85 隣にいてくれるのは人が良かったなぁ……
大分遅れてしまい、申し訳ありません。
難産だった……。
(アタシに手ぇ出したら、シリアスさんが黙っちゃいないから!)
マジ止めといたほうがいいよ? アイツ加減っていうの知んないから。マジでキレやすくてさ、プッツンしたら手ぇつけらんないんだよね~。
気がついたら血の海なんて日常 茶飯事のヤバタニエンでムリ茶漬けだから。
まぁ、なんていうか? もう雰囲気から違うんだよね。
空気が凍るっていうか~、氷雪系男子っていうか~、時止めちゃう系の能力者みたいな? マジK・Y。
そうなったらマジでワタシでも止めらんないっていうか、むしろワタシ的になしよりのなしで、ワタシがM(ind)K(illing)5(秒前)みたいな?
でもさ、アイツもアイツなりに信条っていうか、矜持っていうの? そういうの持ってやってんだよね。
だから、アイツが心に決めた基準に触れなきゃワンチャンあるって思うんだけど……、やっぱ現状的にノーチャンですかね?
――ギチギチギチギチギチギチ
(あーッ! 待って待ってマジ卍!? そんな集団心理を最大限に応用してみせるみたいにさ、みんなで周りを囲んでギチギチ合唱しなくたっていいじゃないですかッ!
しかもさっきよりなんか増えてません!?
あ゛あ、駄目ですよ部長ぉ! 人事が! 人事が! そんな迫ってたら、ゔぉおおおおん!? 圧迫面接の記憶がよみがえるぅ!)
そう……。あの日は、まるで世界から争いがなくなったみたいに、穏やかな陽射しが降り注ぐ……。そんな一日だったんだ……。
――ギチギチギチギチギチギチギチギチ
あ、待って、ホント待って。マジで吐きそう。いやむしろ心情的には既にゲロゲロなんですけどね。
まぁワタシの心がゲロまみれなのは置いておいたとしてもですよ。こんな一人を取り囲んで詰め寄るなんてことが文明的に許されていいと思ってるんですかね。
君らね、もう少しお調子者でニューヨーカーな蜘蛛なマンを見習って、親愛なる隣人として自覚を持つべきですよ。
彼なんて『大いなる力には大いなる責任が伴う』なんて、聖人認定まっしぐらな迷言を座右の銘に右往左往日々頑張ってるんですよ。ワタシだって頑張ってるんですよ!
それをこんな……、寄ってたかって追い詰めてくるなんて……。人として恥ずかしいと思わないんですか?
――ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
(思わないですよね! 人じゃないですもんね! 知ってたよごめんね!)
もう辺りは蜘蛛さん方が鳴らす音の大合唱で埋め尽くされて、風の音も、アーセムの葉のざわめきも、ワタシの鼓動の音も、何もかも飲み込まれたみたいに聞こえてこなかった。
(鼓動に関しては止まっちまった可能性が大いにありますけどね)
なんなら思考も止めて、気の方も失った方が、楽になれるのは分かり切っている。
でも、それだとワタシの腕の中で一足先に気を失っているぐったりしているオロアちゃんを投げだすことになってしまうので、そこは人としての最後の一線だから踏み止まるほかないんだよね。だけど、踏み止まるべき足場がないんですよ今!
(世知辛ぇよなぁ……)
宙づりの状態では何ができる訳もなくて、心だけじゃなくて身体までゲロまみれになりそうになるのを必死に耐える以外やることがない。
後はリィルが救助に降りてきてくれるか、蜘蛛さん方に気づかれないように引き上げてくれるか……、どっちも無理そうなんでやっぱり落ちるしかないんじゃないんですかね。
どうにかオロアちゃんを手放さずに意識だけを手放す方法はないだろうかと目も思考もぐるぐる回りだしたところで、――ピタリと、なんの前触れもなく蜘蛛たちざわめきが止まった。
まるで彼らにしか分からない言語で示し合わせたみたいだった。
急激に膨れ上がった沈黙に圧し潰されまいとしているのか、さっきまであんなに小さく静まり返っていた鼓動の音が、一回一回爆発でもしてるじゃないかってくらいに大きくなって、身体を内側から揺さぶってくるみたいだった。
ああ、駄目だ。これは駄目だ。
さっきまでは処理しなくちゃいけない情報が多すぎたおかげで思考がぐるぐる回るだけで済んでいたのに、こんな静寂に包まれてしまったら、現状としっかり向き合わなくちゃいけないじゃないか。
どれだけ考えたって、ワタシのお粗末な脳みそじゃあ現状を打開できる策なんて生まれる筈ないのに。
誰だよ、こんな無茶なことを押しつけてきたのは。そういうのはちゃんと押しつける相手を見きわめてやれよ。できない奴にできないことを押しつけたところで、余計にめちゃくちゃになるだけなんだぞ。
こんなのどうしろって言うんだよ。無茶を振ってくるのは職場の上司だけで胸焼けするほど食傷してんだよ。
頭の中もお腹の中も、いっぱいいっぱいで、どうしようもなくて。こんな現実を飲み込むなんて、ワタシにはできる筈もなかった。
だからワタシは、ぽろぽろ泣いて、ニッコリ笑って……、
「――オ゛ロロロロロロォ」
そのまま吐いた。そりゃあもう盛大に。
それでも、オロアちゃんにかからないように腕で隠すように覆う配慮ができたので、結構ヤルじゃんって自分を褒めてあげておこう。
でも、いろいろと限界だった。
地面がかすむくらい高所も、頭も肝も身体も冷え切るような恐怖も、腕にかかる命的にも責任的にも重いものも、何かも耐え難かった。
いろんな感情がぐしゃぐしゃに混ざったまま整理することもままならなくて、そのまま身体の中で暴れまわっていた勢いそのままに、口から溢れだしていた。
もう、自分でもどんな感情を表にだすのが正解なのかも分からなくなってしまったから、どうせ分からないならそのまま出しちまおうゼって身体と頭が全部放り出した結果だった。
自分でも、今どんな顔をしているの分からないくらいだから、きっと外から見たらよっぽど奇怪な表情に見えたに違いない。
だから、本当に思わずといった感じだった。
「――えっ? 何それ怖っ」
初めは、その声がどこから聞こえてきたのか分からなかった。
ハスキーで、掠れたような音なのにちゃんと女性的で、サバサバした印象を与える声音。
あたりをきょろきょろ見回してみても、それらしい発生源を見つけられなくて、仕方なく目の前のルビーレッドに視線を戻したら、どうしたとでも言いたげに首を傾げられた。
どうやら間違いなく現実らしい。
さっきの声がワタシの目の前の存在から発せられていたっていうのが。
「……えっ?」
「……えっ?」
あまりの事態に現状が理解できなくて、受け入れがたい目の前の現実に、思わず首を傾げて声を漏らしたワタシに合わせるように、宝石に似たルビーレッドの輝きも、見方によっては可愛らしく見えなくもない感じに、再度首をコテンと傾げた。
(ああ、なるほどね。そういうこと。完全に理解したわ。……ふぅ)
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」
「エェェェェェェアァァァァァァシャベッチャダメダッタァァ!?!」
――OK。お互い落ち着こうぜ?




