#15 魔女狩りの村
あの会戦の後、私は5日間の休暇をいただいた。
小隊内で初の犠牲を出し、私自身は心が折れそうだったので、ジャンヌとマリー、クララの3人でのどかなところへと出かけようということになった。
そこで、王都ルモージュから南へ30キロのところにある、サン・ヌヴェールという街にやってきた。
ここはジャンヌの実家であるブリエンヌ男爵の領地。温泉があり、モンスターも少なく、のんびりできる場所だと聞いてやってきた。
確かにのんびりとした場所だ。だが、私には、ややのんびりできない要素があった。
というのも、この温泉街にある全ての浴場が、混浴になっているからだ。
この王国、いやこの星ではまだそういう文化が主流なのだが、おかげで私は目のやり場に困ることとなる。
ジャンヌと一緒に入れるのはいいが、マリーやクララまで一緒。彼女ら亜人達はそもそも公衆浴場に入るという文化はなく、人前、いや亜人前でも平気で水浴びをしていたらしい。なので、こういうところには特に抵抗はない。
せめて、水着くらいはつけてくれないだろうか……しかし、そもそも水着というものが存在しない星だからな。仕方がない。
もっとも、ここの文化に抵抗感を持っているのは私くらいのものだ。街の人や観光客らはなんらためらいもなく浴場に入っていく。郷に入らば、郷に従えだ。私も平静さを装って入るが、やはり浴場の光景は刺激的すぎる。
その浴場だが、真ん中に大きな大理石で作られた浴槽があり、その周辺にはサウナのように湯気が出るところがあって、そこで客は身体を温めている。
シャワーはない。垢すりのようなもので身体を洗ったら、足元の溝を流れる湯を汲んで身体にかける。ここのお湯は少し白濁しており、湯船の底には白泥が溜まっている。美白効果でもあるのか、それとも洗顔効果目当てか、これを顔に塗って湯に浸かっている人もいた。
「いやあ、気持ちよかったですね!さすがはサン・ヌヴェールの温泉、気持ちも軽くなりますね!」
「こがな暖かい水が地面から湧いとるだか。それが、こがに気持ちよかものとは、思わんかったぜよ。」
「おらも風呂は知っとるけんど、温泉というのが気持ちええものとは思わなんだなぁ……」
別に温泉などに頼らずとも常に心が軽いジャンヌが、ここの温泉には満足しているようだ。亜人の2人も、この人族の文化が気に入った様子だ。
この領地は、この娘と同様に前衛的なブリエンヌ男爵の領地ということもあって、温泉街の街並みには地球294の文化が入り込んでいる。
プリンはもちろんだが、他にもケーキやババロアなどのデザートが取り揃えられている。また、飲み物も充実していた。
コーヒー乳飲料なるものがあった。いや、どうして我々の知る温泉街の定番が、すでにここに進出しているのか?
それを4本買って、4人で左手を腰に当て、右手で瓶に入ったコーヒー乳飲料を飲み干す。
「ぷはぁっ!」
こうして、この温泉街も宇宙からもたらされる文化に侵食されていくのだろう。ということは近いうちに、この混浴文化も消滅するのではなかろうか。
飲み物をいただいた後は、大広間のようなところに出る。ここには我々同様、温泉から上がったばかりの人々がたむろしている。なお、奥には小部屋がたくさん存在するが、そこはつまり、湯船の中で高まったとある本能欲を抑えられなくなった人が利用する場所のようだ。まあ、混浴ならではの施設である。
この広間の端には、地球294から持ち込まれたものが並べられている。ゲートボールやビリヤード、卓球台が置かれている。
よく見ると、この温泉施設は電気が供給されている。多分、発電用核融合炉が導入されているのだろう。電気を使うゲーム機もいくつか並べられ、また王都で始まったばかりのテレビ放送を受信できる、大きなテレビモニターが置かれている。
なんだか、ここは地球813とは思えない場所だ。混浴文化がなければ、ここを地球294と錯覚してもおかしくはない。
施設を出て、少し外を歩く。街にもこの土地の果物や野菜が売られていたり、あるいはクレープ屋が突如現れたり、その横には王都の紅茶を出す茶屋があるかと思えば、その横にはチーズケーキの店がある。この星と地球294の文化が入り乱れて、何が何だかわからない光景が広がっている。
「うーん……いいところなんだが、なんというか、この星らしさがなくて、私には物足りないな。」
「そうですか?このクレープ、美味しいですよ?」
「……おい、いつの間にクレープを買ったんだ!?」
「いやあ、エルンスト様、美味いずらよ、このクレープっちゅうのは。」
「んだんだ。わだす、このブルーベリー味が気に入っただよ!」
油断していると、この3人は別腹を発動して甘いものを食べ始めていた。口に白や赤、紫のクリームをベタベタつけながら、クレープに食らいついている。
さて、この温泉街もいいが、やはり地球294文化ばかりでは何となく新鮮味がない。まだ昼過ぎだし、この星らしい場所を求めて別の場所に行ってみることにした。
街を出て、さらに南へと進む。車の中では3人の女子どもが、温泉街で買ったくるみのクッキーを頬張っている。それにしてもよく食べるな、この3人は。
サン・ヌヴェールの周囲は、田園地帯だ。といっても、最近ビニールハウスが建てられて、新しい作物の栽培が始まっている。このビニールハウス自体は季節にかかわらず食料生産できる仕組みであると同時に、スライムやコボルトの侵入を防ぐ役割も兼ねている。
ビニールハウス群を抜けると、森の木々の間の道に入る。しばらく走ると、小さな集落が見えてきた。
ジャンヌによれば、そこはオルバーニュという村だそうだ。ここは王国南部に続く道の途中にある宿場町であるが、まだほとんど我々の文化が入り込んではいない。
道には、馬車が行き交っている。その馬車の間を、私の車が走る。この馬もなしに走る車を、人々は不思議そうな顔で眺めている。
うん、ここがいい。あの温泉街もいいが、やはりこの星らしい場所の方が今は気が休まる。私はある大きな木のそばに車を停めて、その村の中心部へと向かう。
袖がたるんだ、少しぶかぶかなワンピースを着ている人々がいる。王都ルモージュでも見られる伝統服だが、ここは少し色が地味だ。商人達の馬車がたくさん行き交う。積んでいるのは穀物が多いが、中には大量の綿を積んでいる馬車もいる。他に幌を被った、人を乗せる馬車もちらほら見かける。
王都から少し離れただけで、まだ新しい文化や技術とは縁のない生活が残っている。この別世界に来たような素朴な光景、そこは我々とは異なる、ゆっくりとした時間の流れを感じさせる。
村の外れの茶屋に立ち寄り、少し香ばしいお茶に薄くて硬いトーストのようなものを頂く。お値段は一人当たり、銀貨3枚。我々の通貨に換算すると1ユニバーサルドル。安いのはありがたいが、我々の電子マネーが全く使えない。あらかじめ王都で両替した銀貨で支払う。
村の中心部にある店を覗く。先ほどの喫茶の店、パン屋を始め、鍛冶屋に野菜を売る露店、そして鼈甲のようなやや青みのかかったの半透明なものを加工する店を見つけた。
驚いたことに、この青いものはスライムが原料だという。死んだスライムの液を容器に入れてしばらく干していると、水分が抜けてこんな半透明なやや硬めの材料が取れるのだという。それを加工し、ブローチにして土産物にしている。うーん、しかしこれ、元がスライムか。触っても、大丈夫なのだろうか?
4つで銀貨2枚だというので、4人でそれぞれ思い思いに好きな形のこのスライムブローチを選ぶ。私は馬の彫刻のようなものが中心に掘られたブローチを選んだ。
土産物も買ったし、ゆるやかに流れるこの村の雰囲気も堪能した。4人は車に戻って、再びサン・ヌヴェールへ戻ろうとした、その時だ。
突然、村の中央通りを叫んでまわる男が現れた。
「魔女だ!今から魔女の処刑が行われるぞ!」
なんだって?魔女?この男の叫び声とともに、急にあたりは物々しくなった。皆、各々の作業を止め、男の方を振り向く。
何度聞いてもその男からは「魔女の処刑」という物騒なキーワードしか聞き取れない。何が起こるんだ?よくわからないが、村人たちはその男の後についてゆく。
「ええっ!?なんですか、ここは!魔女がいるんですか?」
ジャンヌもびっくりだ。魔女というキーワードは、この王国ではあまり一般的ではないらしい。
もっとも、我々の調査でも、この星には魔女と呼べる超人的な能力を持つ者は確認されていない。だがこの村には、もしかして魔女が存在するのだろうか?それとも単なる事実誤認か?いずれにせよ、処刑とは穏やかではない。ともかく私は、その男が向かう場所へ着いていく。
そこは、大きな広場だった。真ん中には石造りの舞台があり、その上に一本の太い丸太が建てられている。すでに大勢の人が集まっており、その石舞台の前に集まっていた。
そして、その舞台の上にある丸太には、一人の女性が縛り付けられていた。
あれが「魔女」か。だが、ごく普通の女にしか見えない。亜人でもなければ、獣人でもない。見るからに一般人だ。
その「魔女」の下には、たくさんの薪が並べられている。これを見て、この女性が今から何をされるのか、察しがつく。
火あぶりの刑だ。
そういえば、我々の星にも「魔女狩り」の歴史があった。
街に疫病を蔓延させただの、悪魔を呼び寄せただの、その時代の社会不安の要因に担ぎ上げられて、多くの女性が無実の罪で殺される、実に残酷な黒歴史だ。
それが今、私の目の前で行われようとしているのだ。
石舞台の上に、立派な装飾をした衣装を着た人物が現れる。そして、その男は集まった群衆に向かって叫んだ。
「聞け!この魔女は、我らが村に凶事をもたらした!」
すぐにでも救出してやりたいところだが、一体この女性が何をしでかしたのか、それを見極める必要がある。私は、その男の読み上げる罪状に耳を傾けた。
「この女は、事もあろうにこの村の空に灰色の悪魔を呼び寄せ、村を混乱に陥れたのだ!我々の生活は困窮し、今やこの村の存続にまで関わる事態に陥っている!ゆえに、この魔女を処刑し、諸悪の根源を消し去るのだ!」
群衆はこの男の言葉を聞き、歓声を上げている。そして何人かの村人が魔女とされるこの娘に向かって、罵声を浴びせかけている。
だが、ちょっと待てよ。空に浮かぶ「灰色の悪魔」というのは、もしかして我々の駆逐艦のことではないか?
だが、駆逐艦はただ空を舞うだけで、特にこの村に何か災いをもたらすようなことはしていない。当然、この娘はなんら関係ない。だいたいあれは魔法ではなく、重力子エンジンが作り出す反重力で浮かび上がっているものだ。そのことを、この未開の村はまだ知らないのか?
「よって、この魔女を、火あぶりの刑に処す!」
この男の声に反応して群衆が声を上げる中、松明を持った人物が現れた。意識があるのかないのか、朦朧とした表情の「魔女」のところに歩み寄ろうとしている。
私は確信した。この娘は、魔女などではない。理由はわからないが、完全なるでっち上げだ。私は、この女性の救出に動くことにする。
「ジャンヌ、マリー、クララ。お前たちはここで待て。」
「な、何をなさるおつもりで!?」
「あの『魔女』を助ける。しばらくここで待ってるんだ。手出しはするな。」
そう言い残して、私は石舞台へと向かった。私は村人をかき分けて石舞台の上に上がる。そして、「魔女」の罪状を持ったその男の前に立つ。
「誰だ、お前は!?」
突然現れた私を見て、その男は訝しげな顔で私に尋ねる。私は応えた。
「今の罪状に、異議のある者だ!」
「異議だと!?何をいうか!お前もこの魔女の仲間か!?」
「仲間ではない。だが、お前たちが灰色の悪魔と呼ぶものは、空飛ぶ船だ。3か月ほど前から宇宙より飛来し、頻繁に王都ルモージュに出入りをしているため、この空に現れるようになっただけだ!この娘は、関係ない!」
私はそう言い放った。だが、この男は私にこう尋ねる。
「ではお前、この女が『魔女』ではないと証明してみせよ!ならば我らは、納得しよう!」
魔女でないことの証明。これはいわゆる「悪魔の証明」というやつだ。魔女でないのだから、そもそもその証拠と呼べるものがない。
魔女というものは、確かにこの宇宙には存在する。そもそも我々の駆逐艦に取り付けられた「改良型重力子エンジン」というのは、魔女の研究によってもたらされたものだという。だが、実在する魔女はせいぜい空を飛んだり、物を持ち上げる程度の能力しかないと聞く。大きな駆逐艦を操ることなどできないし、ましてや村人に災いをもたらす力などない。
だが、ここで私がそんな正論を言っても、この男もここに集まった村人もおそらく納得はしないだろう。さてどうしたものか?
ないものの証明はできない。何か良い方法はないか?
その時、私にある考えが浮かんだ。ないものはできないが、その逆なら……そして私は、スマホを取り出す。
おもむろにスマホでメッセージを書いて送信。その後、私は彼らに向かって言ってのけた。
「簡単だ。もしこの娘が魔女ならば、お前らなどには捕まったりしない!」
「ふん!なぜ、そうと言い切れる!」
「それは、私が魔法使いだからだ!」
「……は?」
「そして、お前たちは私を捕まえることができない!本物の魔法使いなら、普通の人間に捕まることは絶対にありえない!ここにいるお前ら人間に捕まったこと自体が、この娘が魔女でない証拠だ!」
「な、なんだと!?」
ここから私の、一世一代の芝居が始まった。




