115 飛び立ちやがった!? もぅ信じらんない!
笑い合う二人を少し離れた所から観察しながら、人知れずホッと息を吐いた。
いや、頭の上にいるミニルムさんには知られただろうけど、ミニルムさんは人じゃないからセーフ。
それはそれとして、二人の間でどうやって決着がついたのかは分からないけど、何にしてもタタタさんが納得してくれただけでワタシとしては十分ですよ。ここにきて、また別の問題でゴタつくとこか、本当に勘弁して欲しいんで。
「ふぅ。どうにか落ち着いてくれたか」
頭の上でミニルムさんが一仕事終えたといった感じで息をついた。器用にも前足でデコの汗を拭うような仕草を見せてくれるけど、汗とか絶対かかないでしょ貴方。
「でも、どうしてタタタさんは急にあんなことを言ったんですかね?」
「……あの子は優秀だからな」
「優秀だと、どうして?」
ミニルムさんが噛み締めるように零した。その声があんまりにもしみじみとしていたから、思わず視線持ち上げて聞き返してしまった。
ミニルムさんは少しだけワタシと視線を重ね、遠い過去を思うみたいに顔を上に向けた。
「……タタタが来るまでは、此方の側仕えの巫子は五人常駐しておった。
側仕えの任は此方の身の回りの世話やアーセムの観測の他、地上にいる巫子から送られてくる情報、此方たちは便りと呼んでいるが、その便りをまとめや保存などがある。しかし、この便りは地上にいる巫子たちから不定期に送られてくるうえ、一度にいくつも重なることもある。
……並の巫子であれば、一人で処理できるような量でも質でもないのだ」
「それがタタタさんにはできてしまった、と」
「うむ……。あの子は優秀過ぎるくらいに優秀なのだ。それまで側仕えをしてくれていた巫子たちを、便りは多ければ多い程良いという理由で地上の任につかせ、ここでの任はすべて自分で熟してしまえる程に。
それまでは巫子が数人がかりで行っていたアーセムの観測を熟しながら、此方の身の回りの環境を整え、その日の便りをすべてその日に処理する。そのうえ、此方の話し相手まで務めるのだから、その優秀さは疑いようがない」
「でもそれだと、先輩の巫子さんたちから反感というか、その……疎まれるきっかけみたいになっちゃわなかったんですか?」
「もちろん、初めは反発もあった。しかし、先任の巫子たちとしても、ああも完璧にやって見せられては何も言えることがなかったのだろう。すぐにタタタの薦めるまま地上に降りていった。此方としても便りが多いに越したことはないからの、特に何か注文をつけることもなかった。
タタタは、通常の巫子十人分……というと言い過ぎかもしれんが、間違いなく五人分以上の能力を持っておるよ。……故に、初めてだったのだ。自分にはその任を受ける資格さえない、という状況は」
つまりタタタさんにとってワタシは生まれて初めてぶち当たった壁だと……いや、確かに起伏はないんで壁同然の身体ですけどね。でも柔らかさともふもふ感には自信ありますよ?
なんにしても、これまで全部のことを自分だけで解決してきた子供がどうにもならないことを目の前にして混乱してしまったと、そういうことなんだろう。
羨ましい限りだ……。ワタシなんかからしたら世の中の全てが壁だから、生きてるだけでぶつかりまくって身体中が痣だらけだっていうのにさ。
でもそうすると、タタタさんに初めて痣をつけたのはワタシってことになるから、処女雪に初めて足跡を残したみたいな背徳感と喜びを感じなくも……いやいや、止めとけ。
ワタシってば確かに幼女だけど、見た目だけな上にそれ以上に見た目幼女のタタタさんに向かってこんなこと言うと洒落にならない気がする。
まぁ、柔くてもふもふなワタシにぶつかったところで痣なんてできる訳がないんですけどね。
だとしても、保護者に頭を抑えられてる状況であることをワタシは忘れてはいけない。
何か失礼があったら、そのまま引っこ抜かれる未来が見えるからね。
「初めての経験にテンパちゃったのは分かったんですけど、それってワタシと一緒にレオゥルムさんが地上に行くってことが決まった時点で分かってたことじゃないですか?」
「うむ。そうなのだがな……おそらく、ここでやらなければならない契約などがすべて済み、いよいよ此方がここから動くとなった瞬間、現実的なものとして問題が迫り、驚いてしまったのだろう。
他人との関わりが薄い故、仕方ないことなのだが……いくら優秀であっても、あの子は、まだまだ子供なのだ」
単身赴任に行く父親を前に子供が急に泣き出してしまった、みたいな話だな。
まぁ、タタタさんが子供ってのは見た目からして疑いようもないでしょうけど。実際年齢の話はしてはいけない、どんな見た目でもレディーだからね。
まぁそうだとするならミニルムさんがワタシと一緒に行ってしまっても、特に問題にはならないだろうな。子供って順応力高いからね、一日もすれば慣れちゃうもんですよ。
「では、そろそろ行くとするかの。あまり長く別れを惜しんでいては、動き出すのが億劫になってしまうやもしれんしな」
「あっ、はい。分かりました」
「うむ。では、タタタ。これまでと大きく変わることはないが、こちらに残る此方と共にここを任せるぞ」
ミニルムさんの言葉にタタタさんが振り返った。そこにはさっきまでの痛みを伴った表情はなくて、どこかすっきりした顔をしていた。
「はい。お任せください。レオゥルム様の望みが成就させれること、ここより微力ながらお手伝いさせていただくと共に、お祈り申し上げております」
「うむ。……のぉ、タタタ」
「なんでございましょう?」
恭しく頭を下げたタタタさんに、ミニルムさんがどこかよそよそしい感じで訪ねた。ワタシの頭の上でそわそわして、タタタさんを見ながらも、視線が右に左にうろちょろして落ち着きがなかった。
数秒の間、逡巡していたレオゥルムさんだったが、決心の色を瞳に宿して、まっすぐタタタさんを見つめながら言葉を紡いだ。
「いつになるかも分からず、確約もできぬが……いつの日か、其方とも、タタタとも共に、人々の喧騒に身を浸らせる日も訪れるやもしれぬ。
その時まで、これまでと変わらず、此方とここを支えてくれるだろうか?」
キョトンと、何を言われたのかすぐには理解が追いつかなかったタタタさんだったけど、花のつぼみが咲き誇るのを早送りで見るみたいに、驚きに固まっていた表情はすぐに満面の笑みに綻んでいった。
「もちろんでございます!」
「そうか。もちろん、か。……此方は、良い娘を持ったのぉ」
しみじみと、気づかないうちに成長していた子供を前にしたみたいに、レオゥルムさんは目を細めて身体を震わせた。
「もったいないお言葉です。いただいた評価に違わぬよう、これからも誠心誠意、お仕えいたします」
「うむ。此方こそ、宜しく頼む。――では、行ってまいる」
「――行ってらっしゃいませ」
お互いにしっかりと正面から見つめ合いながら、二人は別れではなく、次の約束を最後の言葉にして視線を切った。
「……あのぉ、いい雰囲気のところ申し訳なんですが……」
恐る恐る、頭の上でキメ顔してるレオゥルムさんに小さく声をかけた。
二人を邪魔するようで非常に心苦しくて仕方がないんだけど、どうしても、これだけは確認せざるを得なかった。
「――どうやって、ここからオールグの街まで下りるんですかね?」
「なんだ、そのようなことか。もちろん、この程度の距離、此方の翼で一飛びよ」
「なるほど、一飛びですか……へっ?」
何を言ってるのかをワタシが理解する前に、ミニルムさんのかぎ爪が間抜けにも固まっているワタシの肩をがっしりと掴んでいた。
「さぁ、ゆくぞ。トイディ、いやさイディよ。此方たちをまだ見ぬ縁が待っておる!」
「へっ!? あっ、ちょ待ぁ! あ゛ぁあ゛ぁあああぁぁぁ!」
制止の声もむなしく、ワタシの声は叫びとなって、哀れなドップラー効果の渦に飲まれてか細く消えていった。
――空から落ちるのはもうやったよぉ!!




