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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案  作者: 黒一黒
第1章 世界を見守る巨樹と空師の街
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09 姦し、三つ巴(トライアングルレディ)

 ――ひでぇや、シリアスさんの死体の上でサンバを踊ってるみたいだ。


 ぎゃーぎゃーとお互いに涙目で特に欠点でもないようなことを並べ立て、屁理屈のような言い訳をしては相手をなじる、まるっきり子供の喧嘩だ。


 先程まで我が物顔で場を支配していたシリアスさんは為す術なく無惨に踏みにじられ、無力なワタシはイイ顔で天に昇っていくシリアスさんをただ見送ることしか出来なかった。


 二人は睨み合いながら詰め寄り、額がくっつきそうになるぐらい顔を近づけながら罵り合い、口論は止まるところを知らない。


 もう某鳥類倶楽部みたいにキスして仲直りでもしてくれると助かるのだが、それを具申するだけの胆力がワタシにある筈もなく。


 ただ炉端のお地蔵さまのように存在感を消しつつ、嵐が過ぎるのを待つしかなかった。


「そもそもキスぐらい良いじゃないですかっ! 挨拶みたいなもんでしょう。

 唇にしたわけでもないのに、そんなことで騒ぎたてるリィルさんの方がスケベです!」


「うわぁ、キスが挨拶とか、うわぁ。

 そんなのだから山羊人族は性獣とか言われちゃうんだよ。他の種族までそんな風に言われたら溜まったもんじゃないよ」


「せっ、性獣?! そ、そんなことありません! 

 た、確かに他の種族と違って、そっち方面で言われることが多いですけど……ふ、普通です! 

 それに他の獣人族だって、挨拶で首筋に鼻を擦りつけたり、顔をぺ、ぺろぺろする種族だっています! ねっ、イディちゃん!」


「……へ?」


 しまった、気配を消すのに集中するあまり話を聞いていなかった。


 慌てて「なんの話ですか?」と問い返そうとしたところで、リィルさんと睨み合っていた筈のゼタさんが両手を胸の前で組みながら懇願するように中腰で距離を詰めてくる。


「イディちゃんはそんなことしないもんねー? どっかのムッツリスケベと違って、そんな卑猥な挨拶なんてしたことないもんねー」


 競うようにリィルさんまで腰をかがめて詰め寄ってくる。これはいったいどういうことか、挨拶がどうとか言っていたけど……、


 ――し、しかし、これだけは分かる。これ、どう答えても面倒臭い奴だ!


 世の女性からしたら憤慨ものかもしれないが、なんでこう女性というのは、どうやったって角が立つことを他人に答えさせようとするのだろうか。


 敬虔な信徒が懺悔するように涙目で訴えかけてくるゼタさんも、ニコニコと満面の笑みを浮かべながらも細めた目の奥で深海のように底知れない恐怖を宿しているリィルさんも、正直言って怖い。


 何を言っても正解にならない、被害が主に答えたつまりはワタシに降りかかるクエスチョン。


 この世界に来てからここまでの危機があっただろうか。


 いや怒涛の勢いで危機にしかあっていないような気もするが、これはまさに危急存亡の時。


 考えろ、考えるんだワタシ。


 ――今、最善の一手はっ!


「あっ! ワタシ、どうしても外せない用事があったんだ。いやー、申し訳ないですけどお先に失礼します、お疲れ様でした~」


 申し訳なさそうに頭の後ろを掻き、腰を低くぺこぺこしながら二人を刺激しないように慎重かつ自然体で背を向けて、そそくさとその場を後にする。


 ――完璧だ。


 社会人六年にて培ってきた『本当はお付き合いしたいんだけどなー、大事な用があるからなー、残念だなー』のポーズ。


 これをやればだいたいの場合、日本では相手が真面ならなんとなく察してくれて「じゃあしょうがないね」って具合に無理に引きとめられることはないのだ。


「まってぇ、このまま置いてかれたら私がムッツリスケベってことになっちゃいます!」


「んふふ。逃がさないよ、イディちゃん」


 そしてここが日本でなくて、相手が真面な状態ではなかったのが最大の誤算だった。


 背を向けた途端、二人にがっしりと肩を掴まれそれ以上進めなくなる。力が強いのもそうだが、なにより肩越しに感じる威圧感が半端ではない。


 山羊の癖に捨てられた子犬のように濡れた瞳でこちらを覗いてくるゼタさんは、目で『行っちゃうん? 本当に行っちゃうん?』と訴えかけてきて、これはもうある種の脅迫だろう。


 リィルさんにいたっては、言葉は不要とばかりにその全身から滾らせているオーラと笑みの奥から放たれる鋭い眼光だけでワタシの全身を縛り上げ、一切の挙動を許していなかった。


 ――ワタシにいったいどうしろと?


「ちょっとリィルさん、そんな風に一般人のイディちゃんを威圧したら可哀そうじゃないですか。

 こんな小さな女の子にそんな高圧的な態度で、ほらっ! こんなに震えちゃって」


「違いますぅ。イディちゃんが震えてるのは、おちんちんがついてるような性獣の権化のムッツリさんに肩を掴まれちゃってるからですぅ」


 ワタシの肩を掴みながら火花を散らさないでほしい。


 状況的に言えば、『けんかはやめて、二人を止めて、ワタシのために争わないで』という感じだが、少しも甘酸っぱくないし、なんなら辛いし苦いし渋いしでワタシはこの状況を飲み込めそうにないですよ。


「なっ、まだ言いますか?! なんでそんなに、……ッ! 

 前はそんなことなかったじゃないですか。たしかに昔から軽くて奔放なところはありましたけど、他人が嫌がってることをするような人じゃなかった。

 本当にどうしちゃったんですか?」


 ゼタさんがどこか耐えるように歯を噛みしめた。


 大事にしまって置いた筈の宝物がいつの間にかなくなっていたのに気付いたように、自分の中に湧き上がってくる悪感から逃げようとしているみたいだった。


 縋るような瞳で見つめてくるゼタさんに、リィルさんは寂しげな表情で視線を逸らし、小さな声で自分に言い聞かせるように呟いた。


「……もういいの。私は見つけたから、イディちゃんさえ居てくれれば……それでいいの」


 いつの間にか二人の手はワタシの肩から離れており、再び重苦しくなった空気の中、二人の間でオロオロと視線を彷徨わせるしか出来なかった。


 ――シリアス!? 殺されたんじゃ……!?


 息苦しさに耐えきれず、天に召された筈のシリアスさんが地の底から這い出てきて『残念だったなぁ、トリックだよ』と悪どい笑みを返してきたとこまで想像して、なんとか現実逃避を図ってみる。


 チラッと地面に視線を投げかけ、一旦目を瞑る。ゆっくり鼻から息を吐いて、チラッと視線を戻してみれば……何も変わらない現実がそこにある。


 掛けられる言葉も見つからないまま、物言わぬ空気だけが流れていった。


 いや、本当に何なんですかね、この空気。


 おそらくワタシを巡ってのことが切っ掛けなんだろうが、それ以上に二人にしか分かり合えないような事情が壁を作っているようで、間にいるワタシは訳も分からないまま板挟みにされて死にそうだ。


 二人の空気に挟まれて圧死しそうなワタシを蚊帳の外にして、先程より重く湿気を含んだように触り難い雰囲気が二人の間に流れる。


 目を逸らしたまま一向に視線を戻さないリィルさんに、ゼタさんは唇を噛みしめると決意を固めるように数拍だけ瞑目してから、絞り出すように声を掛けた。


「……そうですか。……やっぱり、今のリィルさんは正気じゃありません。

 今の貴女に、こんな小さな子を預けることなんて、出来ません。この子はうちで預からせていただきます」


「……それって、イディちゃんを空師ギルドに連れていく、ってこと?」


「はい。今のリィルさんにイディちゃんを預けたら、どんなことが起きるか分かりません。なので彼女の身柄は一旦、空帝騎士団で預かります」


 ゼタさんがまたワタシを庇うように一歩前に出る。


 しかし、それはワタシを守るというより、リィルさんと正面から対峙する為に自分の背中を押した結果のように感じられた。


「そう……」


 ゼタさんの固く芯の通った視線に、リィルさんはふらっ、と力が抜けたように一歩後退る。







「――私からイディちゃんを取ろうって言うんだ?」


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