39 オークの嫁取り②
一夫多妻、イップタサイ、いっぷたさい。
おそらく、世界で最も力強い言葉。男たちの間で脈々と語り継がれる煌びやかな夢であるのと同時に、男性のあらゆる能力が試されるハードな心意気。
財力、コミュ力、包容力。求められる男性力がカンストしていないと、維持どころか形成するチャンスすら恵まれない、伝説のラブ・アンド・ピース。
それを成し得ているとか、緑人族さんの格は青天井に向こう見ずですね。
――漢の中の漢かよ。
「まぁ、イディちゃんが驚くのも分かるかな。今のご時世で何人もお嫁さん貰うのなんて、緑人族じゃなかったら王様ぐらいだからね」
――王権に匹敵するオークさんの漢力、敵いませんわ。
しかし最近では、着の身着のまま無一文で、よく見もせず世界の全てを憎んじゃって会話が成立せず、むやみに敵意をばらまいて「俺に触れたら……死ぬぜ?」みたいな輩でも、異世界にやってくればもれなくハーレムが特典でついてくる時代、なんて優しい世の中なんだ。
女性を侍らせるのに男性力なんていらない、つまり現在は幼女であるワタシだって異世界にきている以上、ハーレムを形成するのになんら障害もなければ後ろめたさもないんだけれど、謙虚なワタシは全力で精神的安寧を図るのに注力しているからそれどころじゃないんだよなぁ。
ホント、最近流行の異世界転生系ラノベの主人公たちの溢れすぎてダダ漏れな怪物的バイタリティには、手が擦り切れるまで拍手を送りたくて止まない気分になれるね。
「オークにとっては種族柄、必要なことではあるのですが、どうしても女性を多数引き連れながら親族への『この女は貰っていく!』宣言は傍から見ると人攫いに勘違いされがちで、イディちゃんが言っていたオークの評判はそういうところからきているんです。
特に昔は世界中でいざこざがあり、争いも絶えず、戦闘の得意なオークは自分たちの戦い以外でも傭兵として重宝されることが多かったのも、大きな要因ですね」
聞けば、オークという種族はナチュラルボーンでスーパーな戦闘種族らしい。
その鼻は土の下に潜む敵を嗅ぎ分け、その耳は十メートル離れた敵の息遣いを聞き取り、その身体は柔軟な筋肉と分厚い脂肪に覆われ、俊敏で力強く、タフネスと機能満載。
幼少の頃から施される戦士としての英才教育に加え、何よりも男しか生まれない故なのか、オークという種族が持つ絆が驚異的。
群が一個の生き物のように動く連帯戦闘は、集団戦において無類の強さを誇った。
そりゃあ、そんな生まれながらの純粋培養で軍隊的な生物が「このすげぇ女は俺のもの!」みたいなことを戦時中にやっていたら、良い噂になる筈もないよね。
「しかし戦場に赴く訳ですから若くして亡くなる方も多く、そのせいで数が少なくなりがちだったので、沢山のお嫁さんを貰っていたんですね。
しかし今では、多くても三人程だと聞いています」
それでも三人は侍らせるオークさんは、現代を生きるレジェンドマスターソード (意味深)で、現代価値観なんて刺し貫いちゃってますよ。現代日本で、ある種の信仰すら集めて止まないオークさんはやっぱり格が違った。
獣幼女と化したワタシでも信仰すれば少しは男らしさを復活させられるかもなんてのは、淡過ぎて儚過ぎて夢にすらならないから、ここはやはり、あの自称神様にクレームを入れるしかない。
しかし、どこにいるのかどころか会えるかどうかさえ定かではないうえに、アレを前にして何か言える程の漢力を持ち合わせているなら、犬にも幼女にもなっていないだろうからワタシには夢も希望も生まれないのを知って悲しくなんてならない。
――ただ……。ほんの少し、寂しいだけだから。
「まぁ、こうやって話してるだけじゃオークの嫁取りの良さは半分も伝わらないだろうしね。やっぱり直に見るのが一番だよ」
嫁を送り出すお父さんと良い酒が飲めそうな心情なんてさて置き、リィルの陽気な声に誘われて向けた視線の先では、多種多様な種族の人たちが何かの工房であろう場所の前に大勢でたむろしていた。
その輪の中心に深い皺だったり傷だったりを顔に刻んだ、いかにも頑固そうで『親父』と呼ばれるために生まれてきていそうな初老の男性が、腕を組んで仁王立ちをして、つまりはガイナっていた。
その今から戦場に赴くような鋭さが滲み出た顔からは決意しか読み取れないし、髭に埋もれているような眼からは火山口のように敵意を吹きあげられている。
まぁ、ワタシからすればそんな瞳も目前まで迫って目にも止まらぬ速さで腹を見せるだけの迫力しかないから、これだけ離れていても腰が引けるのは当然と言えば当然で、散歩を嫌がる柴犬なんて目じゃないからイベントが終わるまで立っていられたら褒めてやるよ、ワタシ。
何を為すにも決意って必要だからね。例えこの場でおっぱじめられようとも、ワタシにはリィルとゼタさんがいるのを忘れないでハプニングは調子にのらない方が良いと思うよ。
とりあえず人として如何なものかっていう疑問は残っても、人に頼られるって嬉しいことだから大丈夫ってことで、ワタシとしてはこれ以上ない精神安定を図りながら、改めて視線をやってみたら自分の性根も目玉も駄目なんだなってことに気がつかされた。
「えっ、縮尺おかしくない?」
一度、目を瞑ってやれやれついに焼が回っちまったかなって小さく首を振ってもう一度目をやって、見間違いでないことにワタシは自分が現実向き合えているのか不安になったけど、考えるまでもなかった。
とりあえず溜め込むのは良くないから、叫んでおこう。
「腕でっか! 背ちっちゃ!」
「でも、イディちゃんよりはおっきいよ?」
それでもなお、ワタシの方が色んな意味で小さいというのは世界というよりも自称神様の意志を感じざるを得なくて居た堪れないよね。
しかし、それはそれとして、どう見てもそのサイズ感は間違ってる。
背はワタシとさして変わりがないのに、指を伸ばしたら地面につきそうなくらい腕が長く、太さなんてワタシの胴回りの三倍はあって、拳もやっぱり頭二つ分くらいありそうだ。
「それが岩人族という種族の外見的特徴です。あの大きな腕からは想像もつかない程器用で、鍛造や細工など金物を扱わせたら右に出る者はいません。それに加えて岩人族にはあの目がありますから」
「目?」
ゼタさんの言葉に誘われて視線を『親父』の目に向けると、同時にワタシの視線を感じ取ったのか迫力だけで効果音が漏れ出しそうな雰囲気の顔がこちらを向いてバッチリ目が合いそうになったのを、持ち前のスルー技術で自然にそのまま頭ごと横を向くことで華麗に回避して、別のものが漏れ出すのも回避した。
――ワタシの両手が繋がれていて命拾いしたな。
じゃなかったら今頃、仰向けになって腹を見せたワタシが社会的に殺されているところですよ、まったく。
「岩人族という種族は特殊な目を持っているんです。なんでも姿を隠している精霊を視認することができたり、金属などに宿る魔力すら見ることができるとか。
その目は鍛造を行う際にも大いに役立ち、火や水、金属の状態を完璧に把握できるそうです」
「森人族でいうところの耳だね」
森人族は『耳』、岩人族は『目』、それぞれ種族によって特徴的な機能が五感に備わっているのかもしれない。
でも大丈夫、オークさんには漢力があるからね。圧勝ですよ。
「それじゃあ、私は投げ入れ以外のご祝儀を渡してきますので、イディちゃんはお姉ちゃんと待っていて下さい。
そろそろ始まると思うので、あまりあちこちフラついては駄目ですよ?」
そう言い残して、受付らしきところへ先程買った瓶詰を抱えたまま歩いていってしまったゼタさんの後姿を見送りながら、この人混みの中をフラつけると思っているワタシへの過大評価をなんとかしくちゃならないと決心した。
「とりあえず、イディちゃんの背でも見られるように前の方に行かせてもらおっか」
「えっ!? いや、ここでいいですよ! そんな知り合いでも親族でもないのに、そんな最前列だなんて。ちょっと身の程を知りたい」
「最前列とは言ってないんだけど……。まぁ、イディちゃんの身の程 (身長)を考えたら一番前が妥当かな」
――カーッ、語彙力のバーゲンセール!
でもあんな怖い顔したおっさんに近づいていくとかそんな、自分を傷つけたって良いことなんてないんだから大事にていこうよ。たった一つしかないんだぜ、自分。
でも姉妹という名の鎖に繫がれたワタシに選択権なんてないから、リィルに引きずられるまま戦場の最前線までくるしかなかった。




