104 気づいたら地面がないなんてよくあることだよ
もう今からじゃあどう言いつくろってもワタシが無関係ってことにはできない。いや、実際に主犯な訳ですけども。
それでもッ! 知らぬ存ぜぬでのうのうと生きていたかった……。
くぅ、自分でも予想外に自分のクズな思考に心が折れそうだ。
でもこうなった以上、非を認めるしかない。これから今回の騒動の責任をどんなふうに取らなくちゃいけないのかを考えると怖くて仕方ないけど、自分で蒔いた種だから、刈り取るのも自分でやらなくちゃいけない。
正直、魔力が膨らんだとか、普通じゃあり得ないとか、よく分かってない。マジでワタシが怒られる要素があるか謎すぎて、納得することは正直難しい。
いや、ホントに。これってワタシのせいですかね?
ただ、そうは言っても、ことの大きさだけは嫌というほど肌で感じられる。
タタタさんとレオゥルムさんだけじゃない。アーセリアさんやバルッグさん、この街と樹を預かっている偉い人たちを軒並み騒がしたんだ。何もお咎めなしって訳にいかないだろう。
震える拳をぎゅっと固く握りしめる。
タタタさんたちが顔を寄せ合って「如何なされたんでしょう?」「様々なことが重なった故、心労が溜まってしまったのやも」「やはりこちらにお呼びだてしたのが……」とか、何やらこしょこしょと話しながら心配そうにこちらを見つめている気がするけど、緊張のあまりよく聞き取れないし、そんなことを気にしている余裕はない。
そもそも、どんなことを話されているとしてもワタシがなすべきことは一つ!
おもむろに立ち上がり、二人の前で雄々しく地面を踏みしめる。
何が起こっているのか測りかねて、顔を見合わせながらもチラチラこっち見ている二人の混乱が解けぬうちに、ダンッともう一歩力強く踏み込んだ。
「タタタさん! レオゥルムさん!」
「は、はいっ!」
「な、なんであろうか?」
二人が思わずといった様子でビクッと背筋を伸ばす。そのわずか数フレームの硬直、しかしあまりに命的な隙、それを見逃すほど今のワタシは甘くない。
「申ぉおし訳ございませんでしたぁ!!」
踏み込む力を余すことなく全身巡らせ、一切のロスを生むことなく、上半身を振り下ろした。
無防備になっているところへの最大溜めの攻撃、これが効くんですわ。
(受け止めてください、ワタシの思い……!)
地面の一点を凝視したまま、一切の動きを制止させる。今だけは尻尾もビンと天を指したまま固まらせておく。
謝罪っていうのは揺れていちゃあ駄目なんだ。
確固たる意志を自分の真ん中に打ち立てて、どんな荒波にさらされようとも流されない。何十、何百年と伝統を守り続ける老舗のような……そう、重厚な味わいってヤツが求められるんだ。
(味わってみろよ。止まらなくなっても知らねぇぜ?)
ハッピーたぁーん先輩の教えを受けたワタシに隙はなかった!
でも、瞳ぐらいは揺れ動いててもいいと思うんだ。自分、未熟なんで……。
伝統と歴史と格式によって成り立つ老舗の味を受け継ぐには、まだまだワタシには修練が足りないみたいですね。
――もう、視界の外にある二人の顔が気になって仕方ない!
いやいや我慢だぞ、ワタシ。ここで動いてしまってはすべてが無に帰してしまう。そもそもワタシに何かあるのかって言われると、何もない訳ですけど。
あ~、でも、でもぉ! ワタシ、気になります!
ちょっとくらいならいいんじゃなかろうか? ほんのちょっと、チラッと見るくらいなら気づかれないかもしれないし、今のワタシがどうゆう状況に置かれているのかを確認する意味でも、一度周囲に目を配っておいた方がいい。うん、違いない。
(そういうことなんで。失礼しま~す……チラッ)
頭を下げた状態のまま、相手を伺う常人には真似ができない高等テクによって悟られることなく二人の様子を見……ばっちり目が合ってら。
「………」
「……へへっ」
居た堪れなさの極みですね。数秒の間を見つめ合ったまま沈黙が流れていくときの、我々の間に流れるこの絶妙な空気感よ。笑うしかないですよ。
「……トイディ様」
頭も低く、四つん這いのままお茶を濁すふやけた笑いをしているワタシをタタタさんが見下ろしている。
まるで不可解な新種のアメーバ生物を前にしたみたいに、困惑の極みといった様子だけど、ワタシも幼女が卑屈な笑いをしながら土下座しているとこなんて見たことがないから、その気持ちよく分かるわ。
――でも、どんなものにだって終わりがあるんだよ……。
物珍しさから、いつまでも見ていたいと思うかもしれないけど、何か新しいことを始めるには、それまでのことを終わらせなきゃならない。古いものに縋っていたら、いつまで経っても前には進めないんだ。だから――!
だから……一思いに裁いて、お願いします!
恐怖の涙でぼやけそうになる視界の中で、タタタさんの小さな口が、ゆっくりと開いた。
「あの……その謝罪は、いったい何に対してでございましょう?」
「………へ?」
ワタシの間抜けな声に、タタタさんが心底分からないと言いたげに、頬に手を当てて小首を傾げた。その後ろでレオゥルムさんが、神妙に何度も頷いている。
「うむ。其方はここに姿を現しときも、同じように地に伏して謝罪していたが……。何に対してか、此方にも皆目見当がつかんのだ」
「左様でございますか。トイディ様、どういったことで謝罪をなさっているか理解できず、思慮の足らぬ私をお許しください。しかし、頭をお上げください。トイディ様に謝罪いただかなければならないことなど、一つとしてございません」
レオゥルムさんの言葉にタタタさんもしっかりと頷き、優しげな顔と声音、まるで失敗をひた隠そうとする子供を諭す母親のような表情で、ワタシに微笑みかけてきた。
(……ママぁ)
「いや。いやいやいや! そうじゃなくて! だって、さっき、あの、魔力が膨れ上がって、高度な技法で、普通じゃあり得なくて、そのせいでこんな大騒ぎになってるんですよね!? ワタシはその件で呼び出されたんじゃあないんですか?」
「はい。確かに、先日の魔力膨張事件が発端となり、トイディ様に至急ご足労いただくこととなってしまいました。
しかし、それはあくまでもあの事件が、誰の手によって引き起こされたのか不明であり、その意図を計り知れていなかったためです。あのような魔法を駆使できる存在が、もしもオールグに潜入していたとしたらことですので……。
ですから、あの魔法の元がトイディ様であるならば……問題にはなり得ません」
(……天使や)
慈愛に満ちた彼女の背後に、ワタシは確かに、光と翼を見た。
見た目だけとはいえ、自分よりも幼い女の子に慰められ、宥めすかされるとは……少しでも恥を感じる機能があるなら、今からでも穴を掘って埋まるべきじゃなかろうか? いや、今更遅いか。ああ、でも。ぬぅ……!
ワタシの葛藤など塵ほどにも気にかけることなく、タタタさんは笑みを絶やさずに続けた。
「魔法と魔術の違いどころか、魔力のこともご存知でなかったトイディ様に、この街やアーセムを害する意図を以って、あの魔法が行使できたとは考えられません。
あれは意図せず起こった、完全な事故だった……違いますか?」
「えっと、あの……はぃ、その通りなんですけど……」
「であれば、なんの問題もございません」
優しい、どこまでも優しい笑み。でも、だからこそ怖い!
そのお顔に、後から「やっぱなしで。口約束を本気で信じちゃうタイプぅ?」とか言われたら立ち直れない。だから、言うべきことがあるなら、今この場で言っていただきたぁい!
「で、でも、ご迷惑をおかけしたことには変わりない訳で。なんていうか、何もお咎めなしというのは、タタタさんとレオゥルムさんの立場上、そうはいかないんではなかろうかとッ!」
「左様でございますか……このままでは、トイディ様ご自身がご納得できないと」
んんん? おや、いつの間に足元に穴が……。もしかしてですけど、この穴……墓穴って名前じゃありません?
「そう仰っていただけるならば。私共の願いを一つ、聞き届けてはいただけないでしょうか?」




