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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案  作者: 黒一黒
第1章 世界を見守る巨樹と空師の街
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51 大人って奴は……


 リィルの呟きに頬を撫でていく風まで気を使っているみたいで、ワタシたちの間を沈黙と一緒に静かに流れていく。


 緩やかに吹き抜けていく風に運ばれていったのは、どこかほろ苦い空気だった。


 風が去っていくのを遠い瞳で見送ってから、リィルはまた徐に口を開いた。


「緊急の避難具も転落防止の受けも、絶対じゃない。

 どんなに安全対策を重ねても、どれだけ修練を重ねて技術を身につけても、年に何人かは亡くなる人がいる。それはアーセムと共にオールグで暮らしている以上、仕方のないことかもしれないけど……。それでも残されてしまう人がいて、中には一人では生きていけない、まだほんの小さな命もある」


 足場を作り、手掛かりを作り、命綱を張って、細心の注意を払っても、そこが地上より遥か上空にあることに変わりはなくて、本当に些細なことで、それこそ足を滑らせただけで簡単に命が危ぶまれる。


 そんな断崖絶壁に張りついているのが空師という存在だということは気づいていたはずなのに、なぜだか初めて知ったような気持ちになった。


「そういう子供たちを引き取り、独り立ちできるまで育てる……故に『揺り籠』。

 誰が言い始めたのかは定かではありませんが、もともとの由来はそこだったと聞き及んでいます」


 リィルの言葉を引き継ぐ形で、ゼタさんが静かに続けた。

 二人の言葉がワタシたちの間でまとわりつくように揺蕩っている感じがして、重いわけではないのに息苦しかった。


 ――お腹をオロアちゃんの手に絞られてるのと無関係なのは間違いない。


 ワタシに回されているオロアちゃんの手が僅かに震えながら固く自分の腕を握りしめていて、背後に聞こえる息遣いは立ち向かうことすら許されない恐ろしいモノから隠れるように小さくなって、弱々しかった。


(とはいえ、この年の子供に酷な話だよなぁ……)


 改めて見てみれば、手も身体もちゃんと子供らしく小さくて、どうしようもないことだったとしても、それを目の当たりにしなくちゃならないというには早過ぎる気がしなくもない。


 仕事中に人が死ぬなんて向こうの世界でもよくあることだ。それこそなんでもない些細なきっかけで人は死ぬ、孤児だって普段は見えていないだけでいくらでもいる。


 でも、仕方ないとかよくあることなんて言葉で流していいものじゃなくて、それでも、仕方ないとかよくあることっていう言葉で受けとめるしかないものだった。


「……でも、どうしてそれが商家との繋がりを邪険にすることになるんですか?」


「ああ、それはね」


「リィル殿!」


 リィルの言葉を遮って、ゼタさんの怒気を孕んだ叫びがワタシたちの縛り上げた。二人してビクッと肩を跳ね上げて、鋭く刺し咎めてくる視線に晒された。


「オロアの前ですよ、そういう話は」


「ゼタ」


 しかし、今度はリィルが早口で捲し立てられそうになったゼタさんの言葉を遮って、凪いだ海のような、厳しさを静かにたたえた瞳を覗かせた。


「オロアちゃんは子供だけど、子供なだけって訳じゃない。レジップ商会の跡継ぎで、一人息子なんだよ。

 あのレジップさんが商売に必要なことを教えていない筈ないでしょう?」


「しかし」


「大丈夫です、お姉様」


 それでも食い下がろうとしたゼタさんの声に、オロアちゃんの制止が重なった。

 ワタシのお腹の前で祈るように組まれた手は、未だに固く握りしめられていたけど、もう震えてはいなかった。


「もうずっと前からお父様に言い聞かされていますので、『揺り籠』の子供たちと必要以上、無闇矢鱈と親しくしてはならない、と。

 ……子供たちは揺り籠を出た後は自由ですが、多くの場合が空師として活動します。それはそうですよね。『学校』で教えてもらえるのは、必須の算術や言語などを除けば空師に関わるものがほとんどです。

 例え類い稀な商才などがあったとしても、元手となる資金がない、必然と選択肢は狭まってくる。

 その子供たちと幼い頃から親しくすれば、意図せずとも鎖をつけることになる。……人を縛るのに、情ほど有効なモノはありませんもの」


 そこまで言い切ったところで、オロアちゃんの全身から力が抜かれ、ワタシの肩にあごを乗せて頭を預けてきた。


 LSD (Little Sister Diesuki) が切れて禁断症状たまらなくなっちゃったのかと緊張感がオーバードーズしそうだったけど、そうではないらしいので一安心っという訳にもいかなくて、抱き竦められている現状は何も変わりはないので自分の間抜け具合に暗心(あんしん)せざるを得なくて、どちらかといえば小さい子供が寂しさを紛らわせるためにお気に入りのぬいぐるみを抱きしめて縋っているような扱いの我が身には闇沈(あんしん)する他なかった。


(自分でも何を言っているのか分からなくなっているので誰か助けてくれても良いんですよ?)


 全世界の人々は、一度ヤク中の女装少年に羽交い締めにされてみるべきですね。そうすれば、今のワタシの気持ちが分かるだけじゃなくて、きっと世界から争いはなくなってワタシたちが友達なのは間違いないから。


 ――独りぼっちは、寂しいもんだ……。


「それがオールグに店を構える商家の人間なら、そういう目で見られて当然だと思います。アーセムからの恵みの管理は、協会、空帝騎士団(ルグ・アーセムリエ)、それにアーリセア家の三つが共同で行っているとはいえ、家ほどの商家になえれば、たとえ外からでも影響を及ぼしますし、及ばさざるを得ません。

 その商家が空師と個人的に結びつきを強めてしまって、不正……、横流しなんかがあってはこと(・・)ですもの」


 ――ワタシの心の平穏が島流しにされて、個人的にはこと(・・)なんですが……。


 遠くに行ってしまったワタシの心が、誰からも見えなくなってしまったことを痛感せずにはいられなかったけど、きっとアーセムからだったら世界の端さえ見えるんじゃないかって、淡い期待を寄せて見上げてしまったワタシの往生際の悪さに慎みなんてなかった。


 しかしこうやって仰ぎ見ると、どんなに雄大で規格外でもアーセムが植物であるのは、見れば見る程疑いたくなるけど、ちょっとあり得ないんじゃないって気持ちが常に心の片隅に張りついて仕方なくて、百歩譲って植物だとしても新種の生命体なんだろうなって勝手に解釈する頭があるのも確かなんだけど、そこはファンタジーだからって納得するように自分自身を説得することに余念はありません。


 自分で思考の挙動不審さに混乱しそうだからまとめてみると、アーセムは植物だから採れる資源も限りがあるのに、植物っていうだけじゃなくて、この街オールグを飲み込む一つの大きなシステムなんだ。


 その調節を三つの別団体が合同で行うことによって、上手いこと管理しながらアーセムそのもの整備も含めた管理運営をしているのに、そのシステムを外から勝手に弄くってしまっては致命的なバグが起こりかねない、そういうことなんだろう。


 つくづく、オールグ(この街)がアーセムを基準に回っているのがよく分かる。


「分かってはいます、分かってはいますが……。どうしたって納得できないこともあるじゃないですか」


 肩口から胸元を覗き込むように頭を投げ出して、ワタシをすっぽりと包み込むように抱きしめてくるのに為す術なく埋もれていくのを諦めながら、横目で見たオロアちゃんの唇を尖らせている顔には子供っぽさを感じるというより、社会の勝手な事情を必要なものなんだと飲み込もうとする、大人としての片鱗が垣間見えるような気がした。


 ここまでくると逆に子供であることが煩わしく思うものかな、なんて考えは曲がり形にも中身大人であるワタシが思っていいことではないから戒めるのになんの躊躇もないんだけど、幼女犬に(なり)を曲げられてしまっているので仕方ない気がしないでもない。


 ――でも身体を変えたからって、心まで変えられると思わないでよねっ!


 しかし、ここで認めてしまっては本当に禄でもない存在になってしまうから、諦めることを諦めるよう自分に言い聞かせようとしたけど、そうすると先程の考えは素の自分であることを認めることになるので、やっぱりワタシには幼女犬がお似合いな気がしてきたから、もうちょっと考える時間をあげることにした。


 ――ふふっ、尻尾を振るのも楽じゃねぇや……。


 縦横無尽に振り乱される自分の尻尾の八方美人ぶりには、流石のワタシも心の汗が止まることを知らなかった。


 しかしそんなアホなワタシの心の葛藤を余所に、自分の中で折り合いをつけ終わったのか、オロアちゃんは大きく息を吐くと、あったら主にワタシが困惑する当然のない胸を張って上半身を伸ばすようにアーセムを仰いだ。


「きっと、リィルさんは色々とお聞きになられてたのではないですか? 

 お父様はリィルさんのお得意様ですから。買い物ついでの世間話も長いようですし、……親では言い辛いこともあるだろう、ならば自分が憎まれ役になれば親子間で拗れることもない、なんて余計なことを考えて。

 本っっっ当に、余計にお世話ですわ」


 男子三日会わざれば、なんて言葉があるくらいだから女装少年なら三分もあれば十分なんだろう。


 場の空気を変えるように、オロアちゃんがじっとりとした目でリィルを睨みつけたのに、リィルは一瞬だけ申し訳なさそうな笑みを浮かべ、すぐにおちゃらけたように握った両手を振り回しながら口を尖らせた。


「ぶーぶー、なんだよ~。分かってるならそんなに突っかかってこなくてもいいじゃない。ホント、可愛くないんだから」


「貴女に可愛く見てもらいたくなどありませんから。……絶対に、下に見るだなんて許さないんだから」


 最後に聞こえた小さな呟きに、なんとなくだがオロアちゃんの心持ちが想像できるような気がした。

 きっと小さくても自分の(しろ)を持ち、なおかつお父さんに認められているリィルに対抗心を燃やしているのだろう。


 だから必要以上に突っかかっていくし、リィルもそれが分かっているから、ちょっとした壁役として接しているんだ。なんだかんだで仲が良い証拠だと思う。


 しかしそれはそれとして、三人の話を聞いてもやっぱり納得がいかなくて、空気を壊さないようにそ~っと声を上げた。


「あ~。でも、だったらオロアちゃ、お姉ちゃんが遊びに行くぐらいなら問題ないのでは?」


「イディ、聞いていまして? 家はこの街で最もと言っても過言ではない大きな商家なのよ?」


「いえ、だから問題ないじゃないんですか?」


 怪訝な表情で覗き込んでくるオロアちゃんに、これだけは知っておいてもらいたいと思い、まっすぐ目を見つめ返しながら言葉にした。――つまるところ、


「子供一人の我が儘ぐらい飲み込めないんじゃ、これだけ大きな街の大商会のボスなんてやってられないでしょ」


 ――大人は、大人らしくできるから大人なんだ。って、そういうこと。


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