088 被り物の村ベルダン
気づいたら四か月経っていました。ビックリです。
大変長らくお待たせいたしました。
マバルさんに連れてこられたのは、ペルダンにある一軒のバー 、『兎の家』 でした。扉を開くと、カラカラ乾いた鈴の音が控えめに響きます。
すると、店の中からは「いらっしゃい」と、少しハスキーな女性の声。迎えてくれたのはマバルと同じく被り物をした女マスターです。マバルさんは猫ですが、彼女は兎ですね。
カウンターの向こうで一人煙を浮かべる彼女は、胸元の開いた黒いドレスを身に纏っており、何だか酸いも甘いも知った大人の魅力を感じさせます。
「よぉ、コネリー。来たぜ」
「あら、マバル。今日は早いのね。それに、後ろの……。余所者ね」
「ああ、道を聞きたいって言うからよ」
女マスター、コネリーさんは煙を吐き出すと、その円らな瞳でニコさんたちを眺めました。やがて、ツイっと視線を反らして言いました。
「まぁ、面倒事さえ起こさないなら構わないわ。それと、客でさえあればね」
マバルさんは、そんなコネリーさんを見て「だってよ」と肩を竦めて、円卓の一席にどっかりと座りました。
「まぁ、酒でも飲みながら話をしようか。お客人」
マバルさんはそう言うと、ウィスキーをロックで一つ注文します。
「こんな昼間から飲むなんて、碌でもないわね」
ニコさんはそう言ってマバルさんの向かいに座ると、不敵な笑みを浮かべます。
「私はブランデーにしておこうかしら」
「いや、飲むのかよ!」
アルガスさんの良いツッコミが響きました。どうやらニコさん、完全に飲む気のようです。
各自適当に注文を終えると、木製の円卓を囲んでの話し合いです。円卓会議っていうと、なんかカッコいいですよね。
マバルさんとコネリーさん曰く、ここペルダンは、ベスティア大森林でも南部の端っこだそうです。イリシオはベスティア大森林の北部と隣接しているので、ちょっと距離があるようです。
「ここはな、元々群れを追われた獣人なんかが集まって作った集落だったんだよ」
ベスティア大森林は、森の民と呼ばれる獣人やエルフと言った種族が自然と共に生活しています。
自然と共にあり、狩りや自給自足で生きる閉鎖的な集落では、厳しい決まり事が結構あるようです。それを破ってしまったり、もしくはその決まりに従って集落を追われた者たちがやがて身を寄せ合って出来た集落の一つ、それがペルダンでした。
「因みに俺の先祖の爺さんはな、未婚の女の尻尾に触ったかららしいぜ。もう何台前だか分かんねぇが、それが族長の娘だったらしくてな。全く、バカみたいな話だ」
そう言って笑うマバルさん。いわゆるセクハラで懲戒免職的な感じでしょうか。非常に残念な理由です。
「その被り物も何か由来があるのでしょうか」
アルム君は興味深そうにマバルさんの猫頭を見やります。
「ああ、これはな、単純に顔を分からないようにするためさ。ペルダンの人数が増えた辺りから、周りの集落とも交流を始めようってことでな、万が一にも顔が割れないためだって聞いてる。追い出された集落のヤツに見つかったら何をされるか分からないしな」
「普通もっと閉鎖的になるような気もするんだがな」
ふーん。と言ったようにアルガスさん。
「いやな、結構破天荒なヒトが多かったみたいでな。規則を破るくらいだ、本質的に自分に正直な奴が多かったんだよ。だから、この村に規則は少ない。被り物だって、別にしなきゃいけないわけでも無いんだがな。何となく、素顔を晒すことに慣れてないから恥ずかしいって奴が多いのさ。実際に追い出された奴らってのは今ではまぁ、少なくなってきてるが、子供だって大体七つになる頃には大抵顔を隠す。周りの影響ってやつか」
「そんなこと言われたらその被り物、剥ぎ取りたくなるわね!」
「おいおい、辞めてくれよ。俺だってもう随分人前でコイツを外してないんだ。今更外すのもなんか気持ち悪いんだよ」
マバルさんは自分の頭をぎゅっと押さえました。
「それにしても、随分と凝ってるわね」
ニコさんの言う通り、随分と凝った作りです。大き目の被り物はファンシーと言えなくもない感じです。
「ああ、この村には専門の職人がいるからな。実はこの被り物、売り物でもあるんだよ。数少ない村の収入源だな。買っていくか?」
「お土産感覚かしら。因みにおいくら?」
コネリーさんはそんな被り物をしたまま煙草を吸うので、随分とシュールな見た目。ニコさんはちょっと良いなと思ったりしていました。
「そうだな、これくらいだっけか」
「それなりに、結構するんだな」
アルガスさんが示された金額を見て驚きます。マバルさんは笑います。
「まぁ、結構な手間も掛かってんだよ。今じゃこれもすっかり特産品だからな、一部にゃコレクターもいるって話だ」
「そうなのか。見たこと無いけどなぁ」
「私もありませんね」
そうして、しばらく村の話を聞いていると、突然店の扉が乱暴に開かれました。
「コネリー!」
息も荒く店に入ったのは、コネリーさんと同じく兎の被り物をした男性です。随分と息が乱れており、ハァハァ言ってます。
そんな彼を、一瞬驚きつつも冷ややかな目で見るコネリーさん。
「……エド、何をしに来たの?」
「コネリー、俺と一緒に逃げよう!」
手を伸ばし、焦った様子で叫ぶ兎、エドさん。
「エド、てめぇ今さらコネリーに何の用だ!」
何やら突然始まった寸劇に、なんだなんだと興味津々のニコさんたち。
それに加わるマバルさん。何やら因縁でもあるのか、一気に場の雰囲気が険悪になりました。
「マバルか、悪いが今はコネリーに話があるんだ」
「エド、帰って。今は貴方の話、聞きたくないの」
エドさんの身振り手振りは随分と大きく、ニコさんはまるでアメリカンコメディみたいね、と思いました。笑い声のSEでも入れたくなります。
「お願いだ、コネリー。少しだけで良いんだ、話を聞いてくれ」
「おい、エド。しつこい男は嫌われるぜ?」
マバルさんが立ち上がります。被り物なので表情は変わらないはずですが、何処か威嚇している様にも見えます。
「ねぇ、これ何があったのかしら?」
「いや、知らんけど」
「ありきたりなとこだと、痴情のもつれってところでしょうか」
「ヒヒ、浮気か、不倫か。もしくはストーカーか?」
勝手に事情の推測を始めたニコさんたちを他所に、エドさんは尚も続けます。
「コネリー、頼む。俺と一緒に逃げてくれ。俺は今でもお前を……」
「やめて。これ以上、私を失望させないで頂戴」
「そうだぜエド、てめぇ自分が何をしたか覚えてねぇとは言わせないぜ!」
エドさんに背を向けるコネリーさん。二人の間に立って、エドさんを責めるマバルさん。
そんな彼らを見て、ニコさんたちは勝手な予想を続けました。
「浮気はほとんど確定かしら」
「浮気相手が姉妹とかかァ?」
「下衆ですねぇ。母親なんてどうですか?」
「それはちょっと……、嫌すぎるなぁ」
「そうね、凄く嫌ね。じゃあ、それで」
どうやら満場一致のようです。原因はエドさんがコネリーさんの肉親と浮気をした、という答えでファイナルなアンサーですね。アルメリアさんはまるで汚物を見るような目でエドさんを見ています。
「で、正解は何かしら?」
「お前らさっきから何なんだよ!」
怒鳴るエドさん。言われたい放題ですからね。地団駄まで踏んでいます。
「野次馬かしら」
「かしら、じゃねぇよ!言いたい放題言いやがって!」
憤慨するエドさんに、ニコさんは煙をプカリ。
「むしろ貴方がなんなのかしら。いきなり現れて逃げようだなんて、ただ事ではないのでしょう?」
そう訊きました。
すると、「そうだ!」と再び慌て始めるエドさん。頭をわしわしとやりました。そして、悲痛な声で叫びました。魔王軍が来たのだ、と。
久しぶりの更新だと怖いですね。
一応、ニコさんを途中で投げ出す気はありませんので、気長に更新をお待ちいただければ幸甚です。
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