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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案  作者: 黒一黒
第1章 世界を見守る巨樹と空師の街
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36 つまり、そういうことだよ


「殺られる前に殺るんだ。愛を、この手で……」


 決意も新たに拳を握り、どこまでも青い空に力強く見据えた、リィルにおぶられながら。


「イディちゃん。ほぉらっ、そろそろ機嫌なおして? みんなにイディちゃんのことを知ってもらうチャンスだったんだもん。

 迷子と間違われて警邏に保護されちゃうなんてことがあったら嫌でしょ?」


「分かってる、分かってるよ! ……でも、誰かが、きっと誰かが。殺らなきゃならないことなんだ。投げ出しちゃ、ダメなんだよっ」


 悲愴にぬれて滲む視界を閉じると、リアルからも目を逸らしそうになる。


 でも戦わなきゃ、これが世界の選択だというのなら、認める訳にはいかない。他でもない、ワタシだけは認めちゃいけないんだ。


 手の中の(ともしび)は今にも消えそうなくらい儚げだけど、これだけは何がっても投げ出しちゃいけない。


 ワタシが大きな火に変えられなくてもいい、小さなままでも、次に、誰かに、託せるなら。それでいいんだ。


 それまでは、ワタシが守っていこう。 世界の理不尽から隠すくらいは、できるから。


 こんな異世界に誰がした。


 ――……いったい何と闘ってるんだろうな、ワタシは。


 虚無感に抗えず全身の力を抜くと空を仰いでいた頭がぐらりと揺れて、リィルの髪に顔を埋める形になった。

 お日様の匂いと新緑に覆われた川辺のような仄かに甘い匂いが、ワタシをいっぱいに包んでくれる。これ以上なく癒してくれる存在に、ワタシの頬はじんわりと緩んでいった。


「って、なんでおぶられてんですか!? 降ろして、自分で歩けるから! 

 現実から目を背けて、地を踏みしめて歩くことすら止めてしまったら、それはもう世界どころじゃなくてワタシの終りだ!」


「え~、どうしよっかな~。んふふ~」


 ワタシのお尻に手を回してしっかりホールドしたまま、リィルが赤ん坊をあやすように身体を揺らす。

 その絶妙な振動に途方ものない安心感に襲われそうになるが、黄金メッキの精神をもってなんとか退けたから大丈夫だった。


「あふぅ……じゃない! 下ろして!」


「もー、しょうがないなぁ。はい、どうぞ」


 屈むのを待ちきれず、飛び降りるようにリィルの背から離れる。


 全身を包んでいた温もりが消えるのと同時に、踏みしめた石畳の固さに現実が差し迫ってきて、ワタシはどっちにしろ駄目な気がしてきた。


 映像の回収をする権利なんてワタシにはないし、どれだけの人数が買ってどこに家を持っているかなんて分かる筈もないので、これは永久保存版ですね。


 どうしようもないのは分かっていても、あの映像が不特定多数に見られるかもしれないと思っただけで笑えてくる、主に膝が。


 しかし、どうしようもない状況だからこそ笑ってやるのだ、この程度でワタシは折れる筈がないんだって、大胆に、不敵に。


 全身が崩れ落ちそうになるのを、膝に手をついて支えた。


「ふふっ、流石は現実(リアル)。幾人もの猛者を飲み込んできただけはある」


「イディちゃん、それ以上の現実逃避は何も生まないよ?」


「知ってるよぉ!」


 どうやら周りに味方はいないらしい。いや、いつだって人を傷つけるのは好意なんだ、だからこれはリィルたちの愛なんだ。

 誰かに優しくなろうとした時、人はその手に隣人を切りつける刃を握っているものだから。


 ――愛って、痛いね……。


「それで、これからどうしましょうか?」


「んー、そうね~。これ以上イディちゃんが何かに巻き込まれるようなことになっちゃったら、流石に可愛そうだしねー。

 んん~、でもなぁ。巻き込まれてこそのイディちゃんって気もするしなぁ」


 顎に手を当ててうんうん唸って悩んでいるリィルの袖をちょんちょん引っ張り、呆れたようでいて優しく微笑みを浮かべながら小さく鼻息を零し、首を横に振った。


「それは、気のせい」


 教え諭す恩師のごとき微笑は聞き分けの悪い不良でも即座に叩き潰す筈だったのに、ワタシを見下ろすリィルの瞳はゆっくりと弧を描いていった。

 擬音をつけるなら「にゅまぁ~」で間違いないし、その眼は悦楽にヌレヌレで欲望が目の形をしているだけだった。


「え~、ホントにぃ? いいのぉ? 

 のどかって安らぎっちゃううらららな所に連れてっちゃうんだよ。大丈夫? 何もなくて寂しくなっちゃうんじゃない? 欲しくなっちゃっても知らないよ?」


「ワタシをのどかって安らぎっちゃううらららな所に連れてったら、……ヤバいよ? 具体的に言うと、縄張り争い中の猫だって喧嘩を止めるくらい、ヤバい。

 そうなったらもう世界平和ですよ? 尻尾を抱き枕にして丸まって寝ちゃうよ? 三度寝ぐらい余裕なんだからっ!」


「んん~、もう一声欲しいかなぁ」


 なんて欲張りなエルフだろうか、三度寝では飽き足らず四度、五度寝まで要求しようとでも言うんだろうか。だがしかし、ここで引いてしまってはワタシのもとに平穏は訪れない。


 リィルを野放しにしたらワタシは再び災厄に呑まれる、原因とか理由とかの全部をすっ飛ばして理解した、させられた。そしてそれを、なんとしても阻止しなくてはならないことも。


 恐れを捨てろ。


 幼女力(ようじょぢから)を高めろ。


 今のワタシは完全無欠に絶対華憐が幼女ましますイディちゃんだ。


 自分の中の男を殺せ、一片たりとも残すな。覚悟は今ここに、ワタシって超可愛い。


 下から斜め六十度で繰り出される上目遣いは潤んだ瞳に、全宇宙は勇気を知るだろう。


 さあ、このぷにぷにの腹を括るんだ。さあ。さあさあ、さあッ――!


 ――……後一時間ぐらいもらってもいいですかね?


 どうやらワタシの自意識は自分で想定していた以上に強固だったようで、とりあえずノリと勢いだけで時間を稼ぐしかなさそうで焦り以外何ものもないよね。


「くっ! な、何が望みだ!?」


「んふふ~、そうだなー。じゃあ、お昼寝している間、イディを私に明け渡してもらおうかな」


「なッ! ワタシにイディを売れと!?」


「いいんだよ? 私は別に、イディちゃんがイディを手放さないって言うなら、それ相応の手立てを講じるだけだから」


「くぅう……」


 なんて卑劣なエルフだろうか、このワタシにあろうことかイディを差し出せとは。それは人として最も忌諱すべき行為だ。自分の幸せのために他の誰かを犠牲にするなんて、有ってはならないに違いない。


 だけど、それでもワタシは、今にも霞んで消えてしまいそうなその背中に、手を伸ばし続けなきゃいけないんだ。


「大丈夫。イディちゃんは、ただ分かりましたって言って頷くだけ……、何も悪いことなんてない。誰にだって幸せになる権利はあるんだよ。

 そう、これはちょっと肩を借りるだけ。幸せのために誰かに寄り掛かっていい、そう自分で言ってたもんね。だから、ね?」


 頭の中が空っぽになってしまって、リィルの言葉だけが永遠と反響しているようだった。

 耳の先端からじわじわと何かに侵食されていくような感覚がして、それは麻酔にも似た痺れでもってワタシという思考を塗り潰して黒く染めていく。


 ――これは、悪魔の囁きだ。


 真っ暗になってしまった意識の中でリィルの声だけがどんどん大きくなって、それに唆されるままワタシの口は勝手に戦慄き、ついに弱くか細い声を吐き出してしまった。


「わ、分かり、まし、た……」


「……んふふ~。いい子だね」


 ああ、言った、言ってしまった。もう……引き返せない。


 ワタシはどうしようもなく悪辣な一歩を、踏み出してしまったんだ。


 でも、仕方ないんだ。


 これはワタシが穏やかな異世界ライフを謳歌するためには必要なことなんだ。


 例えイディの平穏がリィルの腕の中で無残に粉砕されようとも、抱き枕になる以上、イディが無事ですまないことは百も承知だったとしても、ワタシの心が休まるその一時を得るために、イディの犠牲は必要なことなんだ。


 だからッ!


 ――どうか怨んでくれ。自分の安息の為に犠牲を強いるワタシを……ん?


「何かが、おかしい?」


「そ~お? 気のせいじゃない?」


 いやいや確かに何かがおかしい。どこかで強大な陰謀が蠢いて、ワタシの意思とは関係のない裏側でワタシを動かしているような……。そう、これはまるで――、


「あっ、そうです。一つだけイベントがあったのを思い出しました」


「え、なになに。なんかあったっけ?」


 もう少しで世界の真実の扉を開こうとしていたワタシの意識は、思い出したように突然上がったゼタさんの声に現実へ連れ戻された。


 それはきっと開けてはいけない何かだろうから、ゼタさんに心の中で崇めながらも、どうしても頭の中でクエスチョンマークが乱舞するのは仕方なくて、しかし改めて考えてみても答えは出そうになくて、出たら出たで恐ろしいのでそんなのはなかったことにして顔を上げた。


 ゼタさんは楽しげに会話をしながら通りを歩いていく賑やかな一団を指示しながら、その団体の誰もが浮かべているのと同じように、温かな微笑みで言葉を紡いだ。



「オークの嫁取りです」



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