13 いつだって。振り返ればそこに……
「えっと、ここは?」
アミッジさんに引き連れられて到着した場所は、アーセムの根元にほど近い、というよりも根元を覆うように建てられた建物の内の一つだった。
「ここは空帝騎士団の詰所、みたいなもんだ」
オールグの多くの建物と違い、石材で作られたそれは簡素で力強く少しばかり威圧的で、正面に飾られた樹と楯、そしてピッケルが描かれた紋章が印象的だった。
「えっと、ここにリィルさんが?」
「中に入ってから、話す」
アミッジさんは乱暴な手つき木戸を押し開け、掴んだままのワタシの腕を引き無言でドアを潜った。
勝手知ったるという感じでもないように思うが、入室時に声を掛けることすらも気が回らないぐらい切羽詰まった状況なんだろうか。
彼の強張った表情に、なんだか無理やり連行される容疑者のような気分になった。
中は広々とは言わないがそれなりに大きなエントランスになっており、境界線のようにカウンターが横たわっていた。
ワタシの身長ではその奥を覗くことはできないが、匂いと音で何人かがそこにいるのが分かった。
「ゼタぁ!」
突然の大声に耳と尻尾がピンッと張りつめる。
アミッジさんのよく通る声が響き、それと同時にカウンターの向こうでドタバタと慌ただしい音が返事のように返ってきた。
ガタッ! ガッ、バサバサバサ、ガサガサ、ゴン!
バサッ、ガン、ゴガシャーーーン!
隣にいるアミッジさんが手で顔を覆い、天井を仰いだ。音だけでも大惨事の様子が伝わってくるぐらいだ、それを目の前で繰り広げられては思わず目を逸らしたくもなるだろう。
ようやく音が収まり、蹄が床板を叩く忙しない音を鳴らしながらゼタさんがカウンターから身を乗り出してきた。
「アミッジ君! み、見つかりましたか?!」
「ああ。ようやく、な」
ゼタさんに答えながらアミッジさんがワタシを指差す。
それを辿るようにゼタさんの顔がこちらへ勢いよく振り向かれる、その拍子に薙ぎ払われた角が危うくアミッジさんを打ち据えそうになったが、すんでのところで上体を逸らして難を逃れていた。
風を切りながら目の前を通り過ぎていった角を、青褪めた顔で凝視しているアミッジさんの様子には全く気が付かず、ゼタさんはワタシを見とめると今にも零れそうなぐらい涙を一杯に溜めて、くしゃりと顔を歪ませた。
そんな顔をされてはワタシの方がどんな顔で応えればいいのか、悩む暇もなさそうなので曖昧な笑みを浮かべて、ご無沙汰してますとでも言うように頭を小さく下げてみせた。
ゼタさんはなにも言わずに軽い身のこなしでカウンターを跳び越えると、床に膝をついてワタシをきつく抱きしめてきた。
「……ごめんなさい。イディちゃんが悪いんじゃないの。でも、私たちじゃどうしようもなくて。
貴女が一番の被害者なのに、貴女に頼むしか思い浮かばなくて。それでぇ……」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら涙声で訴えてくるゼタさんに、なんて声を掛けていいのか分からないまま、オロオロしながら抱擁を受け入れるしかなかった。
肩に顔を埋めるようにして震えているゼタさんの背中を優しくポンポンと叩きながら、アミッジさんに目で助けを求めた。
「さっきは事情も話さずに無理やり連れてきちまって、すまなかった。
俺たちもどうすればいいのか分からなくて、途方に暮れてて。筋違いなのは経緯を聞いて分かってる、厚かましいとも思う。
それでもアイツをなんとかしてほしいんだ。
リィルを立ち直らせてくれ、頼む」
しかし幼女の助けてオーラがふんだんに込められた筈の視線はあえなくスルーされ、ゼタさんの背後に直利不動でいたアミッジさんが深々と頭を下げる。
九十度を超えて下げられている頭にワタシの困惑は増していくばかりだ。
二人の縋るような雰囲気が無言のプレッシャーになって押したててくるのに逃げ出したくなるが、原因の一端が無意識とはいえワタシにもあると思うと、そうそう無下にはできなかった。
「……分かりました。ワタシに何かできるとも思えないですが、とりあえずリィルさんと会って話してみます。あの……、あんまり期待しないでくださいね?」
ワタシの答えに跳ねるように持ち上がった二人の顔には、見違えるような笑みが広がっており、撤退の二文字が粉砕されたのに今更になって気が付いた。
――これは早まったかも分からんね。
ああ、そんな期待の籠った眼差しでワタシを見ないで。そんな視線に晒されると今から胃が痛い、もし説得できなかったら二人までものすんごく気落ちしそうだ。
どんどん重たくなっていく気持ちを無理やりにでも振り払おうと、パンッと頬を張り気合を入れた。
「あっ」
そこで、はたと気が付いた。
――二人に原因を聞けばいいのでは?
いくらワタシの能力に触れたからといって、あそこまで暴走するとは思えない。
現にゼタさんやアミッジさん、糸玉屋のガロンさんにもそんな兆候は見られなかった。
きっとリィルさんの中にワタシの能力が相乗的に効果を発揮してしまう、根深い何かがあるに違いない。
どうやら二人はリィルさんと長い付き合いがあるような感じだし、彼女のために奔走するぐらいに仲も深いようだから気が付いていることがあるかもしれない。
「えっと、その、ですね」
「なにかな? 私たちも全力でサポートする。出来ることなら何でもする。
だから、聞きたいことがあるなら遠慮せずに聞いて」
他人の心の深い部分に踏み込むのに二の足を踏んでいると、ゼタさんが優しく微笑みを向けてくれる。後ろでアミッジさんも力強く頷き、真摯な態度で向き合ってくれた。
「それなら、お聞きしたいのですが。
きっとリィルさんの心の深いところに、こうなってしまった原因、というか切っ掛けみたいなものがあると思うんです。
お二人に何か心当たりがあればお聞きしたいんですが……。どうですかね?」
ワタシの質問に硬いものが胸に詰まったような表情で二人が息を呑んだ。
ワタシたちの周りだけに沈黙が張り付いたかのように、息苦しいような空気が流れる。
――まあ、こうなる気はしていたよ。
肩を叩かれ、振り返ればそこに、シリアスゥ……。
こっちの世界に戻ってきた初めから居たのは気が付いていたけど、見て見ぬふりをしていたんだからクールに去っていてほしかったが、どうにもこの世界の奴は自己主張が激しいタイプらしい。
シリアスが心の友よと言わんばかりに清々しい笑みを向けてくるのに、心の中でさめざめと涙を流していると、ゼタさんが決心をつけるように一度目を瞑ってから語りだした。
「えっとね。実は……」
ゆっくりと、確かめるように、三人のこれまでが紡がれていく。
ワタシも語られる一言一句を聞き逃さないように、神妙に耳を傾けた。
――でも、ここエントランスのど真ん中ですけど……大丈夫なんですかね?




