ある休日の朝①
「突撃ッ! 寝起きドッキリ、ゼタちゃん家!」
(…………頭、大丈夫ですか?)
「あっ! イディちゃん、今すっごい失礼なこと考えてる」
「そそそそんなことありませんよッ!?」
なんで普段から人のことなんて二の次な感じで、ゴーイングマイウェイのくせにこういう時は察しがいいんですかね。理不尽じゃないですか?
こんなんじゃあワタシはおちおち妄想にもふけれませんよ。まぁ、どっちかっていうと逃けたいのは今っていう現実からなんですけどね。
こんな日も昇り切らない時間から叩き起こされて、ワタシの意識が覚醒しないのをいいことに勝手に着替えさせられて、気がついた時にはゼタさんの家の前に立ってるとか、ちょっとした怪奇現象ですよ。
(知ってます? 勝手にパンツ脱がされるのって恥ずかしいことなんですよ? あと、くすねたワタシの寝間着は後日、必ず返してもらうからな)
半分まだ寝ぼけながら決心を新たに、「んふんふ」上機嫌に笑ってるリィルの後ろで溜め息を吐いた。
「でも、どうしたんですか? 急にゼタさんの家に突撃しようだなんて。別に突撃しなくてもゼタさんなら普通に家に上げてくれると思うんだけど……」
「んふふ~。そりゃあ、ゼタは私たちが訪ねていったら快く上げくれるよ? でもさ、それじゃあ面白くないじゃない?」
「他人の家に伺う時に必要なのは、面白さじゃなくて礼儀だと思います」
「何より気が抜けて緩み切った、オフのゼタが見たいじゃないッ!」
駄目だ、聞いちゃいない。この人は倫理観をどっかに捨ててきたらしい。
拳を握りながら目を輝かせるリィルを前に、最早止めるのは不可能なのを察してゼタさんに黙とうをささげた。
(主犯はリィルです。ワタシは巻き込まれただけだから、怒るのはリィルだけにお願いします)
「それじゃあ。さっそく、ミッションスタートぉッ!」
本当に隠れる気があるのか謎な掛声を上げながら、リィルが玄関のカギを差し込んだ。
「いやいやいや、待って。なんで普通にゼタさん家のカギをリィルが持ってるんですかッ!?」
「この間、ここ大家さんとお話ししてたら仲良くなちゃって。そしたら家族なんだし、いいっしょ! ってくれた」
「セキュリティ! 一番崩れちゃいけない場所から崩れちゃってるよ! しかも、いいっしょって。ノリが軽すぎる!
そんな軽々しくあげていいもんじゃないでしょ家の鍵ってぇ! そもそもこういうのってピッキングとかで侵入するもんでしょ!?」
「イディちゃん……それって犯罪だよ?」
「それってワタシに言ってます?」
マジでどの口がほざいてやがるんですかね。
なんでワタシが、やっていいことと悪いことの区別がついていない子供を見つけた時みたいな微苦笑を向けられなきゃならいのか。
「まったく、仕方ないなぁイディちゃんは」
「待って待って。それ、ワタシのセリフ」
駄々をこねる子供宥めるみたいな声音を出さないで。
いや、「やれやれだよ」じゃないから、ここまで嫌がるワタシを無理やり引っ張ってきたのはリィルだから。知って、犬にだって散歩を拒否する権利はあるんですよ?
確かに、門はすでに開かれて、後戻りなんてできそうにないのは分かるけど、時に立ち止まることが必要なのは人も犬も変わらないんだ。ね?
潤んだ上目遣いで視線に言葉を乗せて懇願するワタシに、リィルは目をつむりながら「んふー」と息をついて首を横に振る。だから、その反応は許されねぇって。
「いい? 私、後ろめたいなんて思いながら生きてたくない。こそこそするのは自分に自信がない証拠。だから挑む時は正面から――真っ向勝負だよッ!」
「玄関から入ったからって真っ向勝負にはならないから! 勝負って言うなら、せめて支度が済むまでは待ってあげて!」
「朝駆けって兵法知ってる?」
「真っ向勝負どこにいったよ!?」
早朝の時間を考慮して小声で言い合うなんて高度な技術を駆使するも、体格差は如何ともしがたく、抵抗もむなしくリィルに引きずられて扉を潜ってしまった。
「いいから、いいから。レッツゴー!」
「あ゛ぁああワタシは悪くないぞぉ!」
(止めたからね、ワタシは確かに止めたからね!? どうなっても知らないんだからッ!)
ジタバタもがくもリィルに抱えられてしまっては意味がなかった。
ワタシの心配をよそに、リィルはワタシを小脇に抱えながらも、足音どころか床板を軋ませることもしないという無駄に洗練された無駄のない無駄な動きをして、ゼタさんの寝室の前まで難なく辿り着いてしまった。
「さぁってと~、お邪魔してま~す」
リィルがそぉ~っとドアを押し開け、ほんの少しだけできた隙間から覗く。
……いや、まぁ、あれですよ。寝起きのゼタさんがどんな感じなのかとか、全くこれっぽちも気になりませんけど、ここまで来たら覗かないのも失礼というかさ。不法侵入やらかしてしまってる訳ですから、覗いても覗かなくても同じだよ、うん。
そもそもワタシの発案じゃないから、何かあれば責任はリィルにあるから。
(うん。完璧な理論だな! よし、……失礼しま~す)
ワタシたちは縦に並んで隙間に張りついて覗き込んだ。
カーテン越しの朝日に柔らかく染まった八畳ほどの部屋、そこに広がっていたのは……、
「……ファンシー!」
「んふっくくく。ゼタってば相変わらず少女趣味だなぁ」
ものの見事にピンクとフリルとレースに飾り立てられた光景だった。
部屋の装飾から小物に至るまで、ピンクで揃えられた可愛い物が並んでる。
大量に置いてある人形には一体一体、個別の衣装が着せられていて、ゼタさんが今着ている寝間着にしてもふわふわした印象のフリルドレスで、傍から見たら童話に出てくるお姫様みたいだった。
……きっと全部の人形に名前がついてるんだろうなぁ。
普段の取り繕っている騎士然とした外見とは違って、その中身がだいぶ乙女チックというか、幼い感じというか、残念、いやギャップがあるのは知ってた。
けど、これは……。
「なんというか、だいぶ突き抜けてますね」
「でしょ~。もうね、ゼタってば部屋の中にいる時はすんごい可愛いんだぁ。
外にいる時のゼタもナチュラルな時のゼタを知ってれば、あれはあれで可愛いんだけど、やっぱり部屋の中にいる時のゼタは格別だよぉ。んふ、んふ、んふふ~!」
リィルの鼻息がヤバい、膨らんだ鼻の穴とか今にも涎が溢れそうな口とか明らかに犯罪者の顔だ。いや実際に犯罪真っ最中な訳だけど。
「あっ!」
「ど、どうしましたッ!?」
リィルから急に声が上がったのに驚いて、尻尾が丸まるのと一緒に身体がビクッと跳ねた。
「ゼタってば、まだあの人形抱えて寝てるんだぁ。かっわいぃい!」
「人形?」
リィルが小さく指差す先に視線を向けてみると、天涯に覆われた巨大なクッションみたいなベッドで丸まっているゼタさんの腕の中には、小さな人形が大事そうに抱えられていた。
よく目を凝らして見てみると、その人形はどうやらリィルを模しているみたいだった。
随分くたびれているけど、所々解れを直したような部分も見られて、とても大事にしてるのが分かる。
「あれはねぇ、私が初めてゼタに作ってあげた人形なんだぁ」
「えっ、あれもゼタさんが作ったんですか?」
「うん」
リィルが懐かしそうに目を細める。
下から覗いた瞳には懐かしさと等分に嬉しさが滲んでいて、その中にほんのちょっぴり恥ずかしさが見え隠れしていた。
「ゼタと一緒に暮らすようになった初めの頃は私も忙しくってさ~。
空師っていう仕事は何日も家を空けることも多くて……でも、あの子は絶対に泣かなかったし、寂しいから一緒にいてなんてことも言わなかった。でもさ、言われなくたって分かっちゃうじゃん。心細いだろうなぁって。
それで、少しでも気を紛らわせられるものがないかな~って考えたの」
「それが人形ですか?」
「そっ。まぁ、糸も針も扱い事態は空師でも使ってたから慣れたんだけど、これが戦闘と人形を作るのじゃあ全然勝手が違くってさ。もぉ四苦八苦だったよ。
今見ると縫製も型も荒くて、恥かしいなぁ。でも、あんな下手っぴな人形を、ゼタはものすぅっごく喜んでくれてさ。もうぎゅぅって抱きしめてずっと離さないの。トイレに行く時まで! 可愛かったなぁ」
過去のゼタさんをまねるみたいに、リィルがワタシをぎゅっと抱きしめながら頬ずりをしてくる。
正直、鬱陶しくてかなわないんだけど……まぁ、幸せな記憶に浸っている時くらいは許してあげよう。
ワタシは心が広いからな。
「あの時のゼタの笑った顔が忘れられなくてさ。
空師を引退するって決めた時、服飾を仕事にしようって決めたの。いうなれば、あの人形は私の作品第一号ってとこだね」
「……ずっと大事に持ってくれてたんですね」
「……だね」
リィルは優しげに目を細めて、すぅすぅと小さな寝息を立てながら幸せそうに眠っているゼタさんに、子を見守る母親のような視線を送った。
――いい話だなぁ……今やってることで台無しだけどなッ!




