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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案  作者: 黒一黒
第1章 世界を見守る巨樹と空師の街
89/150

87 どどど童貞ちゃうわッ!!!(泣


 どこまでも沈んでいくような、真っ暗な空間の中に、一人の男がうずくまっている。


 ――ああ……、『俺』だ。


 きっとこれは、新卒社会人に一年目の頃の自分だ。


 仕事をただ見せることが教えることだと勘違いしている上司の下、自分なりになんとかやっていたけど、重なっていく小さなミスは、やがて重大な損失を生みだしてしまった。


 上司と、そのまた上司と、そのまたまた上司の前に跪いて、地球の核を打ち抜いてやるぜ! とばかりに地面に振り下ろされる頭。


 そうだ、この時だ。この時、『俺』は――土下座童貞を捨てたんだ。


 ――D・O・G・E・Z・A


 それは、日ノ本 (おのこ)の(いきざま)


 一般的に二十歳を超えて社会に出るまで捨てることなく、大事大事に保持している者が多い。


 その例に漏れずにのうのうと生きてきた『俺』が、それまで捨てるなんて微塵も思っていなかった『俺』が……、そんな青臭い考えと共に土下座童貞を無理矢理捨て(レイプ)させられたのは……、二十三歳の秋だった。


 あれから随分と長い時間が経ったように思う。


『俺』はあの出来事を機に、己をずっと磨き上げてきた。呼気が白く煙る冬も、草花木の生命活動に涙が止まらない春も、瞳から零れてくる汗が一層塩辛くなる夏も。


 一時も休むことなく、鍛え上げてきた。


 ――より鋭く、より丁寧。


 初めのうちは回数をこなすだけで精一杯だった。ただただ一心不乱に頭を下げ続けた。


 それが、いつの頃からだったろうか……。


 それまでは、直前になるまで分からなかった土下座の、それを行う瞬間の気配が、分かるようになっていた。


 初めは一時間前、それが三時間に延び、半日、最後には出社して自分のデスクに座った瞬間に察することができるようになっていた。


 これはあるな……と。


 それからは土下座そのものよりも、準備に時間を割くようになっていった。


 菓子折、謝罪文、リハーサル。


『――本当に申し訳ない』


 全ては、ただその一念を突き通すために。ただただ謝意を、相手に心底にまで叩きつけることだけを祈る。


 そして、ある日。


 音を置き去りにしているの気がついた。


 相手がこちらに気づき、一言、声を発する前に、その音を置き去りにして『俺』の土下座は完成していた。


 一切の無駄を省いた土下座は、滑り込む際のスライディング音や、手や頭を地面につけた際の打撃音なんて無粋なものはさせない。


 空気の破裂音さえさせず、ただ静かに、相手のつま先一メーターの所で、まるでそこに存在しているのが当たり前であるかのように、あるがままに土下座る。


 ある時、『俺』の土下座を見た相手が、微動だにせず静かに涙を流していた。曰く、「君の背後に如来様を見た。……君を見ながらめっちゃ泣いてたよ」とのこと。


 解脱し、悟りを開いた仏様すら号泣させる、我が有様。


『俺』はここに、極意の完成を見た。


 ――しかし。しかし、だ。


 これはあくまでも向こうの世界にいた時の、『俺』としての最高値。


 異世界に来た『ワタシ』の最高値が、ただの社畜であった『俺』と同等だろうか?


 ――否! 断じて否!


 相手の気の起こりに先じて、土下座を叩き込む。


 そんなんじゃねェだろ!! 『俺』が求めた謝の極みは。


 社畜だけじゃない! 家畜(犬)としての自分さえ身につけたワタシなら、今ならあれ以上の腰の低みを目指せるはずだ。お前、男子(おのこ)じゃねぇじゃんとか、そんなことはどうでもいいんだ!


(感謝するぜ、お前と出会えたこれまでの全てに!)


 こここそ、ワタシの土下座童貞……いや! 土下座処女、卒業の場!


 ――百八式土下座・天上の構 (テンジョウノカマエ)


「――誠に申し訳ありませんでしたぁ!!!」


 土下座の姿勢を維持したまま天を仰ぎ、しっかりと腹を見せていく。


 この時、哀れみを誘う瞳を相手から絶対に反らさず、尻尾はやや小刻みに少し早めのペースで振って、一切敵意がないことを表現しつつ全身で媚びるのがポイントだ!


 謝意と服従、二重の意味を堅持しながらも、通常の土下座よりもさらに腰の位置を低くしてみせるこの体位こそ、ワタシが異世界(ここ)で極めるべき土下座道の第一歩!


 ――見えるぜ、進むべきロードってやつがよぉ!


(恐れよ……、ワタシの土下座は百八式まであるぞ?)


「だから、ああもういいって! 分かったから。そんな怯えないでよ」


(怯えてなんかないやい! ほ、本当だぞ!?)


 呆れと疲れを等分に含んだ声音が頭上から振ってくる。


 クイーンさん頭の後ろをカリカリ引っ掻きながら、しゃがんでワタシを覗き込んでくるけど、そう簡単に騙されてなんかやらないんだからね!


 いくらパニックだったからって、人の顔見て吐くとかさ……。失礼の上限を知らない奴はこれだから怖いね。


(ワタシのことです)


 もうどうしろって言うんですかね。こんな状況の攻略法とか、教科書には載ってなかったよ。


 でも、分かっちゃうんだよなぁ。ほら、ワタシ、優秀だからさ?


 ワタシなら、勝手にパニクったあげく、独りでにゲロまき散らす奴、許すとか許さないとか以前に絶対に近づかねぇなって。


 つまり、ワタシみたいなのに近づいてくるどころか連れ去るってことは、それ相応の理由があるんだって。


 ――つまり、


「一思いにお願いします」


「だから食べないって! まだ言ってんの!? このやりとり何回目だ!?」


(くぅ!? まだ否定するか!)


 こんなにも誠心誠意謝っているっていうのに、未だに否定するとは。もしかして……、恥ずかしがり屋さん?


「大丈夫ですよ……。みんな初めてはそうなんですから」


「何がッ!?」


 くそっ、このままじゃあ話し合いにならないで、ずっと平行線のままだ。どうにかして、会話も関係も前に進めないと。


「ただいまぁ。戻ったよぉ」


「「お帰りぃ!」」


 ワタシとクイーンさんの声がハモる。どうやらお互いに待ち人は一緒だったみたいだな。だが、やらせはしないぜ。先手を取るのはワタシだぁ!


「聞いてよリ」


「イディちゃん待て!」


「ハイ!」


 リィルの一喝に口の中にまで上がってきてた言葉はあえなく霧散して、元気のいい返事だけがワタシの口から飛びだしていた。


 ――……くぅ~ん


(さ、寂しくってションボリしてる訳じゃないんだからねっ!?)


 そんな、構ってもらえなかった犬じゃあるまいし、そんな。


「よしっ。っと、言われたのは取ってきたと思うけど、これで大丈夫?」


「ん~……、オッケオッケ。全部揃ってるね。にしても、これだけの短時間で集めてくるなんて、いい腕してんのね。アンタ」


「まっ、昔取ったなんとかってヤツだね」


 こ、これはどういうことだ!? いつの間に、そんな肩を並べた戦友みたいに、仲良さげになったんですか!


 そんな、まさか。ワタシは、はめられたのか……? 馬鹿な、こんな短時間で二種類も処女を失うなんて。いくらなんでも早すぎる! ちょっとはこっちの身体のことも考えてください。


「ふーん、なるほどねぇ。まっ、いいや。じゃあ、ちょっと待ってて。ほら、アンタら仕事だよ。ちゃっちゃっとやって」


 ――ギチギチ(まったく子供遣いの荒い母親ですよ)


 ――ギチギチ(ものを頼むときに詳しい内容言わない人っているよね)


「何? アレだけじゃあまだ足りないって?」


 ――ギチギチ(やったね! 僕、お仕事大好き!)


 ――ギチギチ(お母様の役に立つために生まれてきたんだ僕)


 いいですよ、いいですよ! リィルがそっちにつくって言うんなら、ワタシにだって考えがある。今更謝ったって遅いんだからね!


 いいか、その可愛格好いい耳を澄ましてよく聞きなぁ!


(――ワタシをその下につけてくれたっていいんだよ?)


 ――ギチギチ(ヘイお待ち! 自己ベスト更新だよ!)


 ――ギチギチ(恐怖こそ底力を引き出す起爆剤なんだよ間違いない)


「はいはい。ご苦労様、ありがと」


 ――ギチギチ(アーセムの頂上をぶち抜くほどの投げやりっぷり!)


 ――ギチギチ(酷い酷い! こんなに頑張ったのに酷いや!)


「ああもう、分かったわよ。後でご褒美ね」


 ――ギチギチ(母さんの糸玉並みに甘いところが大好きさっ!)


 ――ギチギチ(僕は虫歯にはなれないからいくら甘くても大丈夫です)


「はいはい。アンタらは後ね。とりあえず、これを……そぉいっ!」


「もがぁ!?」


 何を話しているのかはやっぱりさっぱり分からないけど、とりあえずあの牙を擦り合わせるようなギチ音だけでも恐怖なので、大人しくしていたところ、振り向きざまにクイーンさんの指がワタシの上のお口を貫いた。しかし……、


 ――残念だったなぁ! そこの処女はリィルに献上済みさッ!


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