38 オークの嫁取り①
繋いでいない方の手の人差し指をピンッと立て、モノを知らない子供に知識を披露するような、まさにお姉ちゃん然とした態度には己の立場を叩き込まれるようだし、その切り替えの早さには頭も耳も尻尾も下がる思い以外なかった。
「その為、彼らは他の種族から女性をめとる必要がある訳です。
だから彼らは成人の儀式として、一定の年齢になると自分の部族を離れてお嫁さんを探す旅に出るんです」
しかし、種族として男しか生まれない設定がきっと九割方の異世界で通じるのは、間違いなく緑人族をそういう存在にしようとする世界意志を感じざるを得ないし、むしろ望まれているような気がするからオークさんはワタシの分まで強く生きて。
―――ワタシはもう、妹から逃げられないみたいだから……。
中身だけとはいえ、三十間近の男が十代の女性に妹扱いされるとか、涎を撒き散らしながら他の体液まで垂れ流しそうに美味しい状況なのは一部の人間だけだから、ワタシとしては美味しい思いは食事だけでお腹一杯なんですよ。
でも、そんな出会ってから一番の活き活きした笑みを浮かべられたら、何も言えねぇや。大丈夫、ワタシよく「オマエの取柄は諦めが良いところだよな」って言われるから。
人間捜せば長所や短所の一つや二つは見つかるし、自分で見つからないもの程、誰かが見つけてくれるものだから。
そういう風に、巡っていくものだから。
――良い話だよなぁ、涙が止まらねぇよ。
「ゴメンね、イディちゃん」
内心の湿度は限りなく高まっていくのに、ジメジメした気持ちからはかけ離れて外面的に乾いた笑いしか生まれてこないワタシを見かねてか、小さく苦笑を浮かべたリィルがゼタさんに聞こえないように耳元で囁いた。
「ゼタ、一人っ子なうえに家庭の事情が事情だからさ。妹っていうのに憧れてるんだと思うんだ。だから、ね? ちょっとだけ付き合ってあげて」
そう言ってウィンクをかましてみせた瞳は申し訳なさそうに見えて、「ゼタの妹ってことは、私の妹でもあるよねっ!」って考えが隠そうともせずシースルーに見え見えなのは色んな意味でいやらし過ぎてどうかと思うので控えて。
そのくせ、しっかり堅物の妹が初めて我が儘を言ってくれたのを喜んで受け止める姉の顔もしていて、ワタシに嫌と言わせる気がこれっぽっちもないことまで分からせにきているから性質が悪い。
(そんな顔をしたって、ワタシは尻尾を振るだけなんだからっ!)
恨みがましい目を向けるのもなんだか負けな気がして、目を瞑ったのは諦めたからではなく、これは世間が言うところの悟りの心ってやつだから、リィルはワタシの懐の深さと腹を見せる速度に感涙を余儀なくされてしまうと良いと思います。
「コラッ! ちゃんと聞きなさい」
「はいすみません!」
――その前にゼタさんのお姉ちゃんっぷりにワタシが涙を禁じ得ないけどな!
目を瞑っていたからといって話を聞いていなかった訳じゃないのに、注意されたことに思わず反省の鳴を上げてしまったのは、これは早くも末妹の風格が出てきていますよ。
でもワタシ、大人ですから。
反抗期を心の中だけで済ませるのなんてお手をするよりお手のものなんですよ、なんならおかわりをつけたっていいね。伏せもお座りだってできるんだから。……ホント、ワタシって犬は優秀だなぁ。
「宜しい。それじゃあ続きを話しますけど、オークたちはその特性上、自分のお嫁さんを見つけて部族に連れ帰らなきゃいけないのですが……。
その、お嫁さんの家族への挨拶というか、宣言というか。徒人族で言うところの結婚式……、になるのかな? まぁ、それがちょっと特殊で、あらぬ誤解を生んでしまったんです」
何も宜しくはないんだけど、ゼタさんがそれを察してくれるのは今から末妹を脱するよりあり得ないことにワタシ気がついちゃってるので、首輪には繋がれていなくても心は姉妹愛という鎖で繋がれてしまっているんですよね。
「あっ、ちょっと待っててください」
一つの荷車型の露店の前で急にゼタさんが立ち止まり、二人に引っ張られる形で宙吊りになったワタシは、(ついに現実から卒業か……、羽ばたいてこ)と浮足立ったけれど、手も心も繋がれたままだったので飛び立てなかった。
自由も責任って重い鎖に繫がれているからね、仕方ないね。
でも、この中途半端がジャストフィットみたいだから、お似合いなんだって、そう思うんだ。
――だからさ、流されてこ、ワタシ。
「すまない。薬花を束で三つと果物の酢蜜づけを二瓶、頼む」
「はぁい」
店に立っていた牛人族の女主人が、間延びした声とは裏腹に手際よく商品をまとめていくのを、身も心も宙ぶらりんのまま眺めた。
牛の要素が散見できる顔立ちに極々短く小さな角、細工の施された銀色の鼻輪。特徴を上げれば切りがないのだが、それらを全て置き去りにして。
なんと言うか、おっぱいだった。
なんと言っても、おっぱいだった。
ビッグ、おっぱいだった。
ゼタさんも十二分に大きいけど、彼女のモノを前にしては霞まざるを得ないのは明白で、上半身におっぱいがついてるのではなく、おっぱいに上半身がついている、そういう存在。
これには元の世界で地球人に紛れて細々と生きているおっぱい星人の皆さんもご満悦、っていうレベルだった。
それぐらい、おっぱいだった。
「はぁい、お待ちどうさまぁ」
「うむ、ありがとう」
(――ナイスおっぱい)
せめて思考には自由をと思わずにはいられなくて、緩い笑顔で手を振って見送ってくれている彼女に、心の中でサムズアップをしておいたけど伝わったかどうかは定かではないし、伝わってしまってもワタシが居た堪れないだけだから、そんなことはなかったことにしてゼタさんの話に耳を傾けた。
「因みに、牛人族の鼻輪は既婚の証です。夫婦でおそろいのデザインの物をつけるんですよ。最近では片方の穴にだけ通すとか、つけ方が多様化しているみたいですけど」
「へ~、面白いですね」
こっちでは、向こうでいうところの結婚指輪も様々な形が存在するんだろう。
そもそも指がない種族だっているかも知れないし、実体がない種族がいたっておかしくない。
そう、こういうのでいいんだよ。
ちょっとした文化とか種族の特性による違いとかさ、そういうのを楽しめればワタシは満足なんだ。そろそろ世界もそういうとこ学んで。
「話を戻して、オークの嫁取りですが。
そもそもオークという種族は男性しか生まれないことから縦社会かつ男性が強い社会ですし、全てにおいて力強いことが何よりも求められます。部族の方針とか運営も全て男性が仕切るんですね。
そのせいで女性から見ると不遜というか……、上からに見えてしまうようなことが間々あります。それが嫁取りにも表れているんですね」
「俺様が貰ってやる~、みたいなことですか?」
「う~ん、ちょっと違います。方向性というか……、立ち位置? 物の見方が」
中身のたっぷり詰まった大瓶が二つ入っている紙袋を片手で悠々と抱えながら、ゼタさんは適当な言葉が見つからなくて何かないかと尋ねるようにリィルに視線を向けた。
「そうだね~。んー、オークの嫁取りを言葉にするなら。俺の嫁すげぇ! それを貰ってく俺はもっとすげぇ!! かな」
「あっ! そうです。まさにそんな感じです」
――嫁さんを持ち上げて自分を更に持ち上げるとか、自信の塊かよ。
どうやらこの世界のオークさんは、日本における古い男性観を煮詰めたような存在らしい。
黙って俺についてこいどころか、黙って俺に守られてろ、って現代の日本では確実に反感食らうことは間違いないけど、文化だからね、仕方ないね。
「嫁取りの様子は今から見れるので口で説明するより分かり易いでしょう。まぁ、その独得さが先程のイディちゃんのような誤解を生んでしまったんですけどね」
ゼタさんが苦笑を浮かべながらも庇うようなことを言っているのを前に、まだ見てもいないワタシがこんなことを考えるのもどうかと思うけど。
誤解されても仕方ないような光景しか思い浮かべられないのは、きっとオークさんがそういう存在であることを世界が望んでいるし、ワタシもここまでくると期待していないと言ったら嘘になるから、是非突き抜けていってほしい。
大丈夫、出る杭は打たれるけど、突き抜けた杭は見つけることすらできないから。
「でも、そういう風だから、中にはオークに嫁ぐのは絶対に嫌っていう女性もいるよ。女は守られているべきだって考えが合わない、弱く下に見られるのが我慢ならない、って。
あっでも、だからってオークの人たちが女性を軽んじてるとか、蔑ろにしてるとか、そういうことはないよ。というか、むしろ逆かな」
「そうですね。当然その人によって異なりますが、種族という括りで見た時、オークという種族は他のどの種族よりも女性を大切にします。
その態度は、女性を庇護しようとし過ぎるあまりに出たものと言えるでしょう。オークにとって女性というのは何よりも、それこそ自分自身どころか、世界そのもよりも大事な宝なんです。
だから自分の子を産んでくれる女性たち(・・)を全力で敬い、愛し、自身の持つ全てで守るんです」
「へー……。ん? たち?」
思わず聞き流してしまいそうになったが、何やら不穏な言葉が耳を掠めた気がして、聞き返さずにはいられなかった。
「そうだよ、お嫁さんたち(・・)。緑人族は一夫多妻制だから」




