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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案  作者: 黒一黒
第1章 世界を見守る巨樹と空師の街
23/150

21 その程度のシリアスでワタシを倒せると思っていたのか?(震え

遅くなりました。


めっちゃ難産だった……。


 暗い井戸の底から、じわっと清らかな水が湧いてくるみたいに、瞳に涙と一緒に生気が滲んでくる。

 それが零れないよう我慢しているみたいに、リィルはくしゃっと顔を歪ませながらヒックヒックと喉を引きつらせて声をどうにか絞り出した。


「わっ、私ッ。分かって、た。二人が、離れた訳じゃっ、ないって。私がっ、突き、放したんだ、って。私が、捨てた、だって」


 気を張り詰めて支えていた心の壁が涙声と一緒にぐずぐずと崩れていく。


 吐きだそうとする度に喉の奥でつっかえて、音になるのがやっとみたいな言葉をなんとか繋ぎ合わせようと足掻いているリィルを静かに見守った。


「それでもっ! やっぱり、家族、が、欲しくてっ。赤ちゃんがっ、欲しくて!」


 頬に添えたワタシの両手に自分の両手を被せて、まるで縋りついてくるみたいにギュッと握ってくる。

 繋いでいる手は本当に存在しているのか、確かめるように強く、強く。離したくないと、離れたくないと、言葉と全身が訴えかけてきていた。


「二人を、受け入れっ、たら。終わっちゃう気が、してっ! そしたら、もう、戻れなくなっちゃう。私はっ、きっと! 大丈夫になっちゃう! 

 それじゃあ今までの私はっ、どこに行けばいいの? 抱えてきたものが、全部嘘になっちゃうんじゃ、ないかって、不安で、不安でっ! どうしてもっ、二人の手を、取れなかった。傍にいるのが怖くて、逃げてきたんだ!」


 欲張りだって、子供の我が儘だって、呆れられるかもしれない。

 幼い頃の夢をいつまで抱えているつもりなのか、いい年してそんなものに縋っていたんじゃ歩けなくもなる、って嗤われるかもしれない。


 ……そして、それはとても正しいのかもしれない。


 でも、子供の頃に見たそれはあまりにも輝いていて、心の一番深いところまで温かく照らしてくれたものだから、零れないように、欠けないように、抱締めずにはいられなかったんだ。


 それ以外、見えなくなるぐらい。


「怖かったんだよね」


「怖、かった!」


「ずっと迷ってたんだよね」


「どうすればいいか、分かんなかった!」


「なにがなんでも、叶えたい想いなんだよね」


「絶対にッ! 諦めたりなんて、できる訳ないよっ!」


 誰だって抱えていた筈のものなんだ。


 目に映る全てを照らしてくれるような輝きを、自分を形作っている一番初めの願いを。

 当たり前のように自分の中にあったから、いつの間にか消えてしまっているのにも気が付けない、掛け替えのない祈りが、あった筈なんだ。


 それは大きくて重くて、時には歩くのも儘ならなくなるぐらいの枷になってしまうから、手離してしまう。

 時間を重ねる度に折り合いをつけて、見え難くなっていくそれに別れを告げて、多くの人がその欠片だけを握りしめ、足跡の中に置いてきた宝物。


 大きくなり過ぎた願いはリィルの両手を塞いでしまい、周りのものが霞んでしまうくらい輝いて、前を向いて進んでいく皆の背中を追いかけるのが苦しくなってしまったんだ。

 どんどん遠ざかっていく沢山の後ろ姿に置いて行かれてしまった気がして、自分の背には重い孤独が圧し掛かってきて、疲れ果て身体は下ばかり向いてしまい余計に手の中しか見えなくなっていた。


 ――いつだって一緒に歩いてくれる人は傍にいて、声を掛けてくるのを待っていたのに。


「リィル……。誰だって一人でなんて歩いていないんだよ。

 みんな少しずつ誰かの肩に手を掛けて、お互い支え合いながら歩いてる。ゼタさんもアミッジさんも、みんな」


「でもこれはっ、私の、勝手だから」


「そうだね。でもそれは、皆の願いでもあるんだよ?」


 リィルの瞳が、水面のように揺れる。


 やっぱりまだ直視するのが怖いのだろう、でもそれと向き合って初めて前に進めるのだと思う。

 手を伸ばした先にあるものが魅力的であればある程、手の中にあるものをいつか忘れてしまうじゃないか、そんな不安に襲われてしまうのは、きっと誰だってそうだから。


 でもあの二人なら、リィルの手の中にある願いを一緒に支えながら歩いてくれる。


 そんな身勝手な、でも確かな真実を一つ一つ丁寧に、言葉にする。


 その中にワタシの小さな我が儘を織り交ぜて。


「だって、ゼタさんもアミッジさんもリィルのことが好きなんだ。そうじゃなかったら、あんなに必死になれる筈がないんだから。

 夢を叶えてあげたい、一緒に笑って喜びを分かち合いたいって、その人の幸福を心から願う。人を好きになるって、そういうこと。

 それがどんどん重なっていって、何時しか切れない繋がりになる。リィルは、その繋がりをちゃんと持ってるんだよ。

 本当に、羨ましい。

 ……だから、出来るならその輪の中に、ワタシも入れてもらえたら、って思うんだ」


 心の扉が開かれていくみたいに、リィルの瞳が大きく見開かれていく。


「ワタシは貴女の赤ちゃんにはなれない。でも友達なら、なれる。

 ううん、ワタシは貴女と友達になりたい。

 ワタシはまだ話せていなことも沢山あるし、秘密もある。ちょっと嘘を吐いていることだってあるから、薄っぺらくて図々しいのは分かっているけど……。

 ワタシは、そうなりたい」


 ワタシの瞳をじっと見つめ返してくるディープブルーの色彩が、色んな感情で波打っている。

 ワタシの言葉を一つ受け入れてくれる度に、それが塊になってリィルの心に波紋を広げていくのが見えるようだった。


「――リィル」


 一杯に溜まった心の器が揺れて、また一つ、大きな雫が零れた。


「ワタシと……友達になってくれますか?」


 ワタシの手を伝っていく涙は、冬場のお風呂みたいにピリピリと肌が騒ぐように熱かった。それはリィルの中で点った火が彼女の中でまた赤々と燃え上がり、色んな感情が湧きだして溢れてきたものだからだと思う。


 リィルは止め処なく溢れてくる涙と共に胸の奥から次々と浮かんでくる言葉を、一つでも多く声に出そうと喘ぐ。

 全部を言葉にしたいのに、溢れてくるものが多すぎて流れていってしまう。それでも手に触れた言葉を掻き集めて、繋ぎ合わせて、懸命に答えを出そうともがいていた。


「大、丈夫かな……。私」


「もう一人で歩かなくてもいいんです」


「みんな。また、一緒にいて、くれるかな?」


「リィルから離れることがなければ、これからもずっと」


「私の、勝手、なのにっ。手伝って、貰って、いい、のかな?」


「頼ってくれて良いんです。それがきっと、皆の願いに違いないから」


「うん……、ゔんっ! 私っ! 頑張、る。また、頑張ってみる、からっ!」


 頑張る、頑張ると、自分で確かめるようにその言葉を繰り返しながら、リィルはまた子供のように声を上げて泣いた。


 牢を出て、ワタシに手を引かれながら歩いている間も、ずっと。


 迷子になっていた子供が母親に手を引かれていくみたいにワタシの手をギュッと握って、一歩一歩、小さくてもしっかりと地面を踏みしめながらリィルは歩いている。


 ――きっと彼女は大丈夫だろう。


 これからも困難なことは沢山あるだろうし、彼女の望みが絶対に叶う保証なんてないけれど、それでも全部を投げ出すようなことはもうしないだろう。


 周りを見渡してみれば、自分の周りには見守ってくれて傍にいてくれる人がいる、一人ではないのだと、彼女はもう知っているのだから。


 階段を上りきって扉を開けると眩しいくらいの陽射しが溢れた、視界の中で光が弾けているみたいにキラキラと輝いていた。



 ――だからかも知れない。



 扉の先で祈るように待ち受けていた二人の顔が、雪解けの後に咲いた花のように、綺麗に見えたのは。


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