに代わりの艦が補充されるべきなのだが、我が小艦隊に入りたいという艦がおらず、長らく欠番が続いていた。
志願する艦がいないのは分かる。なにせこの小艦隊は地球294の艦隊一の「ブラック艦隊」だ。他の小隊らと比べてかなり無茶な作戦をさせられるわりに、特別な手当が出るわけではない。作戦に参加する機会が多い分、武功は立てやすいが、その分リスクも多い。
おまけに我々329隻は1年以上、一糸乱れぬ高速艦隊運用の訓練を積んでいる。訓練の厳しさは艦隊内で知られている上に、今さら通常の訓練しか受けていない艦が入ってきても、練度の差が大きすぎてついていくのは困難であることは明らか。どの艦も、尻込みするのは当然だろう。
が、ここに来てようやく我々の小隊に加わってくれる艦が現れた。
地球294 防衛艦隊所属の駆逐艦8671号艦。この艦が新たに遠征艦隊の駆逐艦2731号艦として加わることになった。
驚いたことに、この転籍は艦長以下ほぼ乗員全員の意思であるという。いやいや配属された艦よりは、はるかに有り難い話だ。が、私が言うのもなんだが、一体どうして我が小艦隊のようなブラック職場に志願しようなどと思ったのか?とても気にはなる。
その駆逐艦2731号艦となる艦は本日、地球294よりこのオルバーニュ軍港に到着する予定だ。到着し次第、艦長に面会することになっている。
到着予定時刻ぴったりに、オルバーニュ軍港の上空に一隻の駆逐艦が現れた。
徐々に降下するその駆逐艦。軍港のドックの一つに接舷しようとするこの艦の艦首には、新たに描かれた「294-2-2731」の文字。本日付で我が小艦隊に加わる、新2731号艦であることを示している。
それにしても一体、どういう艦長なのだろうか?こんなブラック職場にわざわざ志願するような艦の艦長だ。普通であろうはずがない。
駆逐艦の入港を見届けたのち、期待と不安を胸に私は応接室に行く。そこでこの新しく加わった艦の艦長らと面会することになっている。
その途中、私の手元に新2731号艦の艦長に関するプロファイルを受け取った。応接室に着いてそのプロファイルを眺めていた私は、その内容に驚く。
この艦長の年齢は28歳、つまり、私より歳下だ。
実は我が小艦隊で、これまで私よりも歳下の艦長はいない。艦長になるには少佐以上の階級が必要である。通常、少佐となるには早くても30代前半というのが相場である。
だがこの艦長は28歳で少佐。地球294星域からほとんど離れない防衛艦隊において、この年齢で少佐へ昇進はかなり異例なこと。一体、何をやらかしたらこうなるのか?
私がその下にある経歴欄を見ようとすると、応接室のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」
「失礼します!」
ドアが開くと、思いの外、大柄な人物が入ってきた。胸には佐官の階級章を付けたその人物。私より一つ歳下だというが、見た目は30代前半にも見えるこの人物。私の姿を見るなり、敬礼をする。
「お初にお目にかかります!本日付で、遠征艦隊第9小隊所属となりました、駆逐艦2731号艦艦長、エーベル少佐と申します!」
「私が第9小艦隊司令、エルンスト准将だ。」
私も起立し、返礼で応える。
「かの白色矮星会戦の英雄であらせられるエルンスト閣下にお目にかかれること、また閣下の麾下の艦隊に加わること、我ら一同、誇りに思います!今後とも我が艦を、よろしくお願いいたします!」
エーベル艦長の他にもう一人、副長も来ていた。2人を応接室に通し、話を始める。
「少佐、一つ伺ってもよろしいかな?」
「はい、なんなりと。」
「単刀直入に伺いたい。なぜ、この小艦隊に加わろうと思ったのか?」
「2つの理由がございます。」
「2つ?」
「一つ目は、武勲にございます。長らく防衛艦隊におりましたが、あのような生温い環境では武勲など得られず。我ら一同は皆、武官としてそれ相応の活躍をすることを欲しております。」
「なるほどな。だが、我が遠征艦隊ならばすでに何度も会戦を行っているし、これからも連盟軍との戦いはありうるだろう。別に我が小隊でなくてもよかったのではないか?」
「いえいえ、閣下の艦隊でなくては意味がありません。他の艦隊では所詮1万隻の中の1隻。ですが閣下のこの艦隊は少数精鋭。しかも遠征艦隊においても、幾度となく重要な作戦に参加しておいでです。このようなところに所属したいと願うのは武官の本懐であります。」
「つまり貴官らは、自らの野心のために我が艦隊に加わった……ということか?」
「ストレートにおっしゃいますね、閣下。その通りでございます。が、我が艦の乗員は皆、士気は高いですよ。閣下としてもこれくらいの艦の方が、扱いやすいのではございませんか?」
自信満々に答えるこの艦長を前に、私は再びプロファイルに目を通す。下には、この艦長の経歴が書かれていた。
このエーベル少佐、なぜこの歳で少佐まで上りつめることができたのか?いくら野心むき出しでも、防衛艦隊というほとんど戦場とは無縁のところでよくこれだけ異例の出世を遂げられたものだ。そう思うと彼の経歴が少し気になった。
彼は元々、私と同じ幕僚だったようだ。26歳の時、彼の所属する10隻のチーム艦隊は、長らく地球294星域周辺で暴れまわっている海賊の討伐を命じられる。
数個のチーム艦隊による探索だったが、彼の具申した作戦で海賊の居所を突き止め、その海賊20隻を捕縛することに成功する。
この功績により、26歳にしてついに少佐に昇進。その後は防衛艦隊の艦長として、海賊退治や不審船の追跡などで次々に武功を立てて言ったようだ。
だが、防衛艦隊司令からのコメントとして、彼のことがいろいろと書かれている。要約すると、かなり扱いづらい艦長だったように伺える文面だ。私も今こうして話した印象で、なんとなく同じものを感じた。
「……なるほどな、武勲が貴官らの願いか。それがかなう機会が今後もあるかどうかは分からないが、他の艦隊よりは多いのは間違いないだろう。」
「はっ!閣下の悪運の強さに、期待しております!」
まるで私の運の悪さが戦さを呼び寄せているような物言いだな。少し気にはなるが、まあいい。
「で、2つ目の理由は?」
「それはこの星、地球813にあります。新進気鋭のこの連合の新たな仲間のために戦えることを、我らは願っております!」
うーん、なんだかこの回答は引っかかるな。要するにこの星の住人を守るために来たといっている。が、いささか動機としてはあざとく聞こえる。
新しい惑星が発見されると、どの星でもその星に派遣される遠征艦隊を志願する者が多数現れるという。簡単に言えば、自分たちよりも低い技術や文化の星にゆけば、ヒーローになれるのではないかという思いがあるからのようである。
ここ地球813は一夫多妻制がまだおおっぴらに認められているような前近代的な星であり、まだオラーフ王国には奴隷制度も存在している。こう言ってはなんだが、野心家にとっては、この未開さこそがなんらかの希望や願望を膨らませてしまうようで、とても魅力的に感じてしまうようだ。ここはやりたい放題できる星、まさかと思うが、そんな思いを抱いて来たのではあるまいか?
だが、これ以上は聞くまい。私はエーベル艦長に、今後の活躍を期待すると言って面会を終える。
新たな艦を加えた我が第9小艦隊ではあるが、訓練は来週だ。それまでにこの艦の航海科や砲撃科の者達には、シミュレーションにて訓練を続けてもらう。少しでも我々のレベルに追いついてもらわねばならない。
それから司令部にて事務仕事を終えて、私はオルバーニュ村に向かった。私にとっては、ここでは司令官以外にも「領主」としての仕事もある。
村のはずれに出来たばかりの建物へと向かう。その建物の前に、2人の人物が立っている。
「あ、エルンスト様!」
手を振っているのはジャンヌだ。その横にいるのは、リュシール。そしてこの建物は、ポントロワール村の住人400人が住む高層アパートである。3日前に入居が始まり、宇宙に避難していた住人達がここに移り住んだばかりである。
ちょうど昨日から、この住人達の就職斡旋が始まったところだ。ずっと閉鎖された村で暮らしていたせいか、自給自足な生活を送るための技術が高い。それをヒヤリングして、ここで活かせる仕事を探そうと言うのだ。
すでに職員が2人、アパートの事務所でヒヤリングと斡旋を行なっている。その様子を探りに私はやって来た。
「こんにちは、領主様。今日はお日柄もよく……」
「ああ、肩苦しいあいさつはいいから。で、リュシールの仕事は決まったのか?」
「はい、実は明日から、軍司令部の主計科と言うところで働くことになりまして。」
「主計科か。補給担当でもやるのか?」
「いえ、どちらかというと、接客や片付けやら、そういう仕事だそうです。私、あの村で召使いやってましたから、それを活かせる仕事だと言われたんです。」
そういえば、主計科にはそういう雑務的な業務もあったな。にしても、かつて私に刃を向けたことのあるリュシールが、司令部に来るのか。
「すごいわね、リュシールちゃん。いきなりあの綺麗な建物で働けるだなんて、ここでもリュシールちゃんだけだよ。」
「いや、私はただの召使いですよ。すごいだなんて、そんな……」
ポントロワール村でも召使として接客から雑用、護衛までなんでもやってたのだろう。軍が欲しがってもおかしくはない。しかし主計科の雑用係的な仕事とはいえ、彼女は軍属ということになる。いくら主計科とはいえ、刃物を扱った経験くらいある召使いでないと、あそこは務まらないだろう。
「ということは、明日からは司令部で共に仕事をすることになるのだな。よろしく頼む。」
「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします。」
というわけで、明日から彼女とは同じ職場ということになってしまった。まあ、司令官と主計科の職員では、なかなか接する機会はないだろう。
ポントロワール村の住人の就職斡旋は、順調に進んでいるようだ。だが、400人中半数以上が40歳以上という人口分布のこの村の住人。リュシールら若者世代は60人ほどしかおらず、欲しい人材が少ないというのが現状だ。
それでも、自給自足生活で慣らされた生活力を元に、どうにか就職先を見つけている。来週には皆、働き口でそれぞれの生活を再スタートすることになる。
しばらくジャンヌやリュシールと村の中にある野外カフェで話していると、そこにあの駆逐艦2731号艦の艦長が現れた。
「いやあ、閣下ではありませんか。このようなところで何をしておられるのですか?」
「ああ、エーベル艦長。先日、この先にあるモン・フェイロン山麓のポントロワール村の村民をここに移住させたのだが、その後どうなっているかを探るために話を聞いているところだ。群も関わったことだし、ここは私の領内でもあるからな。」
「左様でございますか。閣下の前にいらっしゃる方が、その村の方で?」
エーベル艦長は、リュシールを指差す。だが、この若干横柄な態度のエーベル艦長を警戒してか、リュシールの顔は少し険しい。
「お初にお目にかかります。リュシールと申します。」
「おう!こちらも世話になる!よろしくな!」
彼女はエーベル艦長に向かって短く応えた。それにエーベル艦長はややフランクな態度で応える。それを見て私は一言添える。
「明日から彼女は主計科に配属となる。同じ軍属だ。規律をわきまえて接するよう願いたい。」
「はっ、閣下!」
多少意味深な物言いをしたつもりだが、果たしてこの艦長には伝わったのだろうか?意気揚々とその場を去っていった。
「なんですか、あのオーガを小さくしたような男は?」
「ああ、ジャンヌ。あれは今日付けで私の艦隊に配属された駆逐艦の艦長だ。」
「なんだ、エルンスト様の配下の方だったんですね。てっきり軍服を着たモンスターでも現れたのかと思いましたよ。」
ややごつい体つきに強面な顔だが、いくらなんでもモンスターはないだろう。ジャンヌにかかれば、エーベル艦長は散々な言われようだ。確かに、第一印象はあまり良くない男ではある。
一抹の不安を感じながらも、とにかくやや癖の強さを匂わせる艦長の艦を加えて、330隻体制に戻った我が第9小隊。
その翌日。
私は、司令部建物内を歩いている。正面には、数人の集団が見える。どうやら彼らは、ここに配属されたばかりの研修員のようだ。
「エルンスト准将閣下に、敬礼!」
先頭の教員役の士官が号令をかける。後ろにいる研修員らも、教官の合図で直立、たどたどしく敬礼をする。私は返礼で応え、彼らの前を通り過ぎる。
その中に、リュシールの姿もあった。なんだか右手の角度が少し変だが、初日にしては上出来だろう。
そのまま私は、奥の部屋へと入る。そこはシミュレーター室。昨日来たばかりの駆逐艦2731号艦の乗員らが訓練を行うというので、見学に来たのだ。
「敵艦隊接近!距離、32万キロ!接触まで3分!」
すでに戦闘シミュレーションは開始していた。だが、まだ通常の段階だ。ここまでは防衛艦隊の連中でも潜ってきたプロセスだろう。しかし、我々の小隊のシミュレーションは、ここから先が違う。
「司令部より打電!全艦、全速前進!敵艦隊右方向へ回り込め!以上です!」
我が艦隊特有の命令が下された。敵が予測もできない動きを、330隻で一斉に行わねばならない。そのため、右へ左へと不定間隔でランダムな指令が飛び交い、それについていかねばならない。これが我が第9小隊の艦隊運用である。
が、この艦長、その命令を聞いて、突如こんなことを言い出す。
「おい野郎ども!行くぞ!」
「アイアイサー!」
なんだ、今のは?それと同時に、シミュレーター上の艦の速度が一気に上がる。
驚いたことに、他の艦を追尾している。この訓練を始めて受け他とは思えないほどの練度、まさかと思うが、彼らはすでにこういう訓練をやっていたのか?
「なんですかあの号令は!閣下、直ちに中止させて指導を……」
「いや、しばらく様子を見よう。」
私は少し彼らの実力が気になった。初動段階ではあるが、なかなかの技量を持っている連中だと直感した。号令は軍の規律を外れためちゃくちゃなものだが、この際はどうでもいい。私としては、我が小隊について来られる艦であれば申し分ない。
「艦隊、左へ転進!取舵20度!」
「オラオラッ!舵遅いぞ!取舵20!」
「取舵20!ヨーソロー!」
それにしても、まるで海賊だな、こいつらは。だが、シミュレーター上とはいえ、この艦隊運動についていけている。やってきたばかりとは思えない練度に、私は驚いた。
なるほど、この調子だから防衛艦隊では持て余されたわけだ。確かに癖はありそうな艦だが、私としては正直ありがたい。先々に少し不安の残る艦長とその一味だが、こういうじゃじゃ馬な人物を扱うことには、すでに妻を通して慣れている。
来週の訓練が、楽しみである。シミュレーター室の片隅で、私はそう考えていた。




