94 せめて宇宙服が欲しかった……
(つまりワタシは、これからアーセムの頂上におわします幻獣様の嫁になって、初めてのおつかいで初めての夜で初物を美味しくいただかれてしまうと、そういうことですね? ……ふ、ふふ、ふふふッ!)
ほんのちょっと、先っちょだけでも待ってもらおうかッ!
こんなことは言うまでもないと思うですけど、さすがにね、言わずにはいられない……、嫁入りは早いんじゃないかって思います!
ほら、中身はオッサン一歩手前かもしれないですけど、外見は年端もいかない幼女な訳でして、ワタシがこの服を身にまとうにはレベルも覚悟も肉体年齢も足りてないと思うんです。
でも、精神年齢が足りてるのかって言われれば、全くそんなことはないんですけれども。
つまりさ、肉体的にも精神的にもワタシごときが易々と手を出していい物じゃあないんですよ、ウェディングドレスっていうのはさ。
過去、現在、未来、ありとあらゆる世界線で、この服をめぐって世の女性たちの間でどれだけの絶頂と怨嗟が生まれてきたか……。今日もどこかですべての誕生を祝福している、あの鐘の音が聞こえるだろ?
「よっし、できた! うんうん、上出来でしょ!」
あっ、聞こえてらっしゃらないみたいですね。了解です。
「で、次はっと」
(まだあるんすかッ!?)
また、どこからともなく出された糸が燐光を潜って淡いピンク色に染まると、今度はワタシにまとわりつくことなく、クイーンさんの手元で絡まるよう織られていった。
「はい、完成っと」
どことなく上機嫌に掲げられた手に握られていたのは、
(ベーール! ベ~~~ルッ!! あっ、なんかベールとゴールって似てません? まさにこれから人生のゴールを決めに行くワタシにはお似合いって訳ですね! おっしゃれ~ッ!)
ふわりと、頭の上にかけられたレース地のそれは、穢れなき乙女を包む、清らかなる天使の羽衣。まあそれも、すぐに聖骸布になる予定ですけどね。
いやいや、クイーンさんを信じていない訳じゃあないんですよ。確かに、乙女の最強装備ですから攻撃力は高いでしょう。
でもね……、明らかに防御力が足りていない! もう見るからに足りてない! ワタシの頭並みに足りてない!
こんな、ワタシの人間性とタメを張るようにペラッペラじゃあ、守れるもんも守れませんよ!
そりゃあワタシの命も初めてのおつかいからの始めての夜も、同じくらいペラペラで薄っぺらに価値なんてあるはずもないのは百も承知ですけど……。
それでもさ! ほら、こう、あるじゃん? そういうことですよ!
何が言いたいかっていうと……、顔から火炎魔法を出すコツ教えてやろうか?
駄目、これはホント駄目。思考を暴走させて、なんとか気恥ずかしさを押し流そうとしてみたけど無理ですわ。
うん、普通の女の子の服でさえ、自分の中で折り合いをつけて諦めるまでに何着も着せられては剥ぎ取られてを繰り返さなきゃならなかったからね!
もろもろすっ飛ばしてウェディングドレスって、ウェディングドレスって! 物事には段階ってのがあるのを知らないのか?
さっきから血が沸き立っているみたいに身体が熱くなって、もう……、身体が沸騰しちゃうよぉお!
――恥ずかしさに限界ってないんだな……。
そもそも、獣属性のワタシに聖属性の物なんて装備させたら、相性不一致から被ダメージが倍になりますよ。犬に服を着せるなんて何を考えてるんだッ!?
ワタシは全世界の犬に服を着せているマダムたちに声を大にして言いたいッ! 着せるべきは服じゃなくて恩だってなぁ!
「ちなみにこれ、上で脱げたら死ぬから」
(犬だって服を着たくなる時くらいあるんだなこれが!)
いや~、なんてたって犬に服ですからね。流行の最先端ですよ!
しかもウェディングドレスですからね。見てくださいよ、この二の腕から指先までを包むロンググローブのレースの緻密さといったら、熟練の職人が時間をかけてこしらえた一品にも引けを取らない美しさ……間違いない、器用値が上がってる。
本体のドレスも、随所にちりばめられたレースが清楚さを演出しながら、全体のフリルとリボンによって可愛らしさを余さず引き出し、スカート部分は幾重にも生地が重なり合っているのに、針金入りのパニエでも履いてんのかってくらいの膨らみよう……間違いない、体力値が爆上がってる。
何より、それを着ているのがワタシっていう最高に幼気で愛くるしい幼女な訳で、これはもう元の世界にうごめく紳士諸君の正気度が急降下爆撃して、犯罪値が限界突破ってるのは想像するまでもないので……間違いない、魅力値が激上がってる。
こんな見事な品々を一瞬のうちに作り上げるクイーンさんはやはり人の上に立つお方。
こんなお方に見送られて嫁いでいくワタシは、なんて幸せ者なんだろうか。今から涙が止まりそうにないですよ。
「じゃあ行こっか」
――おう、待てや。幕開けには早いやろ。
人生立ち止まることも大切ですよ? ね、一回しっかり考えください。
こんなにも感極まって震えが止まらないワタシがいるのに、そんな軽く肩ポンしたくらいでストーリーが進んでいいはずがないでしょう。
どんなに最強の装備を身につけたからって、装着者のレベルが低いままじゃあ装備の性能を引き出しきれなくて、魔王にたどり着く前に、道中のザコ敵にいいように弄ばれて死ぬのは様式美といっても過言ではない。
今必要なのは、魔王に挑むことじゃなくて、最弱を倒すことでのレベリングだと思うんですよね。はぐれちゃった液体状のメタルならなお良し。
だからさ、一回アーセムの下からやり直すっていうのはどうですかね?
「ほら、行くわよ」
あっ、あっ、分かった! じゃあこうしましょう!
(わたしのみかたになればせかいのはんぶんを)
「打ち上げの準備はもうできてるんだから、あとはアンタを乗せるだけよ」
今、打ち上げって! 打ち上げって言ったぁ!
待ってくだせぇ! こんな可愛さしか持ち合わせていない幼女をきたねぇ花火にするおつもりですか!?
いや、確かにこの世界に来る直前に『俺』が飛んでイキたいなんて思ったかもしれないですけど、それはもう時効でしょ!
――過去に縛られたっていいことないぜ?
そもそも、打ち上がるなら手を取り合うはずの休日さんの姿が見えないのはおかしいと思いまぁすッ!
「ほ、っらぁ! さっさと、行くわよ! ていうか、何、踏ん張ってん、のよぉ!」
「これは踏ん張ってるじゃない! 力を溜めてるんです!」
だから手を引っ張らないでください! 散歩を嫌がって顔を歪ませながら抵抗する柴犬みたいになってるじゃあないですか!
「ぐぐぐぐッ!」
「ぬぬぬぬッ!」
ワタシは屈しない、屈しないぞぉ! すでに屈んでますけどとか、そういうことは置いておいて、ワタシはたとえ、顔が潰れた柔らかまんじゅうみたいになったとしても、自分の意志を他人に預けたりしない。
――犬にだって意志はあるんだッ!
クイーンさんとの攻防に全身全霊を尽くす。だからだろう……、背後に回ったリィルに、脇の下から手を入れられるまで気がつかなかったは……。
「へっ? ちょ、あの、リィルさん?」
「そうだよね、どんなに覚悟を決めたって、怖いものは怖いよね……。大丈夫! 打ち上げ場所までは私がだっこで連れてってあげる!」
「いや、あの、あの、あのぉ!」
「大丈夫! 着くまでは怖くないようにお腹をナデナデしてあげるから!」
「あっ、あっ、あああ!」
「じゃ、行こっか!」
――わふーーーん!!!




