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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案  作者: 黒一黒
第1章 世界を見守る巨樹と空師の街
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25 新たな刺客 その②


「お楽しみいただけているようで何よりでございます。

 それでは続きまして、奥左手のガラスの器のモノのご紹介を。こちらそれぞれ味、食感共に違う十一種類のアーセムの実の種を乾煎りや素揚げなど、それに適した処理を行ったものにロォロで使われているものとはまた違う樹液を数種類ブレンドし、かけた『食べるスープ』になっております。スプーンでご賞味ください」


 そう言うと彼はまた頭を下げた状態で数歩下がったところに待機した。


 ――これ、毎回やるんだろうか?


 正直、食べていても気になって仕方ないので説明だけして下がって貰いたいのだが、しかしリィルもゼタさんも特に何も言っていないのでワタシだけそんなことを言ったら我が儘みたいになりそうなので黙って目の前の菓子に集中しよう。


「ととっ」


 しかしガラスの容器を手にしようとしたところ、危うく落としそうになってしまった。どうやら今のワタシの手には少しばかり容器が大きいようで、手に持ったまま食べるのは難儀しそうだった。


「失礼いたします」


 さてどうやって食べようかと考えていたところ、いつの間にか背後に移動していたイスゥさんがワタシの首元に何かを巻きつけた。


 あまりの手際の良さに何の抵抗をすることもなく受け入れてしまったそれを見下ろして、言葉と一緒に思考まで吹っ飛ばされたようで頭が真っ白になった。


「ぷっ。ふっ、くぅ。に、似合ってるよ、イディちゃん。もう最ッ高! アッハッハ」


「そんな風に笑ったらイディちゃんが可哀そうですよ。大丈夫だよ、イディちゃん。本当に似合っていますから」


 円形の上部分だけを切り取ったような特徴的な形の布、縁を飾るレースのフリル、デフォルメされた可愛らしい犬のアップリケ。


 それは紛うことなく、涎掛けであった。


「宜しければ私の方でスプーンを口まで運ばせていただきますが」


「けっこうですぅ!!!」


 ――これ以上ワタシを恥ずかしめてどうしようって言うんだ!?


 彼の行動は何も間違っちゃいない、しかしその溢れる親切心がワタシを無自覚に殺しにきていた。

 見た目の幼女的にこのチョイスは妥当かもしれないけど、もっと他にあっただろう。レストランなんかで出てくるひざ掛みたいなのでいいじゃないか。


 ――なんなんだよこれ、可愛いなちくしょう!


 リィルはもう抑える気もないようでお腹を抱えながら声を出して笑い、涙まで流している。もう本当に結構イイ性格してるよね、貴女。


 ゼタさんはゼタさんで、また無自覚にワタシへの追撃の手を緩めてくれなかった。極めて真面目な顔で「とっても可愛いですよ」とか「犬のアップリケがイディちゃんにピッタリですね」とか、もうそれはトドメですよ。


 出火寸前まで熱くなっている顔を両手で覆いながら悶えるワタシは、まさに天国から地獄の状態だった。


 しかし。しかし、だ。


 あの強大なシリアスを乗り越えたワタシはこの程度でへこたれたりしない。


 そうとも、ワタシはちょっと強くなったのだ。


 どうにか自分の奮い立たせ、もうどうにでもなれとスプーンを皿の隅の方に捨て置いて両手でガラスの器を包むように掴み、そのまま口元まで持っていった。


 ――ふふ、これならスプーンを使わなくて済む。ワタシは日本人じゃけぇのぉ、椀は手で持って直接いただくんじゃあ!


 そして味噌汁をいただくようにすすり。


 小さくなった口の端からスープが零れて涎掛けの上に落ちた。


 ワタシの中で確実に時が止まった。


 周りからも音が消えた。


 それから、震える手で器を皿の上に戻して、口の端を汚したまま改めて両手で顔を覆った。


「ぶっ! く、アッハッハー! もう駄目! 可っ笑しい~、もうイディちゃん完璧だよ!」


「ああ、イディちゃん。大丈夫ですよ、何も可笑しくないですから。今、お口の周りを拭いてあげるから」


「クッ、んん。お客様、こちらのナプキンをご利用ください。

 申し訳ありません、当店の不手際でお客様にお手間を掛けさせてしまい。次回の提供からは取っ手のある容器に変更いたします。

 ご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ありま、ククッ、んんん」


(おい、笑ってんの気付いてるからなぁ!?)


 差し出されたナプキンで口を乱暴に拭きながら顔の赤みも拭い去ろうとしたが、どうにも無理そうだった。


 羞恥地獄の業火に焼かれて悶えているワタシを余所に、いつの間にか容器を手にしたリィルが意地悪そうなニヤニヤした笑みでスプーンを差し出してきた。


「ほらっ、私が『あ~ん』してあげる」


「いい、いいっ! 大丈夫、自分でなんとかするから!」


 「ほらほらぁ」と詰め寄ってくるのにバタバタと両手を振りながら身体を仰け反らせると、リィルはあからさまにショックを受けたという顔で耳までしょげたように項垂れせて、わざとらしく泣き崩れた。


「そんなぁ~。私、悲しいなぁ。クスンクスン。

 もしこのまま私に月のがこなかったら、赤ちゃんは望めないんだろーなぁ……(チラッ)。そうしたら、こんなことも一生出来ずに終わっちゃうんだろーなぁ……(チラッチラッ)」


「その言い方はズルい! あぁもう!」


「んっふっふ~。ほら、観念してお口開けて。あ~ん」


 綺麗な女性からの『あ~ん』は全世界の男の夢だ。しかし……、しかし!


 ――『俺』が夢見てた『あ~ん』と違う! こういうんじゃない!


 もっと甘酸っぱい感じのを望んでいたんだ。こんな微笑ましいのでは断じてない。


 何か現状を打破できるものはないのかと辺りを見回してみても、ゼタさんは羨ましそうにワタシのことを見つめてくるばかりで助けてくれそうにない。


 イスゥさんに関しては最早諦めているので、これっぽっちも期待していないが一応念の為、万が一のほんの僅かな可能性を考えてチラッと確認してみた。

 が、やはり一歩下がったところで我関せずと完璧なスマイルを張り付けて直立不動でいた。


 しかしワタシは見逃さなかった。彼の手の中にいつの間にリィルが持っていたあのカメラらしき物体が収まっているのを! 


 しかもすごく小さい、とても小さい、よくよく見ないと見落とすぐらい小さい。


 でも見落とさなかった。だからちょっと自分を褒めてあげたい。


 とりあえず『隠し撮りは犯罪ですよ』と、ビームを出さんばかりの勢いでカッと見開いた目で訴えた。


「ご安心ください。リィル様よりご許可をいただいております」


「グルかよぉ!」


 ――何も安心できない!


 リィルまで完璧な笑みを張り付けてスープを差し出してくるのに逃げ場はもう存在しないんだと再確認して、ワタシは諦めるしかなかった。


 もう、こうなったら自棄だ。どうしようもなく赤くなった顔でヒクヒクと引きつる口の端をそのままに、見せつけるように出来る限り大きな口を開けてやった。


「あー!」


 しかし、差し出されていたスプーンは口の中に入れられることなく、器に戻っていった。事態についていけないワタシの目を覗き、リィルは真面目な顔で首を横に振って諭すみたいに語り掛けてきた。


「……違う。全然違うよ、イディちゃん!」


「はが?」


 何が違うというのか。いや、そんなことよりやるなら早くしてほしい。大きく口を開け続けるのって意外と大変なんだって知ってました?


 ワタシは初めて知りました。


「『あー』じゃなくて『あ~ん』だよ!」


 ――すっごいどうでもいい!


 謎のこだわりを見せてきたリィルに一言物申してやりたかったが、それ以上にワタシの羞恥心がメーター振り切って臨界点を突破しそうなので、もう無心で言われた通りやるしかない。


 いやホント、なるはやでお願いします。


「あ~ん!」


「んふふ。はい、よく出来ました。あ~ん」


 口の中に差し込まれたスプーンに無心で食らいつき、すぐにそっぽを向いた。


 もう、羞恥とか羞恥とか羞恥とかで、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうなのでそれ諸共噛み砕かんと思いっ切り歯を噛みしめた。


「……ちくしょうぅ。美味いなぁ」


 カリカリ、ザクザク、もちもち、噛む度に食感が様々に変化する。


 サラリとした口当たりの樹液はロォロのものよりも甘さも香りも控えめで、木の実の香ばしさや味が損なわれないように気をつかわれているのが分かる。

 それどころか樹液の仄かな苦みや渋みなんかが、どの木の実にもマッチしていて味も香りも一層引立ててくれる。口の中で次々に表情を変えていくのが楽しくってしょうがない。


「んふふ~、イディちゃん夢中だね~。はい、あ~ん」


 未だに顔の表面で羞恥が燻ぶって熱いが、目の前に差し出されるスプーンの魅力に抗いようもなく、ワタシの口は独りでに開いて咥えていた。


 ――ああ、もうなんか……いいや。


 どうあってもこの状況から逃れようがないんだ。


 燻ぶり続ける羞恥を目の端から心の汗と共に追い出して、ワタシは差し出されたスプーンに食らいつくだけのマシーンとなった。


「お気に召していただいたようで、当店としても嬉しい限りです」


「ううん、本当に美味しいもの。それにロォロもスープも本当に手間を掛けているのが分かるから……。すごく情熱を持って作ってるんだなぁ、って」


 リィルが自分でもスープを口にしながらイスゥさんに答える。その隣でゼタさんはちょっと寂しそうに自分のスプーンを咥えながら、未だにリィルさんが持っているスプーンを羨ましそうな目で追っていた。


「勿論でございます! 私共はまだまだ新参ではありますが、オールグ一の菓子店だと自負しておりますので」


 リィルの褒め言葉にイスゥさんは胸を張って翅を広げてみせた。まるで自信やらやる気が溢れているみたいに翅のブルーの模様が煌いて、本当に好きで店をやっているだと言葉にされなくても分かった。


「――ほう。そいつは聞き捨てならねぇな」


 突如として、割って入ってきた声にその場の全員が視線を向けた。


「ガロンさん!」


 いつの間にかイスゥさんの背後に腕を組んで仁王立ちしていたガロンさんに、リィルが笑みを浮かべて立ち上がり声を掛けた。


「おうっ、リィルちゃん。元気になってようやく出てこれたんだな。

 おイタしてしょっ引かれたって聞いた時は心配したが、その様子だとすっかり良いみたいだな?」


「えへへ。その節はお騒がせしました。ところでガロンさんはどうしてここに?」


「敵情視察ってやつさ」


 ガロンさんは不敵な笑みを浮かべると鋭い眼光を放ちながらイスゥさんを見据えた。


「最近、巷を騒がしている新進気鋭の菓子店。同業者としちゃあ、気にするなって方が無理な話だ」


 ニィッと好戦的に笑みを深めるガロンさんに対し、イスゥさんはワタシたちに接客した時と同じ完璧な笑みを浮かべて丁寧に腰を折った。


「オールグで最も大きな菓子店のオーナーであるガロン様本人にご来店いただき、そのように評価していただけているとは、望外の喜びでございます。

 ぜひ当店の品を心行くまで堪能していただければ、幸いに存じます」


「おうっ! 勿論そうさせてもらう……って言いてえところだが」


 チリッと空気を焦げるような、危うい雰囲気がガロンさんから滲みだした。


 ゆっくりとした動作でガロンさんが距離を詰め、イスゥさんよりも高い身長を誇示するように見下ろす。浮かんだ笑みはそのままだが、目は敵を前にしたライオンのように相手を組み伏せんとする熱に溢れていた。


「さっきの言葉を、そのまんまにはできねぇな」


「先程の言葉と仰いますと?」


 それに対してイスゥさんは声の調子を変えず、目は複眼だから正直よく分からないが、あくまで柔らかい物腰でガロンさんと相対した。


「おたくの店がオールグ一の菓子店ってやつさ」


「ああ。そのことでございますか」


 イスゥさんはようやく納得がいったという態度で鷹揚に頷いてみせると、翅をふわりと広げ胸に手を当てながら答えた。


「確かに当店は未だ支店もなく、規模はガロン様の商会にとても遠く及びません。

 しかし、菓子スイーツを作ることに対する情熱や技術、そして味。全てにおいてオールグのどの店よりも、優れていると……そう、確信しております」


「大きく出るじゃねぇかボウズ。……吐いた言葉は呑めねぇぞ?」


「事実ですので」


 二人の間で視線がぶつかり合い、火花を散らすのがはっきりと見て取れた。


 ――これは……、何がどうなってるんだ?!


 「シリアスならワタシの隣で寝てるよ」状態だから、これはシリアスの仕業ではない。というかこれっぽちも、欠片程のシリアスも感じない状況だけれど、事態はどんどん悪い方向に傾いているようにしか思えなくて、背後から見知らぬ何かが忍び寄ってきているような気味の悪さにぶるりと身を震わせた。


「……いいだろう。だったら白黒はっきりさせようじゃねぇか!」


「望むところです」


 ああ、これは良くない。もうこの後の展開が読めましたよ、ワタシは。


「ちょうどいい具合に審査員は揃ってんだ。今すぐおっぱじめよう。場所は噴水広場でいいな?」


 いえいえ、よくなくってですよ。勝手に巻き込まないでいただきたい。


 しかし、どれだけワタシが望んでも転がりだした状況は好転することなく勝手に進み続けていくのは分かり切っていた。


 ――もう、どうしもうないんだね……。


 ずるずると少しずつ迫ってきていた悪寒が、今はワタシのすぐ背後に張り付くように存在しているのを、はっきりと感じてしまう。


「かまいません。器具や食材は各々の店にあるもので?」


「ああ、それでいい」


 ――ああ、そうか。この気配の正体はオマエか、


「さあ! 菓子職人闘技会の幕開けだ!」



 ――ハプニングさん!



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