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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案  作者: 黒一黒
第1章 世界を見守る巨樹と空師の街
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07 路地裏、絶体絶命(ミッションインポッシブル)

 抜けるような青空、澄みきった蒼穹、どこまでも続く好天。


 どんな言葉で飾っても遜色ない絶好の日和。


 これだけで頬を緩ませながら外を軽い足取りで歩くのに十分な条件で、この穏やかな陽気を全身で感じながらオーグルの街並みをゆっくりと堪能できたら、それはもう最高の休日になるのが保障されているようなものだ。


 ――それなのに……、


「イディーちゃあーんっ!」


「あぁああぁっーーーー!」


 ヒリつくような緊張、冷え切った心胆、どこまでも追いかけてくる叫声。


 どんな言葉を使っても足りない絶対の危機。


 これだけで頬が引きつらせながら人気のない路地裏を全力で駆け抜けるのに十二分な条件で、この壮絶な苦境を脱し糸玉入りの紅茶でゆっくり一息つけたなら、それはもう最高の安息が約束されたようなものだ。


 どうしてこうなった、ワタシはこの世界に観光に来ていた筈だ。


 確かに前途多難で色々とあったけど、綺麗なお姉さんのガイドを共に美しい街並みと街独特のお菓子の食べ歩きを満喫していたのに、そのガイドのお姉さんに襲われるとか誰が予想し得ただろうか。


 ――襲われるのが性的になら大歓迎……できそうにないな、うん。


 むしろ今以上に本気で逃げてるわ。


 なんにしてもリィルさんを撒かないと息もつけないのは変わらない。


 というか凄まじいまでの超ジャンプを繰り出す、この身体のスペックに引けを取らない仕立て屋のお姉さんって、これもファンタジー世界故のことなのか、やはり街人Aは最強なんだろうか。


「ふぐぅううぅ!」


 情けない悲鳴を上げながら懸命に手足を動かし、地を駆け、時に壁を蹴り。自分でもどこに居るのか分からなくなるまで何度も分かれ道を無作為に曲がる。


 猛追してくる気配が遥か後方に離れ、リィルさんの声が聞こえなくなったところで物陰に身を潜めて、息を殺す。


「はぁっはぁ。っん、はぁ」


 バクッバクッ、と心臓が身体の中で飛び跳ねているかのように騒がしい。


 あまりの音にリィルさんに聞かれているのではないかと心配になり、洋服の上から握り拳をぎゅうっ、と押し付けた。


 先程からこれの繰り返しだ。


 確かにリィルさんの仕立て屋とは思えない身体能力は驚異的だが、それでもこの身体がそれ以上の性能を持っているのは間違いなく、かれこれ三度は撒いている。


 どう考えてもスピードではワタシの方が圧倒的に上回っている筈なのに、どうして……。


 ――キンッ!


「ひいぅ!」


 耳元で響いた甲高い音に、びくっと身体を竦ませた。


 通算四度目の非常事態に頭の中で最大限の警報が鳴り響いているにも関わらず、そのあまりにも信じたくない現状に、ガチガチに固まった首を無理やりにでも回して、恐る恐るにでも確認せずにはいられなかった。


 座り込んでいるワタシのちょうど目線の高さ、顔のすぐ横、そこに細長い銀色の棒が生えていた。


 いや棒じゃない、何度も見てようやく分かった。これは、


 ――針だ!


 二十センチはあろうかという大きな針が、どこからともなく飛んできて石の壁に突き立っている。さっき聞こえた金属同士をぶつけたような音は、針が刺さる音だったのだ。


 そして当然の如く、針なのだから糸穴がついている。


 そこから伸びる糸を辿っていけば……、


「んふー。イディちゃん、みぃ~つけたぁ」


 ディープブルーの瞳を爛々と輝かせ、蕩けるような笑みを浮かべたリィルさんが、空中に張り巡らされた糸の上に優雅に腰掛けワタシを見下ろしていた。


「あばばばば」


「んふふ~、そんなに震えなくても大丈夫だよ。ちゃんと何からナニまで優しくお世話してあげるから」


 リィルさんが手に持った針をチロリと舐めてみせる。


 柔らかく膨らんだ唇から紅色の舌が覗き、銀色の上を滑っていくのが恐ろしいくらい蠱惑的な仕草だった。まさに獲物を糸で絡め取ろうとする女郎蜘蛛のそれだ。


 ――未だに漏らしていない自分を褒めてやりたい。


 顔面は蒼白になり足取りは覚束なく、尻尾はさっきから股で丸まったままで、全身がガクガクと震え立っているのがやっとのような状態だったが、ワタシの尿道はまだ恐怖に屈していなかった。


「んふ。追いかけっこも楽しかったけど、それももうお終いだよ」


「ワ、ワタシは、まだ諦めて、ません!」


「んふふふふ。私がイディちゃんをただ追いかけてただけだと思う?」


「へ? ……! そ、そんな?! まさかっ!」


 リィルさんの謎かけのような言葉に、一瞬なにを言っているのか見当がつかなかった。


 しかしリィルさんの指で糸を弾いて見せた姿に、恐ろしい可能性に思い至り慌てて周囲を確認した。


 ――上も、下も、横も!


 狭い路地裏のどこに目を向けても、縦横無尽に糸が張り巡らされており、今のワタシは正しく巣のど真ん中に囚われている状態だった。


「ちゃあんと一本一本丁寧に織り上げて、一手一手丁寧にイディちゃんを誘導して、完璧に作り上げた罠だよ。だから、これで」


「あっ、あっ、あっ」


「詰み。蜘蛛の巣の蝶々だよ」


 リィルさんが束ねた糸を握り込み思いっきり引っ張るのと同時に、周りに張り巡らされていた糸がワタシに向かって凄まじい勢いで収束してくる。

 あまりの格の違いに避けようだとか、暴れてやり過ごそうなんてことは考えることもできなかった。完全に掌の上で遊ばれていた。リィルさんの操り人形だったんだ。


 糸が全身に絡みつき動くことができないが苦しくもない、絶妙な加減で縛り上げられたワタシは、呆然としたまま手足を大の字に広げた格好で空中に縫い止められてしまった。


「んふ。捕まちゃったね、イディちゃん。でも安心して、酷いことなんてしなから」


 ――気付いて、今結構酷いことしてるって、気付いてっ!


 リィルさんがふわりと、まるで重力などないかのようにゆっくりと地面に降り立ち、緩やかな足取りで近づいてくる。


 その表情は見た人を安心させるような微笑みを湛えているが、瞳の奥に触れたものを溶かし尽くすような熱が蠢いているのをワタシは見逃さなかった。


 徐々に縮まっていく距離に、どうにかして糸から逃れようともがいてみるが、そもそも体勢的に力が入らないのに加え、力を入れたら入れた分だけ伸縮する糸を前に為す術はなく、焦りだけが募っていった。


 もう少しで手を伸ばせば触れられるという位置までリィルさんが迫ってくる。


 このまま捕まってしまえば、ゲームオーバーというかドロップアウトというか、とにかくアレがアレしてどうにかなって、リィルさんに甘えるしか許されない存在になってしまうのは明白で、打開策はないかと右に左に顔を向けてみても、人っ子一人通りのない路地裏は閑散としていて泣きたくなってきた。


「路地裏に逃げちゃったのが失敗だったね、大通りに行けば人もいっぱいいたのに」


 ついにリィルさんの指先がワタシの頬に触れる。


 顔の輪郭をなぞるように滑っていく手からは愛おしいものを慈しむ優しさと、欲して止まなかったものが手に入ったことへの熱狂が混在しているように感じた。


「だ、誰か、たすけっ」


 リィルさんの手から伝わってくる熱とは対照的に、ワタシの顔は冷気に晒されているように震えっぱなしだった。


 このままではいけないと思えば思う程考えは纏まらず、こんがらがった思考のまま助けを求めてか細い声を上げていた。


「無駄だよ。ここら辺の路地裏は滅多に人なんか通らないから。そんな計ったみたいに助けに来る人なんていないよ」







「――いや、そうでもない」


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