73 揺り籠の中身は
いやいや、証拠ですと言われても、実物もないのに「はい、そうですか」とはならないので。
というかだ、さっきまでも話とシュシュルカさんの態度とかを総合すると、『世話役』ってものがもう想像でき過ぎてヤバい。
何がヤバいって、これワタシの能力じゃあどうしようもないようにしか思えない。
もしかしなくても詰んでません、これ?
「幻獣様は、アーセムの最も大きな意思そのものと言っても過言ではありません。そのお役目は、アーセムを存続させること。アーセムに危機が迫った時、それを排除するための最終防壁なのです。
そして、そこにはアーセムの下層を管理している人族たち、つまりオールグの街も含まれています。我々は守っていただいている立場なのです」
ああ、聞きたくない。これ以上は聞きたくない!
でも、そんなことを言えるような雰囲気でもないし、何より聞かせてくださいって言ったのはワタシだ。
過去は振り返るものであって、やり直すものじゃないんだってことですね。
はー勉強になるわぁ。
――自分で自分の退路を断つとか、社会人の鑑かよワタシ。
そんなデキる社会人のワタシは、ホウ・レン・ソウも完ぺきな訳ですよ。そこで相談なんですけど……さっきの聞かせてくださいって話、なかったことにしません?
ほら、せっかく部屋の空気をくだらないことでギャグ空間にまで下げ果てたっていうのに、そんなまじめな話を始めちゃったもんだから、シリアスさんがアップ始めちゃってるじゃあないですか。
止めておいた方がいいと思うなぁ、ワタシは。
「アーセムを通して幻獣様の御意思を受け取るのが、我らアーセリアの賜ったお役目。しかし、我々はアーセムの声を聴くことはできても、人族の声を届けることはできないのです。
幻獣様は、我々を慈しんでいらっしゃいます。我々と共にあることを望んでいただけている、我々を知ることを望んでいらっしゃる」
(待って待って、一旦落ち着こ?)
さっきから言ってないけど思っているんですよ、話を急いだっていいことなんてないって。いやホントに、綿密な計画をもってことを起こさないと、思いもよらないところで足元をすくわれたりするから。
これ、経験者の談ね。
「我々はアーセムと共にあるために、知らせなくてはならないのです。現在の人族がアーセムに抱く畏敬の念を、共にあるための努力を、もたらされている恵みを。
そのために、送り出さなければならないのです。幻獣様のおわす上層へ、我々の声を幻獣様に届ける代表として『世話役』を、『巫子』を上げなければならないのです」
(ほらぁ、すぐそういうこと言うんだからも~!)
良くないからね、そういうの。先走って話しちゃって、ここにいる皆のことを考えてない発言ですよそれは。
もっとじっくり膝をつき合わせて相談してからでも、答えをだすのは遅くないって人間的に手遅れなワタシは思うのです。
「その『巫子』がいる場所が集められる場所こそ、この『揺り籠』なのです」
その言葉を最後にアーセリアさんは口をつぐみ、ワタシを含めて誰もが次の発するべき言葉を見つけらなかった。
――分かってた、こうなることは分かってたんだ。
彼女の話が進むにつれて、どんどんシリアスさんの存在感が膨らんでいっていた時点で、どうしようもなく重苦しいことにしかならないのは明白だった。
でもマジでどうしましょうね、この空気。
シリアスさんが場の沈黙を吸収して肥大化したみたいに、部屋の中に息苦しい圧迫感が広がっている。
こういう時のシリアスさんは本当に自重ってものが分かっていないからな、自分がどれだけ重たいことになってるか、一回顧みた方がいい。
まぁね、ワタシがどれだけ心の中でグダグダ零していることを外に垂れ流したところで、中身がスッカスカで軽いことに変わりはないから、流れが重い方に引っ張られていくのは自然の摂理 (現実)ですからね。
――でもワタシ、現実は戦わないことにしているんだ。
「……それは、子供たちの誰かを生贄に捧げろと、そういうことですか?」
だけどそうなんですよね。ここには、いつだって現実と真正面から向かい合ってきた人たちがいる訳ですもんね。ワタシの動向なんて取るに足らないことですよ。
粘土みたいにねばつく空気を掻き分けるために歯を食いしばっているみたいな、静かなのに力のこもった声だった。ゼタさんは、全員の視線に晒されるのをものともせず、アーセリアさんに向かって進みでていた。
「いいえ、違います。我々人族の声を届ける『巫女』として、幻獣様の『世話役』として、上層に召し上げるのです」
「それの何が……贄になるのと違うっていうんですかッ!?」
ゼタさんの怒声が建物そのものを震わせた。
それでも、そんな雷みたいな衝撃さえもシリアスさんは飲み込んでしまい、一段と重たくなっていく空気にワタシの精神は耐えられそうになかった。
しかし、みんながみんな、ワタシみたいに脆弱な訳ではないので、そんな重圧にも屈せず、ゼタさんは毅然とした態度で大きな胸を張っていた。
「控えろ! いくらマレビト様と御交友を結んでいるとはいえ無礼が過ぎる!」
「いいえ控えません! アーセリア様ご自身が言ったじゃないですか、人の身では耐えられる環境ではないと。そんな過酷な場所に、経験を積んだ大人の空師ならまだしも、子供を送り込むことが、贄じゃなくてなんだって言うんですか。
死んでこいって言っているのと同じです!」
「ゼタ……」
いつの間にか起き上がっていたリィルが、護衛の森人さんにも怯まず、すさまじい剣幕で声を荒げるゼタさんを心配げな表情で見つめていた。
それは、天涯孤独の身の上で、ようやくオールグ(ここ)で手に入れた自分の居場所を投げだそうとしている妹のこと思う姉心なんだろう。
でも、少しだけ得意げに口元が緩んでいるのは、きっとリィルも同じようなことを考えていたからで。それでも、それを言葉にできなかったのは、ゼタさんやアミッジさん、自分の周りの人のことを考えてことなんだろう。
姉の自分が言葉にできなかったことを、妹が一切の虚飾なく言い放っている。家族の成長が嬉しくもあり、誇らしくもあり、ほんのちょっとだけ寂しくもあるんだろうな……。
――はぁー、泣けるわぁ。
そういうことなんで、ちょっと一時停止してもらっていいですか? ワタシ、感動もの映画を見るときは休憩はさみながらじゃないと体力がもたないんですよ。
「子供です。年端もいかない子供なんです! 子供であることにすら縋れなくなってしまう痛みが、恐ろしさが、どれ程のものか……。
分かるんです。私には、分かるんです」
敵は内にいるって、昔から言いますもんね。
いや~、昔の人は含蓄に溢れる言葉には、ワタシの知性も兎跳びに跳ね上がっていっちゃいま。上がったところで、犬であることから脱却はできないから高が知れているんですけどね。
まあ、そんな知能がZ級映画並みに地を這っているワタシでも、ゼタさんがここの子供たちに自分の過去を重ねていることぐらいは分かる。
縋るものをなくして、行く当てもなく山を彷徨い、薄暗い路地裏で野垂れ死ぬ寸前だった自分。救いの手を差し伸べてくれたのは、街自体ではなかったのかもしれないけど。
それでも、自分を救ってくれたリィル (姉)と引き合わせてくれたのは、確かにこの街だから。
子供たちの命が危機に瀕している、もちろんそのことに対しても怒っているのは確かなんだろうけど、それに輪をかけて、その自分を救ってくれた人が育った街が、自分を捨てた村と同じことをしようとしている。
ゼタさんは、そのことがどうしても許せないんだろう。
挑むような視線で睨んでくるゼタさんを、アーセリアさんはまっすぐ見つめ返しながら、わずかに考えを巡らせているみたいに目を閉じ、少しの間を空けて口を開いた。
「……貴女が言い分はよく分かりました」
「ではッ!」
「しかし、それとこれとは別の問題です」
それでもなお、表情にも声音にも、わずかな揺らぎすらなかった。
そこには、街を、そこに住む人々の幸福を、たとえどれだけ残酷な決断をすることになっても守る決意を心の底から固めきった、為政者の顔があった。
「……そもそもの根本からして、間違っているのです。なぜなら、ここは、この揺り籠という施設は。その『巫女』という存在を集めるために作られたのですから」
「なっ!?」
声を上げて以来、前に進むことだけを考えていたゼタさんが、その言葉に打ち据えられたみたいに後退った。
「……そして。そのことは、揺り籠と『巫女』の管理を任せられる『籠守』に就任する時点で、先代から教えを受けていることであり、厳守の宣誓と共に承認していることなのです」




