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第七話 ビトレイズ

 宝箱を開けようとする小秋を、松久は直視できず、目を瞑っていた。

 カチャ、という、フタを開ける音がする。

 轟音。

 爆風。

 砂煙。

 高熱。

 絶望。

 それらのようなショックには、いつまで経っても襲われなかった。

 松久は、おそるおそる目を開けた。

 小秋は、右手で鍵を摘んでいた。

「よおっしゃああっ!」

 松久は思わずガッツポーズをし、叫んだ。小秋や提婆も、嬉しそうな表情をしている。唯一、三藤だけは、口を真一文字に結び、目を強く瞑っていた。しかし、ごくり、と唾を呑み込むと、瞼を開き、「早く、お金をお取りになればよろしいでしょう」と言った。

「分かったわ」小秋はそう返事をすると、立ち上がり、朝礼台を上り始めた。

(……もし旅富が、約束を反故にして、柚田を殺そうとするなら──今か?)

 松久はそう考え、注意深く三藤を睨んだ。しかし彼女は、小秋が金庫を開ける瞬間も、悔しそうに座っているだけで、何か、行動を起こすようには見えなかった。

 小秋は、中の札束をすべて、ボストンバッグに入れると、下りた。

「帰るわよ、二人とも」

 そう言って、校門に向かって歩き出した。松久たちも、周囲を警戒しながら、後を追う。

 小秋は、校庭を出る直前、振り返り、三藤のほうを見た。「また、プレイできるかしら?」

 彼女は、じろり、と睨んでくると、首を振った。「お一人様、一回限りですわ」

「あら、そう。残念ね」

 小秋はそう言い、校門をくぐった。


 廃村から伸びてきた脇道を出て、丁字路を越え、廃別荘に続く細道に入る。ワイシャツの中に入れたオートマチックを握り、どきどきしながら歩き続けた。

(クソっ、かかってくるならかかってこい、いつでも返り討ちにしてやるっ)

 しかし、なんとか、襲われるようなことはなかった。小川を渡り、廃別荘に到着する。二人の前を行く小秋が、「もうそろそろ、警戒を解いてもいいんじゃないかしら」と言った。

「ああ──つっかれたあ……」松久は大きなため息をついた。

「ホント、そうっすね……あ、小秋ちゃん、これ、返すっす」彼の左に立つ提婆はそう言って、リュックサックからリボルバーを取った。

「あ、俺のも」松久も、オートマチックを出した。

 小秋は、ありがとう、と言うと、左手で松久、右手で提婆から拳銃を貰い、ボストンバッグに収めた。

 三人は、トンネルから中庭に入った。小秋が、出入り口のそばにある羅針盤のオブジェに、鞄をどかっ、と置く。提婆が「おっ……」と呟いた。

「さあ、お待ちかね、お金の支払いよ!」そう言って、彼女はごそごそと中身を探った。

「おっ。待ってました!」

 松久は手を叩き、頬を緩ませた。頭の中で、いったいどこの大学へ行こうか、と考える。

「……僕も、待ってたっすよ──とっても、ね」そう提婆が言った。

 何か、含みのある言い方だった。思わず、彼のほうを見る。

 提婆は、右手にリボルバーを握り、銃口を小秋に向けていた。


 銃声が、響き渡った。

 ボストンバッグに穴が開き、鈍い着弾音が鳴った。

 小秋は、顔を顰めた。そして、じろり、と提婆を睨みつけると、その場に崩れ落ち、動かなくなった。

(──んあ?)

 あまりの展開に、松久は、一種の放心状態に陥っていた。まるで、芝居の観客のような気分で、目の前の裏切り劇を眺めていた。

 提婆は、にやり、と笑って、羅針盤のオブジェに近づくと、穴の開いたボストンバッグに手を伸ばした。

 しかし、次の瞬間、彼の姿は消えた。

 地面に、派手に転倒したのだ。

 小秋が、提婆の足を、思い切り殴りつけたからだった。

 どうやら、弾丸は鞄の中の物に命中し、彼女には届かなかったらしい。死んだふりをしたのは、彼の油断を誘うためだろう。

 ボストンバッグの取っ手が、提婆の指にひっかかったらしく、落下した。中身が、どさどさ、とこぼれる。

 小秋は、トンネルに跳び込もうとした。提婆は「待て!」と叫び、それめがけて、リボルバーを乱射する。

 彼女はとっさに、扉を開いた。弾丸が、キン、キン、と音を立てて、跳ね返る。

 提婆は「クソ!」と叫び、立ち上がった。しかし、よほど強い力で殴られたらしく、ぐおっ、と呻き、足首を押さえた。

 数秒後、彼は小秋を追いかけ始めた。散乱したボストンバッグの中身──帯のちぎれた札束や開きっ放しになった手帳など──を蹴飛ばして、トンネルの中に入っていく。

 松久は一人、中庭に取り残されてしまった。

(……ど、どうすればいいんだ、これは? 逃げるべき……なのか?)

 しかし、報酬の一〇〇万円を手に入れていない。自分が裏切ったわけではないから、この銃撃戦で小秋が生き残れば、もらえるはずだ。

(っていうか、柚田は不殺主義者だって言っていたが……勝てるのか? ……いや、撃ち合いイコール殺し合いっていうわけじゃねえ──提婆に大怪我をさせれば、戦意を喪失させられるかも)

 そこまで考えたところで、何発かの銃声が、耳を劈いた。そこでやっと、松久に危機感が芽生え始めた。

(や、やっぱり、逃げたほうがいいんじゃねえのか、これは?!)

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