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#14 小惑星帯での攻防戦

「敵艦隊、さらに接近!距離1300万キロ!」


 敵艦隊1万隻は、まっすぐ地球(アース)813へと迫っている。

 それにしても、敵の動きが早い。敵艦隊発見の報を受けてから、我々は自星域で迎撃態勢を敷くのがやっとだった。

 本来なら、この星域の手前のあの中性子星域で迎え撃つのが理想だが、とてもじゃないがその余裕が全くない。

 それにしても、敵が目前だというのにまだ味方は作戦が定まらないようだ。決まっているのは、我々第9小隊330隻が敵の背後に回るということだけ。それ以外のことが何一つ決まっていない。こんな不甲斐ない艦隊を頼みに敵の後背に回り込めば、我々は全滅しかねない。なにせ我々はたった330隻の少数艦隊。いくら足が速くても、敵の1万隻が本気を出してこちらに立ち向かってくれば、ひとたまりもない。


 敵が300万キロまで迫ったところで、ようやく作戦の概要が暗号通信で届く。その内容は、敵を小惑星帯(アステロイドベルト)前で待ち構え、敵を引きつけそのまま後退して味方は小惑星の間に潜り込み、そこで敵を迎え撃つ。つまり、小惑星帯(アステロイドベルト)に紛れて「籠城戦」をするつもりだ。この手の戦場では、定番の戦術だ。しかしこの時すでに敵は目前にいる。たったこれだけのことを決めるのに、司令部は一体どれだけ時間をかけているのか?


 我々第9小隊の攻撃開始は、味方が小惑星帯(アステロイドベルト)に潜り込んでからになる。それまでは、敵の背後で息を潜めて待つ。


 実は、すでに我々は敵の後ろに回り込んでいる。小惑星帯(アステロイドベルト)から何個かの小惑星を放ち、それに紛れて敵艦隊の後方に向かったのだ。現在、敵艦隊後方にいる。距離は不明。灯火管制、電波管制を敷き、エンジンも落としたまま、まさに息を殺して敵の後ろに張り付いているので、レーダーが使えない。


 もし今、敵に見つかったら、全ての計画が台無しだ。少数の我々は敵に囲まれ、最悪、敵は我々を全滅に追い込むだろう。


 今はただ、敵に発見されないことを願うしかない。すでに敵は我々を追い越して、味方の艦隊主力に向かって進撃中だ。もはや引き返すことはできない。我々は、攻撃の時をただじっと待つだけだ。


 私は今、駆逐艦2680号艦の真っ暗な艦橋に立っている。敵から発見されないよう、灯火管制で明かりを全て消しているため、計器類のモニターの灯りだけが艦橋内を照らしている。真っ暗な艦橋の外には、無数の星々が見える。星の多くは遠く宇宙の恒星だが、我々の正面に見える横一文字の光りの点々は手前にある星の集団、小惑星帯(アステロイドベルト)だ。


「閣下、いつまで待たされるんでしょうか?もう敵はどこまで迫っているんでしょう?」

「味方の連絡を待て。いずれ機会は来る。」


 なにせ電波管制中だ。我々からはレーダーも無線も使えない。時折送られてくる艦隊司令部からの暗号通信によってのみ、我々は目の前にいる敵艦隊の動向を知ることができる。

 が、送られてくる情報は極めて大雑把。味方の1万隻の艦隊との相対距離がどうとか、敵も味方も横陣形で対峙しているとか、その程度の情報しかこない。今、敵は我々から何万キロ先にいるのか、こちらの存在に気づいているのかいないのか、我々が知りたいことが何一つ伝わってこない。それゆえ、ただじっと小惑星のように宇宙に漂うだけの我々に、焦りが募る。


 冷静さを装う私だが、内心は苛立ちを募らせている。なにせこの艦隊を指揮する立場。なのにちっとも味方からは有益な情報が送られてこない。

 私の判断一つで、この艦隊は全滅するかもしれないというのに、誰も私に判断材料をもたらしてはくれない。さっきから時折、幕僚が不安めいたことを口にするだけだ。そんなことをここで私に言われても正直困る。


 突如、目の前の横一線に輝く星々、つまり小惑星帯(アステロイドベルト)に沿って、青い光の点が無数に光った。おそらくまだ戦闘が始まっていないようなので、あれは敵艦隊の噴射口から出る後方排気の光のようだ。出力を上げて、味方の艦隊を追いかけて始めているのだろう。

 ということは、味方の艦隊はおそらく作戦通り後退を始め、小惑星帯(アステロイドベルト)に隠れ始めているのではないか。それを見た敵艦隊が味方を追いかけている。そう推測される。


 だが、味方の艦隊からはなんの情報もこなくなった。情報を発信する余裕がなくなったようだ。おかげで、あとどれくらいで戦闘が始まるのか、まるで把握できなくなった。真っ暗な闇の中、ただひたすら我々は待つしかない。


「敵の後方排気までの距離、およそ40万キロ!」


 熱源センサー担当の士官が叫ぶ。敵がエンジンを吹かしてくれたおかげで、ようやく我々から敵までの距離が分かった。しかし、今度は味方の艦隊がどうなっているか分からなくなった。


 味方から敵をまたいで離れているため、データリンクも途切れたままだ。我々は完全に孤立状態だ。


 やがて、戦闘が始まった。青白い光の筋がここからも見える。だが、戦闘開始を知らせる通信は、味方からまだ来てはいない。


 我々の攻撃のタイミングを、艦隊司令部が知らせてくれることになっている。だが、戦闘開始の合図すら送ってこない味方が、果たして我々に合図を送れるものだろうか?

 いや、まさかとは思うが、我々は味方に忘れられたのではないか?さっきから全然情報がこない。もはや目の前の敵のことで精一杯で、我々のことをすっかり忘れてしまったんじゃないのか?そんな懸念が頭をよぎる。

 だが、私は信じて待つ。これは、この作戦の大前提だ。味方からの攻撃の合図があるまで、我々はこの静かな宇宙に漂う隕石を装い続ける。


 戦闘開始からどれくらい経っただろうか?いや、まだ数分ほどしか経っていないが、あまりに静かすぎるこの宇宙の只中にあって、その数分が、数時間、いや、数日に思えるほどであった。


 ついに味方から、待ちに待った攻撃の合図が来た。こんな暗号電文が、我が艦の通信士に届く。


「艦隊司令部より入電!『ファランクス、金の砂岸に至る』です!」


 ファランクスとは、味方艦隊のこと。そして金の砂岸とは、小惑星帯(アステロイドベルト)のことを指す。

 つまりこの電文は、味方艦隊は小惑星帯(アステロイドベルト)に潜り込んだ。そう言っている。

 金床(かなどこ)戦法における金床(かなどこ)の方は整った、だから、敵の尻から我々に(つち)を打てと言ってきたのだ。


 これを受けて、私は命を下す。


「第9小隊、全艦出撃!電波管制および灯火管制解除!最大戦速で、敵艦隊中央に突入する!」

「電波管制解除!レーダー探査開始!」

「機関始動!最大戦速!」


 艦橋内の灯りがつく。フォーンという機関の始動音が艦橋内に響く。ついに、我々小隊330隻が動き出した。

 私はエレベーターで下に降りる。そして、戦闘指揮所へと入った。


「敵艦隊まで、あと33万キロ!」

「砲撃戦用意!主砲装填!」


 相対速度が秒速数千キロ以上で敵艦隊に迫る。敵は我々に気づいていないのか、一隻もこちらを向いていない。前方にいる味方艦隊にのみ集中しているようだ。

 だが次の一撃で、敵は我々を無視できなくなるだろう。


「砲撃開始!撃てっ!」


 敵艦隊1万隻のど真ん中に向けて、我々の砲がついに火を噴いた。


 落雷のようなけたたましい音が鳴り響く。正面にいる無数の敵艦に向かって、青白いビームの束が吸い込まれるように伸びていく。

 その光の束の先で、いくつかの光の球が現われる。あれは、我々の攻撃が命中したことを示している。通常なら大半はバリアで弾かれるのだが、敵は我々に後ろを向けている。戦闘艦の後方は、バリアがほとんど効かない。光の点の数は、そのまま撃沈数となるはずだ。


「弾着!数は120!」


 弾着観測員から報告だ。命中率4割、まあまあだ。ほぼこの数の敵が、消滅したことになる。


「右へ回頭、210度!」


 だが、我々に休む暇はない。全速のまま、右へ舵を切る我々小隊330隻。不意を突かれた敵は、すぐにでも猛反撃してくるだろう。我々は一撃離脱で、この場を逃げ切る。

 回頭し終えたところで、敵からの反撃が襲いかかってきた。無数のビームが、我々小隊の中を横切る。

 だが、我々はすでに横を向いて離脱を始めている。相対速度が秒速数千キロの物体を狙撃することは、敵の持つ射撃管制ではほぼ不可能。敵のビームは虚しく我々から逸れていく。

 が、いくら当たらないと思っていても、自身の数倍の数の砲火が向けられることは、あまり心地いいことではない。まぐれでも当たってしまえば、ひとたまりもない。そんな恐怖と葛藤しながら、敵艦隊の後ろを全速で横切る。


 ところで、敵艦隊の数百隻が我々の方を向いて砲撃している。

 これは、その前方にいる味方艦隊に、無防備な後ろを晒していることになる。

 そんな後ろ向きの艦を、味方が見逃すはずがない。

 これ見よがしに敵の後方を横切る我々、それを落とそうと反撃する敵艦、その敵をすかさず狙い撃ちする味方。

 光の球がいくつか見えた。同時に、敵からのビームが少なくなる。

 つまりこの短時間に、数百隻の敵艦が消滅している。全体から見れば数パーセントの損耗。しかし敵艦隊中央だけで見ればかなりの犠牲。敵の中央部は、大混乱に陥っているはずだ。

 これが、現代戦における「金床(かなどこ)戦法」である。通常の艦隊戦に、後方から少数の艦で一撃離脱を図る。前後に挟まれた敵は、両方への対応を余儀なくされて、混乱する……というのがこの戦法の基本パターンだ。

 初弾は大成功、しかし我々はまだ仕掛ける。今度は敵艦隊右翼がターゲットだ。


 全速のまま敵の右後方に回り込んだ我々は、再び回頭し艦首を敵艦隊右翼後方に向ける。そこでまた一撃を加える。

 敵は我々の位置をすでに把握している。初弾の時のように、じっくりと狙っている暇はない。当たるか当たらないかのタイミングで、すぐに回頭を開始する。

 艦のそばを敵のビームが横切る。一発でも撃てば、その数倍は返しがくる。紛れ当たりの恐怖に怯えながら、我々330隻の艦艇は改良型重力子エンジンを頼みに走り続ける。


 しかし、我々を撃つ敵は、その向こう側に控える味方によって逆に狙い撃ちされる。こうして、敵艦隊右翼も混乱に陥った。


 同様のことを左翼にも仕掛ける。しかし中央、右の次に左へとくるであろうことは当然察していたようで、すでに我々への構えをとっていた。一部後退して備えていた敵の小艦隊によって、我々の攻撃が阻まれる。多少の混乱は起こせたが、だんだんと我々の奇襲効果が薄れてくる。


 この後も数度、敵の後方を脅かす。効果は薄れたが、やはり前後挟撃により多少の混乱は起こる。その度に、多くの敵艦が沈められる。


 おそらく、千隻近い敵艦を沈めることができた。通常の会戦での損耗率2パーセントをはるかに超える犠牲を出した敵艦隊は、これを受けて開戦から1時間ほどで後退を始める。

 作戦は成功した。我々の任務はここまでだ。あとは、撤退を始めた敵を迂回し、味方艦隊のいる小惑星帯(アステロイドベルト)に向かう。


 敵は我々に向けて、ビームを撃ち続ける。速度に任せてこれをかわす我々330隻。


 だが、もう1時間近くも全開運転を続けている。このことが、悲劇を生んだ。


「駆逐艦2731号艦、エンジン不調!推力低下、速力を維持できません!」


 目一杯回し続けた結果、ついに脱落する艦が出てしまった。駆逐艦2731号艦は、みるみる速度が低下し、後退する。

 エンジン不調は、訓練でも何度か起きている。その度に改修を加えているが、やはり完璧ではない。よりによって、本番の戦闘で故障が起きてしまった。

 もっとも、予めエンジン不調時の対処法が決めてある。機関の不調時にはすぐに機関停止、電波管制、灯火管制を行い、身を潜める。敵が撤退した後に、不調艦を回収する。そう、取り決めている。


 だが、それほど敵は甘くはない。我々の後方で、何かが爆発した光が観測される。直後に、レーダーを見つめていた幕僚の一人が、呟くように言った。


「く、駆逐艦、2731号艦、消滅……」


 脱落した駆逐艦2731号艦は、我々のすぐ後方で、狙い撃ちされた。一瞬の出来事で、それを知らせる幕僚の声を、ただただ我々は黙って聞くほかなかった。

 エンジン不調は、即「死」を意味する。我々に後がないことを、一隻の駆逐艦の消滅と共に思い知らされることになる。

 戦闘指揮所にいる一同は、皆黙り込んでしまった。私は、その静寂の中、叫ぶ。


「作戦参謀!我々の前方にいる敵艦の位置は!?」


 幕僚の1人、ベルトルト大尉が、我に返って応える。


「9時方向、距離20万キロ、艦数およそ3千!我々を依然狙い撃ちしています!」

「進路そのまま!全艦全速を維持!このまま、敵艦隊を突破する!」


 まるで駆逐艦2731号艦の損失など意に介していないように振る舞う私。そんな私の一言を受け皆我に返って、自らの役割に専念する。


 もっとも、私自身は駆逐艦2731号艦の損失に強い衝撃を受けている。悔しい、とにかく悔しい、そういう感情が込み上げてくる。

 戦闘の結果ではなく、エンジンの不調が原因で、大事な艦を失ってしまった。これほど悔しいことはない。あとほんのわずかの間、機関が持ってくれれば、100名の乗員の命は失われずに済んだのだ。

 並みの一隻ではない。全力航行のままで艦隊航行する訓練を1年以上も続けてきた艦だ。そこらの駆逐艦では代用が効かない、高い練度を持った駆逐艦とその乗員が失われてしまったのだ。悔しいことこの上ない。

 だが、我々はその数百倍から千倍もの犠牲を与えてきたのだ。敵にしてみれば、一隻でも報いてやりたいと思ったことだろう。

 だから、ここで落胆するわけにはいかない。これ以上の犠牲を出さぬため、私は気丈に振る舞うしかない。


 その後は脱落もなく、敵の艦隊を迂回して味方のいる小惑星帯(アステロイドベルト)まで戻ることができた。味方は小惑星帯(アステロイドベルト)から出て、後退する敵艦隊の追撃戦に移行していた。

 我々は、小惑星帯(アステロイドベルト)内にて、その追撃戦を見守っていた。やがて追撃も終わり、戦闘は終了する。


『両軍の犠牲者を追悼するため、手の空いたものは起立、敬礼を行う。敬礼!』


 数時間後、艦隊司令部からの通信で、我々は戦闘宙域に向かって起立、敬礼する。

 発表された戦闘結果によれば、この1時間余りの戦闘で、我が軍は撃沈173隻、大破40隻。約1万8千人が亡くなった。

 一方、敵の撃沈数は1200隻以上と発表された。数字の上では、紛れもなく圧倒的勝利である。

 大勝利だが、我が小隊にとっては手放しで喜べない勝利。勝っても負けても、しこりの残る戦いであった。


 警戒態勢が解かれ、地球(アース)813へ帰還したのは、それから2日後のことだ。


 ◇


 私は、屋敷の前で送迎車を降りる。

 手には、いつものお土産である、ビッグプリンを数個抱えている。

 屋敷の玄関の扉を開けて、中へと入る。


「ただいま。」

「あ!エルンスト様!おかえりなさいませ!」

「おかえり~!エルンスト様~!」

「おつかれだねぇ~!」


 ジャンヌに、マリーとクララも出てきた。


「わぁ!いつものプリンですね!美味しそう!」

「早速、食べるべ!」

「ダメです!さっき夕飯食べたばかりでしょう!明日ですよ、明日!」

「ええ~っ!ジャンヌ様、プリンは別腹って言ってたでねえか!?」


 いつものどたばたが始まった。欲しがるマリーを振り切って、ジャンヌはプリンを冷蔵庫へとしまう。


「そうだ、エルンスト様!聞きましたよ、今度の戦さも大勝利だったそうで。おめでとうございます!」

「ああ。ありがとう。」

「ではでは、勝利のお祝いに、明日は皆でショッピングモールのレストランで……って、え、エルンスト様!?」


 私は、ジャンヌを抱きしめていた。そしてジャンヌに言った。


「ごめん、しばらく、こうしてていいか?」

「あ、はい、エルンスト様……よろしいです。お疲れ様です……」


 勝利でも敗北でも関係ない。ここに今、私が立っていられる奇跡を、ただただ噛み締めたかった。


 この前向き過ぎる妻と2人の亜人達、外にはスライムやコボルトがうごめくこの星の上に帰ってこられたのは、ひとえに運が良かったからだ。そう思っている。


 当分、こんな思いは真っ平御免だ。しばらく戦いの起こらぬことを、私は願いたい。

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