109 ワタシの価値
鋭く細められた瞳がワタシを見ていた。
何を言われたのか分からなくて、間抜け面で見つめ返すワタシを試すように、レオゥルムさんはジッとワタシを見つめ続けた。
数秒かけて、耳から入ってきた言葉の意味がようやく脳に到達するのと同時に、電気が走ったみたいにビクッと全身が震えた。まるで今まで閉じていた回路が急に開いたのと一緒に、視界まで開けたみたいだった。
「あ、あるんですか!? 巫子にしなくても子供たちを助ける方法が!」
「なくはない、といったところかの。しかし、この方法は通常では行うことができないものでもある。故に、それ相応の代償というものが必要となる。
だからこそ、先程の質問となる。
其方、それをなさんと欲するならば、何を差しだせる?」
レオゥルムさんは先程の焼き回しのように質問を繰り返して、また黙ってしまった。
きっとというか、確実に、ワタシはレオゥルムさんに試されている。
せめて自分の手の届く範囲くらいは子供たちを救いたいだなんて、口にするだけなら誰だってできるし、誰だって願うことだろう。
それこそ、快楽殺人者みたいな極悪人を除けば、誰だって……。
でも、ここは現実だから、そんな誰だって当たり前みたいに願うことを叶えるのにだって、何かがいる。異世界も、地球も、そこに変わりなんてないんだ。
だからレオゥルムさんは訪ねてきているんだ。
――この世界での、ワタシの価値を。
ゴクッと、無意識に唾を飲み込んでいた。
緊張のあまりとか、恐怖に震えてとか、そういうことじゃない。そういうことじゃなくて……こんなにも簡単なことでいいのかと、驚いてしまったから。
どうってことはない、分かり切ってる。
――価値なんてない。
どんな世界にいたって、『俺』に価値なんてない。
どんな人にも価値があるなんて意見がそこら中にはびこっているし、それは別に間違いではない。
でもそれは、自分でなきゃいけないっていうことの理由にはならない。
ほとんどの人は、いなくなっても誰かがその代わりになるだけ、だから変わりなく世界はいつも通りに回る。
でも、もし、そんな『俺』にも他人様にお渡しできるような価値があるものを持っているとすれば、『ワタシ』の身体だ……これしかない。
どんなにショタっても神様。その神様お手製の身体だ。この世界にいて、ワタシが持っているこれ以上に価値のあるものなんてない。
だから、差しだすものなんてこれしかない!
「ワタシが差しだせるものは、ワタシ自身。ワタシの、身体です!」
レオゥルムさんの目をしっかりと見つめ返しながら、声を張って答えた。
この世界でも、向こうの世界でも、こんなにも自信を持って答えられたことなんてない。沈黙を吹き抜けていく風も気持ちがいい。さしものレオゥルムさんも、ここまで堂々とした身売りには閉口にはいられないと見える!
これは勝ちましたね!
「……うむ。気持ちは嬉しいのだが、その……此方はまだ番を持つ気はなくてだな。申し訳ないのだが、その申し出は受けられぬというか……」
「………へ?」
「いや! 嬉しくは思うぞ? だがしかしな、此方と其方はまだ知り合って間もない故、順序というか、準備というか……その、のぉ?」
「いいえ! レオゥルム様、恋愛に時間は関係ありません!」
ここにきてタタタさんの唐突なログイン!
「そういうものかの?」
「そういうものでございます!」
「そういうものな訳がないんだなこれが!」
慌てて二人の会話をぶった切ったけど、シリアスさんがその前の時点で二人に斬殺されていたんでお相子ってことで一つお願いします。
いや、それはそうと、何を当人抜かして縁談進めようとしてくれてるんですかね? 一昔前なら当たり前のことだったかもしれないけど、今のご時世でそれやったら訴えられっかんね?
訴訟ですよ、訴訟!
時代から取り残されてんよ~二人共。地面からも取り残されてるからって、浮世にも疎くていいとか、それって甘えだと思うんですよ。
世の中に甘え切っているお前が何言ってんだって言われたらそれまでだけど、それはそれとして違うものは違うって叫ばずにはいられない訳で、ワタシの唐突な大声にレオゥルムさんはなんでかちょっと残念そうな顔でこっちを見下ろしてきた。
いや、ホントなんでやねん。
「なんだ、違うのか?」
「違いますよ! 確かにワタシの身体を差しだすって言いましたけど、それは子供たちを救うためにワタシをこき使ってくれたり、子供たちを治すためにワタシの身体を何かしらの用途で使っていいですよってことで、輿入れしますなんて一言も言ってませんよ!? 盗みもしないで勝手に他人の心を持っていかないでいただけますかぁ!?」
「ふむ。だがなぁ……その条件では、其方を巫子にするというのと、あまり変わりがない。それが差しだせるもの、というのはあまり此方に旨みがない話だ」
「……ハッ! ……確かに」
「で、あろう?」
「い、いやぁ。えっと……あっはっはっは」
「ふっふっふ」
――やらかしたぁ!
言われるまでもなく気づこうよ、ワタシぃ!
そうだよ。身体を使わせるって、最初に言ってたワタシが巫子になってレオゥルムさんの人の心を知るのを手伝うってことで、すでに了承しちゃってことじゃないか。
それをさも自信ありげに「ワタシが差しだせるものは、ワタシ自身。ワタシの、身体です!」なんてのたまって見せるとはぁ!
ああああ、穴があったら頭からダイブをかますことに刹那の迷いもないけど、地面が土じゃないから穴も掘れねぇ。
……同じ穴なのに墓穴はどこででも掘れるっていうのにさ。もしかしなくても、ワタシは墓守の才能があるんじゃなかろか?
いや、ギャグに走って現実逃避してる場合じゃないって!
どうする、どうすればいい!? どう考えてもワタシの差しだせるものなんて、この身体以外には思い浮かばない。でも、それは交渉材料にはならないってことが確定してしまった。
じゃあ、他には? レオゥルムさんとタタタさんが持っていなくてワタシが持っているもの、加えてそれが二人にとって有益なもの……そんなものが本当にあるのか?
この場でワタシだけが持っているもの。たとえば地球の科学知識とか……いや、ワタシが持っている知識なんてどうしようもなく中途半端だ。
スマホとかインターネットとか、使えるけど使えているだけで、どんな仕組みかなんてほとんど理解していない。
それらに関わる理屈だとか発想だとかをこっちの天才的な発明家に伝えれば、もしかすれば何かを生みだすきっかけぐらいにはなるかもしれないけど、あくまでもそれは技術畑の人たちにとっての価値であって、レオゥルムさんたちには当てはまらないだろう。
そもそも、幻想が現実で、魔法なんてものがある異世界じゃあ物理とか概念とかの法則そのものが違うのは明白で、技術にしてもそのまま転用ができる望みは薄いんじゃなかろうか?
って、そんなこともどうでもいい。今、必要なのはワタシが果たしてレオゥルムさんが望むものを持っているか、そしてそれがなんであるかをどうすれば確かめられるのかということだ。
考えろ、考えるんだ。
人に寄りそって心を知ることを望んでいる幻獣、そんな超常の存在であるレオゥルムさんが手にして価値がある、ワタシの持っているものを……!
ぐるぐるぐるぐる、まとまりのないことばかりが頭の中を埋め尽くしていく。
回転数の足りない頭でなんとか答えを導こうとするも、頭から煙が上がっていないのが不思議なくらい煮詰まっていくばかりで、知恵なんて見当たらないの熱ばかり溜まっていた。
「……ふふふ、ふっくっく、ふぁっはっは! すまなんだ、少しばかり意地悪が過ぎたかの」
「………へゅ?」
熱にボーっとしてくる頭を、レオゥルムさんの快活な笑い声が揺さぶった。




