16 シリアス満点昔話(アミッジ編)
地下に続く階段は狭く、石造りの足場がなんだか異様に冷たく、固いように感じられた。
ホコリと湿ったカビっぽい匂いが混ざり合って、いやでも気分が下がらずにはいられない。
何よりもこの先に落ち込みに落ち込んだリィルさんがいるのが分かっているので、地面を突き抜けて反対側に出そうなぐらい精神的重圧が凄まじい。
某野菜人の修行だって、ここまで負荷は掛かっていなかっただろう。
薄暗い階段を一段下る度にワタシの気持ちも一段と沈んでいく。
しかしシリアスさんは容赦なく重くなっていく気持ちに追い打ちをかけるように、先程までの記憶を思考の底から掘り返してくるのだった。
「俺が知っているリィルはとにかく我武者羅な奴だった」
――驚いたかい? ワタシも驚いた、まさかアミッジさんまで語り始めるなんてな……。
『一こ聞いたらおなかいっぱいです~』とも言えず、ワタシは粛々とアミッジさんとシリアスさんによる精神攻撃に耐えるしかなかった。
「俺とリィルはいわゆる幼馴染、って奴でさ。お互いに子供の頃から知っている仲なんだ」
初めて二人が出会ったのは、悪ガキだったアミッジさんが近所にあった大きな家に忍び込んだ時だったそうだ。
「リィルの家はさ、ちょっと訳ありで。リィルは小さい頃から親元を離されて親戚の家に預けられていたんだ」
その『訳』に関しては俺が話すのは筋違いだから、本人が話す気があるようだったら聞いてやってくれと、アミッジさんは切なそうに零した。
――これ以上、ワタシの胃を苛める何かがあるんですね……。
「そんで、たまたまその親戚の家が俺の家の近くにあったんだ。
お屋敷って程でもないけど、大きな庭付きの家でさ。
俺は探検気分で忍び込んで……。そこで初めて、リィルと出会ったんだ」
アミッジさんは懐かしそうに目を細め、笑いながら続けた。
「あいつは目を閉じて、庭木に耳を当ててじっとしていたんだ。
俺が何やってんだって聞いても、こっちをチラッとも見ないでまるで何も聞こえていないみたいに、じーっと、さ」
初めは木陰で昼寝でもしているのかとも思った。
しかし、よくよく観察してみれば、真剣な顔で眉間に皺を寄せてうんうん唸っていたから違うと気が付いたそうだ。
「俺も無視されたって分かった途端にカチンッときちゃってさ。
それならこっちにも考えがあるってなもんで、あいつの耳元で馬鹿でかい大声を上げてやったんだ」
オールグ中に響かせてやろうという気合だったそうだ。耳元で突如響いた爆音に、無視し続けていたリィルさんがようやく目をカッと見開き、アミッジさんを睨みつけてきた。
そして、やはりと言うべきか、その瞳に見惚れたそうだ。
今まで閉じられていた瞼の下にあった、宝石のようなディープブルーの瞳が射抜くように鋭い視線を向けてくる。
眉尻を怒らせても欠片も損なわれない美しさに呆けていると、頬に凄まじい衝撃が走り、同時に世界がものすごい速度でぐるんぐるんと回ったそうだ。
「あいつ、思いっ切りビンタかましてきたんだ。
もう、すんごい威力でさ。後から聞いたら、回転しながら五メートルは吹っ飛んだって」
――彼の三回転半は幼少の頃からの積み重ねでできているらしい。
その日はいつの間にか家のベッドの上で横になっており、目を覚ました途端に両親からこってり絞られたんだとか。
しかしそんなことで懲りるアミッジ少年ではなく、毎日のようにしつこく再戦を試みたそうだ。
リィルさんはいつ行っても庭木に耳を当てて過ごしていた。
本を読んでいる時もご飯を食べている時も、昼寝をしている時でさえ気に寄り添うように耳を当てていたそうだ。
その度にアミッジさんは気を引こうとちょっかいを出しては、空を飛んで三回転半を極めていったらしい。
何度も何度も何度も、一日に何回も吹き飛ばされては戻って来るアミッジさんを前に、先に折れたのはリィルさんの方だった。
あまりにしつこく、毎日のように通ってくるアミッジさんにキレて、ついに声を荒げたそうだ。
「『私にはやらなくちゃならないことがあるの、邪魔しないで!」って、だから俺も言ってやったんだ、『俺にもやらなくちゃならないことがある、おまえと遊ぶことだ!』って。
そしたらあいつ、ぽかーんと口開けて呆然としてたと思ったら、急に笑い出したんだ。ケラケラ声出して、涙浮かべながらさ」
随分と長く笑っていたように感じたそうだ、あまりに笑い転げるものだからアミッジさんもつられて笑ったんだとか。
二人して温かな陽光が降り注ぐ芝生の上に転がって、お腹を抱えて、声を出して、気が済むまで笑い合っていたそうだ。
――その青春がワタシに刺さる!
胃だけに止まらず、心にも容赦なくダメージを与えてくるのは止めませんか?
あまりの青春力に心が瀕死のワタシには目もくれず、アミッジさんは随分と離れてしまった情景を懐かしむように、目を閉じて幼き日の思い出に浸ったまま続けた。
それまでと同じようにリィルさんは会いに行くと木に耳を当てていたが、アミッジさんが声を掛けると反応してくれるようになったこと。
木に耳を当てながらも話をして、一緒に本を読み、時には木から離れアミッジさんと探検までしてくれるようにもなったんだとか。
二人はどんどん仲良くなって、距離を縮め、いろんなことを話すようになった。
「仲良く遊ぶようになってから、いろいろあいつのことを知れるようになった。
家のこと、家族のこと、じぶんの身体のこと。
あいつの、やらなくちゃならないこと。『私は空師になるの。うんうん、ならなくちゃならないの』って、すげー真剣な顔と声で言うもんだからさ、思わず『分かった、なら俺も空師になる』なんて簡単に言っちまったんだ」
子供心に本気だったそうだ。
それからは二人で空師になるための訓練と勉強に励んだ。
幸いにもリィルさんが預けられていた家も惜しみなく援助してくれたそうで、学ぶためのお金に困ることはなかったそうだ。
家庭教師を付けてもらい、必要な本を買いあさり、子供用の装備も二組揃えた。
必要と思われることは何でもやった。庭木に登って足場を組んで簡単な家を建てたりもした。高い所に慣れようと家の外壁を登って怒られたこともあった。
子供なりにやれることは全てやって、空師として初の任務に挑んだのだった。
「……でも駄目だった。俺は空師になるにはあんまりにも……、弱すぎたんだ」
空師ギルドに登録するのは簡単、でもそれは空師として生計を立てられることと同義ではなく、まして階級を上げて空師として前線で活躍できるのは一握りだ。
すぐに自分とリィルさんの差に気が付いた、とアミッジさんは古傷を撫でるように苦笑を零した。
底なしの魔力量を武器に誰よりも素早く身軽に、そして大胆に登っていくリィルさんと、魔力も身体能力も十人並のアミッジさんでは活躍の場所も、必要とされる場所も、何かもが違い過ぎていた。
「だから俺は空師を諦めて、警備隊に入隊した。
あいつがアーセムで空師として活躍するっていうなら、俺は警備隊としてアーセムを、この街を守ろうと、そう思ったから」
『約束を果たせなくてごめん』、そう謝るとリィルさんは何でもないように笑ってくれたという。
『しょうがないよね』、『大丈夫。私は一人でも平気だから』、そう言って笑いながら背を向けたリィルさんに、アミッジさんは一抹の不安を抱きながらも、何も言うことができなかった。
約束を破ってしまった自分に何か言える訳ない、そんな資格もない。
だから、二人の道は、ここで終わらせるしかないんだ……、と。
「でもあいつにとって、それじゃあ駄目だったんだろうな。
それまではお互いに呼び捨てだったのに、それ以降、君とさんとか付けて呼ぶようになって。距離がどんどん離れていっちまった。
でも、それがあいつの望む関係なら、仕方ないと思ってたんだ……」
アミッジさんの表情には、ありありと後悔の色が浮かんでいた。
「俺が知っていて、喋れるのは、ここまでだ。あとはリィルに直接聞いてくれ」
その後悔を捨てることも清算することもできずに、アミッジさんは重苦しそうに影を背負いながら、そう言葉を切って、背を向けた。
――ワタシも現実に背を向けても良いですかね? 駄目? 知ってた……。




