#21 海の怪物とイカれた研究者
「オルバーニュ軍港まで、あと150キロ!進路上に障害物なし!」
「微速前進、ヨーソロ!」
宇宙での訓練を終えて、オルバーニュ軍港を目指す駆逐艦2680号艦。現在はオルバーニュ村の南西の海上を航行中である。
「地上レーダーに感!距離10キロ、全長45メートルの物体を感知!」
「光学観測にて確認、海上に浮かぶ交易船です。大型ガレオン級が1隻、東に向かって航行中!」
交易船が近くを通っている。おそらくは、ルノーブルを目指しているのだろう。
「あ、待ってください!あれは……交易船のマストに救難旗を確認!救援を求めているようです!」
「なんだと!?難破船か!」
「分かりません。ですが帆を上げ、順調に航海中のようですが……中央マストのてっぺんに、赤地に緑の線、あの模様は王国標準の救難旗です!間違いありません!」
何だろう?難破してるわけでもないのに救援を求めるとは、どういうことか?
とにかく、その船に接近することにした。何が起きているのか、見極めるためだ。
が、突如その船が発砲する。
「目標、発砲!左舷の大砲を斉射!」
「な、なんだって!?他に船舶は!?」
「いません!が、何かに向けて発砲した模様!」
いくらレーダーを見ても、船はその一隻しかいない。何に向かって撃っているのか?
まさかとは思うが、あの船にゴーストでも乗り移ったのか!?恐怖に駆られた乗員が、大砲を放ったのではないか?
いや、それなら大砲を斉射などできないはずだ。さっきの砲撃は一糸乱れぬ斉射だった。この船には片側に10門の大砲は装備されているようだ。あれだけの数の砲を同時発射。錯乱状態の乗員がやるような所業ではない。
何かいる。多分、海の中だ。私はそう直感した。
「現場へ急行してくれ!何かがいる!」
「はっ!本艦はこれより、ガレオン船救出に向かいます!」
「それから、確かソナーがあったはずだ。それを海中に入れて、探索せよ。」
「はっ!直ちに!」
使ったことがないが、艦の番号下一桁が0番のリーダー艦には、海上などで沈没船を探索するためのソナーを装備している。万一の備えだが、今回はこれが役立ちそうだ。
商用ガレオン船へ接近する我が艦。接近中にも、大砲の斉射を行うガレオン船。
海面を見るが、特に何かあるようには見えない。私はとりあえずソナーを降ろし、海中の探索を指示する。
ガレオン船に接近するため、哨戒機の発進を命じる。第1格納庫に向かい、発進準備の整った哨戒機に乗り込んだ。
「直ちに発進します!」
「頼む。発進後、あのガレオン船の甲板に寄せてくれ。」
「了解!」
なお、パイロットはあのマリアンヌ中尉だ。我が艦隊でも珍しい女性パイロット、中でも彼女は凄腕の部類で、ドッグファイト用の複座機の操縦資格も保有しているほどだ。
「哨戒機1号機より駆逐艦2680号艦!発進する!格納庫開け!」
「2680号艦より1号機!了解、ハッチを開放する!」
格納庫のハッチが開き、マリアンヌ中尉操縦の哨戒機がアームで外に押し出され、発進する。
そのまま、すぐ下にあるガレオン船に向かう。哨戒機は低空でホバリング、私は哨戒機のハッチを開き、甲板にいる乗員に向かって叫ぶ。
「遠征艦隊のものだ!救難旗を見て来た!何があったのか!?」
突然現れた駆逐艦と哨戒機を唖然として見上げる乗員達。その1人が、私に向かって応える。
「クラーケンだ!海の怪物が現れた!」
怪物、まあ、この星ではわりと日常的なキーワードが飛び出た。しかしこの星のモンスターは、海にもいるのか。
「どこだ!?」
「左舷、240ヒート!大砲にて応戦中!」
「分かった!援護する!」
ヒートとはこの星の長さの単位で、3ヒートで約1メートルだ。だから、240ヒートとは約80メートルほどである。
「目標、左舷より80メートル先!砲撃戦、用意!」
「了解!砲撃戦用意!」
哨戒機は回頭し、砲撃準備に入る。助手席に座る砲撃要員の少尉が照準器を立てて、海面に狙いを定める。
海面のある部分だけが不自然に波打つ。何かがそこにいるのは明白だ。砲撃担当の少尉は、引き金に手をかける。私は叫ぶ。
「撃てーっ!」
海面にそいつが姿を現した瞬間、哨戒機の砲が放たれた。海の上で、大きな爆発が起きる。
「目標に命中!」
少尉が叫んだ。私も窓から怪物のいたところを見る。海面に、そのクラーケンのものと思われる赤い血のようなものが広がっているのが見えた。確かに命中したようだ。
あっけなかったな。海の化け物と言っても、所詮は我々にとって敵ではない。ビーム砲の前には無力だ。
私は再びガレオン船に哨戒機を寄せてもらう。ハッチを開けて、私は甲板にいる乗員に向かって叫んだ。
「目標を狙撃した!もう大丈夫だ!」
だが、甲板からは思いがけない応えが返ってくる。
「いや、1匹じゃねえ!たくさんいるんだ!」
何だって?たくさんって、何匹いるんだ?その直後、駆逐艦から連絡があった。
「ソナーに感あり!大型生物、複数接近中!数、17!」
なんだと?あんなのが17匹もいるのか。どうなってるんだ、この海域は。
「目標1、ガレオン船に急速接近中!哨戒機から見て、2時方向、距離200!深度3!」
「砲撃戦用意!くるぞ!」
双眼鏡を取り出し、私は海面を見た。海面すれすれを、巨大なイカのような生物が泳ぐのが見える。
にしてもでかい。こいつ、20メートル以上あるぞ。イカの分際でこの大きさは聞いたことがない。しかも、船舶を襲うなど、およそただのイカではない。群れをなして攻めてくるというのも、あまりイカらしくない気がする。
とにかく、やつを迎撃するしかない。私は第2射を命じる。
再び、海面めがけて砲を放つ。命中したようで、また海面が赤く染まる。だが、相手はまだ16匹もいる。油断はできない。
「海中の目標、やや距離をとって追尾しています!距離、300から400、深度20以上!」
確か哨戒機の砲は、深さ5メートルまでしか届かないと聞いたことがある。せっかくクラーケンまでの位置が分かっても、相手はこちらの射程圏外だ。これでは撃てない。
だが、相手を倒す必要はない。この船を危険水域から引き離せばいい。私はそう考えて、機内に向かって叫ぶ。
「中尉!牽引ワイヤーを降ろせ!あの船を引っ張る!」
「ええっ!?こ、この哨戒機でですか!?いくらなんでも、大き過ぎません!?」
「ゆっくり引っ張れば何とかなるだろう!少しでも群れから引き離す!」
「了解!ワイヤーを降ろします!」
哨戒機から、牽引用のワイヤーが降ろされる。それを甲板の乗員に言って、船の先端のバウスプリットにつないでもらう。そしてそのまま、牽引を開始した。
だが、相手は排水量1000トン近い船。乗員は100人を超える。一気に推力をかけて引っ張れば、ワイヤーが切れる。じわじわと引っ張るしかない。
「目標16、ガレオン船追尾に入りました!速力40、距離300!」
ここから逃げようとする意図を悟られたのか、イカどもが追尾し始めた。イカだけに、いかんな……いや、そんなことを考えている場合ではない。
このままでは追いつかれる。なんとかして、あれを止める手段はないのか?
そのとき、ガレオン船から大砲の斉射が行われた。
ガガーンという大きな音が響く。海面に弾が着水する。我々の射撃管制のようなものを持たない船だ、当然、当たるわけがない。
が、駆逐艦のソナー担当からこんな報告がきた。
「目標、距離300にて停止しました!」
大砲の発射と同時に、クラーケンの群れは停止した。そういえば、水の中というのは音が伝わりやすい。クジラなどは、水中の音を頼りに周囲を感知していると聞く。彼らもこの船が海面を進む際に出る水を切る音を探知しているようで、それが大砲の発射音や弾の着水音でかき消されたのではないか?
実際、ガレオン船の大砲斉射直後には駆逐艦のソナーも乱れて、一瞬目標を見失ったようだ。たかが旧式の大砲と侮れない。水中ではこの雑音が致命的なようだ。
ならば、とびっきりでっかい音を出してやれば、彼らは退散するのではないか?
そう考えた私は、駆逐艦2680号艦に指示を出す。
「2680号艦へ、高度を下げ、未臨界砲撃を海面めがけて行う!砲撃準備!」
「えっ!?あ、はい!砲撃準備!」
通信士が、私の突拍子もない命令に一瞬戸惑うが、復唱して艦長に私の命令を伝達する。
直径10メートルの巨砲による砲撃音だ。これを水面ギリギリで行い、音と衝撃をあのイカどもに食らわせてやる。きっと驚いて、退散するに違いない。
が、今のうちになんとかクラーケンの群れからこの船を引き離さないといけない。でないと、この船まで衝撃波を食らってしまうことになる。この哨戒機で引き続き、ガレオン船を引っ張り続ける。
その間に駆逐艦は高度を下げ、艦首を海面付近に向ける。それを見て私はハッチを開けて、ガレオン船に向かって叫ぶ。
「威嚇砲撃を行う!船内の全員に伝達!音と衝撃に備えて!」
それを聞いた船員の1人が手を振り、船内へと向かった。
その直後、駆逐艦から連絡を受ける。再びクラーケンの群れが動き出した。こちらに接近中だ。時間がない、私は駆逐艦に指示する。
「これより、未臨界砲撃を開始せよ!」
すると、駆逐艦の艦首からキーンという装填音が響き、直後に凄まじい爆音と光が発せられた。
ドーンという音とともに、砲撃の衝撃で海面が押し下げられ、その押し出された波がガレオン船に襲いかかる。800メートルほど離れた場所だが、かなりの高さの波が船まで押し寄せた。その船の乗員たちは、必死になってその衝撃に耐えている。
うーん、ちょっと激し過ぎたかな。並みに大きく揺さぶられるガレオン船を見て、もうちょっと距離を取るべきだったかと後悔する。しかしそれでも、あのイカの集団に襲われるよりはマシだろう。そう思うことにした。
荒ぶる海面が徐々に収まってくると、海中から妙なものが浮かび始めた。
イカだ。大きさが10~20メートルの、大小さまざまイカが浮かび上がる。その数、およそ10匹。
あの爆音による衝撃で、失神したか死んだようだ。思わぬ結末に、私だけでなく、ガレオン船の船員も驚愕の眼差しで海面を見ている。
やはり、やり過ぎたらしい。考えてみれば、あの爆音と衝撃を至近距離から生身の身体で受け止めたんだ。そりゃあ失神くらいはして当然だろう。
駆逐艦2680号艦のソナー担当によれば、行動中の大型生物はもはやいない。数匹足りない気もするが、残りはおそらく、深海にでも逃げたのだろう。
さて、大量のイカの化け物が海をぷかぷかと漂っている。このまま放置してもいいが、一応司令部に処遇を確認する。
すると、一匹だけサンプルを持ち帰れないかという打診が入る。打診元は「モンスター研究所」と呼ばれる怪しげな施設。この星にいるモンスターの生態を研究し、対策を講ずるための機関で、これでも政府公認なんだそうだ。
というわけで、駆逐艦から一つの機体が発進する。たまたま宇宙から持ち込んで、司令部に運ぶ途中だった2足歩行重機だ。
この人型の機械には反重力装置が付いていて、ゆっくりなら空中を移動することができる。右手はものを握ることができるマニピュレーターになっているが、左手は削岩機が付いている。ずんぐりとしたボディーに短く太い脚、無骨なフレームで囲まれたのコクピットのこの機体が、ゆっくりと降りてくる。
私は哨戒機でガレオン船の甲板に降りて、船長と話しているところだった。その横を、そんな無骨なロボットが降りてきたので、船長から尋ねられる。
「何ですか、あれは?まるで化け物オーガか、サイクロプスのようですが……」
「ああ、あれは我々の機械の一種です。気にしないで下さい。」
とは言ったものの、その無骨なモンスターのようなロボットが海に浮かぶやつでとびきり大きい体長20メートルの巨大なクラーケンを持ち上げ、それを駆逐艦に運んでいるのを見ると、気にせずにはいられない。船長は私と話をしながら、時々ちらちらとその重機の方を見ている。
「では船長、これにて私は戻ります。航海の安全を祈ります。」
「ボン、ボヤージュ!」
船長の事情聴取を済ませ、私は哨戒機で駆逐艦に戻る。格納庫へのアプローチに入る哨戒機の窓から外を見ると、我が艦の甲板に置かれたあの巨大イカが見える。
格納庫に入れると臭い。かといって、他に置き場がない。そういうわけで、甲板に置かれたようだ。
しかし、場所が悪い。艦橋からは丸みえの甲板に、グロテスクな巨大イカが横たわる。そんな巨大イカを見ながら、オルバーニュー軍港へと向かう。
モンスターと言っても、クラーケンというのは巨大で攻撃的なだけのただのイカである。丘に上がってしまえば、たとえ生きていたとしても動けまい。しかし、ギョロリとした人の身長ほどもある巨大な眼、胴体は20メートルほどだが、足は30メートル程度はありそうだ。気持ち悪いったらありゃしない。
ドックに接続する駆逐艦2680号艦。艦を降りると、イカの生臭い臭いが漂う。早く引き取ってはくれないだろうか。さもないと、この艦がイカ臭くなってしまう。
「何ですか?この生臭い臭いは?」
ジャンヌが現れた。いつもの3人も一緒だ。
「ああ、ジャンヌか。実はクラーケンに出くわしてな……って、おい!ジャンヌ!一体どうやってここまで来た!?」
「えっ!?ああ、車ですよ。席に座って運転席のところにあるボタンをポチ~って押したら、ここまでスイーって来たんですよ。」
なんと、免許のないジャンヌが自動運転だけで来てしまったようだ。いくら自動運転とはいえ、危ないだろう。
「おい、ジャンヌ、あのな……」
「大体、エルンスト様の帰りが遅いので、必死になってここまで来たんですよ!ちゃんと連絡していただかないと、心配するじゃないですか!」
「……うん、ごめん……」
怒るつもりが、怒られてしまった。確かに、ジャンヌの言う通りだ。連絡しなかったのは不味かった。
「で、何なのですか、この臭いの元は!?」
「ああ、だから途中、クラーケンの群れに襲われているガレオン船に出会ってな。それの一匹を持ち込んだんだ。」
「クラーケン?あのイカの化け物のことですか?でもなんだってそんなものを持ち込んだんですか?まさかクラーケンを使って、イカ焼きでも作ろうだなんて……」
「違う違う!モンスター研究所という機関に引き渡すために持ってきたんだ。でなきゃこんな臭くて気持ち悪いものを持ち込んだりしないだろう。」
「そうですよね……それにしても、生臭いですね~。」
などと話していると、そこに誰かが現れた。
「いや~っ!グレイトなモンスター臭がマキシマムだねぇ!いいねいいね!」
……誰だこいつは?頭のイカれた感じのやつが軽い足取りでこちらに向かって歩いてくる。しかしなんだってこんな変なやつ、軍港に入れたんだ?
「失礼だが、誰だあなたは?」
「オゥ!ミーはモンスター研究所の主任研究員、バルドゥルって言います!オーケー!?」
凄まじく面倒くさいのが現れたな。こいつが研究員だと?単なる変人じゃないか。
「ユーはエルンスト准将でございますよね!?」
「ああ、そうだ。」
「はぁ~っ!つまりユーは、あの有名な若きヒーローじゃないですかぁ!会えて光栄ですねー!グレイト!」
「……ということは、あなたがあのクラーケンを引き取りに来たのか?」
「ヤーヤー!その通り!あのプリティービッグなイカをもらいに来たんだYO!先ほどから芳しい香りを漂わせるクラーケンは、一体どこにあるんですか!?」
いちいちリアクションが大げさな上に、言ってる言葉がところどころ分からない。どうなってるのか、この男は?
とにかく、引き取り手が現れた。さっさと引き取ってもらうため、2足歩行重機を使ってその巨大なクラーケンを降ろす。猛烈な臭いが、周囲に漂う。
重機を操る操縦者も、私もジャンヌも3人の居候も、皆その臭いに顔をしかめる。だがこのイカれた研究員だけは、歓喜している。
「オゥ!なんてビューティフーなモンスターでしょう!ミーの研究員スピリッツは今まさにマキシマムゥ!さすがは宇宙のヒーローですねーっ!グッジョブ!」
こいつの言ってることは全く分からない。間違いなく統一語ではないな。いい加減、相手するのが疲れてきた。
「ハアィ!ではではこのイカれたイカをレシーブしますYO!気分最高!臭う抹香!みんな失笑!オレは楽勝!……」
ラップ調のリズムに乗せながら、足取りも軽く、あの巨大イカを引き取るバルドゥル研究員殿。やれやれ、今回最も脅威だったのは、クラーケンなどではなく、この奇妙な研究員であったかも知れない。だが、これでようやくイカの臭いから解放される。私とジャンヌ、それにマリー、クララ、リザは司令部の建物に向かう。
「はあ……酷い目にあった。とりあえず、司令部の食堂で何か食べていくか?」
「わあい!やった~!じゃあ私はイカ焼き食べたい!」
「あたいはイカスミ焼きそば!」
「わだすはイカの磯辺揚げ!」
「おらはイカそうめん!」
あれだけ悪臭を放つイカを目の当たりにして、イカ料理を食べたくなるこ我が家の女子どもの気がしれない。こいつら正気か?私は司令部の食堂でスルメを噛みながら、このイカれた女子どもの食事に付き合うのだった。




