#1 中性子星域会戦
「敵艦隊、さらに接近!艦数311隻、距離38万キロ!射程内まで、あと6分!」
「全艦に通達、砲撃戦用意!」
私は戦闘指揮所にて作戦幕僚に向け下令する。目の前にある陣形図モニターには、敵と味方双方の陣形が表示されている。
我々の艦隊は、総数330隻。この中性子星域で遭遇した、ほぼ同数の連盟艦隊を討つべく、我々は前進を続けている。
人類でもっとも進んだ文明を持つ地球001が宇宙に進出して、今年でちょうど220年となる。そして1万4千光年の宇宙が、宇宙統一連合と銀河解放連盟と呼ばれる2つの陣営に分かれ、戦争状態に突入してからすでに170年以上が経過していた。この宇宙の片隅で、その2つの勢力のぶつかり合いが今まさに始まろうとしていた。
「閣下、やはりここは中性子星の重力の影響が大きいようです。ビーム砲の弾着補正が必要となりそうですね。」
幕僚のベルトルト大尉が報告をする。私は彼に言った。
「そうか。だが、初弾で当てるつもりはない。いや、通常の艦隊戦をするつもりがない、と言った方がいいか。とにかく当初の作戦通り、最初の砲撃戦では防戦に徹せよ!」
「はっ!承知しました!」
この幕僚の大尉は、私の命令を他の艦に暗号通信で伝達する。その間にも、敵艦隊との距離はつまる。
ところで、私は偉そうにこの大尉に命令しているが、彼は私の同期であり、歳も同じだ。普通なら私も彼と同じ大尉クラスであるはずだったが、いろいろあってこの約300隻の小艦隊の指揮官におさまっている。
私の名は、エルンスト・フォン・エーベルシュタイン。連合側の星である地球294の遠征艦隊、第9小艦隊司令官をしている。歳は29。階級は准将。
私は、この小艦隊の旗艦である駆逐艦2680号艦にいる。戦闘指揮所の壁にあるモニターには、私の指揮下にある駆逐艦群が映っている。
敵艦隊は横一線に並んだ横陣形を形成し、その後方には大型の戦艦が控えている。駆逐艦約311隻に、4千メートル級の戦艦1隻。敵は、ごく普通の編成の小艦隊だ。
だが、こちらの小艦隊はちょっと異なる編成をとる。我々の小隊には、通常は随行する大型戦艦がいない。旗艦ですら駆逐艦である。この駆逐艦2680号艦は全長420メートルと、300~400メートル級の駆逐艦の中では大きい方であるが、あちらの旗艦である大型戦艦と比べれば、かなり小さい旗艦である。
しかし、この構成こそが我が艦隊の強みである。こんな小艦隊は、地球294の遠征艦隊でも我々だけだ。
そんな我々の強みを活かす機会が、たった今巡ってきたところだ。
「敵艦隊、射程内まであと30秒!」
「全艦、主砲装填!初弾は1バルブ装填にて一斉砲撃!その後、次の命令があるまで、各艦の判断で攻撃を継続せよ!」
「了解!全艦、主砲装填開始!」
いよいよ戦闘開始だ。我々は砲撃準備に入る。艦内には、キーンというエネルギー砲の装填音が鳴り響く。
ところで我々の陣形は、魚鱗陣形である。上から見ると魚の鱗のような三角形の布陣をとっている。この陣形、宇宙艦隊戦では極めて珍しい。障害物もなく、一定距離で対峙し撃ち合うのが基本の宇宙艦隊戦では、相手の行く手を阻むように横に広がる横陣形か鶴翼陣形をとるのが普通だ。
魚鱗陣形では、敵から見れば艦が一箇所に集中しているため、的になりやすい。早い話が、この宇宙では非常に不利な陣形だ。
だがこの陣形は、我々が通常の戦闘をするつもりがないことを暗に敵に向けて宣言しているようなものだ。敵に優秀な指揮官がいれば、この意図を察して警戒してくるところだが、敵の動きを見る限りではその様子はない。幸いなことに、この敵は凡庸な指揮官のようだ。
「距離、30万キロ!敵艦隊、射程内に入りました!」
「全艦に伝達!砲撃開始!」
私が命令を下すや、一斉に砲撃が開始される。落雷のような音が艦内に鳴り響く。外のモニターにも、一斉に青白いビームを放つ駆逐艦が映っている。
敵艦隊もほぼ同時に砲撃を開始する。敵艦隊からのビームの無数の帯が、我々の艦列の間をすり抜ける。ベルトルト大尉の言った通り、ややビームの軌跡が右寄りに曲がる。我々もそうだが、敵の初弾も同様に逸れているようで、かすりもしない。
だが、2射目以降は敵も弾着補正を行い、徐々にビームが艦の近くをかすめる。そして戦闘開始から2分、ついに我が艦に敵のビームが直撃する。
「本艦への直撃コース!バリア展開!」
艦長の緊迫した艦内放送がかかる。その直後に、ギギギッという、グラインダーで金属を削る時のような不快な音が鳴り響く。いやな音だが、あれはバリアが直撃弾を弾き飛ばし、艦を守ったことを我々に教えてくれている。
「か、閣下!次の段階は、まだですか!?」
「まだだ。まだ早い。」
「こちらの陣形では、敵の集中砲火を誘います。このままでは……」
「敵は必ず陣形を変える。その時まで防戦せよ!」
「しかし……」
「命令だ!」
「はっ!」
私は幕僚を一喝する。確かに我々は不利な陣形。だが、これはあらかじめ想定された事態だ。
敵からの砲撃を必死に耐える我が小艦隊。一方の敵は、この自軍に有利な状況をさらに有利にするため、ついに動き始めた。
「敵艦隊が左右に展開中!3隊に分かれます!」
レーダー担当の少尉の声を聞き、私は陣形図を見る。30万キロ彼方にいる敵が、中央部はそのままで、左右は攻撃を続行したまま中央から離れ始める。これは敵艦隊が、鶴翼陣形への移行を開始したことを示している。
これを受けて、私は艦隊に命令を下す。
「敵が動いた!全艦、雷撃戦用意!眩光弾装填!」
眩光弾とは、炸裂すると照明弾のように大きな光の玉を宇宙空間に作り出す弾で、例えば撤退時などに敵の目を眩ませ、攻撃を防ぐために使う防御兵器である。光を目眩しに使う防御兵器だから、眩光弾。
だが、今回これを我々は「攻め」のために使おうとしている。
「全艦、眩光弾、装填完了!」
「よしっ、雷撃開始!」
駆逐艦の左右にあるレールガン射出口から、一斉に眩光弾が放たれる。敵味方の無数の青白いビームの束の間を、約600本の白く細長いミサイル型の弾が吸い込まれるように飛翔していく。
そしてその20秒後、目の前で眩光弾が炸裂する。真っ白な光の玉がいくつも輝き、幅数千キロに渡って「光の壁」を形成した。
この光の玉により、敵も味方も相手を見ることができない。眩光弾には電波撹乱粒子も含まれるため、レーダーも使用不能となる。双方の砲撃が止む
「全艦、全速前進!敵の下方より回り込み、そのまま最大戦速で敵の後背に回り込む!」
「両舷前進強速!俯角15度!」
約300隻が一斉にエンジンを目一杯に吹かす。光の壁の下側を、我が小隊は一気に駆け抜ける。
我々連合側には、連盟側にはない改良型重力子エンジンがあり、敵の3倍以上の速度で駆け抜けることができる。あっという間に我々の艦隊は光速の10パーセントに達し、一気に光の壁の下に回り込んだ。
その光の壁の向こう側が見えてくる。敵艦隊300隻が見えた。彼らは相変わらず鶴翼陣形を維持したままだ。しかし彼ら向く先に、我々はすでにいない。
「目標は、敵艦隊中央!全速で突っ切りながら、砲撃を開始する!撃てっ!」
各艦が各々、敵艦隊中央に向かって砲撃を開始する。300隻同士の艦隊だが、敵は3つに分かれており、中央部はおよそ100隻。300対100。どちらが有利か、子供でもわかる。
青白いビームが、一斉に敵艦隊に向かって放たれる。我々と敵との距離はすでに1万キロほど。敵もこちらの動きに気づいて回頭し、こちらに砲撃を加える始めた。
だが、我々は秒速3万キロで移動する。この速度で横断する物体を撃ち落とすことは、およそ不可能だ。一方、我々300隻は、普段から高速移動ですれ違いざまに敵艦を狙撃する訓練を行なっている。我々の砲撃の何発かは敵に当たり、敵は我々を狙い撃ちできない。敵の青白いビームは、虚しく我々の脇をすり抜けていく。
わずか2連射ほどを行ったが、それで敵を20隻ほど撃沈できた。そのまま我々は、敵艦隊中央の下をすり抜ける。
実は我々の本当の狙いは、敵艦隊ではない。その後方に控える、敵の大型戦艦だ。
敵の艦隊をやり過ごし、その後方にいる敵大型戦艦の後方へと回り込んだ。我が艦隊はやや減速し、敵戦艦後部に狙いを定める。敵の戦艦も我々の接近を見て回頭するが、全長が3500メートル、数千億トンの巨艦はそう簡単に回らない。
我々の砲門は、もたつく敵大型戦艦の後方噴出口を捉えた。
「敵戦艦の足を止める!全艦、砲撃開始!」
我が小艦隊330隻が、敵の戦艦後方部に砲撃を加える。不意を突かれた敵戦艦は我々の攻撃に対し何の抵抗もできず、あっという間に、敵戦艦後部は火を噴く。
「よし、作戦終了だ!全艦、砲撃を停止し、そのまま敵の艦隊300隻を大きく迂回、戦線を離脱する!」
「えっ!?このまま撃ち続ければ、敵戦艦を沈めることもできますが。」
「これでいいんだ。2万人を生かしたまま足止めした方が、敵にとってはやっかいだからな。」
我々の目的は、敵戦艦のエンジン部にダメージを与えて航行不能にすること。2万人以上がいるこの大型艦が立ち往生すれば、この船の修理が終わるか、中の人間を避難させ船を放棄しない限り、彼らはこの宙域で動けない戦艦防衛のため、多大な戦力を割かなくてはならなくなる。このため、敵はこの宙域での軍事行動を大きく制限される。そう仕向けるのが、今回の我々の狙いだ。
だから、戦艦が航行不能となった今、目的は果たされた。あとは、我々はそのまま元来た場所へと帰るだけだ。再び増速し、我々は撤退を開始する。
だが、我々の肩透かしを食らった約300隻の敵駆逐艦隊は態勢を立て直し、我々の艦隊を迎撃すべく横陣形でこちらに対峙する。3つに分かれていた艦隊も再び1つに集結し終えていた。この300隻に加え、さらに新たな艦隊が現れた。
「後方より新たな艦影!数、およそ1千隻!艦色を視認、赤褐色!連盟艦隊です!こちらに急速接近中!」
「敵の増援だろう。構うな、我が艦隊は撤退を最優先。前方敵艦隊300隻の右側に回り込みつつそのまま退却、現宙域を離脱する。それ以上の深追いは厳禁、全軍に下令せよ。」
「了解!全軍に伝えます!」
我々は再び、全速力で敵艦隊を迂回し始めた。
今回行ったのは、連合陣営内に広まった改良型重力子エンジンと、それを活用した一撃離脱戦法だ。地球760で始まったとされるこの戦い方、今日の戦果は敵駆逐艦20隻撃沈、戦艦1隻を航行不能に堕としいれた。まずまずの戦果だ。
いや、まだ戦闘は終わっていない。我々の前方7千キロのところに、敵艦隊300隻がいる。あの艦隊をくぐり抜けて、戦闘宙域を離脱してようやく戦果を誇ることができる。ここまできたら、勝ち逃げあるのみだ。
「敵艦隊、砲撃を開始しました!」
「かまわん!そのまま大きく迂回し続けろ!」
敵も味方も、正面から対峙しつつ撃ち合う通常の戦闘に特化した訓練しか受けていない。このため、高速に横切る艦を狙い撃つことは想定外。我々がしているのは、この隙をついた戦法だ。
だがこの戦法、にわかにできるものではない。我々もこの1年ほど訓練を繰り返し、ようやく可能となった戦法である。この一撃離脱戦法ができるのは、我が地球294遠征艦隊では我々のこの330隻だけである。
全速で敵艦隊右翼を迂回し始めた。敵は必死に砲撃を続けるが、我々に当てられない。我々はそのまま敵艦隊から離れ、悠々と帰還の途についた。
速度を維持したまま、中性子星域の連合側支配域に至った。ここでようやく減速して、ワームホール帯と呼ばれる場所に差し掛かる。このワームホール帯を利用して、我々は70光年先へとワープを行う。
ワープアウトした先は、地球813星系だ。
この星は4か月前に我々との接触が始まり、最近我々連合側と一部の国が同盟関係を結んだばかりの星である。そして、我が地球294遠征艦隊が駐留する星でもある。しかし、まだこの星の7つの国としか同盟が成立しておらず、大半の国とはまだ交渉すら始まっていない。だが我々の地球294はこの宙域に遠征艦隊を派遣し、連合側の支配下にあることを陣営内外に宣言している。
我々の小艦隊は、この星域の小惑星帯へ至る。ここには地球294遠征艦隊1万隻の大半が駐留する場所。そこで我々は、戦艦ニュービスマルクへと向かう。
この戦艦は全長4100メートル。我が小隊の本来の旗艦だが、この小艦隊の性質上、現在は平時の司令部と後方支援艦として機能している。
「戦艦ニュービスマルクより入電、第1番ドックへの入港許可を承認、速やかに入港されたし、です。」
「よし、両舷前進微速、進路微修正、取舵3度!」
「両舷前進びそーく!とーりかーじ!」
艦橋では、艦長と航海士とがやり取りをしている。私はここでは、ただのお客だ。彼らのすることを、ただじっと見守る他ない。
そして、我々は大型の戦艦ニュービスマルクへと入港する。船体がロックされて、エアロック通路が駆逐艦2680号艦に接続された。
「では艦長、私は司令部に向かいます。すぐに戻るので、このまま待機を。」
「承知しました、閣下。」
私よりもずっと年上の艦長より敬礼される。私は返礼し、艦を一時降りる。
駆逐艦2680号艦には、ビーム用のエネルギー粒子とバリア用の対衝撃粒子の補給作業が行われている。先ほどの戦闘で使った分を補充するためだ。だが、それ以上の補給作業は行われない。この艦はすぐに地球813へと向かうからだ。他の乗員も艦内待機のまま。私だけが戦闘報告を行うため、この戦艦の艦橋へと向かう。
この戦艦ニュービスマルクには、約2万人が暮らす街が存在する。いつもならその街に立ち寄って食事や買い物をするところだが、今は駆逐艦乗員が待っているので、艦橋のみに立ち寄る。
「エルンスト准将、入ります!」
戦艦ニュービスマルクの艦橋奥にある艦長室に入る。そこには第7、8、9小隊をまとめる中艦隊司令のルードヴィッヒ中将がいた。
「ご苦労だった、准将。戦果はすでに聞かせてもらったよ。」
「はっ、閣下もすでにお聞きのように、我が第9小隊330隻は第7122中性子星宙域にて、連盟側艦隊300隻と遭遇。駆逐艦20隻を撃沈、戦艦一隻を大破しました。」
「うむ、戦艦を航行不能にできたのは大きいな。動けない戦艦を抱えたままでは、しばらく敵もあの宙域で大っぴらな軍事行動はできまい。」
「はい、当面はこの星周辺も、安泰かと思われます。」
「そうだな。ところで貴官は、本当にそのまままっすぐ地球813に向かうのか?」
「はい、本来ならもう本星に戻らねばならない時に敵艦隊発見の報を受けて、予定より3日も宇宙に滞在しておりますので、早く戻ろうかと思っております。」
「そういえば准将殿は、まだ新婚であったな。早く奥さんに会いたいのであろう。報告はもうこれでいいから、早く艦に戻り帰還の途につけ。」
「はっ!では閣下、失礼致します!」
私の本心は、すでに中将閣下に見透かされていた。せっかくの中将閣下からのお気遣いだ、ここは遠慮せず、ありがたく受け取っておこう。私は急ぎ、駆逐艦2680号艦に戻り、直ちに駆逐艦は発進させる。
ここから地球813までは6時間ほど。地球813での我が艦の常駐先であるオラーフ王国の時刻は今正午過ぎだから、帰る頃には日が暮れているだろう。
まだ到着まで時間があるので、私は食堂へと向かう。つい数時間前まで戦闘指揮所だったそこは、もう戦闘用設備が片付けられており、食堂に戻っていた。数人の乗員が、そこで食事を取っていた。
さっきまで陣形図や外の様子を映していた壁のモニターには、この食堂の春のメニューが表示されている。オラーフ王国の山奥で採れた山菜を使った天ぷらや、春の野菜を使った食べ物が表示されていた。
カウンターでパンとスープとパスタを受け取り、食堂の席へと向かう。その食堂の奥の座席で、私に手を振る者がいる。私はトレイを持ってそこに向かった。
「よお!」
手を振るのは、ベルトルト大尉。この小艦隊の作戦幕僚を務める、私と同期の男だ。
「大尉、えらく機嫌がいいな。」
「そりゃそうだ。我々は戦闘に勝利し、オラーフ王国に凱旋するんだぞ!?このまま帰れば俺たち、女達に囲まれてちやほやされること間違いなし!いやあ、楽しみだなぁ!」
作戦行動中、私に敬語を使っていたこの男は、ご覧の通り非番の時はタメ口になる。
「私は別に、ちやほやされたいとは思わないけどな。」
「そりゃそうだろう。お前は、あれほどおしとやかで壮麗なご令嬢を妻にできたんだ。それ以上望むのは贅沢というもの。だが、独り身の俺にとっては凱旋は最高のチャンスなんだよ。もしかしたら、これを機に貴族の令嬢とお近づきになれるかもしれない。いやあ、楽しみだなあ!」
こいつ、ちょっと楽観的過ぎやしないか?そんなに簡単なことじゃないぞ、あの王国の貴族令嬢と付き合うということは。
それにだ、この男は一つ、大きな勘違いをしている。
私の妻は確かに壮麗ではあるが、決しておしとやかではない、ということだ。
もっとも、妻のそういうところに私は惹かれている。だから、早く王国に戻りたい。ただ、それだけだ。
ところで、今回の艦隊戦だが、私の人生で2度目の艦隊戦の勝利である。
1度目は、本当に運が良かった……その時の功績により、私とこの同期の男との間に、これだけの階級差となった。
そして、その1度目の勝利が元で、巡り巡って今の妻と出会うきっかけとなったのだ。
しばらく食堂でベルトルト大尉の話し相手として付き合ったのち、残り時間を部屋で書籍を読んで過ごしていると、大気圏突入を知らせる艦内放送が流れた。それを聞いて、私は軍帽を被り、艦橋へと向かう。
エレベーターに乗り、最上階である15階で降りる。艦の後ろ側に向かう通路を歩くと、小さな扉が見える。そこが艦橋の入り口だ。
「ルモージュ宇宙港まであと40キロ。10分後に入港予定です。」
「進路そのまま、前進微速、ヨーソロー!」
すでに大気圏内に至り、オラーフ王国の王都、ルモージュへと向かっている。そこには作られたばかりの宇宙港と、着々と建設が進む併設の街がある。
外はすっかり夜だ。時刻はすでに19時過ぎ。やはり予定通り、夜になってしまった。妻はまだ、起きているだろうか?
外を見ると、辺り一面真っ暗だ。この星は文化レベル2の、いわゆる中世の真っ只中にある星だが、我々との接触で急速に近代化を進めている。が、この星のほとんどがまだ農耕民族的な生活を続けている。この辺りも当然、未開の地だ。
地上に目をやると、ぽつんと光る場所が見えた。
光のある付近は深い森のただ中だ。あれはおそらく、人族のものではない。いわゆる亜人、ドワーフかエルフのものであろうと思われる。
この地球813という星には、人族だけではなく、亜人と呼ばれる種族が数種存在している。
遺伝子的には人族と大きく変わらないが、紛れもなく別の種族。だが知的レベルも人と同じで、言葉も概ね通じる。このため、連合側は彼らとの同盟も進め、一員として組み入れることにしている。
というわけでこの3か月ほど、我々の政府は彼らとの接触も続けているが、亜人達の多くは人族との接触を拒んでいるようで、かなり難航していると聞く。
またこの森にはやっかいなことに、いわゆるモンスターと呼ばれる存在がいる。
スライムにコボルト、オーク、ゴーレムなどの大小様々なモンスターが数十種、そして未確認ながら、ドラゴンもいると言われている。
そんなものがうようよする森の中で、亜人達は独自の生活を続けている。
亜人だけではない、この星の人族の方も問題だらけだ。数千もの国家や勢力が存在し、それぞれが互いに争いを続けている群雄割拠な世界。あまりに無秩序なこの星は、この連合始まって以来、もっとも同盟樹立が困難な星だと言われている。そんな星で、私は生活を始めたばかりだ。
「ルモージュ宇宙港より入電、第7番ドックへ着陸せよ、以上です!」
建設途中で、まだ10隻分の繋留ドックしかないルモージュ宇宙港。その一つに、駆逐艦2680号艦が入港する。
「両舷停止!繋留ビーコン捕捉!降下、開始!」
「繋留ロックまで、あと90……80……70……」
真っ暗な王都の横でひときわ明るく輝くこの宇宙港に、ゆっくりと降下する全長420メートルのこの灰色の駆逐艦。
我々から見れば小型の艦だが、この星の人々から見れば、まるで巨大な城か岩砦のように見えるらしい。
だが、ルモージュの上空を行き来するようになって早3か月。もはやこの街の人々はこの大きな宇宙船に驚くことはなくなりつつあった。
ガガーンという衝撃音が響く。艦が繋留ロックに固定された音だ。
「前後の繋留ロック、接続信号を確認!錨よし、機関よし!ドック入港、完了しました!」
「よし、機関停止!出入り口開け!」
艦長が入港完了を知らせる艦内放送をしている。私は艦長に敬礼し、艦橋をあとにする。
部屋に戻り荷物の入ったカバンを持ち、エレベーターで下に降りる。皆が一斉に降りようと押しかけているため、大変な混雑だ。この艦の乗員は全部で120名。そのうち半数以上がここにならんでいる。だが、エレベーターの定員は10名ほど。そのエレベーターは何度か往復して、ようやく私の番が回ってきた。
「おお、エルンスト!やっと乗れたな!」
ベルトルト大尉が私に声をかけてくる。それを制止する人物がいる。
「ちょっと!ベルトルト大尉!あなた閣下に対して、いつも失礼ではありませんか!?」
「マリアンヌ中尉か。いいんだよ、俺とこいつの仲だからさ。」
「よくはありません!軍の統制というものをどう思っていられるのですか!?だいたいそうでなくても大尉は……」
ああ、よりによって艦内一の常識人、マリアンヌ中尉も一緒だった。軍規、階級が絶対なこの人にとっては、非番の時でも階級通りの態度をとらないこのベルトルト大尉の行動が気に入らないらしい。おかげでよくベルトルト大尉に食ってかかっている。
女好きのベルトルト大尉も、彼女だけは苦手なようだ。まあ、このやり取りを見れば、当然だろう。
ようやく艦を降りて、私は宇宙港のロビーに向かう。そこで通関手続きを済ませて、やっと地上へと降りられた。
せっかくだから、ロビーにある土産物屋に寄る。そういえば私の妻は、ここのビックプリンが大好きだ。植木鉢ほどの容器に入った大きなプリン。この何のひねりもない、ただ大きいだけのこの土産がもっともお気に入りとは、ある意味彼女らしい。
表に出ると、迎えの車がロータリーで待っていた。この車は、私の所属する暫定司令部が寄越した無人送迎車。准将以上には、送迎用の車がつけられる。
他の皆には悪いが、こういう時だけは、私のこの地位を最大限に利用させてもらう。
黒塗りの送迎車に乗り、家に向かう。
宇宙港のすぐ横には、仮設の市場が作られており、車からこの市場の様子が見える。ここには宇宙からもたらされる家電や食べ物や、この星で採れた新鮮な野菜などが売買される交易の場所だ。いずれ宇宙港や街が整備されれば消える場所だが、連日ここには我々地球294出身者や、この地球813の人々が訪れている。
夜の19時過ぎだというのに、市場にはまだ少なからず人々が訪れている。だが、ここは20時には閉まる。もうすぐここも静かになるだろう。
その暫定市場を過ぎると、今度は住宅街が見えてくる。同じ規格の家が立ち並んでいるが、ここには我々地球294の遠征艦隊の隊員らが住んでいる。
宇宙港の横には、地球294出身者が住む街が併設される。この星が自前の艦隊を持てるようになるまで、我々地球294の人々が星域防衛にあたりつつ彼らを指導する必要がある。そのため、地球294の出身者が住む治外法権地域が作られることになっている。それがこの宇宙港併設の街だ。
この街は、基本的には地球294出身者だけが生活する街。地球813出身者は、入ることはできても、住むことはできない。だが、住み込みの使用人や配偶者に限っては例外的に居住が認められている。この制度によって、すでに何人かのこの星の住人が、この街に住んでいると聞く。
住宅街のど真ん中に、ひときわ大きな建物が見える。あれはショッピングモールだ。近々開店するこの大きな商業施設は、我々の生活物資の供給だけでなく、この星の住人に我々の文化や技術をもたらすという役割も担っている。だがまだ建設中であり、ひっそりとしている。
そんな宇宙港の街の出入り口に差し掛かった。私が住んでいるのは、この街ではない。この街の外にある、王都の中の一角へと向かう。
宇宙港の街には街灯があり、アスファルト路面が敷かれているが、一歩外に出ると、そこは石畳で街灯もない真っ暗な街。時折、灯された松明が見え、その横に門番が立っているのが見える。あれは騎士の詰所だろうか。その騎士の前を、私の車は自動運転で通り過ぎる。
石造りの家が立ち並ぶここは、まるで異世界にでも来たようだ。実際、ここは我々とは違う文化の街。日も沈んだ夜となれば、多くの家ではもう就寝している頃だ。
しばらく走ると、壁に囲まれた広い敷地を持つ大きな住宅街に差し掛かる。ここは、貴族の屋敷街。
ある屋敷に前に止まる。周りと比べると少し小ぶりなこのお屋敷、ここが私の住む屋敷だ。
実は私は、この王国から屋敷をいただいている。このため他の乗員とは違い、宇宙港併設の街の外に住んでいる。
大きな容器に入ったプリンを抱えて車を降りる。私が降りると、この送迎車は宇宙港横にある暫定司令部の建物に向かって帰っていく。私はそれを見送ると、門を開けて屋敷に入った。
玄関を開けて、中に入る。そばのホールには誰もいない。
だが、その奥の部屋の扉の隙間から、光が漏れている。ああ、妻はまだ起きているようだ。私はその部屋に向かい、扉を開けた。
「ただいま……」
私は扉をあけて、声をかける。こう言いかけたところで、目の前にあるものを見て、息が止まった。
喉元から10センチほどのところに、白く輝く尖ったものが突きつけられている。それは、レイピアと呼ばれる細長く鋭利な剣先だった。この剣は、まっすぐ私の喉元を狙っている。
そして、そのレイピアの剣先を私に突きつけた、寝間着姿の壮麗な女性の姿が、私の目に飛び込んだ。
そう、彼女こそ我が妻、ジャンヌ・フォン・エーベルシュタインだ。




