#22 モンスター研究所
軍務で、モンスター研究所へ行くことになった。
先日であった、あのイカれた研究員がいる、あの施設だ。
今日は軍務のため、飾緒付きの軍服でやってきた。おかげで研究員の多くが私に会釈して、丁寧に対応してくれる。たった1人を除いては。
「オ~ヤァ!きましたね!ヤングなヒーローが!」
急に頭痛がしてきた。私はこいつと間違いなく相性が悪い。
「エルンストだ。今日は軍務で来た。なんでも、ここで兵器になりそうな研究成果があると聞いたのだが、それは一体どういうものなのか?」
「ハッハー!もう来ちゃったのね!さすが英雄!でもねぇ!それを話すのは、まずはこの研究所を案内してからだよーっ!」
「いや、私は……」
「オーケーオーケー!じゃあまず、ペット用コボルトから行くYO!ヒウィゴーゥ!」
どうしてこう会話するのに、膨大なエネルギーを要する人物なのだろうか?まだ何も見せてもらっていないのに、すでに私の疲労感はマキシマムだ。
それにしてもなんだ、ペット用コボルトとは?あんな野蛮なモンスターがペットになるのか?
研究所のロビーから少し奥に行ったところにある部屋に入る。と突然、灰色の何かがバルドゥル研究員に飛びかかってくる。そいつはバルドゥル研究員の足にしがみついた。
「ワンッ!」
「ハハーッ!相変わらず元気だなーっ!コボルトどもよっ!」
「クゥーン、クゥーン!」
そいつは紛れもなくコボルトだった。が、顔はまるで普通の犬。嬉しそうに尾を振り、バルドゥル研究員を見て喜んでいる。
よく見ると、他にも数匹のコボルトがいる。皆、首輪がつけられていて、可愛らしい服を着せられていた。
体長は80センチほどのコボルト達。しかしそこにいるのはどう見ても2足歩行の犬だ。
「どうだい!?あのワイルドなコボルトも、小さい頃から育てると従順なドッグのようになるんだぜ!?可愛いだろう!」
……可愛いか?顔は確かに犬だが、2本足で歩いている光景はなんだか異様だ。だが、彼らからはあの野生の攻撃的なコボルトの雰囲気はない。
なんでも、コボルトの巣を襲撃して得たコボルトの子供をここで飼ってるそうだ。いずれはペットとして売り出す予定らしい。なかなか鬼畜な背景で育てられたコボルトだと分かったが、それにしても売れるのだろうか、こんなペットが。
ペットと言えば、ペット用スライムなるものを見せてもらった。そこにいたのは、ごく普通のスライム。だがこいつは強アルカリの液体を吐かず、人が触っても何もしない従順なスライムだった。
なんでも、世代を重ねるごとに体液を中性に近づけた結果、こんなにおとなしいスライムができたらしい。青いスライムをまるでクッションのように抱きかかえるバルドゥル研究員。
「これがYO!とても気持ちいいのYO!ちょっと抱いてみるかい、英雄!?」
「えっ!?いや、私は……」
断ろうとしてるのに、御構いなしに私にそのスライムを押し付けてくる。まったく、何を考えてるのやら。
だが、確かに抱いてみると気持ちがいい。ぶにゅぶにゅと動いているが、それがまたマッサージ機のように心地いい。一方、スライムの方も抱かれることが嫌なわけでもなさそうだ。とてもおとなしい。
いつも槍で突いて倒す相手だけに、まさかこうやって抱き上げる日が来るとは思わなかった。これもいずれ、ペット用に販売する予定だという。
さらに奥の部屋に進む。そこは普通の部屋。よく見ると、緑色の肌の亜人がいる。ゴブリンだ。
「あ、バルドゥル様が来たずらよ!」
ここは数人のゴブリン達がいる。我々と同じ服装をして、パソコンやスマホをいじっている。
彼らは近くにあるゴブリンの集落からここに通っているそうだ。ここで彼らは最新の文化、技術に触れ、一方で研究にも協力しているそうだ。
「ゴブリン達は皆、賢いYO!たったひと月でもう文字を覚えて、マシーンの操作も大概できる!それに彼らを調べてたら、サプライズなファクトが判明したんだ!」
「何が分かったんだ?」
「彼らの皮膚が、光合成しているってことさ!どうだい、アメージングなファクトだろぅ!?」
なんだって?光合成?それじゃあまるで植物じゃないか。
緑色の肌は、日光を浴びて光合成できるらしい。これはゴブリンだけでなく、オーガも同様だ。葉緑素があるから、皮膚が緑色をしているらしい。
べつに光合成などしなくても支障はないらしいが、日光と肥沃な土壌の上にじっと座り込んでいれば、それだけで数日は生きられるらしい。年齢を重ねたゴブリンがジーッと座り込んでいたのは、どうやらそういうことのようだ。あれは、光合成していたのか。
ここでは、ゴブリン用のドリンクも作られていた。家庭菜園用の液体肥料を飲みやすくしたもののようで、この部屋にいるゴブリン達もそれを飲んでいる。私もそのドリンクを一本もらった。帰ったら、クララにあげてみようか。
「バルドゥル様!誰ね、その人は!?」
と突然、だれかが後ろからバルドゥル研究員に声をかけてきた。この訛り、どこかで聞き覚えがある。
振り返ると、そこにいたのはやはりエルフだった。研究員っぽい白衣を着て、手にはバインダーを持っている。明らかにここで働いているようだ。
「オゥ!コリーヌ!彼があの有名なエルンスト准将だYO!今日は仕事で、この研究所に来てくれたんだYO!」
「ヘぇ~、あの有名なエルンスト様かえ!?わだす、エルフのコリーヌって言います!ここで研究員見習いやっとるだよ~!」
「そして彼女、ミーの嫁なんだYO!こんな美形のエルフがミーの自慢の嫁!羨ましいだろ、ヤァー!?」
「やだね~、バルドゥル様は~!そんなことバラさへんでええんよぉ!」
えっ?嫁?ということはこの2人、異種族結婚しているのか?
話を聞くとこのエルフも、うちのマリーと同様に集落を追い出されたらしい。そこをモンスター狩りしていたバルドゥル研究員に保護されて、この研究所で住み込みで働かせてもらってるうちに、いつのまにかこの研究員と一緒に暮らすようになったという。
それにしてもだ。いくら助けられたからといって、よくこんな面倒くさいやつと一緒になろうと思ったものだな。
「今日は何時にあがるべ?仕事終わったら、ショッピングモール寄って、またチーズケーキ食うべ!」
「オーケーオーケー!コリーヌ、ユーはチーズケーキ大好きだなぁ!分かってるYO!あとで行くYO!仕事が終われば頂くYO!」
バルドゥル研究員の腕にしがみついてチーズケーキをねだるエルフ。ははーん、彼女もやはりスイーツの虜にされたか。
ところで、バルドゥル研究員によればエルフと人間は遺伝子が異なるため、混血はできない。つまりどう頑張っても2人の間に子供はできないそうだ。だが、それでも2人は夫婦になった。まあ、幸せの形は夫婦それぞれだ。それで納得しているなら、それでもいいだろう。
ちなみにコリーヌさんは研究員であると同時に、研究対象でもある。エルフは人族よりも寿命が長い。老化も遅い。彼女を調べることで、その秘密を探っているそうだ。上手くいけば、人の老化を遅らせる薬ができるかもしれないとのことだ。
「そうだ!ユーが捕まえたあのクラーケン、見ていくかい!?」
「なんだ、ホルマリン漬けにでもしているのか?」
「ノーノー!あいつ、生きてるYO!研究所の水槽の中、元気に暮らしてるYO!」
「ええっ!?あれ、生きてたのか!?おい、でもそんなもの生かしておいて、大丈夫なのか?」
「ノープロブレム!我が研究所の誇る高強度ガラスの水槽さ!あんなイカに壊せるわけがないYO!」
「案内するべよ、こっちだがね。」
先日捕まえたあのクラーケンが生きていた。しかも、それをここで飼っている。まさかあれと再会することになるとは思わなかった。
ある部屋に入る。そこには大きな水槽があった。前後左右が100メートル、高さ20メートルほど。巨大な水槽に、確かにあのクラーケンがいた。
悠々と泳ぐ巨大イカ。ちょうどこれから餌を与えるところらしい。水槽の上から、大きな魚が投げ込まれた。それをあの長い足で捕まえて、口にたぐり寄せるクラーケン。
「どうだい!?このエクストリームな光景は!?こんな巨大なイカは、他の星では見られないYO!」
うーん、確かに圧巻だ。あの時はこんなものと戦ってたのか。こうしてこの巨大イカの姿を見ると、改めてこの星の自然の脅威に驚かされる。
「さて、ユーも我々の研究所を堪能できたかな!?ではこれより、お目当ての場所へガイドするYO!」
やれやれ、やっと本命へ案内されるのか。長い前置きだった。もっとも、個人的には得られるものは多かったが。
エルフのコリーヌさんに案内されて、奥の部屋へと向かう。クラーケンの住む大型水槽のあるところとはうって変わって、ここはこじんまりとした部屋。真ん中には、黒く四角いものがどんと置かれている。
よく見るとこの容器、透明な容器の中に黒い液体が入っている。なんだこれは?それに、モンスター研究所の一室だというのに、ここにはモンスターがいない。
「なんだここは?何もいないじゃないか。」
「いるYO!とびっきりミステリアスなやつがね!」
「はあ!?どこにいるんだ。」
「この容器の中だYO!」
「なんだ、この中か。でもなぜこんな真っ黒な容器に入れているんだ、そのモンスターは。」
「そのネームを聞けば、きっとユーなら理解するよ!この中にいるのは……ゴースト!」
な、なんだと?ゴーストって、あの偵察艦や洞窟でやりあった、あのゴーストのことか?
「おい!ゴーストって、そんなもの一体どうやって閉じ込めているんだ!?」
「簡単だYO!この容器の中には、液化した黒水晶が入ってるんだYO!これならゴーストはエスケープできないってわけさ!」
「え、液化した黒水晶!?何だそれは!?」
聞くと、ある特殊な薬品を使って黒水晶を溶かし、それを強化アクリル製の容器の間に流し込んだものだそうだ。この中にいるゴーストは、この黒水晶の液体に阻まれて出られないという。
恐ろしいことだ。あの敵艦乗員を全滅させるほどのゴーストを、科学の力によってあっさりと手玉にとってしまった。
横に置かれたモニターによって、中の様子を見ることができる。そこには、あのうっすらと白い影のようなゴーストが映っている。
黒い容器の中の狭い空間の端の方で、寂しそうに座り込んでいるように見える。厄介なゴーストだが、なんだか可哀想だ。
「何体ものゴーストをリサーチしたら、いろいろ分かってきたんだYO!こいつらは、太陽の光に当たると死んでしまう、だから、ダークな場所にしか住んでいない!でも、我々が使っている照明は平気なんだ!」
「そうか。だから艦内では徘徊できるのか。」
「だけど、強い紫外線ライトを当てると途端にしぼむんだYO!これが面白くてさ、こいつ以外をさ、ミーはみんなキルっちまったYO!」
……おい、やばいやつだな、こいつは。やっぱりどこかイカれてる。
「ところで、こいつはこのまま容器に閉じ込めておいて大丈夫なのか?」
「ノーノー!時々、エサをやらないと、消えちまうんだYO!」
「エサ?なんだ、ゴーストのエサって。」
「『魂』だYO!」
「はぁ!?た、魂!?」
「そう!魂がこいつのエサさ!3日に一度はやらないと、こいつは死んじまうんだYO!」
「魂って、どうやって与えるんだ?まさか人間を……」
「ノーノーノーノー!!そんなことしないYO!別に人間じゃなくてもいいんだYO!」
その時、コリーヌさんが何かを持ってきた。透明な容器の中には、ネズミが1匹入っている。
「なんだこれは?」
「ネズミだYO!」
「それは分かる。こんなものどうするんだ?」
「ゴーストの、エサにするんだYO!」
「エサ!?これがか!?」
「哺乳類の魂なら、なんでもゴーストのエサになるんだYO!さあ、イッツ、ショーターイムゥ!」
コリーヌさんからそのネズミを受け取り、黒い容器の横に立てかけたハシゴを登るバルドゥル研究員。その上で円筒形の筒を引き出した。
筒の上にあるフタを開けてそのネズミを放り込み、蓋を閉じる。そしてそれを再び黒い容器に押し込んだ。
モニターを見ると、ネズミがボトッと落ちるのが見える。それを目ざとく見つけたゴーストは、ネズミに襲いかかる。ネズミは必死に逃げ回るが、狭い空間の中、すぐにゴーストに追い詰められてしまう。あの白い身体に覆われたネズミは、哀れにも中で絶命してしまった。
おぞましい食事風景だ。だが、私はゴーストの食事風景を見るために来たわけではない。
「ところで、これが一体、軍とどういう関わりがあるというのだ?私は兵器になりそうな研究があると聞いたからここに来たのだが。」
「そう!これこそが、兵器になるんだYO!ユーならきっと、分かるはずだ!」
「いや、分からないから聞いている。」
「簡単さ!こいつを液化黒水晶の容器に詰めて、敵の戦艦に打ち込むんだYO!するとYO、ゴーストがYO、艦内に現れエキサイトするはずYO!そうなれば中にいる2万の人間の、運命はどうなっちまうのか、ユーならきっと分かるよな!」
な、なんだと?これをそのまま兵器として用いるというのか。確かに、敵の戦艦に一匹放り込めば、たちまちパニックに陥るだろう。あそこは宇宙における閉鎖空間だから、逃れることができない。100人の乗員の命を奪うのに、1時間ほどしかかからなかった。ということは、2万人とはいえ数日あれば……
「却下だ。」
「ホワッツ!?」
「却下だ!そんな非人道的な兵器、認められるか!第一こんなもの、どうやって敵艦に撃ち込むつもりだ!」
「それはユーの高速艦隊で接近して……」
「だろうと思った!真っ平御免だ、こんな兵器。扱いを間違えたら、中のゴーストが逃げ出して、私の艦隊の駆逐艦が危ないじゃないか!とにかく、却下だ!」
「オゥマイガー……」
なるほど、兵器としては無敵だろうが、こんなものを数発撃ち込めば、さすがに敵の中でもゴーストの対策が進む可能性がある。
今はこの星にゴーストがいることが、敵の侵入の抑止力となっているはずだ。たった一人生き残った敵兵が、連盟に戻って今ごろはゴーストの恐怖を知らせてくれているだろうから、敵はこの星においそれとは近づかないだろう。敵の中でそのゴーストに対する対策が進んでしまったら、この抑止力が無効になってしまう。
それ以上に、人道上の理由がもっとも重要だ。いくら敵とはいえ、民間人を抹殺したとあっては大変なことになる。連合と連盟の間では、民間人に対する攻撃を禁じる戦時協定が結ばれている。これを我々が破ったとなれば、連盟側はこれを口実に我々の交易船団を攻撃してくるかもしれない。となると、軍民見境ない戦闘が宇宙のあちこちで発生して……
そこまで考えて、私はこの提案を却下した。この兵器が与える影響があまりにも大きすぎる。そのわりに得られるものが少ない。ハイリスク、ローリターンだ。
「じゃあ、またいい研究あったらメールするYO!期待して待っててYO!」
バルドゥル研究員に見送られて、私は研究所を去った。
兵器云々はともかく、最先端の技術をもってこの星のモンスターが我々によって手玉に取られ、利用されようとしている。まだこの王国との同盟から1年も経っていないというのに、すでにここまで研究が進められているとは、この先モンスターは我々にとって脅威ではなく、資源へと変貌するのかもしれない。




